産業競争力を再生するための日本のイノベーションシステムのあり方

開催日 2014年4月11日
スピーカー 元橋 一之 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学教授)
モデレータ 土井 良治 (経済産業省産業技術環境局 基準認証政策課長)
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開催案内/講演概要

新興国の台頭によって日本の産業競争力が危ぶまれている。その背景には、産業革命から続く工業経済モデルが終焉し、21世紀にはいってサイエンス経済の動きが広がっていることがある。円安やモノづくりの匠の技では日本の産業産業競争力は取り戻せない。サイエンス経済に向けた日本型のオープンイノベーションモデルに大きく舵を切る必要がある。ここでは、世界経済の潮流を踏まえた上で、日本の産業競争力を再生するためのイノベーションシステムのあり方について分析し、その上で、官、民、個人のそれぞれの立場における行動プランを示す。なお、本講演の内容については、近刊『日はまた高く 産業競争力の再生』(日本経済新聞社)の一部を取り上げるものである。

議事録

サイエンス経済時代の到来

元橋 一之写真1700年、1980年、2008年における各国GDPの世界シェア(1990年購買力平価ドル)をみると、1700年には中国・インド2カ国のGDPが世界の半分近くを占めていました。1980年には、中国5%、インド3%とほとんど見えなくなる一方で、日本は8%(1700年は4%)にシェアを拡大し、米国は21%(1700年はゼロ)と世界最大の規模となりました。2008年には、中国17%、インド7%、米国19%、日本6%となっています。

1人当たりGDP(1000ドル・対数スケール)の推移を比較すると、英国、スペイン、米国へと産業革命の波が広がり、機械化によってテイクオフする状況が時代を通じてみられます。その後、日本、韓国、ブラジル、中国、インドとテイクオフのタイミングが遅くなるほど、つまり近年に立ち上がったところほど急激にキャッチアップしています。

17世紀までの「農耕経済」、18~20世紀の「工業経済」に続き、21世紀を「サイエンス経済」と私は呼んでいます。サイエンス経済とは、自然科学に関する科学的知見だけでなく、社会現象を科学的に究明し、それを経済価値化していく活動がベースになる経済社会システムであり、その背景には、IT革命・サイエンス革命(バイオ、ナノテク)、新興国のキャッチアップがあります。

工業経済の競争力の源泉(生産要素)は、資本設備・工業技術・輸送インフラでしたが、サイエンス経済では、高度知識人材・サイエンス(汎用技術)・ITインフラへと移っていると思います。

イノベーションのプロセスも、工業経済とサイエンス経済で大きく異なります。工業経済の時代は、蒸気機関や鉄道、電力システムといった「技術的な発見」(発明)によって1人当たりの生産性が向上し、付加価値が生まれました。つまりプロダクトイノベーションが出てきて、市場でデファクトスタンダードが決まってくると、プロセスイノベーションによって生産性が上がり、社会に普及しました。

工業経済では、1つのいいものをつくり、知財などによって占有可能性を高めるわけですが、サイエンス経済では、ユーザー・社会からは遠いところでIT、バイオ、ナノといった「科学的発見」が始まり、サイエンスイノベーションによって技術プラットフォーム(製品・技術群)が一旦できます。そこまでをやる人たちと、それをベースにビジネスとして社会へ提供していく人たちとの、イノベーションの分業(Division Of Labor)が行われます。

工業経済のプロセスは、基本的に自前主義でやると効率がいいのですが、サイエンス経済では、技術プラットフォームを構築するために横方向のオープンイノベーションが求められます。さらに、ビジネスをする人たちとの縦方向のオープンイノベーションも必要ですから、1つの企業ではやりにくい時代が来るものと考えられます。

サイエンス経済時代は、工業経済時代のプロダクトイノベーションに対してビジネスイノベーションであり、技術プッシュもしくは市場プルに対してデザインドリブンイノベーションといえます。また企業は、モノ中心モデルからValue Propositionを考えるようになっています。商品開発はマーケティングの4PのProductだけでなく、ビジネスモデルの設計(サービスデザイン)が求められます。

そして工業経済の自前主義から、サイエンス経済ではオープンイノベーション(顧客企業とのインタラクション)が重要になってきます。たとえばコマツのコムトラックスや、IBMのスマータープラネットなども、顧客にとっての価値(意味)を科学的に分析(データサイエンス)し、ビジネスモデルに組み込んだモデルといえます。

日本の産業競争力の現状

日本のGDP成長率はバブル崩壊後、それまでの約4.0%から約1.5%に下落しました。その要因は、労働投入の大幅な低下です。一方でTFP成長率は、90年代までが約0.6%、90年以降も約0.7%ですから、大きな変化はありません。つまり工業経済からサイエンス経済に移るプロセスにおいて、日本の企業が相当踏ん張っているわけです。問題は、それをどこまで続けられるかです。

IMD(国際経営開発研究所)の世界競争力指標をみると、日本の技術インフラは世界第2位を続けていますが、総合指標では第25位を下回っています。そして90年代前半には、「製品の質」「友好的な労使関係」「自動化技術」「官民連携」といった項目が評価軸となっていましたが、最近の指標をみると、「従業員の国際経験」「グローバル化態度」「シニアマネジャーの質」「政府機関の透明性」「経済社会の改革」といった項目が並ぶようになりました。

つまり世界の競争力を考える上で、関連指標が変わってきているということです。90年代前半までの指標は工業経済時代にうまくいった要素ですが、急速に国際競争の軸が変わってきて、新しい時代への対応が迫られているわけです。

日本のイノベーションシステム

ナショナルイノベーションシステムのコンセプトとして、知の創造とディフュージョンには、知財政策、労働市場・制度、資金市場・制度、製品市場・制度などが大きな影響を及ぼし、それがイノベーションや国全体のパフォーマンスにつながります。

日本のイノベーションシステムは、大企業中心・自前主義といわれます。系列会社などの下請企業群とインタラティブに活動が行われている一方で、ベンチャー企業や投資家、大学・国立研究機関の役割が、イノベーションシステムの中で弱いと指摘されてきました。

サイエンス経済下のイノベーション環境として、インターネットやビッグデータといったIT革命、遺伝子機能や再生医療といったライフサイエンス革命、新素材などのナノテク革命など、汎用技術(サイエンス)革命によって、社会現象も科学的にわかるようになってきます。

さらにグローバル化によって、既存製品の陳腐化するスピードが早まり競争が激化します。その中で生産活動の国際分業、モジュール化が進み、韓国や中国などのキャッチアップが早まります。ですから、自前主義でじっくり取り組むよりは、オープンイノベーションを進める必要があります。

日本の場合、研究開発投資は大企業に集中していますが、私は中小・中堅企業の役割が重要と考えています。中小・中堅企業には、大企業のような開発部門や研究部門がありません。そこで大学や公的研究機関における基盤的技術・サイエンスによって補完することで、産学連携の生産性や利益率の効果は、大企業よりも中小・中堅企業で高まるという分析結果もあります。

ただ、日本経済が活性化するためには大企業が頑張る必要があります。オープンイノベーションの先端的な取り組みを行っている企業10社ほどのヒアリングを行ったところ、研究部門にオープンイノベーションに関する専門部署を設置し、そこが大学との連携だけでなく、成果を事業部門に落とし込むところまで関与することを意識していました。

日本型オープンイノベーション?

日本の伝統的な大企業は、終身雇用制度によって社内では濃密なコミュニケーションができますが、外部の労働市場が十分に育っていないため人材の交流が行われず、外部との連携は難しいといえます。こうした状況でサイエンス経済に対応するために、どうすべきかを考える必要があります。やはり重要な役割を担うのは、技術力のある中堅企業だと思われます。最終消費者に届くものをつくるのは大企業が多く、中小・中堅は部品や材料を提供するところが多いため、一緒に開発する活動は米国より優れているわけです。したがって、そういう部分をより伸ばし、ネットワーク化していくことが現実的な解だと考えています。米国型のスピンアウトモデルでは、企業の形態がどんどん変化しながら新しいイノベーションが生まれていきます。

経済がグローバル化している中で、日本型の関係依存モデルでは、機械などの強いところは日本でやればいいのですが、ITやバイオのようにテクノロジーのスピードが速い分野は、米国でやればいいわけです。それぞれ制度に違いがあり、イノベーションを起こしやすいやり方があります。ですから、やりたいことと制度がフィットした国でやればいいという考えです。

たとえば製薬企業は、経営のリソースの多くを米国へ移しているところがあります。米国人を役員に迎えるという話も聞きますが、それも制度的な違いをうまく使った方策といえるでしょう。グローバル化の中で、やはり日本型だけでやっているのは、よくないということです。

質疑応答

Q:

サイエンス経済時代における産業技術政策は、どうあるべきなのでしょうか。また終身雇用制度といった労働慣行のある日本の企業組織や労働市場のあり方と、オープンイノベーションは基本的に合わず、ミスマッチが残ると思うのですが、どのようにお考えでしょうか。

A:

サイエンス経済では、1つの技術や製品を徹底的に追求するやり方から、社会全体の課題を解決するものをデザインする役割が重要になってきます。とくに多くの技術を組み合わる必要がある分野はコーディネーションコストが高く、企業だけではできない場合、行政が入ってエコシステムのプラットフォームをつくっていくというアクティビティが大事になるでしょう。

産業技術政策のコンセプトとして、企業に対し補助金や税制によってインセンティブをつけるやり方から、1つ大きなエコシステムをつくることを目指し、官としてできることを考えていくべきだと思います。

日本では、人が組織を越えて新しい企業をつくり、それが買収されて人が組織に戻るといったことができない状況ですが、組織に籍を残して出向するような、ジョイント・アポイントメントはできると思います。フラウンホーファーでは、大学に籍を置く先生が室長を務め、教育と研究を一緒に行っています。こういうやり方で、縦割りだったところをなるべく融合化していくのが現実的だと考えています。

Q:

イノベーションの協業の形を現実的にどうやってつくるか、非常に苦労する場面があります。技術開発までは共通でできても、事業化になると会社の事情で持ち帰りたいということで、協業が切れてしまいます。また、それぞれで持ち出して会社をつくれるかというと、技術だけでなく経営や販売まで誰が責任をもって人・資金を集めるのかなど、時間がかかってしまいます。何か解決策があれば、うかがいたいと思います。

A:

技術の特性と市場の特性によっていろいろな違いがありますが、たとえば国家プロジェクトで研究開発した成果が企業で使われるとき、今はバイ・ドール法によって商業化のインセンティブを高めています。イノベーションのエコシステムでは、技術の組み合わせを企業間のクロスライセンスでやることも考えられますが、バイ・ドール法で企業に渡しながらも国が実施権を残し、他の人も活用できるような仕組みをつくることが大事だと思います。ただし、それをやり過ぎると企業が入ってこなくなるため、バランスを考える必要があります。

Q:

たとえば韓国の企業が、日本の技術者を途中採用して技術を取り込むような行動は、学問的にどのように整理できるのでしょうか。

A:

競合企業の技能を持つ人を引き抜き、自社のキャッチアップのスピードを早めるという活動は、工業経済の時代には有効ですが、サイエンス経済では価値がなくなっていくと思います。1つ1つの技術ではなく、いくつもの技術を組み合わせてビジネスのモデルをつくっていくことに価値が流れていく中で、それは短期的な問題といえます。

Q:

日本におけるビジネスイノベーションの状況を米国と比較・評価する際、どのように測ることができるでしょうか。

A:

いくつかのやり方があると思いますが、1つには、いかにITをうまく使っているかという視点で測ることができます。たとえばインターネットバンキング、コンビニエンスストアのサプライチェーンなどが挙げられますが、この点では、やはり日本は米国に遅れていると思います。また、欧州や米国のイノベーションサーベイと比較することで、日本の状況がわかるかもしれません。非常に重要な分野ですから、これから研究のスコープに入れていきたいと思っています。

Q:

サイエンス経済のイノベーションに対応するために、米国型のモデルはフィットしていると思いますが、日本型のモデルに優位性はあるのでしょうか。

A:

日本の企業は、B to Bでビジネスイノベーションを相当やっていると思います。米国はマーケットベースでなるべく安く調達するのですが、日本はサプライヤをパートナーと呼んでいます。そのクローズな関係はもう少しオープンにすべきですが、ホールドアップ問題を長期的な関係の中で解決できるといった優位性が日本企業にはあります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。