日本の人事を科学する―因果推論に基づくデータ活用

開催日 2017年7月6日
スピーカー 大湾 秀雄 (RIETIファカルティフェロー/東京大学社会科学研究所教授)
モデレータ 小滝 一彦 (RIETIコンサルティングフェロー/日本大学経済学部教授)
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開催案内/講演概要

2009年にRIETIで始めた研究プロジェクト「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析」は、個人情報を落とし匿名化した上で企業から提供された社員の基本属性、職務履歴、評価、労働時間などのパネルデータを、公的機関が管理し学術研究のために提供するという世界でも例がない画期的な試みでした。また、2014年から、東京大学とワークスアプリケーションズ社とのパートナーシップのもと始めた人事情報活用研究会では、自社データの活用に興味を持った企業を集め、統計学を用いて経営課題を分析したり、人事施策の効果を測る試みを続けてきました。これまでの研究や活動の中で蓄積してきた知見を整理し、女性活躍支援、働き方改革、採用、管理職評価、離職、高齢者雇用の6テーマを取り上げてお話しします。日本企業の人事機能の効率化のために、なぜ今データ活用が必要なのかも併せて議論します。

議事録

人事データに着目する理由

大湾秀雄写真私の専門分野は人事経済学・組織経済学です。伝統的な経済学では企業をブラックボックスとして扱ってきましたが、1980〜1990年代になると内部労働市場や人事制度に関する理論的研究が広く行われだしました。さらに、21世紀に入ると理論はたくさんあるのに実証研究が行われていないという認識が広がり、企業データを用いた実証分析が盛んになりました。

その中でも、私が着目したのは企業の人事データでした。2009年ごろに活動を始めたとき、人事データといえば給与情報・人事考課情報・異動履歴・勤怠情報・属性情報の5つでした。日本企業では人事機能が集権化されており、かなりのデータを会社として保存する体制を取っていて、とくに異動履歴に関しては入社時からの情報を残しています。これに着目して、何か分析できないかと考えたわけです。

情報技術の発展と蓄積情報の増加

ところが、企業の人たちと話す中で、最近は人事データの範囲が広がっていることが分かってきました。たとえば採用時の適性検査のスコアや面接の評点などの情報も残すようになったほか、従業員満足度調査を行う企業がとても増えました。これらも貴重な情報です。それから、部下や同僚による多面(360度)評価や研修の受講履歴、昨年から義務化されたストレスチェックの診断結果なども加わるようになりました。

そして、とくに最近注目を集めているのが、ネットワーク情報です。メールの送受信記録やウエアラブルセンサーなどを使って、企業内でのコミュニケーションや人的ネットワークが検証されるようになりました。

データが増加した要因としては、情報通信技術(ICT)の進展と業務支援ビジネスの拡大が最も大きいと思います。技術の発展に応じたサービスが提供され、ユーザーは普段からいろいろなツールを使っています。とくに大きいのはストレージ容量の拡大やクラウド技術、情報セキュリティ技術の発展で、それにより社内でデータを共有し、使いやすい形で集約して活用することがより容易になっています。

その中心にあるのがERP(Enterprise Resource Planning)パッケージといわれる基幹業務ソフトウエアです。Oracle、SAP、Works Applicationsなどの大手サービス提供者が、競って新しいデータの収集活用方法を提案しています。

加えて、女性の活躍を推進するという流れの中で、企業は業務の効率化を図っています。チーム内で情報を共有し、うまく業務の再配分やコーディネートをしなければ、生産性は上げられません。それをサポートするものとして、サイボウズやdesknet'sなどのグループウェアを活用する企業が非常に増えており、それに伴って蓄積される情報が増えています。

経済条件の変化とデータ活用の重要性

日本企業を取り巻く経済条件も、大きく変化してきています。RIETI初代所長である故青木昌彦先生は、「組織が効率的であるためには、情報構造が分権的である組織は集権的な人事システムで、情報構造が集権的である組織は分権的な人事システムで補完することが必要である」という「双対原理」を打ち立てました。

アメリカの企業の多くは、情報を吸い上げて、組織の上の人間がその情報を使って意思決定し、指令を下すという垂直的なコントロールの仕組みを使っています。一方、日本企業の場合、横で情報を共有して互いに連携しながら全体最適になるような行動を取ろうとする傾向が強くあります。つまり、アメリカ企業よりも分権化された意思決定をしているため、情報共有が重要になるということです。

そうした仕組みをサポートするためには、職能横断的な広い技能を持ち、会社に対する忠誠心が高いジェネラリストを多く育成しなければなりません。かつ、そうした社員に対して長期的な評価に基づいた処遇を提供する必要があります。そのため、日本企業は人事部が集権化しているというのが青木理論の解釈でした。こうした仕組みは、社員がある程度同質的で、画一的な人事制度を運用することで人が育てられることが条件になっています。

ところが、最近は従業員の属性・ニーズ・キャリアが多様化しており、採用・育成・配置・評価のいずれの面でも人事部が対応できなくなっているため、現場の管理職が判断し、支援を行う必要性が急速に高まっています。また、日本型の意思決定や雇用の仕組みは海外のものと互換性がなく、日本企業がグローバルに統合度を高める上で大きな障害になっています。

さらに、従業員が多様化することで利害が多様化すると、情報共有がうまくいかなくなるため、分権的な情報構造の効率性が落ちてきます。また、グローバル競争の激化に対応していくためには、社内で迅速に資源を再配分しなければなりません。これらには集権的な組織の方がうまく対応できるため、情報構造や意思決定の仕組みが集権化へシフトしていきます。

そうなると、それと補完的である人事システムは、より分権的(ハイブリッド的)に変わっていきます。つまり、人事部は権限を現場の管理職に委譲する一方、彼らの意思決定を支援し、組織の健全度をモニターするために情報収集にいっそう力を入れることになるわけで、これがデータ活用の重要性を高めていると考えられます。

ただし、将来の幹部候補生の採用・選別・育成や、戦略に適した組織・人事制度の設計といった戦略人事の領域は、これまで通り集権的に行う必要があります。

データ活用事例1 採用にPDCAを持ち込む

採用に関する情報やデータを企業が集めて活用することは、採用を効率化する観点から非常に好ましいことですが、誤った使い方をすると逆に採用効率を低下させてしまいます。

そこで重要なのは、採用時情報の有効性をチェックすることです。私が主宰する人事情報活用研究会で、幾つかの企業に採用時情報と入社後のパフォーマンスを比較してもらったところ、共通して適性検査の認知能力に関する点数に何らかの相関が見られた一方で、面接に関してはほぼ全ての会社で相関がありませんでした。

しかし、注意すべきは、相関がなかったからといって、採用時情報が有用ではないとは言い切れないことです。なぜなら、スクリーニングの結果選ばれた人だけを対象としているからです。それから、どの段階のパフォーマンス資料を使うかにも結果が依存します。また、記録が残っていない情報が重要な役割を果たした場合、観測できる要因が相関を持たない可能性があります。ですから、企業にはできるだけ採用時に使った情報を全部残すようにお願いしています。

データ活用による採用の効率化には、幾つかの問題点があります。まず、個人の業績と集団としての業績は異なることです。たとえば、組織の強みを生かすためにはいろいろな人材が必要ですから、個人の業績だけを見てハイパフォーマーのみを採用しても、集団としての業績は上がらないということもあり得ます。ですから、チームの構成も注意深く判断する必要があります。

それから、評価のタイムラグのため、環境や組織ニーズの変化のスピードに評価がついていけない可能性があります。つまり、企業にとって今後10年間必要になる人と過去10年間必要だった人は異なるかもしれません。とくに成長企業や事業内容が大きく変わった企業は、必要な人材が変化していることがあるので注意が必要です。

そして、一番注意しなければならないのは、個人の尊重が否定される危険性があることです。属性や過去の成績や経験で画一的にスクリーニングしていくと、さまざまな可能性を事前に否定される人が出てきます。そうならないように、データの使い方に関してある程度ガイドライン的なものを作っていく必要があると思います。

データ活用事例2 女性活躍推進の指標を作る

女性活躍推進で一番のキーとなるのは、統計的差別との闘いだと思います。女性はどうしても結婚や出産で辞める確率が高くなってしまうため、たとえば1つの育成機会があって同じ能力の男性と女性がいた場合、投資するなら辞める可能性の低い男性にその機会を与えようと上司が判断することがあります。これが統計的差別です。

統計的差別は非常に合理的な判断なのですが、自己成就的でもあり、そうした判断をすればさらに女性が辞めてしまいます。そうならないためには、政策的な介入や産業界のリーダーシップが必要になります。

重要な政策的方向は、女性活躍推進の進展度の「見える化」を図り、労働市場・製品市場を通じた差別を是正することです。企業が女性を大切にすれば、優秀な女性がその企業で働きたいと思って集まってくるし、女性を大切にするブランドイメージを消費者に与えれば、製品市場においても宣伝効果を発揮します。

その点で、女性活躍推進行動計画で報告を義務付けて公開することは非常にいいことです。現在のデータベースにはほとんど重要な情報が入っていませんから、男女の賃金格差や昇進格差、評価格差、性別職域分離、男性の育児休業取得率、従業員満足度調査の男女差など、奨励する項目を増やすことが重要です。

政府が計算ツールを提供したり、人事給与パッケージ提供会社が自動的に計算する機能を付けた場合に補助金を出したりしてもいいと思います。女性活躍推進の進展度を「見える化」して、非常に取り組みが遅れている会社は政府調達で不利になるようなルールを作るなど、何らかの経済的インセンティブを与えることも必要だと思います。

男女賃金格差を論じる時、男女の平均賃金の差を比べてもあまり意味がありません。男性と女性では学歴、年齢、勤続年数の構成が全て違うからです。必要なのは、同じ学歴・年齢・勤続年数の男女でどのくらい賃金格差があるのかを調べることです。

日本の男女賃金格差の推移を見ると、2000年代初めには30%以上あったものが、最近は20%前後に縮まっています。こうした改善の大部分は、女性の高学歴化や勤続年数の長期化が寄与していることから、学歴と勤続年数をコントロールして回帰分析すると、2000年代初めの23〜24%から、現在は17%程度にまで縮まっています。

さらに、給料の高い産業に男性が就職し、給料の低い産業に女性が就いていることで格差が生じている可能性もあるので、企業ごとの賃金水準の違いを考慮に入れ、同じ事業所内での賃金格差の推移も見てみました。これで同じ組織、同年齢、同学歴、同じ勤続年数の男女で比べると、今でも18%程度の男女差があります。おおむね新興企業は10%以内が多く、伝統的企業は2割を超えるところが少なくありません。伝統的企業は平均年齢が高く、給料カーブが立っているため、男女差が広がりやすいのです。

私は、採用時には男女差がないのに、なぜか10年たつと男性の方が優秀になってしまうという相談をよく受けるのですが、1つ可能性として考えられるのは、男女の育成方法や、評価が形成されるプロセスにおいて男女差が生じているということです。そこには大きく2つの原因があり、1つは女性よりも男性によりチャレンジングで難しい仕事を配分している傾向があること、もう1つは女性よりも男性の部下とのコミュニケーションが密になっていることが挙げられます。従業員満足度調査を使った分析においても、業務の配分の仕方が男女でかなり異なることと、企業内の情報ネットワークから女性が外れている状況が分かります。

データ活用事例3 中間管理職の生産性をどう評価するか

日本における高齢化の進展と遅い昇進制度は、若い世代のビジネススキルやリーダーシップスキルの習得機会を奪い、日本企業の競争力低下を招きつつあります。

管理職になる年齢が遅くなればなるほど、人を管理するスキルを習得する時期が後ろにずれるため、将来的に会社全体をマネージする人材の育成が遅れることになります。また、高齢化によって管理職に昇進する時期がどんどん後ろにずれ込むと、幅広い技能を身に付けて企業の上に立つ人材や、多国籍企業をリードするようなリーダーシップを持った人材が減っていくことになります。

ですから、遅い昇進から早い選抜へ、年功主義から実力主義へと転換する必要があります。とくにグローバルに競争している企業は、若いうちから選抜してどんどんリーダーシップを身に付けさせることが必要なので、早い選抜への移行が望ましいです。

ただし、その際には納得感のある評価制度や昇進制度の構築が欠かせないことから、管理職のパフォーマンスを測ることが不可欠です。管理職のパフォーマンスを測る方法には、部下の生産性を利用する、多面評価をする、従業員満足度調査を行うという3つの方法があるので、こうしたものを使うように企業に呼び掛けています。

データ活用事例4 働き方改革・研修をどう評価すべきか

働き方改革は、女性が働きやすい職場にするのではなく、男性の働き方を変えることが第一義です。それによって、家庭で男女が協力しながら育児・家事をできる環境を作ることが大事なのです。

基本的な考え方は柔軟性と生産性を向上させることで、これには小集団活動の利用が1つ大きな方策になると思います。日本企業はブルーカラーにおける改善活動(QC活動)は得意ですが、ホワイトカラーではそういう活動をしてきませんでした。ホワイトカラーでチームを作って仕事の仕方を変えることで、柔軟性と生産性を高めます。

働き方改革やそれをサポートする研修は、その効果を検証しつつ導入することが望ましいため、効果の測定を制度設計に取り入れることが大切です。評価するためには、評価を前提として事前に制度設計することが大事で、そのための方法の1つに実験があります。

実験は、ランダムに選んだ人を研修させて、選ばなかった人たちと比較するというのが基本的な発想ですが、相手は人間なので公平性が重要です。公平性を保つ上で大事なのは、クロスオーバーで実験する考え方です。

まず研修効果をどう測るかという指標を決め、次に研修対象者をランダムに2つのグループに分け、研修時期をずらします。すると、一方のグループは研修を受けていて、もう一方のグループは研修を受けていないという時期ができます。その間のデータを使って研修効果を測ることが可能になります。この方法をいろいろな企業に勧めています。

まとめ

近年は、利用可能なデータが増加しているだけでなく、それを使う経済的要請も強まっています。今後の課題としては、因果関係を特定するための事前設計を考えた上で制度設計や研修の導入を考える必要があることと、メカニズムを理解するためにいろいろな媒介変数になるような情報を集めることが挙げられます。

それから、倫理的な問題への取り組みも今後非常に問題になると思います。データ活用が進むと、社員にとって不利益な利用がなされる可能性が生じ、従業員の差別につながりかねないからです。データは基本的に観測できない要因があり、計測誤差やバイアスを完全には除去できないので、使い方には細心の注意が必要ですし、データは本来、社員の支援のために使うべきものですから、ガイドラインを作り、それにのっとって人事部が活用を図る体制を考えていく必要があります。

私は、新しいデータや新しい方法の活用で、企業というブラックボックスの中で何が起きているかを明らかに出来る可能性が広がっていると考えています。

質疑応答

Q:

働き方改革や研修の効果検証について、ポイントのようなものがあれば教えてください。

A:

後から効果を検証しようとしてもできないことが多いので、事前準備が最も重要です。何が目的で研修をするのか、研修によってどういう行動の変化が起こると予想されるのか、その行動を計測するにはどういった指標が必要かということを計画立てて作らないと、終わってからではなかなか検証できません。

それから、データをある程度一元的に管理している企業の方が計測しやすいです。多くの企業はデータがばらばらで、必要なデータを集めてくるだけでものすごく時間がかかります。それが1つのシステムに全部入っていれば、定量的な分析が非常にスムーズにできると思います。

Q:

ウエアラブルセンサーを使ったネットワークの可視化や、社内メールの分析による関係性について、評価する方法は何かあるのでしょうか。

A:

1つは、社内のコミュニケーションやコーディネーションがどのくらい密になされているかを測る尺度になるわけですので、コミュニケーションがどう変わったかを測るために使うと良いでしょう。たとえば、研修や制度改革をした前後でネットワークがどう変わったかを見ることで、改善されたかどうかを評価できると思います。

もう1つは、フォーマルな立場で影響力を行使している人たちは、おそらくいろいろな処遇を受けていると思いますが、たとえばインフォーマルな立場で影響力を持っている人たちは、会社から十分に評価されていない可能性があります。そういったリーダーシップのある人たちが誰かを特定する目的でも使うことができると思います。会社に対して貢献している人たちが適切に処遇されているかどうかをチェックする上でも、ネットワーク情報は使えると思います。

Q:

こうすればもっと優秀な経営者・管理職を育成できるとか、企業の組織自体を変えられるというような示唆があれば教えてください。

A:

中間管理職の貢献を測る方法の1つに、部下の生産性を使って測ることを挙げました。下の人間に十分なトレーニングを施すことができたり、モチベーションを維持したり、うまくコーチングできたりする上司の下に来れば、生産性が上がるからです。

大事なことは、部下の力を押し上げられる人が、実際に上に上がっているかどうかです。部下の力を上げられる人は、やはり上に上がっても部下の力を上げる可能性が高いので、そういう人たちが上に上がる仕組みを作ることが重要です。

同様なことは、多面評価によって把握することもできると思います。同僚や部下が高く評価している上司は業績を上げる傾向があることが統計分析で分かっています。ですから、上司の評価だけを見るのではなく、今後は部下や同僚の評価を加味し、部下をうまく育てている人が上に上がれる仕組みに変えることが大事だと思います。

Q:

最後にガイドラインが必要だとおっしゃっていました。実際どういうふうにガイドラインを作れば、不利益を起こさず、新たな統計的差別を生まずに、企業のパフォーマンスを上げられるのでしょうか。

A:

最近の産業界の動きを見ていると、まずデータを使うことが先決になっていて、それが従業員にとってどういう意味があるかということに関しては配慮されていない印象があります。たとえば、従業員の持っている社員証で従業員の脈拍や精神状況を常にモニターしようとする仕組みがあります。ストレスを感じている人に対して支援するという意味では非常に有効だと思いますが、ストレスがたまっている人に対して仕事を強制的に減らしたり、業務の配置を変えたりすることを機械的に決めていくと、本人のためにもなりません。ですから、一義的には支援を与えて、本人と相談しながら、会社が何をできるかを考えるための手段として使うということです。

それから、いろいろ出てきた情報を評価のために使うよりも、まずは育成のために使うことを第一に考えるべきだと思います。ものによっては昇進などに間接的に影響を与える場合もあると思いますが、第一義的には育成のために使うべきです。結果をどのように開示したり利用するか、ケース・バイ・ケースで検討する中で、より良い方向性が見えてくるような気がします。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。