民間企業のSDGs貢献を促進する産業政策とは:OECDによる企業活動・各国政策の国際比較調査

※資料の引用は、OECDのサイトに掲載されている報告書(英語)もしくは経済産業省のサイトに掲載されている報告書(日本語版)からの引用とし、出典元を記載してください。

開催日 2022年4月13日
スピーカー 北澤 興平(万国郵便連合(UPU)官房戦略企画専門官/前OECD科学技術イノベーション局政策分析官)
モデレータ 内田 了司(経済産業省通商政策局国際経済課長)
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開催案内/講演概要

持続可能な開発目標(SDGs)の2030年達成に向けて、民間企業は重要な役割を担っている。経済協力開発機構(OECD)では、SDGs貢献における民間企業の役割を明らかにし、各企業の中核事業を通じた貢献を促す産業政策を進めるため、2020~21年に「SDGsのための産業政策」プロジェクトを実施し、各国のSDGs施策などを分析したレポートを2021年9月に公表した(※)。当セミナーではOECD科学・技術・イノベーション局で政策分析官を務め、本プロジェクトに事務局として携わった北澤興平氏が、このプロジェクトの成果に基づき、企業活動および各国政策の国際比較調査結果について報告するとともに、企業のSDGs貢献を促進するための政策的示唆について語った。

※当該レポートの政策ノート日本語訳
※当該レポート(英語原文)

議事録

OECDとSDGsの関わり

本日は、経済協力開発機構(OECD)が昨年秋に発行したレポート「持続可能な開発目標(SDGs)のための産業政策」の概要についてご紹介します。

持続可能な開発目標(SDGs)には17の目標(ゴール)と169のターゲットがありますが、達成度合いを定量的に測定することは非常に困難です。SDGsには、それまでの目標と異なり、ありとあらゆるステークホルダー(政府、企業、市民等)が関与していることも評価を複雑化させています。そこで、世界中のさまざまな機関が測定評価の手法や関連プラットフォームの構築に挑戦しています。そこで登場するのが、OECDです。

OECDがなぜSDGsへの貢献を測定する分野に関われるかというと、OECDは約3,000名の職員を擁する世界最大のシンクタンクであり、他の国際機関と比べて圧倒的に政策分析・立案業務が業務の中心になっているからです。職員の多くがエコノミストや政策分析官、社会学者、統計学者などの専門家であり、そうした人員構成を反映してか、OECDの事務局は政策分野ごとに数多くの局で構成されています。

今回のレポートを担当したのは、私が2021年末まで所属していた科学・技術・イノベーション局(STI)です。STIは長年にわたり各国の産業政策の調査・分析をしており、産業・経済関連の分析に強みを持っています。その点では経済産業省と最も関連性が強い部局といえるでしょう。

SDGsは非常に分野横断的なテーマなので、さまざまな側面から政策的アプローチを考える必要があります。OECDでは、各局がSDGsについて自分たちの得意分野に応じた分析や政策提言を実施しています。例えば、WISE(ウェルビーイング・包摂性・持続可能性・機会均等)センターは統計的なアプローチで各国のSDGsの達成度合いを分析していますし、教育・スキル局(EDU)は教育のテーマに関して分析しています。今回の分析業務は企業活動に関する側面が強いことから、STIで実施しました。

SDGsは非常にグローバルな目標であり、国の枠組みや体系を超えて解決を図るべき問題ですが、OECDがそこに向けて取り組むことのメリットは2つあると思います。

1つは、OECDには志を同じくする多くの先進国が加盟しているため、効率良く各国のデータや政策を収集・分析できる点です。OECDでは国際的な統計データベースを各種整備しています。各国の国内統計より精度は落ちますが、国際比較できるデータの中では最良だと思います。また、OECDにはエコノミストがたくさんおり、SDGsの達成度合いのような定量的な測定を得意としていますし、各国政府との議論や照会が非常にスムーズな点は民間シンクタンクと大きく異なります。ただし、OECDは先進国クラブなのでBRICs諸国など途上国が加盟していないことが留意点です。

もう1つのメリットは、OECDの政策的な議論やガイドラインの国際的な波及効果が非常に大きい点です。最近はOECDで議論されたことがそのままG7やG20に引き継がれることも多く、OECDで定めたガイドラインが国際的なガイドラインになることもしばしばです。

今回のプロジェクトのように、先進国の民間企業のSDGs貢献の促進策を検討するとき、以上の特徴からOECDは最適なプラットフォームの1つであると考えています。

企業は幅広いSDGsに貢献できる

SDGsを達成するには全ステークホルダーの取り組みが必須であるとともに、民間企業ではサステナビリティを事業機会とする見方が拡大しており、各社の中核事業と持続可能性のテーマを整合させる機運がかなり高まっています。加えて、企業活動の影響に対する消費者の関心も高まっています。

一方で、企業はいろいろなSDGsに貢献できる可能性があるとされながらも、サステナビリティに関する目標と財務目標が緊張関係にあることも指摘されています。しかし、今回のレポートのテーマである「SDGsのための産業政策」は、民間企業のSDGs貢献を加速させる余地があることを示しています。

OECDでは今回、次の4つの調査手法をとりました。1つ目に、各国企業の取り組みに関する事例を各種企業のホームページや国連文献、学術論文から文献調査しました。

2つ目に、国連グローバル・コンパクト(UNGC)が世界の民間企業を対象に2020年に実施したアンケート・データを借用し、統計分析を行いました。こういった国際機関からデータを提供していただけることもOECDの強みだと思います。

3つ目に、自然言語処理やマシーンラーニングを活用して、産業・製品分類をSDGsとマッピングさせる試みを実施しました。

4つ目に、OECDではかなり幅広く統計データを保有しているので、今回はOECDの国際産業連関表と各種貿易データを活用して統計分析をしました。

その結果、SDGsに対して行動をとっている民間企業の割合は、目標ごとにかなり大きく異なることが分かりました。例えば、目標8(働きがいも経済成長も)は約50%の企業が行動をとっているのに対し、目標14(海の豊かさを守ろう)は10%程度にとどまっています。かつ、各目標に関連した「製品・サービスを開発している企業」の割合は、どの目標を見ても「行動をとっている企業」の割合より小さくなっています。

また、本業以外のSDGsに関する活動や公共政策に関与したアプローチをとっている企業の割合は、企業規模が大きくなるほど増加します。SDGsに対する自社の取り組みや影響を公表している企業の割合は、中小企業は約24%ですが、大企業では67%に上っています。国際的な地域・産業間で有意な差は確認できなかったので、これはまさしく企業規模による差であると考えられます。

一方で、企業は中核事業を通じてSDGsに貢献可能という側面もあります。今回、産業分類とSDGsの17の目標を機械学習でマッピングし、OECDの付加価値データを組み合わせてSDGsと結び付いている経済活動の大きさを測定してみると、目標9(産業と技術革新の基盤をつくろう)や目標11(住み続けられるまちづくりを)との結び付きが強い結果となりました。

また、川上産業の間接的貢献(SDGsに直接貢献する経済活動に使われた、国内の川上産業に由来する付加価値)を考慮すると、各国の総付加価値に占める民間企業のSDGs関連経済活動の割合は大幅に高まりました。例えば目標9では、間接的付加価値を加えると30%以上となり、とりわけ目標9、11、8に関しては民間企業の貢献がかなり大きいといえます。

関連して、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)の恩恵もあります。1990年代以降、GVCによって各国の経済的なつながりが強化され、皆さんが作っている製品やサービスの最終消費地は海外にも広がっています。日本国内で製造している財やサービスが海外の最終需要に乗っかり、海外でSDGsに貢献している可能性が大いにあります。

例えば日本のハイテク産業の付加価値は国内におけるものがほとんどであり、他の国からのインプットの割合は他国と比べて小さくなっています。日本は製造業を含めて輸出が盛んなので、日本の川上産業における財やサービスの輸出が海外でのSDGs貢献に結び付いていることが分かります。貿易は企業のSDGs貢献に大きな役割を果たしているのです。

したがって、最終需要(完成品)以外を生産している企業の財やサービスも、目に見えない形でSDGsに貢献しています。そうしたことを意識し、社会的にその情報を発信していただければと思っています。

企業のSDGs貢献を阻む壁

一方、企業は持続可能になるためのさまざまな課題や懸念も抱えています。

まず、企業文化の構造的な変革が必要です。経営層による強力なコミットメントや、持続可能な投資のビジネス事例の提示をもっと行う必要がありますし、新しいビジネスモデルへの適応やステークホルダーとのコミュニケーションも重要です。

しかし残念ながら、各国の学術論文を読んでも持続可能性に関する企業の取り組みが企業の財務的価値を高めるのかどうかは、必ずしも明らかになっていません。

先ほど述べたように、持続可能な投資がもたらす財務リターンが不確実であり、財務目標とサステナビリティ目標の間に緊張感があることは、企業がまだ社会財を十分に提供していないとする仮説を支持する傾向があり、政府による政策的介入の余地があることを示しています。とりわけ中小企業にとっては、持続可能なビジネスモデルへの移行は大きなコストやリスクを伴います。

大企業と小規模企業とで、SDGsに対して行動をとると宣言する可能性にどれだけ差があるか比較してみたところ、大企業は小規模企業と比べて目標の2、4、5、7、8、9、10、11、13、16、17に対して行動を宣言する可能性が非常に高いという結果が出ました。中でも目標13(気候変動に具体的な対策を)では小規模企業の12.5倍となりました。中小企業では、持続可能なビジネスモデルにおいてさまざまな困難があることが推察されます。

SDGs達成のための産業戦略

今回の調査では、各国政府が民間企業のSDGs貢献のためにどのような支援政策をとっているのか、比較分析調査を実施しました。その結果、SDGsの目標の性質によって各国の政策手法の種類にかなりばらつきがあることが分かりました。

まず戦略に関しては、各国の民間企業のSDGs貢献支援の目玉として、予算が潤沢に付いた研究開発やイノベーションのための大規模なプログラムが目立ちました。一部の国ではミッション志向の産業戦略を活用し、「SDGsのための産業政策」の一貫性、包括性、ガバナンスの問題を同時に解決しながら、2030年に向けてのアジェンダと2030年以降のアジェンダの整合性を図っています。

その背景としては、2010年代以降、産業政策の重要性が再認識されていること、とりわけ環境関連のSDGsや各国の公約の達成には、いまだに解が見えない技術的飛躍や大規模な公共投資が不可欠であること、ミッション志向やムーンショットといった考え方の普及などが挙げられます。

報酬・インセンティブに関しては、各国の政策パッケージの中にSDGs志向の産業部門のスタートアップやその他革新的な中小企業に対する具体的な支援策が数多く含まれていました。中でも、企業の中核事業と関連しやすい目標や時間軸が長い目標については、関連産業部門でのイノベーションを支援する政策手法が多く見られました。

金銭面以外の政府支援に関しては、各国政府が革新的な企業だけでなく、ありとあらゆる企業が実施している持続可能性に関する行動にも包括的な支援を実施していることが分かりました。

政府支援の中でも興味深いのは、フランス政府が企業のビジネスモデルの変革を促すために2019年に創出した「使命を果たす会社」という新たな法人格です。定款に企業のミッションを盛り込むことで、新たな法的地位を獲得できるようになりました。地位を獲得したところで株式会社でなくなるわけでもないし、税制優遇があるわけでもないのですが、企業は自社の持続可能性へのコミットメントを社会により広く示すことが可能になりました。

それから近年、いろいろな国で強制的遵守の措置が導入されています。SDGsのカテゴリー別に見ても、多くの企業に浸透している温室効果ガス排出量削減やジェンダー平等などについては、政策手段に占める強制的遵守措置の割合が高くなっています。

産業政策で民間企業のSDGs貢献を促進していくためには、政府は強制的遵守という手段の他にも、企業に対してインセンティブや金銭面以外の政府支援を組み合わせて実施する必要があると思います。

SDGs関連産業の発展やイノベーションの支援、中でも特に中小企業支援策を拡大することで、持続可能なビジネスモデルへの移行のきっかけをつくり、移行を支援することが重要でしょう。持続可能な財やサービスの市場規模の拡大(貿易政策など)や適切なビジネスフレームワークの創出も求められます。

このようにミッション志向の産業戦略は、一貫性のある形で政策手段を統合する上で非常に重要であり、適切なガバナンスを確立するための適切な仕組みになると考えています。

コメント

コメンテータ(内田国際経済課長):
大企業と中小企業の取組に差がある点についてご説明がありましたが、特に中小企業の取組を促す支援策は様々あります。例えば、経済産業省の地方部局では、地域の実情に応じた様々な支援メニューを用意しています。関東経済産業局では「地域SDGs推進企業登録制度」を通じた支援、近畿局では産学官民交流のプラットフォーム設立や中小企業向けガイドの作成、四国局では地域企業の取組を議論するフォーラムや経営相談窓口の設置、九州局では産学官金融による「九州SDGs経営推進フォーラム」の設立や地域未来牽引企業による「経営実践研究会」を実施しています。また、経済産業省本省においても、有望スタートアップ企業を選定し、官民の支援コミュニティの構築や政府による集中支援を行う「J-Startup」や、中堅・中小企業にとってはハードルが高い海外、特に新興国の社会課題解決を支援する「飛び出せJapan!」など、様々な支援制度があります。

質疑応答

Q:

産業政策の重要性が認識されているというご紹介がありましたが、世界でどのような産業政策がとられているのか、日本の人々にはあまり知られていません。OECDでもさまざまな産業政策を見られていると思うのですが、OECDの中でどういうものが典型的な産業政策とご覧になっているのでしょうか。

A:

OECDでも産業政策の話はずっとしていたのですが、一度下火になって、それが再燃したのが2010年代以降です。私たちを待ち受けている課題はいろいろあると思うのですが、これらを克服するには産業政策以外に選択肢がないのではないかという意味で再び注目を浴びているのだと思います。どの政策が有効だったかというのを経済学的側面からきちんと分析した論文はあまりないと思うのですが、それでも欧州を中心に産業政策を大規模にやっていくしかないという議論が再燃していると認識しています。

Q:

今回の調査分析では資本市場からの観点はあまり含まれていませんでしたが、機関投資家やOECDの金融担当部局との議論や連携はあったのでしょうか。

A:

OECD内部では、DAF(金融企業局)が「責任ある企業行動(Responsible Business Conduct:RBC)」に注力していて、これは企業活動が社会に負の影響を与えないようにウオッチするというアプローチなのですが、STIはどちらかというと企業のプラスの影響を政策でもっと盛り上げていくアプローチなので、連携というよりはそれぞれの観点から補完しあう関係かと思います。

Q:

SDGsに対して企業の自主的な取り組みを促す視点の政策があれば、事例をご紹介いただけないでしょうか。

A:

今の欧州の流れを見ていると、自主的な取り組みよりは強制的遵守が主流になっており、影響力を増していくような気がしています。

Q:

今後、民間企業によるSDGs達成を継続的にウオッチしていくために有用な指標やデータベースなど、OECDが公開している利用可能なもので、何か追加的なものがあれば教えてください。

A:

OECDが公表しているデータは、残念ながら国レベルのデータが多く、個々の民間企業のSDGs達成度合いのデータは公表できていません。それでもOECDは、民間企業も含めてウオッチできるような指標づくりを進めているので、OECDのSTIやDAFのニュースレターを申し込んでおくなどして、トレンドチェックしていただくといいと思います。

Q:

フランスの「使命を果たす会社」に対する関心が皆さん高いようです。補足情報があればお願いします。

A:

「使命を果たす会社」は、企業がそのように登録することで財務目標以外の目標も果たしていくということを各ステークホルダーに示しやすくなるというメリットが大きいと思います。上場企業の場合、株主から財務目標一辺倒でリクエストが来ると、それに応えなければならないと思うのですが、「使命を果たす会社」はそうした状況に変化をもたらす非常に面白い取り組みだと思います。

Q:

北澤さんはJunior Professional Officer(JPO)派遣制度でOECDに入られたそうですが、なぜそのようなチャレンジをされ、なぜOECDを選ばれたのでしょうか。

A:

私はOECDに入局するまで日本のシンクタンクで働いていたのですが、調査研究業務が大好きで、国内の調査だけでなく国際的なシンクタンクの調査に非常に興味があったのでOECDに行ってみました。

非常に勉強になる場所でした。先進国だけが集まっているシンクタンクなので、考え方が西側諸国・先進国中心になっているということも一方で理解しましたし、世界的な統計データベースの整理の仕方なども目の前で見ることができたのは良かったと思います。OECDのHPには常に空席公告が掲載されていますので、興味のある方がいらっしゃれば応募してみてはいかがでしょうか。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。