インタンジブルズ・エコノミー 無形資産投資と日本の生産性向上

開催日 2016年11月10日
スピーカー 宮川 努 (RIETIファカルティフェロー/学習院大学経済学部教授)
モデレータ 福本 拓也 (経済産業省経済産業政策局産業資金課長)
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今回のBBLセミナーでは、著書『インタンジブルズ・エコノミー 無形資産投資と日本の生産性向上』についてお話しいただきます。

議事録

アベノミクスと日本の経済成長

宮川努写真2007年度から今日まで、RIETIで無形資産の研究プロジェクトを行い、その成果をようやく今年9月に東京大学出版会から発刊しました。今日はその第1章を中心に、生産性向上における無形資産投資の役割についてご紹介します。

日本経済の成長という長期的視点からアベノミクスを捉えるとき、焦点の1つは投資になります。アベノミクスが始まって以降の設備投資増加率はあまり高くないとされていますが、それは設備投資に対する既存の概念にとらわれているからで、経済構造の変化をしっかりと捉えていないのではないかという議論があります。企業が考えている投資の範囲はより広く、その中で私どもが特に注目したのが無形資産投資です。

アベノミクスは、大胆な金融政策(量的・質的緩和)、機動的な財政政策、成長戦略を「3本の矢」としています。しかし、実態は金融政策にかなり比重がかかったもので、景気対策にはなりますが、成長力を上げる政策ではありません。しかも、物価目標の達成がかなりずれ込んでいることから、量的緩和一本ではなく短期・長期の金利も操作する方向に移行しつつあります。成長戦略も実施していないわけではありませんが、労働市場改革など経済全体に影響を与えるような大きな改革には手がつけられていません。

もう少し長いタームでアベノミクスを評価すると、2000年以降、3回の景気回復期(小泉政権期、民主党政権期、アベノミクス期)の中で、GDP成長率はアベノミクス期が最も低くなっています。なぜなら、実体経済への波及が進まず、かつ民間主導ではなかったからです。消費税の影響もあるでしょう。世界金融危機前と現在の経済状態はあまり変わっておらず、日本経済の実力をある程度反映しているといえます。アベノミクスは、世界金融危機で雇用や景気が大きく落ち込んだところからの回復過程の最後の仕上げだったのだと思います。

労働市場と株価は世界金融危機前よりも改善していますが、失業率の低下は労働力人口の80万人近い減少によるものであり、株価の上昇は年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や日銀などの公的資金の流入により下支えされているという要因も無視できず、残念ながら成長戦略が効果を発揮していないと言わざるを得ません。

新たな成長のためのシーズが必要とされるということで、経済成長の要因を分解してみると、2000-2010年の米国の平均GDP成長率は1.5%ですが、労働力の伸び率は-0.3%です。中国も、10.3%の成長率のうち労働力の寄与は0.3%です。労働投入は成長には寄与しておらず、成長率に大きな差をもたらしたのは資本投入の増加とTFP(生産性)であることが明らかになりました。

近年の経済の長期停滞の要因に、SummersやKrugmanといった経済学者は設備投資不足、すなわち均衡実質金利の低下を挙げており、日本にもそれは当てはまると思われます。ただ、米国のようにさらなる財政拡大という処方箋は、現在の日本の財政状況からすると非常に難しいと言わざるを得ません。そうなると、資本蓄積か技術革新を通じた資本の限界生産力の増強が必要になります。無形資産投資は、その両者に関わっているのです。

投資行動の変容

アベノミクスの誤算の1つは、同じ資産でも建物や機械などへの投資の増加を目指したことです。有形資産の純資本収益率はバブル崩壊までの増加傾向から一転して低下に転じ、リーマンショック時にはほぼ0%になり、現在は2%前後です。あまりに低いので、マイナス金利にしてまでも、とにかく投資を誘導したかったのだと思いますが、従来型の設備投資の伸びは抑えられたままで、実質金利の低下でも対応できないレベルです。

円安も、輸出が為替変動に対して非感応的になっているため設備投資への波及経路が小さく、金融政策から実体経済への波及に対する期待を裏切る形になっています。

政府は、企業が設備投資をしない分、全て現預金としてため込んでいるのだろうと考えています。確かにため込んではいるものの、法人企業統計によると企業はもっと別のものに資産を移動させています。建物・機械などの「その他有形資産」が264兆円から235兆円(同-4.4%)に減っている一方で、内部留保といわれる「利益剰余金」は2007年度末の272兆円から2015年度末は367兆円(総資産比3.6%)に、「現・預金」も134兆円から181兆円(同1.8%)に増えています。

さらに、「投資、その他の資産」は247兆円から389兆円(同6.9%)に増えており、その中には関係会社への投資に加え、海外へのM&Aも含まれています。2015年には海外へのM&A投資は10兆円を超え、国際協力銀行のアンケート調査によると、M&Aを重要な経営手段と認識している企業は8割に上ります。

また、「投資、その他の資産」にはもう1つ、目に見えない資産(無形資産)も含まれています。2013年の経済協力開発機構(OECD)の報告書は、有形資産よりも無形資産を蓄積した方が生産性をより向上させるとしており、GDP統計にも徐々に無形資産投資が含まれるようになってきています。

このように、企業の投資行動や資産行動は多様化しており、生産性への影響も変わってきています。それを既存の統計が追い切れていない面もありますし、政策運営が従前の概念に縛られているようにも思います。

無形資産投資計測の系譜

その一番の要因は、1990年代後半以降のIT革命だったと思います。IT革命により、低生産性部門だったサービス業の生産性が向上し、サービス業の企業価値が非常に上がりました。しかし、2000年代初めには既に、米国の『経済財政白書』が「IT投資だけで生産性を向上させることはできない。より広範な無形資産の補完的な役割が必要だ」と書いています。それ以来、無形資産投資が注目され、それを見える化しようとする研究が行われています。

無形資産については、国連が1993年に勧告した国民経済計算の体系(93SNA)にはソフトウエアや資源採掘権が入っており、08SNAではコンピュータ・ソフトウエアおよびデータベース、資源開発権、R&D、娯楽・文芸・芸術的創作物、その他の知的所有権の5つを知的資本としています。日本でも、ソフトウエア投資は既に計上されており、今年12月の基準改定で研究開発(R&D)支出も資本化されます。英国では、GDPに娯楽、文芸、芸術的創作物が入っており、ザ・ビートルズや『ハリー・ポッター』の版権収入が相当寄与しているので、日本も映画やアニメ作品の収入を入れれば無形資産の評価が高まると思います。

Corrado, Hulten, and Sichel(CHS)の論文では、より広い範囲で無形資産を捉え、情報化資産、革新的資産、経済的競争能力の3つに分類しています。情報化資産にはソフトウエアやデータベース、革新的資産には科学的および非科学的R&D、資源開発、著作権、ライセンス契約、金融商品の開発など、経済的競争能力にはブランド資産や企業特殊的人的資本、IT関係で重要になる組織改編費用が含まれます。こういったものを推計しようということでRIETIのプロジェクトが始まりました。

日本の無形資産投資

推計の結果、2010年代には日本の無形資産投資総額は約40兆円で推移しており、世界金融危機後は減少していました。内訳を見ると、2007〜2008年をピークに、現在はソフトウエア投資が約10兆円、R&D投資は12兆〜13兆円です。SNAでは知識資産にライセンス契約も含まれていますが、われわれの推計には対外取引は入れていないので、やや過小評価になっているかもしれません。

また、著作権・デザインなど、その他の革新的投資は高水準が続いています。ブランド投資は、好景気のときに広告費を積み上げて長らく5兆円程度でしたが、現在は4兆円台です。少ないのは組織再編投資、人材育成投資で、1998年の6兆円をピークに減少を続けており、2012年はピーク時の6割程度です。

この推計のメリットは、国際比較ができることです。無形資産投資のGDP比は、日本は9%程度ですが、米国や英国は10%を超えており、フランスやドイツも日本をやや上回っています。有形資産投資と比較しても、欧米諸国では既に無形資産投資の方が多くなっていて、フランスやドイツは70%前後、日本が半分程度です。

さらに、無形資産を含む成長会計を日韓で比較すると、IT革命以降の無形資産の資本深化率は、韓国が日本を上回っています。これは、日本ではR&Dが無形資産投資の中で大きな割合を占めており、最近その伸びが落ちているからです。

ここで1つ注意していただきたいのは、R&D投資をGDPに入れるとGDPの水準は上昇しますが、それとGDPの成長率とは別だということです。ですから、R&D投資が増えないとGDPも上昇せず、R&D投資が減るとGDP投資の設備投資の部分の足を引っ張ることになります。

もう少し広い範囲で比較すると、日本は労働生産性が2.1%上がっていますが、それに対する無形資産の寄与度は0.2%で、先進国中最低となっているのが現状です。日本はまだまだ新しい投資を活用する余地がありますし、活用していかなければなりません。

次に、無形資産が企業価値を高めるかどうかを分析するために、トービンのQを分析しました。トービンのQは1を超えると企業価値が非常に高いことを示すのですが、無形資産を入れると上場企業の値はほぼ1になります。つまり、株式市場は企業会計上、有形資産しか評価していませんが、意外ときちんと無形資産を評価しているのです。しかも、1を超えているのはIT関連企業が多く、非IT企業が1を割っているということは、簿外にまだ無駄な資産が多いことを表しています。

金融政策の波及効果の1つとして、株価の上昇によって設備投資が起きるはずだという議論がありましたが、それはトービンのQが1を超えていることが条件でした。しかし、トービンのQが1を超えている大きな要因が無形資産だとすれば、有形資産への投資は起きないかもしれません。むしろ無形資産投資の方が有利だと考えた方がいいわけです。やはり今は見えない経済をうまく把握できていないということです。

日本にとって重要な無形資産投資は何か

無形資産投資は、日本と欧米でそれほど変わりません。それにもかかわらず欧米諸国の経済の伸びが大きいのは、無形資産投資とIT投資の補完性が高いからです。つまり、欧米では人材投資を大きく増やしているのです。

日本のIT投資は1990年代にピークが過ぎても高水準を維持してきましたが、人材投資は1991年ごろをピークに徐々に落ち込んでいます。一方、韓国はIT投資の伸びと同じだけ人材投資とR&D投資を増やしており、IT投資の高い産業はR&D投資や人材投資も高くなっているのですが、日本だけはほとんど相関性がありません。

2000年代に入り、ドイツではIoTやインダストリー4.0でGDP比の人材投資をものすごい勢いで増やしている一方で、日本だけがIT投資の比率を下げた背景には、日本企業はバブル崩壊後、リストラではなく非正規雇用に傾いたということがあります。非正規雇用が増えれば研修費は下がり、短期的に見れば企業にとっては合理的ですが、IT専門人材が不足して、ITを攻めの経営には活用できません。

国際IT財団の2015年の調査によると、日本ではIT活用の目的のほとんどが業務面のコスト削減と職場における合理化で、攻めの経営や収益性向上はありませんでした。また、IT活用の目的を、「投資収益率を上げる」「海外子会社の開設」「新しいビジネスを作り出す」と回答した企業の7〜8割は最高情報責任者(CIO)など専門の経営陣を置いていて、「業務効率や業務プロセスの改善」と答えた企業の半数は専門の経営陣を置いていませんでした。

IT化は、国際競争力維持のために必須ですが、日本はその補完的要素であり、長期的な蓄積を必要とする人材育成や組織投資を怠ってきたため、短期的にIT投資で収益を上げることは難しい状況になっています。その中で、企業はM&Aを選択しているのです。

無形資産の活性化を目的とした政策的課題は何か

GDP統計に無形資産をどんどん入れるようになると、企業の会計情報がだんだん保守的になって、投資家に対してポジティブな情報をあまり与えなくなることが懸念されます。サテライト勘定でももちろんいいのですが、無形資産はむしろ企業価値の向上につながっている部分もあるので、私は企業会計の分野でも「見えざる資産」の見える化を進めるべきと主張しています。

また、無形資産は担保化が難しいため、相対型金融にはなじみません。ベンチャービジネスは特に、技術や人材がほとんど見えないものばかりなので、資本市場に頼るしかありません。資本市場の評価は既に無形資産を織り込んでいますが、無形資産関連の開示度を高め、専門家を育てる必要があります。

ところが、日本企業はこれまでOJTを中心とした人材育成を行ってきたため、IT化とそれに沿った人材育成に対応できていません。加えて、雇用が流動化する中で、企業レベルでの人材育成がどこまでできるかという問題もあります。さらに、IT投資を減らす理由を経営陣の認識不足とする声や、従来の高等教育は企業側のニーズと一致していないとする声もあります。それらを鑑みると、若年層だけでなく、中堅層の再教育も含めた新しい高等教育機関を作る他ないような気もします。

今の働き方改革は、狭いところで議論されているというのが私の印象です。もちろん働き方改革は重要ですが、長期的目標は企業パフォーマンスの維持や向上です。働き方改革をしながら企業パフォーマンスの向上や維持を図るために必要なのは、もちろん機械でできる部分もありますが、1人1人がより効率的に仕事ができるスキルを養うことです。

給与体系も変えなければならないかもしれません。もちろん生活水準を維持することは必要ですが、給与の中に研修費の負担があって、たとえば輪番のようなサークル制で研修をするなど、人材育成の部分も働き方改革と一緒に工夫していかなければ、長期的成長とどうつながりがあるのかが、よく分からないと思います。

質疑応答

Q:

無形資産投資の中のブランド投資は、統計に入るようになるのでしょうか。

宮川:

統計には産業連関表でいう広告業の売り上げなどが入っていますが、GDPには投資として認識されていません。ただ、企業にとってみれば、今までは広告費として払ったものは100%償却する形になっていましたが、それを資産として勘定すると、計算では償却率が55%になるということがあります。

Q:

知的財産を持っているのは上場企業とは限りません。非上場企業についても株価できちんと評価されているのでしょうか。

宮川:

まさにおっしゃるとおりだと思います。知財については、1997年に既に日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)がコンビニエンスストアなどの商標を担保にしています。取引の値付けがない場合は、相対取引で値付けしていかざるを得ないと思います。たとえば、ルーカスフィルムがディズニーに「スター・ウォーズ」の権限を売ったようなことができれば非常に分かりやすいのですが、日本ではあまり行われません。

ただ、新規上場のときにはきちんと評価されていますし、日本企業では収益を上げるための短期的な手段としてM&Aが増えていますので、M&Aの評価をする人などがどんどん増えてきて、そこが人材育成業務の1つのフィールドになっていくと思います。人材や組織の育成不足が、逆にそういうものを評価する人たちやプロセスを増やしてはいると思います。

Q:

欧米では知財が割と取引され、金融にも使われるので、値段が分かりますが、日本はもっぱら防衛手段として使われるので値段が分からないという問題があります。ならば、知財をきちんと売買して、防衛手段として使われないようにすればいいと思うのですが、いかがでしょうか。

宮川:

取引しない場合は、間接金融が果たす役割があるので、日本開発銀行がしたような、商標登録に担保権を設定するやり方ももちろんありますが、評価者の基準が定まっていない点が問題で、そこもある程度の標準化が必要ではないかという気がします。

Q:

日本ではR&D投資が高いのに生産性が上がらないという議論がありますが、今日の報告はその点とどのように関係しますか。

宮川:

R&Dの生産性はマクロで見るとあまり上がっていませんが、ミクロデータでR&Dをしている企業を見ると生産性はそれほど落ちていませんので、R&Dをやめたり、アウトソーシングしたりしている企業が増えている可能性があります。今後さらにそういうところが増えてくれば、通常の方法でのR&Dと生産性向上の関係はなかなか測りにくくなると思います。

もう1つは、マネジメントの問題によって変わると思います。R&DとR&D技術者にどれだけの生産性に対するインセンティブを持たせるかというのは、経済学の分野でもフロンティア的な世界です。日本にはほとんど契約の概念がないので、研究者や企業との間でどういう契約を結べばいいかというところから始めなければなりません。

ですから、その議論を少し取り入れて、どういうインセンティブを持たせれば研究意欲が湧くのかを、ある種の経営管理として代理変数で考えています。日本の場合、技術経営(MOT)人材を対象としたインタビュー調査で、会社の目的と自分の目的が一致しているかという質問項目がありますが、米国にはそれは全くなくて、どれだけの報酬をもらえるかがインセンティブです。よく考えると、会社の目的と自分の目的が一致するなどというのは、本当に稀なことではないかと思います。でも、日本ではそういう意識があるので、自分のやっていることを会社は理解してくれないという問題が生じるのです。

Q:

日本企業はすごくR&Dにお金を掛けて、いろいろな発明や改良をして製品化しますが、その部分の値段を上げないので、結果的に生産性向上につながっていないのだと思います。

宮川:

会計制度ではなく、そういったことを評価するような広い範囲のコンサルティングファームが出てくる必要があると思います。

Q:

日本の場合、非正規がかなり増えてきていることが人材投資に影響しているのでしょうか。海外でも同様の問題はないのでしょうか。

宮川:

正規雇用・非正規雇用という考え方そのものが日本的なものだと思いますし、高等教育の在り方が海外と日本では違っていて、海外では今の技術に必要なベーシックスキルを高等教育の段階でかなり学んでいます。ですから、日本では逆に企業に負担がかかっている面もあるかもしれません。そういう意味で、正規と非正規の問題ではないような気がしています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。