グローバル・インテリジェンス・シリーズ

首都直下型地震に備える ー 地震動予測技術の驚くべき経済効果とは

開催日 2021年5月12日
スピーカー 柳澤 繁(株式会社ミエルカ防災 取締役)
イントロダクション 山田 剛士(内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(事業継続担当))
コメンテータ 吉岡 孝(経済産業省貿易経済協力局貿易振興課長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

日本は地震大国であり、今後30年以内に70%の確率で起こるとされる首都直下型地震や南海トラフ地震では甚大な被害が予測されている。本セミナーでは、内閣府政策統括官付参事官の山田剛士氏が大規模災害への国の対応について概説した後、株式会社ミエルカ防災の柳澤繁取締役が、地震動のP波・S波を活用した予測技術「ユレーマスシステム」の開発について紹介した。柳澤氏は、鉄道を使った同システムのシミュレーションを基に、同システムの導入によって地震の揺れを数秒前に察知することで、電車の脱線を防ぐなどの大きな減災効果を生むことを経済的側面から検証し、今後のさらなる活用に向けての展望を語った。

議事録

イントロダクション

国の大規模災害支援対応

山田:
近年、自然災害が頻発化・激甚化しており、今後は首都直下地震によって東京を中心に非常に大きな被害が出ると想定されています。それ以上に大きなものとして南海トラフ巨大地震が想定されていますし、非常に厄介なものに富士山噴火があります。もし富士山が噴火すれば、長期間にわたって首都圏に大きな被害が出ますし、上水道に関しても、水質が悪化して処理能力を超えたり、停電によってポンプが止まり、断水してしまったりすることも想定されます。

そうしたことを背景に2021年度、災害対策基本法を改正し、避難勧告・避難指示を一本化するとともに、災害発生の恐れの段階で国が災害対策本部を設置できるようにしました。これまでは発生後でなければ対策を打てなかったのですが、恐れの段階から広域避難に係る居住者受け入れの措置などを取れるようになりました。それから、内閣府の防災担当大臣を必置化することが法令上明確にされました。

大きな地震が起きた場合、内閣府に緊急参集チームが集まって事態把握などを行います。経済産業省に関係するものとしては、物資調達・輸送班(C4班)があり、そこが国の物資支援(プッシュ型支援)に対応しています。本来は被災自治体が自ら物資を調達して被災者に供給するのですが、手が回らない場合は都道府県、それでも足りない場合は国が対応します。要請を待つ時間がないときは、要請を待たずに必要な物資を被災地に緊急輸送しています。

その際に、物資調達・輸送調整等支援システムといって、物資の流れや要請などを関係者で一元的に共有できるシステムを整備しており、経産省を中心に物資調達を行う省庁とともに、効率的に物資支援をしています。

企業の事業継続計画の重要性

企業の事業継続を支えるものに事業継続計画(BCP)というものがあります。災害が起きても事業を継続できるように、平時から作っておく計画です。そのために内閣府では「事業継続ガイドライン」を策定しています。

東日本大震災では、地震や津波などの直接損害による倒産は180件でしたが、間接被害で1718件もの企業が倒産しました。直接被害を受けなくても事業に影響があるときにどう対応すればいいのかということを平時からまとめておくことは重要です。策定率は大企業で68%、中堅企業で34.4%とまだまだ低く、内閣府や関係省庁で促進を図っています。

講演

巨大地震の被害想定

柳澤:
もしも満員電車で通勤中に直下型地震が起きたら、大変な被害が出ることが想定されます。政府の想定によると、首都直下地震であれば今後30年以内に70%の確率で起こり、最大で死者2万3000人、経済被害95兆円に上るとされています。南海トラフ地震に関しては、今後30年以内に7~8割の確率で起こり、死者は何と32万人超、経済被害は220兆円と推定されています。

地震には海溝型と内陸型があります。東日本大震災や南海トラフ地震は海溝型であり、大陸のプレートが沈み込み、そのひずみによって起こる地震です。規模が大きくなりやすく、広範囲に影響を与え、津波の原因にもなります。ただ、最初の震動から主要動までの時間がやや長いのが特徴です。

一方、阪神・淡路大震災や熊本地震、首都直下型地震は内陸型(直下型)です。陸地の活断層が原因で起こる地震で、規模は大きくならない可能性が高いですが、局所的に起こり、最初の震動から主要動までの時間が短いという特徴があります。

ユレーマスシステムの特徴

地震は止めることはできませんが、被害は減らせると思います。私どもは地震動を直前に知ることのできるソフトウェアを開発しました。今回は、電車の脱線防止における活用例についてシミュレーションしてみました。

私どもが独自に開発したユレーマスサービスは、気象庁の緊急地震速報を組み合わせて震度予測を行い、お客さまに事前に通知するサービスです。地震にはP波という初期振動(秒速7km)とS波という主要振動(秒速4km)の2つがあり、伝わる速度がそれぞれ異なります。この時間差を利用して、P波の大きさからS波を計算してお知らせします。それから、ネットワークを活用しているので、震源地近くのユレーマスシステムから震源地から離れた場所のユレーマスシステムへ情報を送ることができます。

お客さまの建物に、ある程度の距離を離して3台の地震計を置きます。これは生活振動を間違えて拾わないために、多数決でP波を確定するためです。ローカルサーバに私どものソフトウェアがあり、ここでP波の情報を基にS波の大きさを予測し、信号として出力する仕組みです。

気象庁の緊急地震速報も受信しており、主に海溝型地震は気象庁の緊急地震速報、直下型地震はユレーマスシステムを組み合わせることで、いち早く地震動の大きさをお伝えすることができます。また、S波の予測履歴を蓄積することで精度をさらに高めていくことも可能です。

鉄道で経済効果をシミュレーション

ここからは、大阪・京都近郊で巨大地震が起きた場合の京阪電気鉄道への経済効果を考察したいと思います。

今回、976年と1317年に発生した京都盆地の地震、2018年の大阪北部地震、1596年の慶長伏見地震、1579年の上町台地地震の4つの地震を想定して計算しました。地震の規模は阪神・淡路大震災と同じで、震源16kmの深さで発生し、京阪全線で震度7レベルの揺れを観測したという想定の下でシミュレーションしました。

次に、脱線時の被害を想定しました。阪神・淡路大震災は発生が午前5時台であったため、走行車両が少なかったのですが、それでも震度7のエリアで16本の列車が脱線しました。時速65kmで走行していた場合、脱線時に非常ブレーキの2倍の減速が起き、さらに時速85km、80kmの場合は、3倍の減速がかかったことが分かっています。非常ブレーキでも大変な損害が出ますが、非常ブレーキの2~3倍ということは、相当大きな被害が出ることが想定されます。

シミュレーションするに当たり、JR西日本福知山線脱線事故のデータを使いました。この事故では、乗客数の16%に当たる107名が亡くなり、21%に当たる139名が重傷を負いました。京阪本線では平日の8時台、上り・下り合わせて48台の電車が走行しているのですが、福知山線事故の数値を適用すると、ユレーマスが未設置だった場合、乗客数2万7000名のうち、死亡者4300名、重傷者5700名という大きな被害が想定されました。

一方、ユレーマスを設置した場合についてです。京阪電鉄では気象庁の緊急地震速報を利用したシステムを装備しているものの、直下型地震では地震到達前の予測は非常に困難であり、緊急地震速報よりもユレーマスの方が早く通知できます。

シミュレーションでは、京都の三条駅と大阪の京橋駅にユレーマスシステムを置き、P波を検知することで、そこを走っているユレーマス搭載の電車にP波を通知し、その地点のGPS情報によって震度を予測します。それによって、伏見稲荷駅、枚方駅、天満橋駅付近をそれぞれ走る電車でどれだけ猶予時間が取れるのかを計算してみました。

京都盆地の地震に関しては、三条駅でまず地震発生から3.7秒でP波をとらえ、各電車に信号を発信できます。伏見稲荷駅では1秒前にしか受信できませんが、枚方駅では1.7秒前、天満橋駅では5.4秒前に受信できます。

大阪北部地震に関しては、京橋駅で地震発生から4秒で信号が発信され、伏見稲荷駅では2.2秒前、枚方駅付近では0.1秒前、天満橋駅付近では2.3秒前に受信できます。同様に、慶長伏見地震でも京橋駅で地震発生から3.6秒で信号を発信でき、伏見稲荷駅で6.6秒前に受信できます。上町台地地震でもそれぞれ猶予時間が発生します。

まとめると、もちろん駅に停車中の電車は脱線しないのですが、駅付近を走行中の電車であれば、1秒から8秒近くの猶予時間を稼げることになります。地震発生時、1~8秒前に通知を受ければ、自動ブレーキをかけたり、運転手に通知して手動でブレーキをかけたりすることができます。

次に、ユレーマスを採用した場合の内部経済効果(車両や線路などの社内的な経済効果)について見てみると、未設置の場合は走行中の48台のうち、駅に停車中以外は7割が脱線するところ、設置した場合はその3分の1が1~8秒前のブレーキで脱線を免れることができたと想定します。電車1両の価格が約1億円なので、84億円の損害を免れることになります。それから、脱線したときの線路復旧費用の軽減にもなります。

一方、財務諸表ではとらえられない外部経済効果を、人命を救えたことによる効果として金額に換算してみました。大人と学生の乗車割合を3:1と定め、平均年収から生涯賃金を計算し、重傷者は死亡者の3分の1の労働賃金が失われるとすると、外部経済効果は6400億円という膨大な数字になりました。ちなみに、京阪の電鉄部門の2019年度の売上は940億円、営業利益は110億円です。

さらに、救助活動に伴う救急、病院、交通などの業務の稼働軽減効果もありますし、脱線被害が軽減されたことで公共交通機関の復旧が早まる効果があります。直下型地震であれば被害範囲は限定されるので、地域の事業活動や観光事業などの早期復旧が可能になります。

数秒前の察知が大きな経済効果に

以上の減災効果をまとめると、ユレーマス未設置の場合、駅停車中以外の電車が全て脱線し、死亡者が4300名、重傷者が5700名となりますが、ユレーマスを設置すると事前のブレーキが可能となるので、3分の1の電車が脱線を免れ、仮に脱線したとしてもスピードが落ちるため、死亡者1800名、重傷者2500名と死傷者が3分の1に減ります。

わずか数秒でも地震動を事前に届ければ、減災で大きな経済効果を生み出すことが分かったと思います。ユレーマスシステムの活用例としては、高層ビルのエレベーター閉じ込め防止や、工場の重要精密機器のように破損すると操業が何カ月も止まってしまうような機器の破損防止が挙げられます。

今後は人を介在させることでさらに活用範囲を広げることを考えていて、社会的弱者のいる病院や老人介護施設、幼稚園・保育園、小学校などでの活用や、電車や自動車の事故防止も検討しています。電車の脱線防止は今回述べた通りですが、自動車についてもラッシュアワーに地震が起こった場合、大変な事故が発生すると思われます。特に自動運転を展望すると、自動車への地震情報の搭載は必須ではないかと思います。これについても関係者と一緒に応用研究・開発を行っていきたいと考えています。

また、環太平洋は地震が起きやすいエリアですから、特にインドネシア、フィリピン、台湾などの地震国においてもぜひ活用していただきたいと考えています。

私どもはさらにソフトウェアの機能向上を図り、P波を正確にとらえてS波のいち早い予測に努め、この機能を有効に活用できる場面を広げていきたいと考えています。

コメント

吉岡氏:
われわれ経済産業省では、内閣官房を中心に関係省庁と連携し、インフラの海外展開を進めており、毎年30兆円のインフラ輸出を目標に、特に鉄道や発電所、ダムなどいろいろなインフラ事業の海外展開を支援してきました。

2020年12月、インフラ輸出の戦略が改定され、「インフラシステム海外展開戦略2025」という今後5年間のインフラ戦略がまとめられました。この中でも、防災技術の海外展開について章を設けています。インフラ輸出の世界では最近、新興国勢が技術力や科学競争力を上げており、われわれも差別化を図る観点から、防災技術は特に差別化できる分野として注目しています。

新戦略の中からいくつか防災関係について紹介すると、2019年8月に「防災技術の海外展開に向けた官民連絡会(JIPAD)」が設立されました。各省と防災対策の技術を持つ企業が集まって情報交換をしたり、各国政府や在京の大使館関係者も招いて日本の技術をPRし、日本の技術をベースにしたインフラ作りで実績を増やす取り組みが始まっているところです。

それ以外にも人材育成や研修に加え、首脳会談や閣僚会合といった場でトップセールスによる技術の売り込みに力を入れているほか、インフラ整備のマスタープラン作成等を補助事業で支援するなど、日本の技術を入れ込む形でインフラ作りをしていく取り組みを進めています。

2019年8月の第1回JIPAD会合では、エクアドル、モザンビーク、インドネシアの大使を招き、直接技術のPRも行いました。政府の支援制度も活用しながら、各国で日本の技術を活用した災害に強いレジリエントなインフラ作りを進めていければと思っています。

質疑応答

Q:

今回、関西を事例として取り上げていただいたのですが、首都直下型地震におけるインパクトに関してはどうお考えですか。

A(柳澤氏):

当然、首都圏の方が乗客数も多く、電車の数も多いので、大変な被害が出ると想定されます。ただ、私の経験からすると、関西の私鉄の方が若干スピードが速いのではないかと思っており、脱線のリスクは関西の私鉄の方が高いという感じはしています。

それから、地下鉄についても、確かに地下であれば揺れは少ないのですが、逆にトンネルが非常に狭く、車体が側面に触れたり、側面に設置されている信号機と触れたりして車体が大破したという事例が阪神・淡路大震災でも紹介されています。早朝だったため乗客に死傷者はほとんど出ませんでしたが、地下鉄は地下鉄で脱線とは別の形での被害が想定され、必ずしも地上に比べて安全とはいえないと思います。

Q:

地震関係はいろいろな会社が取り組んでいる分野だと思うのですが、その中で御社はどういったポジショニングなのでしょうか。

A(柳澤氏):

気象庁の緊急地震速報を活用した地震予測はいろいろな会社が手掛けていると思いますし、単にP波・S波の大きさを通知するシステムを手掛けているところも多くあります。ただ、私どものように独自にソフトを開発して予測しているところはないのではないかと思います。さらに、私どものサービスはサブスクリプションモデルで料金を頂く形になっており、常にお客さまの周囲で実際に起きた地震の履歴を取っていて、お客さん個別の予測精度を上げているところは他にないと思います。

Q:

海外展開の中でその後ちゃんとビジネスにつながった成功事例はありますか。

A(吉岡氏):

2年前、経協インフラ戦略会議で具体的なプロジェクトをいくつかプロットした中で、チリやペルーの津波観測システムやインドネシアの耐震強化事業、早期警報システムなどが政府開発援助(ODA)も使いながらすでに導入されています。やはり大事なのは、政府のハイレベルの人たちに重要性をよく訴えて、トップダウン的に導入を図るアプローチだと思います。その点では官民連携で売り込んでいくことが大事だと思います。

Q:

鉄道以外の分野にはどれぐらい展開されているのでしょうか。

A(柳澤氏):

私どもが調べた範囲では、JRの新幹線以外はないと思います。ただ、気象庁の緊急地震速報を運転指令上などに入れているケースは散見されます。

Q:

最後に、今日聴いていらっしゃる方々にメッセージを頂けますか。

A(柳澤氏):

確かに地震は考えたくないことではありますが、現実に目の前に起きたときにいかに被害を減らせるかということについて、もっと関心を持っていただきたいと思っています。

A(吉岡氏):

2020年に策定されたインフラの新戦略では、日本企業のビジネス拡大の視点とともに、各国のニーズに応えて日本の技術やノウハウを使ってどう貢献していけるかという外交ツールとしてもインフラ輸出を位置付けています。そうした中で、防災技術は非常にニーズが高くなっていると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。