2014年版通商白書について

開催日 2014年7月10日
スピーカー 清水 幹治 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
コメンテータ 伊藤 公二 (RIETI上席研究員)
モデレータ 伊藤 新 (RIETI研究員)
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開催案内/講演概要

本白書では、経済の安定的な成長のためには構造改革や成長戦略の重要性が増しているとの認識のもと、各国の政策動向について分析を行うとともに、我が国の成長戦略としての国際展開戦略の重要性を指摘しています。

議事録

はじめに

清水 幹治写真通商白書は、我が国の対外経済政策に関する年次報告書として昭和24年から毎年発行しており、本年で66回目となります。「いまだ占領下にあった昭和24年。焼け野原を前に、戦後最初の通商白書はこう訴えました。『通商の振興なくしては、経済の自立は望み得べくもない』――これは、昨年3月25日に安倍総理が記者会見の中で述べられた言葉ですが、TPP交渉に参加する決断を発表される際、第1回通商白書の結びの部分を引用されたものです。64年を経て、日本の通商政策の転換点、大きな節目の決断において引用される通商白書の重みと責任を改めて痛感します。

第一部 世界経済の動向

リーマンショック後5年あまりが経過し、米国をはじめとする先進国では成長軌道に戻りつつありますが、過去の回復局面と比較しても盤石とはいえません。また、リーマンショック後の世界経済を牽引してきた新興国経済のぜい弱性も一部顕在化しています。

2013年5月以降、米国の量的金融緩和の縮小観測から、新興国からの資金流出や通貨下落など一部動揺が見られました。過去の通貨危機などを経て、新興国の耐性は全般的に強化されてきていますが、外的ショックに対しては、通貨防衛などの金融面の対応のみならず、成長力を強化するための改革が必要であるとの認識のもと、インドやインドネシアなど一部の国では改革の動きが見られました。

我が国の貿易・投資動向として、2013年は過去最大の貿易赤字を計上しました。鉱物性燃料における赤字幅が大幅に増加する一方、一般機械、電気機器などで黒字幅が縮小しています。輸出数量の増加が弱めの動きとなっていますが、2013年第3四半期以降、緩やかに増加してきています。

輸出数量の増加が弱めの動きとなっている背景として、新興国の需要が減速したことや、円安後も企業による違いはあるものの企業が価格をあまり引き下げなかったことなどが挙げられます。為替レートと輸出物価の動向を見ると、2000年代を通して、為替が円安・円高のいずれの方向に推移しても、全製品ベースでの輸出物価は、為替動向に連動した変化をあまり見せていません。

2012年11月以降、為替が円安方向に推移する中、(1)輸出価格(円建て)は引き下げていないが、現地通貨では価格が下がっていること、(2)輸出価格(契約通貨建て)での価格を引き下げたこと、によって価格競争力が高まり、輸出数量が増加した企業は一定程度みられます。

一方で、価格改定を行っていない企業の多くは、現時点では今後価格を引き下げる予定はないとしています。価格改定に慎重な理由として、現時点では「価格を引き下げても売上増加が見込めない」、「価格改定は製品のモデルチェンジなどの際に行っているが当面はその予定がない」などが多くなっており、こうした企業行動も背景となって、輸出数量の増加が弱めの動きとなっていると考えられます。

サービス収支は、旅行と知的財産権等使用料に関する収支の改善により、2013年にはマイナス3.5兆円(2000年比1.5兆円改善)収支が改善しました 。また、第一次所得収支は対外投資残高の増加に伴い、直接投資収益、証券投資収益とも年々増加し、2013年は16.47兆円と、過去2番目の黒字となりました。しかし貿易赤字が拡大したため、2013年の経常収支は3兆2343億円の黒字となり、3年連続で黒字幅は減少しました 。

経常収支黒字を維持するためには、観光客誘致や知的財産権等使用料受け取りの拡大などによってサービス収支の赤字幅をさらに縮小し、対外直投の収益率向上などによって所得収支の黒字幅をさらに拡大するとともに、輸出競争力の強化や資源の安定的かつ低廉な調達などを通し、貿易収支の赤字幅を縮小していくことが重要です。

第二部 各国の経済ファンダメンタルズと成長戦略・構造改革の取組

欧州ではようやく景気回復の兆しが見えてきましたが、失業率は依然として高水準にあり、構造的問題となっています。こうした中、労働市場改革が重要な課題となっています。南欧諸国でなされた労働市場の柔軟化(賃金調整手続きの緩和など)が注目されていますが、全体としては、格差の是正(正規/非正規労働者)および積極的労働市場政策(失業者に対する就業支援など)についても重視する方向性が見られます。改革におけるポリシーミックスの重要性を示唆しています。

米国では製造業重視の政策が打ち出されており、企業も海外における人件費の上昇や技術漏洩などのリスクを踏まえ、「内需向け」の生産の一部を国内回帰させる動きがあります。製造業における単位労働コストの比較を見ても、米国と中国の賃金格差は相対的に縮小しています。また、シェール革命の影響もあり、米国内における産業向けエネルギー価格の低下は著しく、2035年予想においても、米国のエネルギーコストの優位性は揺るぎない状況となっています。製造業回帰の条件は整っています。名目GDPに占める産業別シェア、雇用者数に占める産業別シェアを見ると、製造業について、右肩下がりでウェイトが下がってきたトレンドに変化が生じ、横ばいになっていることが見て取れます。しかしながら、まだ右肩上がりで増加しているわけではありません。製造業回帰はこれから本格化するかもしれませんが、現状では、まだデータには現れていないように思います。一方で、海外子会社の付加価値、雇用、設備投資を見ますと、堅調に増加しており、米国企業の海外展開は拡大傾向にあります。製造業回帰を目指しながら、同時に、世界のマーケットで戦略的に旺盛な事業展開を行っているというのが米国の現状ではないかと思います。

新たな成長モデルを模索する中国は、人的・物的資本の量的拡大を通じて30年以上にわたり年平均10%近い経済成長を遂げてきました。世界経済におけるプレゼンスも高まっていますが、足下の成長率は7%台に低下。2010年には生産年齢人口のピークを迎え、人口オーナス期に移行しつつあり、これまでの成長要素に変化が生じています。投資に過度に依存する成長モデルからの転換、過剰設備問題や国有企業問題などへの対応が重要な課題となっています。

ASEANは、東アジアワイドでサプライチェーンを構築し、低い労働コストを比較優位として輸出主導型で成長してきましたが、国内需要の拡大と生産性の向上の好循環による持続可能な成長へと転換するため、更なる自由化を進めるとともに、イノベーションの創出、インフラ整備、成長を支える経済制度整備などが重要な課題といえます。

新興国の経済ファンダメンタルズをリスク耐性と成長基盤の観点から各種指標を用いて数値化すると、金融面でのぜい弱性が指摘されている国々は、成長基盤も相対的に弱い傾向が見られます。しかし2005年から2012年の全体的な動きとしては、各国の差は概ね縮小しています。

アジア通貨危機後、韓国、マレーシア、タイは経常黒字国に転換しています。中でも韓国は、金融・企業・労働市場改革と同時に資本取引の自由化を進め、FTA政策を積極化しました。通貨危機など大きなショックを契機として、金融面における耐性強化のための構造改革に加え、対外経済自由化のための通商政策を積極的に進めることが、より長期の成長基盤強化に奏功することを示しています。

自動車産業政策を比較すると、メキシコは、巨大市場である米国に隣接するという地の利を生かし、対外開放政策を積極的に推進し、組立・輸出拠点としての成長を遂げています。タイは、対外経済関係を強化しながら、内外需双方を視野に入れ、部品産業も含めた産業集積の形成を図っています。インドは、自国完成車メーカーの育成を含め、国内市場の発展とともに成長しています。

3カ国とも、国内産業保護政策から国際的な貿易・投資の自由化の流れの中で、地理的な条件や国内市場の規模などを加味しながら、規制緩和やFTA締結、外資受け入れなどを実施し、戦略的な生産・輸出・販売網を構築しています。

我が国企業にとってのアジアは、日本の海外現地法人が最も多く立地する重要な地域であり、日系現地法人の日本出資者向け支払い(配当およびロイヤリティ)は、製造業では最大のシェアとなっています。

東アジアにおける生産は、現地調達率が上がっているものの、日本からの輸出額は減少していません。業種別に見ると、電気機械は現地国内、日本、アジアが一定割合を占めている一方、輸送機械は現地国内での調達比率が大きく上昇しています。

アジアに進出した日系現地法人の域外への輸出割合は減り、現地販売比率が増加しています。アジアにおける研究開発も活発に行われるなど、現地における事業活動はさらに深化しています。我が国企業のビジネスモデルやノウハウの提供、人材育成支援などによってアジアの事業環境整備に貢献するとともに、高度化する消費者ニーズに答えることを通じて、自らの成長へとつなげる好循環を構築することを目指しています。

第三部 我が国企業のビジネスチャンス拡大のための事業環境整備

3つの柱からなる『国際展開戦略』として、第1の柱は「世界に『経済連携』の網を張る」ということです。国際展開のための事業環境整備や、成長市場の獲得推進のために、積極的に経済連携協定の締結に向けての取り組みを進めています。

具体的には、TPP(環太平洋パートナーシップ)だけでなく、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)/日中韓FTA/日EU・EPAを含めて多面的に進め、貿易相手の大部分をカバーする『経済連携の網』の構築を目指します。

第2の柱は、「新興国への戦略的な取組」です。(1)日本企業の海外展開、(2)インフラ・システム輸出、(3)資源供給確保を、各国の特性に応じて戦略的かつ重点的に進めていきます。

第3の柱は、「対内直接投資の促進」です。優れた技術・人材を呼び込み、我が国のイノベーションや雇用創出を加速していきます。

我が国のEPA取り組み状況として、現在までに12カ国1地域で発効済みとなっており、最近では豪州と署名しています。我が国は他国に比べ貿易のFTA比率は劣後しており、これを2018 年までに70%まで高めることを目指しています。

新興国市場に対しては、1)中国・ASEAN、2)南西アジア、中東、ロシア・CIS、中南米、3)アフリカ、の3類型に分けて戦略的に市場開拓に取り組んでいきます。

対内直接投資残高の対GDP比を見ると、英国54.3%、米国16.9%、韓国12.4%に対し、我が国は3.8%と、国際的に極めて低いレベルに留まっています。日本再興戦略では、2020年の対内直接投資残高を2012年比で倍増する計画となっています。

コメント

コメンテータ:
今年の白書では、円安下で輸出が伸び悩む現象の分析、主要国経済のファンダメンタルズ・成長戦略の比較、そして対内直接投資促進の重要性を指摘している点が大変興味深いです。

輸出の伸び悩みをもたらす理由として、1)為替レートのパススルー仮説、2)海外生産による代替仮説、3)輸出競争力低下仮説の3つを指摘することができます。1)について、白書では、アンケート調査において輸出価格を改定しない企業の割合が多いことなどから、輸出数量の増加が弱めであるとしています。為替レートのパススルーが低いという現象は、これまでも国内外で幅広く観察されていますが、従来以上に我が国のパススルーが低下している可能性はありえます。

2)について、白書では、アンケートにより、昨今の円安局面でも海外の生産設備を縮小しない企業が大半であることから、海外生産の国内への回帰は生じていないことを示唆しています。実際、海外生産比率の推移(第Ⅱ-3-2-32図)を見ても、海外の売上高のシェアは上昇傾向にあり、中長期的に日本からの輸出が海外現地生産に置換され、輸出の伸び悩みを招いている可能性は否定できません。

3)に関して、白書では、日本、ドイツ、韓国、中国の主要輸出品について、2000年、2005年、2010年、2013年の貿易特化係数・輸出額伸び率・輸出額の推移を比較し、我が国の電気機器、一般機械、精密機器について、輸出額伸び率の低下、貿易特化係数の低下が顕著であり、相対的な輸出競争力が低下していることを明確に指摘しています。3つの仮説は、いずれも伸び悩みを説明する理由と思われますが、その中で、政策的対応が必要なのは「輸出競争力の低下」といえます。

なお、輸出数量は、為替レートの急激な変動に対して徐々に変化するのも事実です(J カーブ効果)。2005年以降の円安局面など過去の例を考慮すると、今後1年程度の間に輸出数量が増加する可能性もあり、引き続き注視する必要があります。

白書では、対内直接投資促進の重要性も指摘しています。これは、日本のグローバル化で最も遅れている分野の1つであり、極めて正しい戦略だと思います。外資系企業は、平均的に生産性が高く、対内直接投資の拡大は生産性向上の観点から望ましいものです。また、技術・知識集約的な企業であることも多く、国内企業への技術のスピルオーバーも期待されます。「日本再興戦略」における目標(2020年に35兆円)の実現に向けて、対内直接投資を促進・阻害する要因の解明を期待しています。

質問として、第II部第1章の冒頭で、欧州における労働市場改革を紹介していますが、これは我が国でも、こうした改革が必要という隠されたメッセージなのでしょうか。また、中国経済の構造上の課題(投資への過度の依存、過剰設備問題など)は、5、6年前と比較してあまり変わっていません。こうした課題は今後、改善する見込みはあるのでしょうか。

清水氏:
欧州における労働市場改革の紹介については、日本でも同様の方向性でポリシーミックス、賃金調整手続きの緩和と積極的労働市場政策を併せて重視するなど、政策対応が取られており、その点では、欧州の事例も参考に進めていくというメッセージといえます。ただし、労働市場改革は社会保障政策と表裏一体であり、欧州と日本の社会保障政策の相違を十分に勘案しながら、参考にしていくことが重要だと思います。

中国政府による2014年の経済成長率目標は7.5%と、これまでよりも低くなっています。これは、経済構造改革や社会構造改革と、短期的な景気減速のバランスをとっていく方針の表れであり、着実に進んでいくものと考えています。

質疑応答

Q:

輸出数量の伸び悩みの原因として、3つの仮説の他に「人手不足」といった供給制約はないのでしょうか。また現在、自動車産業をはじめ、いろいろな輸出産業で人手不足が表面化していますが、それが今後の輸出数量に影響を及ぼすと考えられるでしょうか。

A:

まだ十分に分析していないため、今後の検討課題としていきたいと思います。

Q:

円安下で輸出価格を改定しないということは、企業は国内よりも輸出に向けるほうが収益は改善するという状況だと思います。今後、さらに円安が進んだ場合、日本の輸出環境は変化すると考えられるでしょうか。

コメンテータ:

白書でも分析されていますが、2012~2013年初めのような大幅な下落が起こるとすれば、生産環境を一変させることも考えられます。ただし、円安の程度によると思います。

A:

為替水準や世界経済の動向が定着するのか、見極める時間も必要だと思います。ますます円安傾向が進むのであれば、状況が変わることはあると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。