大学に入学し得る人工知能の到来:そのとき労働市場に何が起こるか?

開催日 2015年8月18日
スピーカー 新井 紀子 (国立情報学研究所情報社会相関研究系教授・社会共有知研究センター長/総合研究大学院大学複合科学研究科情報学専攻教授)
モデレータ 渡邊 昇治 (経済産業省商務情報政策局情報処理振興課長)
開催案内/講演概要

現在、AIは「第三の波」を迎えているといわれる。この第三の波を支える主要な技術は、もちろんビッグデータと機械学習である。特に、ここ数年深層学習が画像認識・音声認識に与えた影響は大きい。だが、判断が必要なすべての事柄に関して、ビッグデータが集まるわけではなく、未来永劫中小規模データしか集まり得ない領域はビッグデータが集まり得るそれに比べて無尽蔵に広大だといえるだろう。

たとえば、20年分の過去入試問題・Wikipedia・教科書・参考書・辞書等のデータを合わせても数ギガ程度のデータ量しかない入試問題はまさにそのようなデータの一種である。アメリカに比べて、ビッグデータ収集のスキーム作りに圧倒的に乗り遅れた日本において、大学入試を題材にした人工知能のグランドチャレンジ「ロボットは東大に入れるか」が始められた意義はそこにある。本講演では、4年間の「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトの進捗を紹介するとともに、大学入試を突破し得る人工知能が到来するときに、労働市場にどのような影響を及ぼし得るかについて議論をしたい。

議事録

AIの現状

新井 紀子写真 人工知能(AI)が、2025年までに東京大学へ入れるほど賢くなることはないでしょう。ビッグデータや深層学習など、現在のありとあらゆる手段を使っても、そこまで進むことはなく、人間の仕事のボリュームゾーンがAIに代替されることが予想されます。重要なのは、ボリュームゾーンのホワイトカラーが、どのようにAIに代替されるかということです。

機械学習には、「教師あり」と「教師なし」があります。「教師あり」の例として、特許の日英翻訳は、すでに人間よりも高い精度でこなすことが可能といわれています。しかし、それも100万もの対訳データの蓄積があってのことですから、機械翻訳の精度がかなり向上しているのは特許に限った話であり、全体的な精度は非常に低い状況です。

先日、機械翻訳のエラー分析をしていたところ、「彼女」を「白雪姫」、あるいは「OK」を「OKボタン」と訳している事例がありました。おそらく対訳コーパスの中にあったデータを反映してしまったのだと思います。統計の特徴として、どんなデータが集まっているかによって影響を受けるため正しさが保証できず、膨大なデータの中で大海の1滴のような間違いを無理に直そうとすれば、副作用が起きてしまいます。しかし「分類」に関しては結構正しいため、そうしたホワイトカラーの仕事の多くで、AIによる代替が検討されている状況です。

私たちが開発している人工知能「東ロボ(とうろぼ)くん」は、たとえば小林秀雄の文章を読み、「傍線部に一番近い内容の選択肢は1~5のどれか」といった国語の問題を解き、5割の正解率を得ることができました。これは受験生の平均点を越え、偏差値54になります。

東ロボくんは、文章を理解したわけではないため論述はできませんが、ある条件にもっとも近いものを選ぶといったことができます。みずほ銀行がオペレーターを人工知能で代替し、「このことを言った人は、このことを返せばいいだろう」と対応しているのと同じ仕組みです。

2011年、私たちが東ロボのプロジェクトを始めた頃、IBMのワトソンという人工知能が、クイズ番組でチャンピオンを破ったというニュースが入ってきました。「ならば、センター入試の問題も解けるだろう」と思われがちですが、それはあくまで人間の観点であって、人工知能についての理解が足りないといえるでしょう。

米国のクイズ番組「Jeopardy!(ジェパディ!)」の問題には、ある特徴があります。たとえば「モーツァルトによる最後の、そしておそらくもっとも力強い交響曲は、"この"惑星と同じ名前である」というように、"this~."で終わるのです。つまり、固有名詞で穴埋めするという1種類の問題に過ぎないわけです。

ワトソンは現在、病気の診断にも活用され、みずほ銀行のオペレーションセンターなどにも導入されています。では、ワトソンが百発百中であるかというと、実はそうではなく、Jeopardy!チャレンジの最終段階でも、全部の問題に答えた場合の正答率は7割を切るという状況です。

そもそもビッグデータに親和性が高いのは、マーケット至上主義の米国や全体主義国家の中国でしょう。一方、スマートメーターのデータを共有できる見込みがない日本では、ビッグデータの先行きは極めて難しいと言わざるを得ません。ビッグデータはもはや技術ではなく、仕組みができるかどうかの問題となっています。

ロボットと人間の共同作業

従来の統計的な方法で、AIが絶対に解けないのは「数学」です。たとえば、「面積1の正方形の1辺の長さを求めよ」という問題に対し、「の」が3回、「を」が1回、などと計算していっても答えは出せるものではなく、言語をきちんと理解する必要があるためです。こうした言語解析は、世界中でも、ほぼ日本でしか行われていません。Googleなどはビッグデータを持っていますから、こんなことをしても仕方ないのでしょう。

この3年間、私たちはAIが言語をきちんと理解するための研究を進めてきました。1つの短い問題文にも200通りの読み方がありますが、それらを並列して可能性を潰していき、1つ残った意味のありそうな解釈に対して答えを出すという仕組みです。

たとえば「私は岡山と広島に行った」という文は、「と」がwithかandかで意味が異なります。これは日本語だから起こるわけではなく、英語でも起こります。日本人からすれば「岡山と広島といえば地名に決まっているでしょう」という知識がAIにはないため、「と」には6種類、「が」には6種類、「、」には5種類の意味があるから6×6×5=180と、あっという間に200通り近い解釈が存在してしまうのです。

2013年、東ロボくんは正答率2%の数学の問題を解き、予備校の東大模試で合格点をとりました。現在のキーワード検索では、「昨年7月、最高気温が30℃を越えていない日に10個以上のアイスが売れた店舗を検索せよ」という指示に対して答えを出すことはできませんが、言語解析の技術が進めば可能となります。それによって、新しい検索の世界が始まることが予想されます。

ロボット革命実現会議をはじめ、最近、産業用ロボットと人間が共同して問題解決を図ることについて議論されていますが、Pepperの先にそれはありません。センター入試の物理が解けない限り、人間の指示を機械が判断して適切に遂行することは不可能だからです。しかし今、センター入試の物理に日本のロボット業界から挑戦しているのは、たった1人です。皆、それは無理だと思っているのでしょう。ロボットと人間の共同作業が可能だと思っている人は少なく、人と機械がコミュニケーションをとることがいかに難しいかを示しています。

東ロボくんは2014年の段階で、どの科目でも偏差値50程度となり、最頻値を超えました。つまり12年間にわたって学校教育を受けてきた多くの人よりも、正解率が高いということです。その反面、東ロボくんが偏差値60に達して欲しいと私は思いません。そこまで高くなれば、労働代替がどれほど起こってしまうかと恐怖を覚えるためです。

たとえば、お弁当工場などの最終工程に安価なロボットが導入された場合、それまで時給800円ほどで働いていた人たちの生活はどうなるでしょうか。ですから、ロボットによる労働の代替と同時に、新しい仕事が創出されることをセットで考えなければ、政策としては厳しいといえます。だからといってロボットを導入しなければ、マーケット至上主義の米国の状況を考えると、日本の銀行などは国際競争力を失うことになると思います。

現在、東ロボくんは、私立大学入試の合格可能性80%の正答率に至っています。特にリスニング能力が高く、英語のリスニング問題を正しく聞き取ることには何ら問題ありません。ただし、正しいイラストを選ぶような問題は理解できないため、得意な分野を含めた平均で偏差値60程度になると考えています。

このように、イラストなどの不得意な分野以外ならば、人工知能は労働代替が可能な水準にきています。こうした流れの中、次の世代の学校指導要領において、子どもたちのどういう能力を伸ばせば、機械と共同して生産性を高められるかといった検討をすべき段階にあると思います。

AIに代替され得る職業は、人間の目から見て知的かどうか、あるいは高給かどうかは関係ありません。金融機関の与信審査なども、人間より人工知能のほうが得意でしょう。将棋電王戦でコンピュータがプロ棋士に勝ったことをみても、それは明らかです。ですから、専門性の比較的高いホワイトカラーでも代替が進むことが予想される世代に、どういう人材を育成すべきかを早急に考える必要があります。そして、「ロボットは東大に入れるか」といったベンチマークプロジェクトを通じて個別具体的に検討し、予測していくことが求められます。

質疑応答

Q:

最近、文部科学省が人文科学・社会科学分野の縮小を国立大学に呼びかけて話題になっていますが、こうした動きに対し、どのようにお考えでしょうか。

A:

そもそも数学者である私が人工知能のプロジェクトを率いることになったのは、おそらく経済や歴史といった人文科学のバックグラウンドがあったためだと思います。そういう意味で、人文科学が無駄だと考えたことはありません。ただし人文科学は、あぐらをかくべきではないと思います。その先生の下で学ぶことで、何が身につくかが不明確な学問体系では、海外から留学生も来ませんし、グローバルで生き残っていくのは難しいでしょう。人文科学で教えるべきことはたくさんありますが、教えるスキルに関する言語化、体系化が十分に行われていないため、当たりはずれが大きすぎると感じています。

Q:

人文科学は、AIとの協業にどのような役割を果たせるのでしょうか。具体的なイメージをうかがいたいと思います。

A:

AIとの協業によって生産性が上がるスキルは何かといったことは、社会科学や教育学で研究されるべきでしょうが、今、それができると思える人はいません。たとえば、穴埋め問題を解くような、あるいは検索をするような種類の労働が社会にどの程度あるのか、私は知りません。それは本来、労働経済の研究者が知るべきことでしょう。

オックスフォード大学で、人工知能がこれからの仕事にどういう影響を及ぼすかを分析した論文が発表されましたが、せっかく最初に私が日本で問題提起したにもかかわらず、国内で誰も動いてくれなかったのは、この5年間、大変悲しいことだったといえます。

Q:

まず、弁護士や医師といった知的レベルの高い分野で労働代替が起こる可能性について、ご意見をうかがいたいと思います。第2に、米国におけるAIの軍事利用はどうなっているのでしょうか。第3に、日本の産業競争力を高めるためには、どういう観点でAIを進めていくべきとお考えでしょうか。

A:

人間の目から見て、教育コストを要する知的な職業が代替されないとは限りません。AIが得意なのは、ビッグデータに基づく分類や最適化です。銀行の与信審査業務は、この2つに見事に該当するため代替される可能性は高いといえます。ただし、イノベーションを起こすような企業活動は何度もあるものではなく、データの蓄積もないため、それをAIが判断するのは難しいでしょう。つまり1度しかないものを判断する際は人間が必要ですが、そうでないものに関しては代替が進むと認識しています。米国の動向として、ドローンや自動車の自動走行などに関しては、高い安全性を求められる日本とは研究開発の方向性が違うと感じます。私が心がけているのは、米国のビッグデータには追随しないということです。

日本が何をすべきかに関連して、たとえば欧州の「忘れられる権利」は、うまいなと感動しました。たとえばGoogleがストリートビューに映った人の顔をぼかす必要性に迫られたとき、顔認識の精度は飛躍的に高まりましたが、そのように外国企業にとってコストのかかる規制をうまくかけることが可能だということです。ですから霞が関でも、倫理的・論理的で社会に突き刺さるような戦略を考えるべきだと思います。

Q:

19世紀の経済学者リカードが言うように人工知能の代替が進んだ場合、どのような仕事が増えていくイメージを持たれていますか。

A:

私自身、昨年フランスで開催された国際女性会議に参加して、ヒントをもらったと思っています。世界ではNPOやNGOが大きな経済セクターになっており、それらはインターネット、ペイパル(決済サービス)、クラウドファンディングによって成り立っています。 従来、アフリカなどの途上国で女性がビジネスを立ち上げる際、現金を持ち歩くことのリスクがもっとも高かったわけですが、その必要がなくなり、今ではクリエイティブなスモールビジネスがたくさん生まれているわけです。

そして、女性の「おしゃべり」によるネットワーキングが情報としての価値を生み出し、3日間の会議で、どれだけ価値やイメージを伝えられるかが経済をつくっているという実感がありました。このように、スモールビジネスがニーズに合わせてどんどん立ち上がっていくような世界観が、新しい経済を担っていくような気がします。1000万円、2000万円稼げば回っていくようなビジネスが、たくさん生まれるような世の中がしばらく続くように思います。

Q:

ロボットと人間の共同作業について、もう少し詳しくうかがいたいと思います。

A:

これまでのロボットは、産業用ロボットとして定型的な環境で働いていました。本当は土砂災害現場での人命救出、水田の草刈りや雪下ろしといった仕事をして欲しいと思うわけですが、そういった仕事は非定型的な環境のため、ロボットが代替するのはなかなか難しいでしょう。ただし現在、体内といった半定型的な環境まで広げることが考えられています。

重要なのは、「ハードウェア」「ソフトウェア」「環境」を三位一体で考えることです。ビッグデータの分析方法やデータベースの速さばかりを研究するのではなく、ビッグデータを作る仕組み自体が環境側にできていなければ、その技術は、ほとんど使われないまま終わってしまうと思います。

藤田RIETI所長:

RIETIでは、AIが経済社会に与えるインパクトを今後研究していくわけですが、オックスフォード大学で発表された「人間が行う仕事の約半分がいずれ機械に奪われる」という内容の論文も興味深いところです。世界最大のロボットサービス企業といえるGoogleを支えるのは6万人の従業員です。また国内では、キヤノンが工場を完全自動化する一方で、大規模な研究所を開設したということです。AIなどの技術の発展に従って、どのような仕事が伸び、どのような教育が求められるかなどについても、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。