消費増税後の経済 —資産面からみた課題

開催日 2014年7月11日
スピーカー 櫨 浩一 (ニッセイ基礎研究所専務理事/東京工業大学大学院社会理工学研究科連携教授)
モデレータ 片岡 隆一 (RIETIコンサルティングフェロー/財務省大臣官房参事官(主計局担当))
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開催案内/講演概要

日本経済は、消費増税の影響を乗り越えて回復を続けられるか、2014、15年度の経済見通しをご説明します。さらに、日本経済が今後も経済的な発展を続けるための課題を考えてみたい。中長期の経済予測作業を行ってきた中で、持続可能なのか疑問に思っている日本経済の長期的なトレンドについて、どう考えるべきか皆さんのご意見を伺いたいと思います。

議事録

消費税率引き上げの影響

櫨 浩一写真消費税率引き上げの駆け込み需要と反動減は、予想より大きいものもあれば、小さいものもあり、全体では予想からそれほど大きく乖離してはいないと見られます。現在、物価が上がり始めている中で、名目賃金はある程度上がっているものの、増税分と物価上昇分を考慮した実質賃金は大幅なマイナスになってしまうことが懸念されます。このままでは消費の拡大は難しい状況です。

2013年初めから消費は拡大し、景気が回復してきています。賃金の伸びが低い中で駆け込み需要によって消費が強くなりました。その結果、2013年度の貯蓄率はマイナス0.5%程度になったと推計しています。

政府経済見通しでは、2014年度の名目賃金は2%程度の上昇、消費は2.8%伸びることが見込まれています。そのように消費が伸びるならば、貯蓄率のマイナス幅が拡大することになります。貯蓄率が低下しない場合、2014年度の経済成長率は減速する予測になってしまいます。それを避けるためには賃金がかなり増える必要があります。

マクロでみた財政再建実現の課題

財政再建を実現するためにはフローとストックの制約として2つの問題があります。フローでは、部門別資金過不足の合計はゼロになるため、財政赤字を縮小すると、誰かが赤字になる必要があります。またストックでは、部門別純金融資産の合計もゼロになるため、政府債務を削減すると、誰かの純資産が減少することになります。

高度成長期は家計貯蓄率が高く、財政収支はほとんど黒字でした。赤字だったのは民間の企業部門で、企業が家計からお金を借りて設備投資をしているという構図が長く続いたわけです。第1次石油危機が起きると、企業の設備投資が減り、資金不足も縮小しましたが、相変わらず家計貯蓄率は高かったため、財政赤字が恒常的に発生するようになりました。

バブルの崩壊後は、企業部門は債務を削減しているため、今や企業の資金余剰が家計の資金余剰よりもはるかに大きくなりました。この余剰をバランスさせようとすると、財政赤字が恒常的に必要になるという状況です。

家計金融資産は年々増加していますが、高度経済成長期からバブルが崩壊する直前までは企業の債務が増加しました。バブル崩壊後は、企業の代わりに政府がどんどん債務を積み上げ、家計の金融資産とバランスしています。1990年以降、家計金融資産を増やすことができたのは、政府債務と対外純資産が増加したためです。

これで、本当に家計の資産は増加したのでしょうか。多くの人は、財政が多額の借金をしていることを認識していますが、自分の借金だとは思っていません。つまりいわゆる財政錯覚があり、資産はきちんと認識している一方で、政府債務は自分の負債として十分認識されていない可能性が高いわけです。

企業が債務を拡大することは望ましいのですが、現在の企業財務の考え方は、バランスシートのいいところが優良企業であり、大きな債務を持たないことが評価されます。金融機関も、バーゼル規制をはじめ自己資本比率が高いほうが安全という考え方のため、負債を大きくしないインセンティブが働いている状況だと思います。

家計金融資産の増加

日本の家計金融資産はバブル崩壊後もどんどん増えているわけですが、これを永遠に続けることができるのかは疑問です。1970~2010年の間に、家計金融資産は可処分所得比で1.5倍程度から5倍超まで増加しました。

米国の家計金融資産は1990年代半ばまで横ばいに推移し、その後、ITバブルや住宅バブル、QE3などによって株価が上昇しています。米国の金融政策が大胆になったことが原因で、家計金融資産の大きな波を作るようになったと考えています。

米国のように比較的フラットな推移と比較して、日本のような急激な上昇はずっと続いていくとは考えにくいため、日本の家計金融資産はこれ以上増やせない状況といえます。すると、家計が金融資産をさらに増やそうとして消費が伸び悩むことが懸念されます。

日本経済の低ROA体質

賃金の上昇が企業収益を圧迫したという見方に反して、GDPを分母にした日本の労働分配率は80年頃からほとんど変わっていません。固定資本減耗は1980年に14%程度でしたが、2009年度には21.7%まで上昇し、これが企業の利益を圧迫しています。固定資本減耗の推計は難しいので、GDPを短期的な政策の目標に使うことは問題ないと思います。しかし長期的にみると、GDPと国民所得には相当の乖離が出てきてしまうため、どちらを政策目標にするかによって、望ましい経済成長のシナリオは大きく異なります。

資産が厚みを増すということは、裏側から見ると資産効率(ROA)が低下しているということです。資本係数を比較すると、米国は長期的に概ね一定範囲にありますが、日本は1970年辺りから高度経済成長を通じて大きく上昇しています。たくさん投資をして資本ストックが厚みを増す一方、それに比べてGDPが増加しないため、資本係数が上昇するというトレンドが続いてきたわけです。それはバブル崩壊後も止まらず、上昇を続けています。

設備投資の名目GDP比をみると、1950年以降、米国は概ね10~15%の範囲で推移しています。日本は、高度成長期には20%程度ありましたが、当時は経済成長率が10%程度ありましたので、問題はありませんでした。しかし、1980年代後半から1990年代初めにかけてのバブル景気では、経済成長率は4~5%程度とそれほど高かったわけではないのに、20%近くまで設備投資比率が高くなったことは、やはり異常だったといえます。

バブル崩壊後、企業の設備投資は落ち込みましたが、なお米国よりも高い状態が続いています。最近の数年を除くと、米国に比べて日本の成長率は低く、日本の実質成長率が平均1.0~1.5%であったのに対し、米国は平均2.0~3.0%でした。それにもかかわらず、日本が米国よりも積極的に設備投資を行っていたことを意味しています。

ボーモルのコスト病?

設備投資比率が大きく異なる理由として、産業構造の違いがよく指摘されます。米国はサービス業中心のため、製造業中心の日本では、より多くの設備投資が必要というわけです。産業構造を無視して考えると、GDPを1%伸ばすために必要な設備投資は日本のほうが多くなります。つまり日米の企業に1億円ずつ投資した場合、日本企業の利益の伸びが米国企業よりも低いと考えることができます。製造業の比率が高いから設備投資が必要という前提自体、見直すべきかもしれません。

製造業は生産性上昇率が高いため、雇用はサービス産業など生産性上昇率の低い産業へシフトしてしまい、経済成長率がどんどん低下するという「ボーモルのコスト病」の考え方があります。それが実際に起こっているかは議論のあるところだと思います。計量経済モデルを作って中長期の予測をしていると、いろいろ当惑するようなことが起こります。生産性の伸びと実質成長率の関係もその1つです。

パソコンと理髪料の物価指数を比較してみると、パソコンの価格は2000~2010年の間に60分の1程度と急激に下落しています。一方で、理髪料はほとんど変わらず推移しています。そのため、2000年の価格で実質GDPを比較すると、サービス化の進む経済よりもパソコン生産の増加する経済が大幅に伸びるわけですが、2010年の価格で評価をすると、状況は逆転するという数値例を示すことができます。つまり相対価格の変化によって、生産性上昇率の高い産業の割合が高まっても、必ずしも高成長になるとは限らないのです。

ボーモルは、2012年に「コスト病」というタイトルの本を書いています。パソコンの価格は大きく下落するのに、医療費が上昇するのはなぜかといったことが論じられているのですが、ボーモル自身は、こうした状況をあまり悪いことではなく、当然のことと考えている節があります。

ボーモルの視点で、生産性の上昇率が高い産業へシフトするということが重要なのかを考えると、本来、需要が高まる産業にシフトすることが重要であって、その産業の生産性が高いかどうかは、あまり重要な問題ではないということになると考えられます。

これから高齢化が進むと、医療や介護といったサービス業の需要が増えるため、これらの産業を伸ばすべきだというと、それでは経済成長できず豊かにならないと言う方が多くいます。しかしボーモルの考え方に従えば、需要が増えるところに対応するということで問題はないと思うのです。そもそも生産性上昇率の高いものは価格の下落率も高く、同じものを作っても利益が小さくなっていきます。価格が下落しないことを前提に考えてしまうのが、問題の原因ではないでしょうか。

製造業のウエイトを高く維持することが高い経済成長率につながり、国民の所得水準を高めるのかということを、改めて考える必要があります資本装備率が高まれば、必ず固定資本減耗の比率も高まり、資本の収益率は、技術の進歩がない限りどんどん下落していきます。固定資本減耗が上昇することが即問題とは言い切れません。

そうはいっても、わずか30年の間に固定資本減耗が大幅に上昇していることには、何か問題があると考えられます。短期的な需給ギャップを埋めるためには、企業の設備投資を刺激して需要を作り出すという政策に力が入るわけですが、それだけでは長期的な問題に対応できません。設備投資に過度に依存せずに賃金を上げて消費を拡大することで、固定資本減耗の上昇を抑えるのも1つの選択肢と考えられます。

質疑応答

Q:

日本の家計金融資産や資本係数が米国に比べ急激な上昇を続けてきたことについては、キャッチアップの過程におけるコンバージェンスであり、日本の金融市場が米国並みに発展してきたと解釈すれば、それほど不自然ではないように感じます。

A:

そういう側面もあると思いますが、企業のROAが低いという問題は最近始まったことではありません。それにもかかわらず、資本係数は上昇している状況があるわけです。1つの理由として、公共投資の過剰を指摘することができますが、やはり圧倒的に大きな要因は、企業の設備投資に伴う固定資本減耗のウエイトの上昇です。日本企業のROAが高く、米国よりも利益が大きいために投資を行うならば、単なるキャッチアップと考えられますが、ROAは低いのに資本係数が米国の水準に近づいていってしまうのは変です。

家計金融資産は可処分所得の5倍になっていますが、そのうちの大きな部分を政府債務が占めており、資産としての価値はそれほどないと考えられます。また株式は、家計では資産として計上され、企業では債務として計上されているため、財政錯覚に似た状況があることも予想されます。株価が上がると投資は増えますが、実は企業収益はそれほど増えていないため、株式におけるバブル崩壊が繰り返されてしまうという懸念もあります。

モデレータ:

物価や金利の上昇と同時にROAおよびROEを高め、日本の家計、企業、政府部門のバランスをとることは可能なのでしょうか。

A:

難しい問題ですが、米国では、大胆な金融財政政策によって失業率を下げ、経済をバランスさせるべきだという議論があります。短期的には需給ギャップがなくなり、完全雇用を実現できるかもしれません。しかし短期的にはバランスをとることはできても、中長期的には問題が発生します。そう考えると、100点満点を目指すことがそもそも間違いであるとも思い始めています。けっして経済政策を放棄して完全に市場に任せるべきだということではありません。最近、金融政策を金融市場の安定化のために使うと、かえって失業率などが不安定になって経済がバランスしないという議論がありますが、むしろ逆で、失業率を改善しようとし過ぎると、経済全体が不安定になるとも考えられます。

Q:

米国が近年志向してきた金融経済化は、行き過ぎなければ1つの方向になり得ることから、必ずしも90年代後半以降の金融資産の伸びをマイナスに捉える必要はないと思います。そういう意味では、米国は金融経済化の進展によって資本係数が上がりにくく、日本は資本係数が上昇しても付加価値につながっていないと考えられるでしょうか。

A:

金融機関がどれだけのGDPを生み出しているかというのは難解な話です。インカムゲインだけが真の所得であり、キャピタルゲインは真の所得ではないという原則があります。金融経済化には、これまで勘定していなかった将来の所得や収益が、現在の金融資産の価格に反映されやすくなるという面があります。それによって、本来は未実現のキャピタルゲインであるはずのものが、一部はインカムゲインに化けて、GDPに計上されてしまっているのではないかと心配しています。金融機関は実物の経済の効率性を高めることが重要で、マネーゲームで利益を得ることは本来の趣旨とは違うと思います。日本の金融機関は収益性が低いと指摘されますが、基軸通貨であるドルを握っている米国の金融機関と比較するのはそもそも無理があると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。