汎用ヒト型ロボット「まほろ」でバイオ研究に革新を-ライフサイエンス研究にパラダイムシフトを起こす

講演内容引用禁止

開催日 2017年1月18日
スピーカー 髙木 英二 (ロボティクス・バイオロジー・インスティテュート株式会社代表取締役社長)
モデレータ 西村 秀隆 (経済産業省商務情報政策局生物化学産業課長)
開催案内

生命科学・バイオインダストリー(再生医療・創薬)の現場は、経験・カンといった個人の暗黙知に支配された作業によって成り立っている。したがって、個人研究生産性が低く、研究開発に膨大なコストと時間を要している。また、暗黙知による技術の囲い込みと技術継承・共有の困難さが常態化し、その結果データの再現性が低く、ねつ造改ざんといった研究不正問題も後を絶たない。さらに、エボラウイルス等のバイオハザードが顕在化し、少子化・人材不足も相まって研究現場は危機的な状況に置かれている。

我々は、これらの問題を解決する、汎用ヒト型ロボット技術<まほろ>を開発した。まほろは、単に人間が行ってきた作業を自動化するだけでなく、熟練者と協働し技術を可視化・最適化し、研究生産性を飛躍的に向上させることを実証した。また、最適化された作業はロボットにより何度でも再現され、複数のロボットで共有可能であるため、データの検証・追試といったプロセスバリデーションそのものの有り様を一変させ、研究の不正防止を可能にする。近い将来、全ての研究従事者をピペットワークから解放し、知性と独創性に関わる高付加価値労働に集約させ、研究開発現場の構造を一変させることが期待されている。

議事録

弊社の概要とライフサイエンスの課題

髙木英二写真ロボティック・バイオロジー・インスティテュート(RBI)は、産総研が持つ技術の実用化を目的に、産業技術総合研究所の技術移転ベンチャーとして2015年6月に設立されました。コア事業は、ライフサイエンス(生命科学)の実験作業を行うロボット施設(ロボティック・バイオロジー・センター:RBC)の運営と、ロボットおよびロボット周辺機器・ソフトの開発・販売・保守です。

昨今、ロボットは社会の脅威のようにいわれていますが、逆にわれわれはロボットと人間が共生・共存することでバイオ分野の研究を促進すると考えていて、人に置き換わるロボットというコンセプトは一切持っていません。

今、バイオ分野は研究生産性が非常に低い状態にあります。その理由は、技術と経験が暗黙知として個人に囲い込まれていて、他の人が共有したり、再利用したりすることが非常に難しいからです。その上、再現性が低く、試行錯誤を延々と繰り返すことになるので、開発に膨大な時間とコストがかかります。

一方、研究開発費は、とくに薬の場合は年々薬価が下がっていきますから、削減される方向にあります。その上、少子化による慢性的な研究者不足から、研究の継続性どころか企業の継続性すらなかなか担保できないのが現状だと思います。

ライフサイエンスの課題は、非常に期待されているし、技術的に最先端であるべきなのに、研究者が知的生産に専念できていないことです。手技のぶれにより再現性が低く、無駄な実験を繰り返し行わざるを得ないことで膨大な時間が無駄に使われているのです。

結果として、研究者はねつ造や剽窃のようなことが起こりかねない環境に置かれ、高額機器の稼働率も必ずしも高くありません。加えて、人体に影響があり得る実験は実施が制限されます。こうした課題を、われわれはロボットを使って解決したいと考えています。

3年前、雑誌「Nature」に発表された記事によると、前臨床試験までの研究の70%以上が再現できていません。要するに、他人の実験を再現するのは極めて難しいということです。それから、従来の自動化や省力化は、1つの作業の処理能力を上げることを目的としているので、効率重視で繰り返しの精度は必ずしも担保されていません。

また、単一の実験作業にのみ利用するための専用設計なので、少しだけ条件を変えた実験をしたくても要素を簡単に変えられません。とくにバイオの実験は工場生産とは全く異なる要素を持っており、連続性を必要とするので、各ロボットの間をつなぐシステムインテグレータのようなものを使います。そこには必ず搬送ロボットのようなものが入ってくるため、結果として工程が非常に長くなり、メーカーが違うと統合性や整合性が得られず、互いに干渉し合って止まってしまうこともあります。要するに、決して研究生産性が上がる自動化ではないということです。

そこで、RBIでは、汎用ヒト型ロボット「まほろ」と、それを操作するためのソフトウエア「ProtocolMaker(プロトコルメイカー)」を提供しようと考えています。そして、IoT(Internet of Things)を実現し、プロトコルを共有化する仕組みとして「LabSphere」というシステムを開発して、最終的にはクラウドを通してプロトコルの共有を図ろうという、ロボットクラウドバイオロジー構想を描いています。

「まほろ」と「ProtocolMaker」

汎用ヒト型ロボットは、人が使っている器具をそのまま使って動作します。研究者は、ロボットが自分と同じ動きをするので、何をどうすればよいかが非常にイメージしやすく、導入に時間がかからず、導入コストも非常に低く済みます。

今は「ロボット」というと、単機能で効率が悪いなどというマイナスのイメージを持つ人も多くいます。われわれは、そうしたイメージを避けたいという思いから「LabDroid」という言葉を提唱していて、一般名詞として使おうと考えています。LabDroidは、いわゆる「人のために働くロボット」を指します。

ファクトリーオートメーションなどのロボットは大体片腕5〜6軸ですが、LabDroidは肘の関節を加えた片腕7軸で、トルソー(胴体)を加えると15軸あります。これにより、これまでは人が手で行うしかなかった実験がロボットでも可能になったといえます。

とはいえ、7軸ずつある両腕を1つのCPUで高精度にコントロールするのは簡単ではなく、われわれが目指している実験作業を行うには、今のところ安川電機製のロボットが世界で最も適しています。そのため、現在は安川電機のものを使っていますが、将来的には複数のロボットメーカーとのお付き合いが出てくると思います。

ロボットのアームが届く2.5〜3mの範囲に装置を配置すれば、ロボットが動く必要はありません。また、周りの装置を変えれば、実験内容が変わっても同じロボットが動作できます。これをわれわれは「汎用」と呼んでいます。

ProtocolMakerは、プロトコル(作業手順)を作成・編集するソフトです。ジョブのライブラリの中から、どういう器具や試薬を使って、どういう条件で、どういう動作をさせるか、ロボットの細かい動作まで選択して、実験ノートを書く要領でドラッグ・アンド・ペーストしてつないでいきます。

バイオ実験は複雑多岐にわたっているように見えますが、基本的には20〜30の動作の繰り返しや組み合わせなので、8割ぐらいの動きは再現できます。素人でもプロトコルを書くことができ、ロボットの動作とソフトウエアは連携していてボタンを押せばそのままロボットが動くので、バイオの研究者がロボットの動きを心配する必要はありません。

「まほろ」を通じて、個人に囲い込まれている技術と経験をロボットに移すことで、暗黙知をなくせることが分かりました。たとえば「ゆっくり」「丁寧に」「均等に」という動作も全て数値化してロボットが動くので、個人の技術や経験が可視化され、曖昧性が除去されます。これにより、標準プロトコルを作ることが可能になり、実験を高度化できます。つまり、人とロボットの協働が可能となり、いろいろな実験の最適化を図ることができるということです。

従来の自動化は人に置き換わるものであり、省力などのコンセプトによって評価されました。その場合、ロボットが生む価値は人件費の削減であり、人の仕事を奪うだけでしたが、実験が高度化されて新しい成果が得られれば、そこに生まれる価値は人件費の比ではありません。

たとえば、遺伝子発現量の測定は、自動化が困難で単純な繰り返し作業の典型で、精度を高めるのが非常に難しいものです。分注される試薬の量が一定でないと、発現の微妙な差が増幅されて測定値の正確さが失われます。そのため、実験者の技術によって20〜30%のばらつきが生じるのですが、ロボットを使えばばらつきが4%以下に抑えられ、わずかな生物学的変動も検出可能になります。これはバイオ研究にとって非常に大きな違いです。

一例を挙げると、ある実験では、細胞に二千数百個の化合物を振りかけて細胞に変化があるかどうかを見る実験を行ったのですが、シングルセルに分散して各ウェルに均等にまくことと、細胞のバイアビリティ(活性度)を保つことという二律背反する2つの要件を両立させる必要があり、実験に2年かけましたが結果がばらついて失敗しました。

そこでロボットを使ってみたところ、何回実験しても同じヒット化合物が得られる方法が、たった1週間で見つかったのです。ロボットは、力加減や位置を数値化すれば、細胞を均等にまく条件が必ず再現でき、正確に毎回同じ条件で実験ができます。それによって発想が広がり、分散強度、沈降待ち時間、チップの位置など、人では条件設定が難しかった項目を最適化し、最適な密度でシングルセルに分散した画分だけを取って細胞をまくという、要件を両立させる解を見つけ出すことができたのです。

LabSphereの開発と普及

現在、われわれはオープンイノベーション戦略として、プロトコル記述を標準化するLabSphereというシステムの開発に取り組んでいます。プロトコルを共通言語で書いて世界で共通化するのはアカデミアの仕事でもあるので、国際コンソーシアムを立ち上げて、アカデミアが分担してセマンティック化に取り組んでいます。

プロトコルのアーカイブは簡単にできるので、標準言語で書いてクラウド上のサーバに蓄積します。実験によって得られたデータやロボットのジョブも、自動的にクラウド上のサーバで一元管理できます。プロトコルを他のロボットにダウンロードして実験させれば、条件は同じなので必ず同じ結果が出るはずです。出ないとすれば、使われている器具や細胞、化合物等に何らかの違いがあるからで、それは同じロボット下であれば見つけることができます。

さらに、解析結果も同時に蓄積されていくので、そこにビッグデータが生まれ、AIを導入する1つのプラットフォームの構築が可能になると考えています。また、実験ノートを人が手書きするのではなく、実験ログが自動的にデジタルで記録されることで、データのねつ造や改ざんを完全に防止できるというメリットもあります。

われわれは今、RBCというデモンストレーションサイトを立ち上げる準備をしています。ここを研究開発とシステム販売のマーケティング拠点としてオープンイノベーションを実現するとともに、国立研究機関の大規模実験や病院の臨床サンプル、アカデミアの研究、製薬メーカーの創薬シーズなどを持ち寄って共通の機器を使ってプロトコルを共有することで、研究サイクルを促進させます。機器メーカーも乗ってくれば、ロボット対応の機器が逆に差別化されるということも将来的にはあり得るかもしれません。

ロボットクラウドバイオロジー構想

たとえば、グローバルに展開している製薬企業の研究所では、クラウドを通してプロトコルが共有でき、再現して比較もできます。つまり、同じプロトコルでロボットを設定しておけば、場所や人を問わずデータの共有化や比較・検討ができるのです。

あるいは、大学と企業でのプロトコルの共有化も可能です。企業が大学の研究成果を導入しても、自社の社員を2年ほど大学に派遣して勉強させないとなかなか再現できないというケースがよくありますが、そんな心配が全く要りません。さらに、RBCでそれをバリデートすることも可能です。

われわれは、事業開始10年後にはラボレスを提唱したいと考えています。RBCのようなインフラがあれば、今までのように研究室に入ってその施設で研究させてもらう必要もありません。少子化により徹底した人材活用が求められる中で、リタイアしたシニア研究者が夜間に実験させておけば、朝行くとデータがそろっています。あるいは、子育てや介護中の研究者が料理をしながらiPadで「まほろ」の実験の様子を見ることも可能ですし、非常に優秀な高校生が考えた実験を誰かに頼んでやってもらうこともできます。

解析機器の一局集中化を図ってロボットが50台、100台あるような大規模な研究拠点ができれば、ロボット間の協業やプロセスバリデーションも可能になり、非常に高度で効率の良い実験ができます。われわれは、何年か先には必ず来るラボレスの時代に向けて、RBCを構築して運営していきたいと考えています。

ロボットによる再現性やインターネットを使ったプロトコルの共有が可能かという実証プロジェクトを、2015年に国内6拠点で行いました。産総研と慶應義塾大学医学部、東京医科歯科大学(ChiP-seq)のプロトコルで九州大学医学部、味の素、理化学研究所が実験を行い、同じ結果が出ることを実証しています。

RBIが提供できる価値

とくに創薬の基礎研究のプロセスでは、「まほろ」が非常に役立つと考えています。薬の開発では、新規化合物の探索・合成やスクリーニングなどの基礎研究に2〜3年、前臨床試験に3〜5年、臨床試験に3〜7年かかるのが普通ですが、基礎研究は失敗すると5年ぐらいかかってしまうからです。基礎研究の部分をスムーズに行うことで開発期間が抑えられ、現在は約600億円といわれている創薬コストが大幅に削減できます。

さらに、その成果は別の形でも期待できます。今の特許申請は非常に早い時期に行われていて、開発に15〜20年かかってしまうとジェネリック(後発医薬品)が出るまでに2〜3年しかありません。しかし、特許申請にかかる時間を3〜5年に抑えられれば、特許の有効期間内で数百億円に上る利益を得ることも決して夢ではありません。それは創薬コストの削減にもつながるので、最終的に医療経済問題を解決できると思っています。普及には多少時間がかかると思いますが、われわれとしてはそういう形での貢献が将来的にあり得ると考えています。

まとめ

「まほろ」が普及することで、研究者の知的創造性が発揮できる研究環境を実現することができます。物理的にロボットが実験を行い、研究者はクリエイティブな部分を担当することによって、研究者個々人の研究生産性が向上し、ライフワークの質を高めることにも貢献すると思います。これが開発のモチベーションです。

また、実験の再現性確保とねつ造防止の具体的なソリューションとして提供できる、技術プラットフォームになると思います。最終的にはヒューマノイドロボット、IoTによるAI導入プラットフォームを実現することで、研究のサイクルが非常に速くなると思います。

加えて、ラボレスによる在宅研究を可能にし、少子化時代においても人材をフルに活用できるような環境を提供できます。

さらに、IoTですから、場所を問いません。東京以外の、従来では考えられなかった場所でも100台のロボットが置けるようなセンターを造ることができるので、われわれは地方創生への貢献も視野に入れています。そして、最終的には創薬コスト削減、ひいては医療経済の健全化にも役立ちたいと考えています。

質疑応答

Q:

RBCをビジネスとして展開していく上で、どのような戦略をお持ちですか。現在の「まほろ」1台の価格と、それをどのぐらいまで下げていくかという営業戦略があればお聞かせください。

A:

RBCのハードルが高いことは事実ですが、研究費の範囲の非常に低いコストで使える仕組みをつくって、コストをカバーできればいいと考えています。実際に使っていただいた実績を積み上げることで、ロボットの精度向上やビッグデータの足掛かりにもつながり、極端に言えば、AIのための生データを提供する形にもなると思います。

一方、今の製薬企業は水平分業が非常に盛んで、開発段階の作業はほぼ外注に出されています。そういう流れの中ではむしろ、製薬企業からの受託や共同研究は今後ますます大きくなるので、その中でRBCを維持できればいいと考えています。

「まほろ」の市場価値は1億円程度と考えていますが、当然飛ぶように売れることはありません。多分、日本よりも海外の方が多く売れるだろうと想定していますが、たとえば300台普及した後に3000台のレベルまで普及させようとすると、今のままではいけません。当然、競合も出てきます。したがって、その時点で戦略としてどうするかはまだ結論を出していませんが、ロボットの価格を下げることが考えられます。ターゲットとしては5000万円を切ることがわれわれの当面の課題だと思います。

Q:

多くの人が使えば使うほどプログラムの性能が上がるという規模のメリットがあるので、早くいろいろな人に使わせることを考えていくことが1つの作戦になると思うのですが、いかがですか。

A:

スピードアップが非常に大事で、RBCを立ち上げることも1つの方策と考えています。ロボットの動きそのものもそうですが、ロボットによってこういうことが分かってきた、こういうことが違ってきたということが世の中に出ることが、世間に受け入れられる上で大きな指標になると思います。 今の経営者は、いかに開発コストを下げるかを優先しているので、そういう意味ではアカデミアがユーザー層を広げる対象になるでしょう。そうなると、そんなに多くのお金を頂くわけにはいきませんし、多く使っていただくことによるメリットがあるので、当面は地道に展開していきたいと思っています。

Q:

バイオの生産の部分にも、このシステムを導入していくことは考えられますか。

A:

生産現場にいきなり行くのは非常に難しいと思っています。ただ、従来の低分子化合物や、化学製剤ではない生物製剤の場合、研究から製造まで一貫してつながっています。ですから、研究分野で使われているプロセスが製造現場に移るので、われわれは将来的には非常に有効だと思っています。

モデレータ:

クラウドセンターにデータが蓄積されていく中で、こうした方がいいのではないかというようなプロトコルを、「まほろ」側から提案できるようになるのでしょうか。

A:

われわれは蓄積されたプロトコルを、将来的にビッグデータとして公開しようと思っています。プロトコルは共有されることによって価値も出るし、進化もしていきますから、誰でもサーバにアクセスできて、プロトコルを触れるようにします。それがロボットクラウドバイオロジーの1つの考え方であって、そういうサイクルを速く回せることが、サイエンスの発展に役立ちます。

モデレータ:

ヒト型ロボットを歩かせれば工程数が随分増えると思いますが、そういう構想をお持ちですか。

A:

ロボット自身が動く必要がある場合、今でもレールの上を走らせることはできます。ただ、ロボットが動く場合は位置精度を高める必要があるので、動くことによって生じるデメリットもあります。それから、ロボットが動くのがいいのか、ロボット2台を使うのがいいのか、あるいはロボットとロボットの作業場をつなぐシステムのようなインテグレーションの部分がある方がいいのかは、研究内容によって変わってくると思います。そこはまだわれわれとしてはあまり考えていません。

Q:

御社の最先端の現場では、AIやロボットのリテラシー教育をどこでしているのですか。

A:

教育というよりも、考え方をどうやって擦り合わせて導入していただくかを考えています。現場の問題もさることながら、それぞれの研究所や企業の研究体制や研究の高度化を前提に考えていただくので、事前にきちんとトップの了解を得ておくことが重要だと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。