日本企業の持続的な成長を目指した事業ポートフォリオ変革シリーズ

JERAが挑戦する事業構造改革

開催日 2022年10月5日
スピーカー 奥田 久栄(株式会社JERA 取締役副社長執行役員 経営企画管掌)
コメンテータ 澤邉 紀生(京都大学経営管理大学院長・教授)/砂川 伸幸(京都大学経営管理大学院教授)/関口 倫紀(京都大学経営管理大学院教授)/江良 明嗣(ブラックロック・ジャパン株式会社 インベストメント・スチュワードシップ部長 マネージング・ディレクター)/佐藤 克宏(RIETIコンサルティングフェロー / マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー)
モデレータ 渡辺 哲也(RIETI副所長)
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開催案内/講演概要

株式会社JERAは、東京電力株式会社と中部電力株式会社の燃料・火力発電およびそれに関連する海外事業を統合して設立された企業であり、資産を統合するだけでなく、従来の事業構造・事業ポートフォリオを抜本的に見直すことを目的に設立された。本セミナーのスピーカーを務めるJERA取締役副社長執行役員の奥田久栄氏は、キーパーソンとして、JERAの設立と火力発電事業の新たなビジネスモデルの創出をリードした。本セミナーでは、JERA設立時に目指した事業ポートフォリオ改革とはどのようなものだったのか、そしてその改革はどこまで成果を上げているのか、JERAは今後何にチャレンジするのか等について奥田氏の話を伺い、日本企業の事業ポートフォリオ改革のヒントを探った。

議事録

JERAはどんな会社か

JERAは、エネルギーの安定供給と企業価値の向上の両立を目指すため、国際エネルギー市場で戦えるグローバルなエネルギー企業体を創出することを目指し、東京電力と中部電力の燃料・火力部門とそれに関連する海外事業をまるごと切り出して統合した会社です。2015年4月に設立し、2019年4月の国内火力発電事業の統合により全ての事業の統合が完成しました。

当社は国内に火力発電所を27カ所持っており、発電容量は約7,000万kWと日本最大で、これは国内火力発電の半分ほどに相当します。年間発電量は2,450億kWhで、日本全体の消費電力の約3割を賄っている計算です。液化天然ガス(LNG)のタンク容量は665万klで、LNG取扱量は世界最大級の年間約3,500万tです。

当社は世界各地に拠点を持って事業展開をしています。火力発電はアジアと北米が中心で、再生可能エネルギー開発はアジアが中心、燃料(LNG)上流事業は米国と豪州、最適化(トレーディング)事業はシンガポールを本拠地とし、英国と米国にも拠点を持って活動しています。

何を目的にJERAを作ったのか

JERAを作った目的は大きく3つあります。1つ目は、燃料調達と発電事業の規模拡大です。JERA設立当時は、中国が資源の買い手として急速に台頭した時期でした。中国とその他の国との間で資源獲得競争が起きる中、日本の成長は止まってしまい、燃料調達量がどんどん減っていくステージに入ろうとしていました。そのため、調達規模を拡大することが欠かせないという認識がありました。

電力分野では世界的な自由化が進む中、欧州で企業統合が起こり、ビッグプレーヤーがどんどん誕生しました。そうした中、最先端の発電技術開発も欧州勢にリードされ、それに対抗するためにも発電事業の規模を大きくする必要がありました。JERAは火力発電設備容量においても、LNG輸入量においても、世界のトッププレーヤーをしのぐ存在になることは分かっていたので、そのことがJERAを作る大きなきっかけになりました。

2つ目の目的は、バリューチェーンの拡大です。電力会社は、燃料を買ってきて、それを発電所で焚いて、電力を作って売るという単純なビジネスモデルであり、そのモデルには限界があることにわれわれは気付きました。資源獲得競争が厳しくなる中、燃料のマーケットが基本的に「売り手市場」になりつつあったからです。

日本の火力発電量も大きく変動するようになりました。原子力発電所の停止もその一因ですし、再生エネルギーは発電量が安定せず、その調整電源として火力が使われたことから、結果的に火力発電量が非常に大きく変動するようになりました。

火力発電量が変動すると、燃料使用量も当然変動します。従って、われわれは長期契約で燃料を買っておいても、その量が足りなくなったり、余ってしまったりすることが頻発しました。しかし売り手市場なので、われわれ買い手としては「余ったから燃料を引き取ってください」「足りなくなったから追加でください」と言っても、売り手は「引き取ってあげてもいいけど安値で」「売ってあげてもいいけど高値で」という交渉にならざるを得ません。ですから、このモデルを変えない限り利益は安定しないことは明らかでした。

そこで、思い切ってバリューチェーンを上流側に拡大するポートフォリオに変えました。今まで電力会社が行わなかった上流(輸送手段や受入・貯蔵基地)への投資、さらにはグローバルに燃料を動かすトレーディング機能を拡大し、燃料の上流から発電・販売までが一体となったバリューチェーンをマネジメントする方法に変えたのです。

バリューチェーンの拡大に当たって都合が良かったのは、中部電力・東京電力それぞれが異なるアプローチを取っていたことです。バリューチェーンの拡大には、ソフト(トレーディングの増強)とハード(資産の拡大)の両方が必要です。当時、東京電力はバリューチェーン拡大のために、資産の拡大からアプローチしていました。LNG船をたくさん造り、上流権益を取りに行くのです。対して中部電力は、トレーディング力を増強していました。JERAを作ることでソフト・ハード両方のバリューチェーンを一気に完成させることができるため、これは踏み切るべきだという判断をしました。

3つ目の目的は、大胆な事業構造改革です。もともと電力会社では、燃料は燃料、発電は発電、海外は海外という形でコストセンター、プロフィットセンターを作っていました。JERAになってからは、事業開発(投資事業)、最適化(トレーディング)、O&M(オペレーション&メンテナンス)の3つの切り口でプロフィットセンターを編成し直し、バリューチェーンを管理する方法に変えています。

事業開発部門では、とにかく世界中でいい資産を見つけてそれに投資します。かつての電力会社は資産を拡大すれば自然に利益が出るモデルでしたが、われわれは獲得した資産の価値を上げることに注力しました。その手段の1つが最適化です。O&M部門では、獲得した資産の運用コストを徹底的に下げることで資産価値を向上させます。事業開発(投資事業)でポテンシャルがある資産を獲得し、そのポテンシャルを最大限に生かして稼ぐ力を上げるわけです。

会社を設立した2015年時点でこのようなビジネスモデルに変えていこうと考えた企業は、おそらく日本でJERAだけだったと思います。

改革は成功したのか

われわれの事業モデル改革は期待通りの成果を上げています。規模拡大の効果は非常に大きく、いろいろなプレーヤーがビジネスを提案してくるので、その中で一番いい資産を選りすぐって投資できるようになりました。

それ以上に効果が大きかったのは、グローバルな燃料トレーディングモデルの構築です。JERA Global Marketsは、もともと中部電力とフランスのEDFトレーディングの合弁会社で、中部電力グループ会社の石炭トレーディング機能を拡張した会社なのですが、石炭だけでなくLNGのトレーディングも始めました。しかも、欧州・アジア・北米市場をまたいで石炭・LNGをダイナミックにトレーディングできるようになりました。

JERAの完全統合後も燃料の過不足が生じたのですが、JERA Global Marketsを通じて、利益を出しながら数量調整することが可能になりました。統合当時900億円から始まったJERAの利益は、2020年度に1,116億円、2021年度に2,770億円まで増加しました。これはJERAを作らなければ絶対にできなかったことです。

統合によるシナジー効果も生まれました。もともとわれわれは統合5年で1,000億円程度のシナジー効果を出すことを宣言していましたが、2021年ですでに850億円のシナジー効果が出ており、2023年で1,000億円達成は間違いないと思っています。

JERA設立時には、成長を海外に求めることでも両社で合意していたのですが、そこでもしっかり成果が出ています。事業別投資額を見ると、経営資源は明らかに海外にシフトしており、次の成長基盤をしっかりと作ることができています。事業別利益を見ても、燃料事業が着実に伸びており、300億~500億円ぐらいの利益が上がる事業体に育っていると評価しています。成果という点では、グローバルな最適化で大きな利益を上げる構造に変革できたと考えています。

今後のJERAの挑戦

これから当社は、脱炭素とエネルギー安定供給を両立させるビジネスモデルを作って世界に普及させ、それによって稼ぐモデルに変えようと考えています。

われわれは一昨年の2020年10月、「JERAゼロエミッション2050」を発表しました。その中で、2050年CO2排出ゼロに挑戦することを宣言しています。「JERAゼロエミッション2050」では、2050年ゼロエミッション達成に向けて3つのアプローチで取り組む戦略を打ち出しています。

中でも重要なのが、再生可能エネルギー(以下、再エネ)とゼロエミッション火力を相互補完するアプローチです。電源の脱炭素化は再エネで行うのが世界の常識になりつつあったのですが、JERAはそこに一石を投じています。

再エネは脱炭素という点で非常に有効な電源ですが、自然条件によって出力が大きく変動するという弱点があります。それを補う手段はいろいろありますが、われわれはシミュレーションの結果、日本や東南アジアなどでは火力による再エネ変動の吸収が不可欠だと判断しました。であるならば、火力発電自体をCO2が出ないようにすればいいではないかという考えが、われわれのゼロエミッションの根底にあります。再エネとゼロエミッション火力を相互補完させることで、再エネのポテンシャルが十分ではない国でも脱炭素と安定供給を両立するシステムを構築できると信じています。

われわれは段階的に、現在の燃料である石炭・LNGを、燃焼してもCO2が発生しないアンモニア・水素に切り替えることでゼロエミッションを実現したいと考えています。ゼロエミッション火力を構成する要素には3つあります。

1つ目に、非効率石炭火力を2030年までに全て停止します。

2つ目に、アンモニア混焼(こんしょう)です。アンモニアはボイラー型発電所と技術的に非常に相性が良いので、ボイラー型発電所で石炭とアンモニアを混ぜて燃やすことでCO2排出を減らします。2027~28年にはアンモニア20%混焼を商業化し、2030年代初めには混焼率を50%以上に引き上げる予定です。2040年代には石炭火力が建て替え時期を迎えるので、それに合わせてアンモニア100%(専焼化)の火力に変える形でゼロエミッション化を進めたいと考えています。

3つ目に、水素の混焼です。水素はガスタービン型発電所と技術的に非常に相性が良いので、主にLNG火力で混焼することから始めます。輸送の問題がまだ成熟していないので、アンモニアよりも遅れて混焼を始める予定ですが、2030年代には開始し、混焼率を上げたいと考えています。こちらも最終的には建て替え時期に合わせて水素の100%専焼化を目指します。

再エネの出力変動を補うにはゼロエミッション火力だけでなく蓄電池も重要なので、蓄電池の技術開発にも力を入れています。

グローバルな視点で見ると、われわれは日本で作ったクリーンエネルギーのモデルを、アジアを中心とした世界に広げることで成長を目指します。現在はまだLNGと石炭と再エネで安定供給を守っていますが、再エネの出力変動をLNG火力・石炭火力ではなく、水素混焼・アンモニア混焼の火力で補完し、しかも水素・アンモニアの比率をどんどん上げることで日本におけるクリーンエネルギー供給基盤を完成させます。

アンモニア・水素を使っていくためには、グローバルなサプライチェーン、バリューチェーンが必要です。それらを構築するためにもJERAの規模やグローバルな最適化力は不可欠であり、最適化力がここまでついたからこそ、こうした新たなモデルにチャレンジできるようになったと考えています。

パネルディスカッション

渡辺:
明確な目的の下に新しい会社を作られ、しかもグローバルな経営を目指すという、経営の最前線でリードされている奥田さまならではのお話を伺えたと思います。

澤邉:
3つの目的は相互依存関係がかなり強いと思ったのですが、チャレンジングな試みをするに当たり、この3つの目的の中で特に推進力になったものはどれでしょうか。こうした試みを実行しようとするときにボトルネックとして苦労した部分はありますか。

奥田:
推進力になったのはバリューチェーンの拡大だと思います。今まで電力会社がプロフィットセンターだと思っていなかったところまで伸ばしていく上で、人材のマネジメントも含めバリューチェーンの拡大になるというドライバーは非常に大きかったと思います。

ボトルネックに関しては、エネルギー事業は公益と私益が両立する領域でなければ長続きしないと私は思っていて、この2つを両立させることに苦労しています。JERAは日本の電力の3割を作っている会社であり、安定供給の要ですから、単に私益を追求するだけでは駄目だと明確に言いながらコントロールすることに結構苦労しています。

規制制度の関係も非常に難しい問題で、電気事業は国ごとにいろいろな規制があります。それらをクリアしながらグローバルなビジネスをしていくのは結構難しい面があるので悩ましいところです。

砂川:
出資比率を50%ずつにしようとするといろいろなやりとりがあったかと思います。最初の時点で50%になるように切り出したのでしょうか、それとも評価した結果50%になったのでしょうか。

また、子会社が利益を出していると親会社から配当に対する要望があると思いますが、その対応やガバナンスとして行われていることがあれば教えてください。

奥田:
50%ずつの出資は、意図したものです。どうしてもマジョリティーを取った側がガバナンスの主導権を取ってその親会社のこれまでのカルチャーを持ち込むことになってしまうので、それではJERAは成長しないのではないかという議論がありました。JERAはグローバルで戦える事業体になって初めて日本に還元できるというモデルを目指しているので、あえて50%ずつにして中立的な会社にしています。

ガバナンスは最初からかなりルール化していて、JERAは親会社に対して企業価値の向上で貢献するというルールを明確に決めています。国内で作る電力の大部分は東電・中電の小売部門に売っているので、そうしないと取引価格をどんどん安くしろという変な議論になってしまうからです。東電・中電との取引はアームスレングスで行っています。配当についてもルール化しており、一定の緊張関係の下でJERAが独自に成長できる環境ができています。

関口:
事業構造改革を進めるに当たって組織構造自体も変更されたと思うのですが、組織はどのような形にされたのでしょうか。日本的な雇用システムや文化が社内にもあったと思うのですが、グローバルに組織を展開するに当たって、そのあたりは何か変革されましたか。

奥田:
組織構造は事業構造に合わせて完全に見直しました。3つのプロフィットセンターの在り方を明確に決め、それに合う形の組織に変えました。プロフィットセンターの長である役員が、3つの切り口に合わせてプロフィットの責任を持つ構造にしたので、われわれの戦略意図と一致した組織構造となっています。

人事制度も抜本的に見直しました。ジョブ型の人事制度を2019年から導入し、管理職以上はジョブディスクリプションを明確に言語化しています。2022年度からはジョブディスクリプションに応じてジョブグレードを作り、それによって給与を支払うという本格的なジョブ型制度に移行しています。

電力会社から持ち込んだ制度は終身雇用型で作られていてどうしても安定的なので、人材は出入りしながら育っていけばいいという思想で育成できるような制度に変えています。

江良:
3つの目的をステークホルダーと合意した上で具体的に文章化しているのは非常に大事であり、ルール作りまで落とし込んだ上でビジネスモデルを固めているのは日本企業にとって学びが多いと思いました。

脱炭素と安定供給の実現に関して、再エネ中心にやっていこうという国もある中で、御社のモデルが最適であることを説得するために何か取り組みはされていますか。

奥田:
国・地域ごとに最適な脱炭素のロードマップを作っていて、その中に脱炭素と安定供給の両立に向けて努力していくというフレーズがあります。何が何でも再エネとゼロエミッション火力を組み合わせなければならないわけではなくて、国によってはゼロエミッション火力というオプションがあることで脱炭素が容易になる場合もあると主張しています。

JERAとしては、脱炭素と安定供給に向けて多様なオプションを用意することを一番のポリシーとし、その国に合ったオプションの組み合わせを提案しながら、一緒にビジネス展開や投資をしていこうと考えています。

佐藤:
御社のウェブサイトを拝見すると、外国人のハイプロファイルな方々も入れて経営されているようですが、なぜそうした方々が入られているのでしょうか。

奥田:
やはりグローバルなレベルで戦える企業にするためです。取締役会は御しやすいメンバーを入れた方が簡単だと言う人もいますが、フラットにいろいろディスカッションして決めていった方がいいと思っています。そうした過程を経て合意したものは、逆に外国人の取締役に海外で広めてもらうこともできるわけです。その効果は絶大であり、それによって、例えば、JERAのポリシーが各国政府に行き届くので、このスタイルを今後も続けていこうと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。