Industrie4.0と日本の産業の課題

開催日 2015年12月9日
スピーカー 木村 英紀 (早稲田大学理工学術院招聘研究教授/理化学研究所BSI-トヨタ連携センター研究アドバイザー/東京大学名誉教授/大阪大学名誉教授)
コメンテータ 藤野 直明 (野村総合研究所産業ITイノベーション事業本部主席研究員)
モデレータ 西垣 淳子 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省商務情報政策局クリエイティブ産業課長(併)製造産業局(IoT担当))
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ドイツが次世代に向けた製造技術の革新を目指して推進しつつある国家プロジェクトIndustrie 4.0が日本でも関心の的になっている。「革命」の通例として、Industrie 4.0には過去に繋がる古い面と、過去を断ち切る新しい面がある。その両面をバランスよく捉えることによって「革命」の本質が明らかになる。

本講演では、Industrie 4.0のキーワードであるIoTを掘り下げ、それがもつ新しさと古さを抽出し、将来の製造技術に何をもたらすかを展望する。また、Industrie 4.0が照射する日本の産業構造と製造技術の課題について明らかにする。

議事録

Industrie4.0をどうみるか

木村 英紀写真第4次産業革命といわれますが、革命には「飛躍」と同時に必ず「継続性」がありますので、この両方をとらえていくことが大切です。Industrie4.0を考える上での4つのポイントとして、1)製造業におけるオートメーションの極限的追求(制御技術)、2)「ユビキタス計算論+ネットワーク」の製造業に特化した実現(IoT)、3)製造業における価値創造の新しい姿の本格的な追及、4)中小企業や労働組合まで含めたオールドイツの体制構築(ITからシステムへ「ポストIT」の展望)、が挙げられます。

第1次産業革命は、蒸気機関と紡績機による革命(18世紀中葉)でした。そして第2次の電気・通信による革命(19世紀末)、第3次のITによる革命(1970~1990年代)に続き、第4次産業革命としてCPS、IoTといったシステム化革命(2000年以降)が起こっています。つまりITの次である「ポストIT」が、明確に示されているわけです。

オートメーションの極限を追求する「4.0」

オートメーションは、製造現場における技術革新の動機となった古い概念であり、かつては省力・生産性向上・品質向上の決め手として、改善の原動力となりました。1960年代後半から本格的に始まり、「計算機の出力が工場のバルブを動かした!」(英国ICI、Direct Digital Control)という大きな記事にもなりました。ですから、改めてIoTというまでもなく、この頃からコンピュータとモノとのやりとりはあったわけです。オフイス、ラボラトリー、ホームへとオートメーションが急速に拡大した背景には、コンピュータがありました。

1980年代に入ると、ロボット導入によってフレキシブルオートメーションが実現し、多品種少量生産が可能となりました。オートメーションの知能化が進み、「お利口洗濯機」といった知能化家電が生み出され、無人工場(照明なしのファナックのロボット製造工場等)も実現しています。さらに今や自動運転が実現し、部品や部材が自らの加工や組み立てや周囲の状況を判断し、能動的・自律的に生産機械に要求することも可能になっています。

私の開発経験の1つに、自動車の窓枠はめ込み作業の半自動化があります。これまで2人で行っていたうちの1人をロボットに置き換えて作業させるには、自動車の位置とコンベヤー速度の精度を上げる必要があり、それがライン全体におよぶ開発課題となりました。当時、もし車体側にセンサーや発信機があり、ロボットに自分の位置を伝えることが出来れば、その必要はないと思ったものですが、それも今度、実現することになりました。

オートメーションは、あれもやってしまおう、さらにつなげていこうと、システム化・広域化・統合化を呼ぶ自然傾向があります。そして「Industrie4.0」は、業種・業界・国籍を超えたプラットフォームのオープン化と規格化、モジュール化(IMSはその先駆)、製品のライフサイクル全体を通した価値連鎖の確立(CIM、CALSはその先駆)など、その傾向に積極的に呼応しました。その結果、Industrie4.0によって、カスタムメイドの極限までの推進(自動車の完全な受注生産など)が可能となります。

ユビキタス計算論(社会論)

2000~2007年に日本の製造業を席巻したユビキタス計算論は、いつ、どこでも、何とでも交信できる社会に向けて、多くの企業で研究開発が進められました。その代表例として、μチップ(128ビットのメモリーと5メートルまで届く発信能力を持つ米粒大のチップ)はICカードとして部分的に結実しています。まさに、IoTのさきがけが日本で起こったといえるでしょう。

Industrie4.0の8つの優先活動領域

Industrie4.0では8つの優先活動領域を定義し、各ワーキンググループの活動が進められています。トップは「Open Architectureの標準化と標準」ですが、その次の「複雑なシステムのマネジメント」は、Industrie4.0における研究開発の肝だと思います。今後、SAPなどが中心となってERCを超える大きなパッケージソフトが出てくることも予想されます。

なぜ「ポストIT」か?

研究開発の8つの主要柱のうち、IT関連はただ1つとなりました。終わりつつある第三次産業革命はIT主導でしたが、Industrie4.0では、計算機の制約(速度や記憶容量、コストなど)を気にする必要がありません。

むしろコスト面、性能面での計算前後のセンシング、アクチュエーションの比重が大きくなり、「ソリューション」「アナリテイックス」などで使うツールにおいて、計算機の知識はまったく不要です。ビッグデータから価値を抽出する作業は、学習理論、統計解析、制御理論、計算社会学、モデリング、最適化など情報技術以外の学術に大きく依存するため、問題を解決するには、IT技術とはちがう資質が求められます。

必要とされる科学技術として、部品・部材と製造装置の区別がなくなり、巨大な生産システムや機構を対象(モデル化と解析の)にしなければならないため、「システムの問題」がこれまで以上に顕著になることが予想されます。Industrie4.0の標準化に次ぐ柱となる技術課題として、「複雑なシステムの管理運用」が挙げられています。

IoTプラットフォームとは何か

IoTプラットフォームとは、システムをつなぎ合わせ、より大きなシステム(System of systems:SoS)を作り上げるための仕事場であると私は考えています。そこで重要となるのは実データの体系的な取得集積とモデリング、アーキテクチュアの設計、インターフェイスの標準化、相互運用可能性(Interoperability)であり、それを保障するさまざまな工夫が求められています。

そこでSoS(統合システム、システムの統合)がクローズアップされ、米国では多くの研究開発予算が割かれています。SoSとは、システムの一種であり、システムを要素として持ち、各要素がそれぞれ独立した機能と自律的な活動機構を持ちます。SoSとして全体機能を果たしている間も、各構成要素システムはその自律的な活動を行っています。

SoSの例として、電力負荷のピーク時に水道供給圧を下げられるかという問題に対応するには、電力システムと水道運用システムのSoSを構築する必要があります。また、航空機の開発サイクルに合わせた旅客運行整備システム、航空会社の運行整備システムと航空機メーカーの開発システムのSoS、災害における高齢者や入院患者のケアの問題に対応するための防災システムと医療介護システムのSoSなど、多くのSoSが必要とされています。

日本で「システムエンジニア」といえば「ソフトウェアシステムエンジニア」を意味しますが、このような国は他にありません。日本では最適化、モデリング、予測、データ(画像音声を含む)解析、センサーやアクチュエータ、システム設計、意思決定問題などはITに属すると考えられて いますが、これも日本独特といえます。

ITは将来性もある重要な分野ですが、他の分野にとっては、あくまでも強力なツール(大変強力な)であり、システム構築も、モデリングも、予測も、計算機が生まれる以前からあった研究対象なのです。ツールを入り口とする問題設定や課題設定は、プロジェクトの推進過程でひずみを生じやすくなります。「システム」という概念がITの影に隠れてしまったのは、問題だと考えています。

ますます巨大化複雑化するシステムをうまく構築することは難しい

第5期科学技術基本計画でも、「統合化システム」の重要性が強調されています。よいシステムとは、最大数のステークホルダー、ユーザーの期待を満足させ、信頼性が高く、持続可能性とロバスト性、レジリエンス性を備えていなければなりません。また運用・保守が容易で、コストがかかり過ぎないことも重要です。そのためには、モデリング、最適化、ネットワーキング、制御、学習適応、予測、信号 処理、ソフトウェア工学、信頼性など、広範な理論のサポートが求められます。

日本の産業界の課題

世界の巨大企業は、「システム」をコアコンピテンスとするシステム産業といっても過言ではありません。水・石油メジャー、巨大スーパーマーケットなどが出来上がった背景には、巨大で複雑なシステムの設計、構築、運用の能力があります。システムとして捉えなければ、全体を円滑に動かすことは不可能であり、システム化力が業態・業容拡大のキーといえます。同時に、ヒューマンウェアとの接点が拡大しています。

シーメンスは欧州最大のオートメーション企業であり、SAPはエンタープライズ系ソフトの最大ベンダーであることは、皆さんご存知だと思います。データの分析、モデルの構築と解析、意思決定の最適化、社会・市場予測、複雑系の制御などには、システム科学をベースとした高度で数理的な能力が必要となります。

日本の産業の特徴例

日本の産業を振り返ると、ハード製品において全方位的に強い技術力を持つ産業が存在していることは、大きな強みだと思います。ただし日本が国際シェアの高い分野は比較的市場規模が小さく、市場規模の大きい完成品分野では、自動車以外ではシェアが低い状況です。システム産業が未成熟で、「ソリューション」はほぼソフトウェアに限られ(システム技術をコアコンピデンスとしてビジネスを行う会社が少ない)、ソフトウェア力が弱く、「国際標準化」で欧米におくれをとっているのが日本の特徴といえます。

システム産業・企業とは、部品や材料、機能製品を組み合わせ、システムとして構築し、あるいは、それらハード技術と(全体システムとして最適な機能を発揮するための)ソフトウェア技術を組み合わせ、付加価値の大きなシステムとして構築し、産業連関的にも、社会的・経済的にも、大きな価値を生み出すシステムを生産する産業です。

また、個別業種企業を糾合して全体システムの構想を練り上げ、プロジェクトとして提案する能力を持つ企業であり、システム科学技術の豊富な人材リソースをもち、各企業のシステム構築に関するコンサルテーションが出来る企業といえます。

日本企業の世界シェア構造と要素技術偏重

ソフトウェア技術貿易収支は2000年代初めで約1対100の入超となっており、パッケージソフトの分野において、日本製のハイエンド製品はほとんど存在しません。日本は、電子情報分野で占めるソフトウェアビジネスの市場規模、製造業の企業内ソフトウェア技術者の比率において、海外に比べて極めて小さい状況です。

JEITA(電子情報技術産業協会)「電子情報産業の世界生産見通し」(2012年12月発行)によると、電子情報産業におけるシステム構築(含むソフトウェア)の比重について、日本はわずか13%程度に留まる一方、世界は28.7%を占めています。世界の電子情報産業では、システム部分とみなされるITソリューションサービスの占める割合が高く、電子デバイス部分の電子部品、ディスプレイ、半導体は低い傾向がうかがえます。やはり日本は、システム構築の比重をもっと上げる必要があるでしょう。

また、グローバル化を支えるIT人材確保・育成施策に関する調査(IPA)をみると、日本ではITソリューション技術者の4分の3がITサービス企業に勤務しており、ユーザー企業に勤務する技術者が非常に少ないことがわかります。そのため、ユーザーのシステム取りまとめ能力が育っていません。

我が国のプロジェクトは「分割受注」が実態

日本のメーカーは、個別の技術力は高いものの「システム統合技術力」は総じて低いといえます。国内のエネルギー、交通、生活環境(上下水道、廃棄物処理)、情報通信などのインフラ運用については、国・地方公共団体または地域別独占民間企業で運営され、メーカーはリスクを取ることを嫌います。

また、我が国のインフラ設備の入札公募は運用側が行うために設備ごとの入札が多く、パッケージで「丸ごと」の入札は稀です。こうした状況も海外では、あまり見られません。日本のメーカーの研究開発は短期的に成果が出る「コンポーネント」が主体で、「システム」研究が少なく、得意または実績のある設備に特化しがちです。インフラ設備のプロジェクトが「分割受注」であることが、我が国のシステム産業の育成を阻んだ理由の1つといえるでしょう。

インフラ企業の意見

海外インフラ受注に関しては、膨大なマーケットが右肩上がりで広がっている一方、日本の受注実績はほぼ横ばいとなっています。2005~2010年の間、日本の海外インフラ受注は200億ドル/年前後で推移していますが、同期間に韓国は158億から645億ドル/年、中国は296億から1344億ドル/年と、それぞれ約4倍に急伸しています。ですから日本は、システム化技術を武器に成長する必要があります。

そのシステム化を担うべき業種としてエンジニアリング会社がありますが、日本企業の規模は小さく、国内トップの日揮の売上高は、現代建設(韓国)の55%にすぎません。しかもケミカルに集中している傾向があるため、もっと育てる必要があるでしょう。

あるインフラ企業を訪れ、中堅技術者3人からヒアリングを行ったところ、次のような意見が聞かれました。「弊社は主として水関連事業であるが、欧米メジャーと比べると総合力で圧倒的な力の差を感じてきた。水関連の総合プロジェクトは、受注以前にそもそも提案できる企業が日本にはない」「弊社の事業品目が、システム構築であると意識したことはこれまでなかった。言われるとその通りで、その視点から見ると、さまざまな事がわかってきた」「個々の技術で欧米におくれをとっているとは思わないが、技術をまとめ上げてビジネスに誘導する力の不足は、言われる通りである。システム化の力の差と言われれば、その通りかも知れない」「弊社の若い技術者(土木出身)を米国の大学に送って最適化の学位を取らせたところ、帰国後は社内各所で引っ張りだこになった。この種の技術領域(システム科学技術)も必要であることを痛感した」ということです。

産業界の課題まとめ

Industrie4.0の技術的なコアは、「システム構築」であると私は考えています。システム構築の技術力で、我が国の産業技術は、大きくおくれをとっています。インフラ輸出で、我が国が欧米のみならず、中国、韓国にもおくれをとっている現状は、その1つの表れでしょう。

また、「システム科学技術」はシステム構築の基盤技術です。我が国の「システム」に関する「国際標準化」の取り組みは遅れているため、システム科学技術を(人材を含めて)強化・育成する必要があります。

欧米のように、システム技術をコアコンピテンスとする企業(業界)を作り出すことが重要であり、我が国の「システム」に関する「国際標準化」の体制を構築し、インフラパッケージ輸出拡大のための官民を挙げた体制を構築し、「システム」に注目することが求められます。

海外におけるシステム科学技術

米国にはNSTC(国家科学技術会議)、NSF(国立科学財団)、DARPA(国防高等研究計画局)、MIT、ボストン大学、サンタフェ研究所など、中国には国家自然科学基金委員会、科学技術部、中国科学院数学・システム科学研究院システム科学研究所など、欧州には欧州委員会(FP7、Future ICTプロジェクト)、フランス国立研究機構(ANR)、IIASA(国際応用分析システム研究所)、フラウンホーファー協会システム・イノベーション研究所(ドイツ)など、海外には歴史ある大きな研究所があります。しかし残念ながら日本では、ごく一部に限られます。そこで、「統合知システム研究所」構想(JST・CRDS「システム科学技術研究推進会議)がまとめられています。

コメンテータ:
Industrie4.0はドイツ政府の産業政策です。成熟経済で製造業に強く、新興国への展開をどのように事業化するかという課題を抱えるという点で、ドイツと日本の環境は非常に似ています。

ドイツは、国内にグローバルな製造を管理できるマザー工場をつくり、そこから世界中の工場の改善活動をサポートする仕組みをまず構築しました。そして、そのプラットフォームを、他の企業に外部サービス化を考えました。製造プラットフォームをサービス産業化するという、システムの発想で取り組んでいるわけです。いわば、グーグルやアップルなどのビジネスモデルを製造業でもやろうということです。

既に、もう2年以上、製造プラットフォーム産業のモジュール構造の設計やモジュール間のインターフェイスの標準化に取り組んでおり、70%程度は進んでいるといわれています。具体的には、ボッシュ、シーメンスといった企業が新部門や新会社を立ち上げ、中国やインドでサービスを始めています。こういった、製造業のサービス・システム産業への転換としての製造プラットフォームのグローバル展開は、固定資産保有がないためリスクは小さく、ROAが高く、またこれまでの設備産業と比較するとビジネスのボラティリティは小さく、しかも拡大する新興国市場に適用可能です。

一方、日本の企業は近年、最先端の工場を海外に置き、国内工場には投資をしないというコントラストがみられます。

しかしシステム発想をすれば、単なる日本のマーケットのための工場ではないわけです。もう少し危機感を持って、システム発想のコンセプトが広がっていけばいいと思います。

産業政策としての産業構造のデザイン、モジュール化と標準化は、通産省当時の政策そのものであり、日本の半導体産業が成功した要因を米国のビジネススクールの先生が徹底的に分析し、科学技術政策の教科書を書いたわけです。

つまり日本が成功したモデルを彼らがキャッチアップして、政策として展開してきたという構図がみられます。ですから日本は、ここは謙虚に、海外のモデルも学習しながら、次の戦略を構築すればよいわけです。まだ巻き返しが図れるものと思っています。じっくり取り組むべきテーマだと思います。

質疑応答

Q:

日本は、「国際標準化」が欧米に比べておくれをとっているとのことですが、その理由をうかがいたいと思います。

A:

そもそも日本は、ISOなどの議論に本格的に参加していません。まずは、しかるべき立場の人が標準化の議論に参加することが必要でしょう。

コメンテータ:

日本の企業は、経営戦略として国際標準を使う成功体験が少ないように思います。渉外部門が国際標準の担当をしていては、経営戦略として生かすことはできません。事業開発部門が標準化活動にかかわる必要があります。

モデレータ:

システムアプローチが標準化の議論の遡上に上ってきたのは、スマートグリッドが最初といわれますが、その第2弾として今、Industrie4.0の中核であるスマート工場のシステム論がIEC(国際電気標準会議)で始まっています。そうした変化を、まず日本企業の経営層に伝えていくことが重要と感じています。背景には、日本企業がシステムでものを考えることに追いつかず、強みがどこにあるかといった全体的な見取り図を一緒に考える状況にないことがあると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。