DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

日本発プラットフォーム“cluster”の実践的なメタバースの話と描く未来

開催日 2022年12月16日
スピーカー 加藤 直人(クラスター株式会社 代表取締役CEO)
コメンテータ 渡辺 哲也(RIETI副所長)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科 特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室 特任助教 / 日本経済研究センター 特任研究員 / 法政大学イノベーションマネジメントセンター 客員研究員)
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開催案内/講演概要

インターネット上に構成される3次元の仮想空間「メタバース」が最近注目を集めている。われわれはアバターと呼ばれる自分の分身を介してその空間に入り込むことができ、空間内でアバターを動かしながらさまざまな活動が可能となる。本セミナーでは、日本のメタバース業界をけん引するクラスター株式会社代表取締役CEOの加藤直人氏を講師に迎え、日本のメタバース市場の現状とポテンシャル、クラスター社のビジネスの変遷について紹介いただくとともに、メタバース市場の活性化に向けて何が必要かを論じていただいた。加藤氏は、メタバースは今後も伸びしろが非常に大きな市場であり、中でも日本はアニメ・ゲームやアバター、クリエイターの文化が発達しているため、ポテンシャルが非常に高いと語った。

議事録

メタバースとは何か

最近、メタバースという言葉がよく聞かれるようになりました。メタバースという単語がグローバルで使われるようになったのは、2021年10月、旧Facebook、現Meta社CEOのマーク・ザッカーバーグがメタバースを目指すことを宣言してからです。

メタバースとは何かというと、明確な定義はなくて、私は定義すること自体がナンセンスだと思っているのですが、皆さんとの間でコンセンサスを取るとするなら、コンピュータが作り出したバーチャルな世界で生活することになると思います。

メタバースでは、バーチャル空間を自由に作ることができ、アバターも自由に作れます。その中でいろいろな人とゲームで遊んだり、ライブやイベントをしたりしている人たちがたくさんいます。重要なことは作ることができるという点です。

弊社の運営する「cluster」は国内最大のメタバースプラットフォームであり、住民数、ビジネス・イベント数ともに圧倒的1位です。弊社のビジネスは、プラットフォーム事業とエンタープライズ事業(イベントの企画運営、進行管理)からなり、エンタープライズで上げた収益をプラットフォームに投資しています。

clusterのサービスの特徴は、法人のイベントを世界で最も多く実施していることです。日本は法人イベントの数がグローバルで桁違いに多く、弊社だけで年間160件以上の法人イベントを実施しています。渋谷の街を再現した「バーチャル渋谷」や、世界1位の知的財産(IP)であるディズニーのイベント、日本を代表するIPであるポケモンのテーマパークも展開しています。官公庁からも案件を多く受注しているほか、大学の講義や学会、文化祭などでも活用されています。

clusterに住んでいる人たち

重要なのは、われわれクラスター社はコンテンツ自体を作っていないことです。全てユーザーの皆さんが自分たちで作り、自分たちでアップロードして、その中で生活しています。

メタバース内には人がたくさん住んでいます。アバターとしていろいろな活動をしていると、もちろん付き合ったり、結婚したり、別れたりすることはいくらでもあって、アバターの中に別の性別にふんしている場合も多いです。clusterの利用者の男女比率は49:51とほぼ半々であり、10代、20代が多いのですが、30~50代にも利用が広がっています。アバターと実際の性別が異なることが悪いわけではなく、そうしたダイバーシティ(多様性)を許容する空気感が醸成されていることがメタバースの面白いところだと思います。

コンテンツは、すごい見た目を作ろうと思えばゲームエンジンの仕組みや3DCGを作るツールの使い方を学ばないといけないのですが、それだけだと利用者が限られてもったいないので、仕組みを何でも作って遊べるようなものも用意しています。メタバースがなぜみんなに刺さるかというと、こんな世界にいたい、こんな空間で遊びたいというものを実現できてしまう世界だからと思うのです。

作ったアイテムはメタバース内で売買することもできます。cluster内にはストアがあり、そこでアイテムを自由に売買できます。いわゆるクリプトカレンシー(暗号資産)を使っているわけではなく、技術的には前払い式の支払い方法を採用しています。

広がる可能性

メタバースは他にももっと可能性があると思っていて、いくつか取り組んでいることがあります。

教育分野では、日本最大級のデジタル教育施設との提携を開始しました。子どもたちがclusterの空間内で、バーチャル空間を実際に作りながら友達とコミュニケーションしたり、一緒に物を作ったりして学んでいます。

すごいなと思うのは、子どもたちは何も説明しなくてもゲーム感覚ですぐに使いこなすことです。そういう様子を見ていると、もはやデジタルネイティブどころか、バーチャルネイティブの人たちがどんどん出てくるのではないかと感じます。

バーチャル空間が素晴らしいのは、いろいろなものがデジタルで構成されていてデータを蓄積できるので、それを解析できる点です。われわれはメタバース研究所を設立し、モーションデータやボイスデータ、エモーションデータを活用して東京大学や京都大学といろいろな共同研究を行っています。

東京大学の稲見研究室(身体情報学)とは、身体とデジタルの在り方はどうあるべきかということを研究していますし、京都大学の神谷研究室(脳神経科学)とは、脳内で考えたものを3D空間に反映したり逆に戻したりすることで、バーチャルと脳が直結した世界を作る研究を行っています。

世界のメタバース市場と日本

いろいろな業界がメタバースを目指しているわけですが、それぞれいろいろな思惑があります。例えばゲーム業界はゲームを生活に根付いたものにするためにメタバースを目指しているし、TwitterやInstagram、YouTubeなどのソーシャルメディア(SNS)業界は、ユーザーの囲い込みを図りたいという思惑があります。VR/AR業界はもちろんメタバースにおいて活用されているので関係が深いですし、暗号資産業界はメタバースと相性がいい技術を有しています。半導体業界とすれば、メタバースは全てがデジタルで計算された世界なので、半導体の重要性がより高まります。

その中で、メタバース市場を構成するものは、バーチャル空間に入るための「デバイス」と、バーチャル空間内にある「コンテンツ」、その両者をつなぐための「プラットフォーム」という3つのレイヤーに分けられると思います。

これからは、プラットフォームが非常に強い力を持つようになるでしょう。つまり、豊富なコンテンツとデバイスを使って少数のプラットフォームがマーケットを動かしていくのではないかと思っています。これはインターネットのプラットフォーム論の基本部分であり、小さなプラットフォームが乱立するようなことは今後起こらないでしょう。メタバースはスケールメリットが非常に大きいですし、ネットワークエフェクトもかかりやすいので、数社に集約されていくと思います。

アナリストの中にはメタバース市場が150兆円規模になるという人もいます。世界の広告産業が80兆円程度、Eコマースが500兆円程度ですから、それこそEコマースを超えるようなデジタル取引が今後発生するかもしれません。

それを裏付ける根拠として、インターネットはまだまだ普及し続けています。インターネットの利用者数は2020年に50億人を突破しましたが、世界の人口は80億人を超えており、まだ30億人がインターネットに触れられていないので、伸びしろはまだまだあります。加えて、世界のデータダウンロード量はここ5年でモバイルが3倍近く、固定回線もそれ以上に増えています。つまり、人類のデジタル化はまだまだ加速していくと考えられます。

また、メタバース産業は今後、2D主体から3D主体になっていくでしょう。ですから、産業的にも今後どう対応していくかが非常に重要になります。ゲーム空間では今や現実と区別がつかないほどの世界が再現可能になっており、3D空間内を自由に歩き回れる状況まであと一歩のところまで来ています。つまり、メタバース産業はゲーム開発技術が戦いのカギを握っているともいえるのです。ですから、メタバースの未来、日本の未来を考えたときに、メタバース産業は日本の最後のとりでであり、日本がメタバースで勝てなければどこで勝つのかという状態なのだと思います。

その理由は、1点目にゲーム・アニメのIP(知財)が豊富にある点です。基本的にゲーム・アニメIPとの相性は非常に良く、例えばポケモンをバーチャル空間で活用しようと思えば、3Dモデルがあるので早いのです。

2点目に、アバター文化が豊富な点です。日本のアバターはアニメライクなものやキャラクター的なものが非常にはやりやすいです。こうしたアバターの利点は計算量が少なくて済むことで、フォトグラフィックな3DCGよりも描画コストが低いので、かなりのアドバンテージになります。

3点目に、クリエイター文化が豊富な点です。ゲーム産業が強いことは日本の特色であり、日本のゲーム企業の影響力は今でも非常に大きいものがあります。いろいろなゲーム開発会社もありますし、2010年代はモバイルの時代だったわけですが、モバイルで世界的にユニコーン企業が台頭する中、日本は何をしていたかというとソーシャルゲームを作りまくっていたのです。優秀な人材がソーシャルゲームに集まり、高給をもらいながらガチャゲームを作っていました。この技術自体はプラットフォームで活躍できるはずなので、アセットが日本にあることは大きな強みになると思います。

メタバースを日本の一大産業にするためには、治安維持を目的とした一定のルール作りは必要だと思いますが、私の考えとしてはメタバースに喫緊の課題はなく、インターネットの現行法で対処できるものがほとんどだと思っています。もちろんハラスメントやいじめ、個人間のフリクションへの対応は必要ですが、慎重にゆっくりルールを入れていくべきであり、変に行動規制をすると良くないと考えます。

産業発展のためのルール作りは入れていった方が良いと思います。日本はスタートアップの数が少な過ぎるので、投資の優遇政策などを大胆に素早く行っていくべきでしょう。

最後に過激な話をすると、本当に日本のためを思うなら、「ガチャ」を禁止にしてゲーム産業の再編を進めるべきだと思うのです。ガチャゲーやソシャゲはここ10年でいろいろな会社が上場しましたが、キャッシュはそこそこ持っていても産業としては下降するばかりです。この辺を一度破壊して、メタバースに人やリソースを集約しないと、産業的には良くないと思っています。

コメント

渡辺:
メタバースをめぐって起きていることの本質は何かと考えると、現実にはないもの、自分たちの思い描く世界を作り、コミュニティーが実際に生まれているのは衝撃的というか、とても興味深いと思いました。これから情報処理技術がさらに進んでいけば、もっといろいろなことができると思うのですが、この先どのような世界を思い描いておられますか。

スピーカー:
メタバースの世界が行き着くところまで行き着くと、生活圏をバーチャル空間内に寄せていこうとする動きは必然だと思っています。なぜなら、成長よりもサステナビリティが重視され、必然的に物に依存しない生活スタイルになりつつあるからです。そうなると、衣食住の生命活動以外は全てバーチャル空間という時代が来る可能性はあります。

さらにその先には、脳とバーチャル空間をつないでしまおうという研究もしています。身体的なビハインドがあってもバーチャル空間内で他の人と同じように生活できるような時代が来ると思いますし、そうなれば性別や年齢の差もあまり意味がなくなるでしょう。生活において精神的な部分が重要視される時代がやって来る可能性がありますし、そこまでいけば人類はかなり発展すると思っています。

質疑応答

Q:

プラットフォームとしてユーザーコミュニティーを作るために心がけていることはありますか。海外展開戦略についてもお聞かせください。

A:

インターネットサービスは物質にひもづいていないので、人が集まる場を作るのは結構大変で、ユーザー一人一人が人間なのだということを忘れないように心がけています。海外展開に関しては、日本のIPの力は素晴らしいと思っているので、日本のIPと一緒に海外に打って出れば日本のためになると思いますし、日本企業のグローバル展開の軸になるのではないかと思っています。

Q:

日本法人によるイベントの利用が突出して多いのはなぜでしょうか。

A:

まず代理店が強いという理由が挙げられます。日本のイベント産業は、代理店の下にぶら下がる形で年間たくさん行われている点が非常に大きいです。それから、バーチャルユーチューバーのカルチャーが日本では盛んという理由も考えられます。

Q:

大学の授業で利用する場合、Web会議システムを活用したオンライン授業と比べてどのようなメリットがありますか。

A:

バーチャル空間のいいところは、たくさん集まったときに可視化され、一体感が生まれやすい点だと思います。逆に少人数の会議などはお勧めできなくて、Web会議システムを使った方が圧倒的に良いと思います。

Q:

国内市場の拡大や海外展開を支える上で、日本政府に期待する政策や支援はありますか。

A:

プレーヤーを増やす施策がありがたいと思っています。投資や税制で優遇したり、特区を作ったりした方がスタートアップもどんどん増えていきますし、プレーヤーの数を増やしていくことは非常に大切だと思います。

Q:

今後メタバース市場が寡占状態になったとき、御社の強みはどこになりますか。

A:

最終的にソフトウェアはコモディティだと思っていて、YouTubeやTwitterと同じものは作れるのですが、アルゴリズムやコミュニティーはコピーできません。そうしたコピーできないものを初期段階からいかに作るかがまず大事で、その次にたまったコミュニティーやデータをアルゴリズムによって再投資して戦える状態にすることが重要です。そのための投資をクラスター社ではすでに行っていて、他社が参入できないタイミングでどこまで大きくしておけるかが非常に大事になります。

それから、地政学的、歴史的な部分でいかに強みを出せるかでしょう。日本が培ってきたアニメやゲームなどのカルチャーをうまく使うことが日本発のスタートアップとしての戦い方になると思います。

Q:

異なる業界同士が連携しやすい政策を行うことが日本のメタバース市場の活性化につながるということでしょうか。

A:

本当にその通りです。日本が誇れるものは何かというと、究極的には観光、食、そしてクールジャパンのようなIPに尽きると思っていて、それを世界に発信できるかどうかだと思います。ただ、バーチャルは食やリアルの土地とひもづけた施策を行いにくいので、インバウンドと組み合わせるのは結構難しい面があります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。