アメリカから見たアベノミクス

開催日 2014年2月26日
スピーカー アダム・S・ポーゼン (ピーターソン国際経済研究所(PIIE)所長)
モデレータ 中島 厚志 (RIETI理事長)
開催言語 英語

議事録

日本にとって経済、貿易、そして安全保障の面でも大きな位置を占めるアメリカ。そのアメリカは、アベノミクスに対してどのような評価を下しているのだろうか。この問い対し、RIETIでは、マクロ経済、金融危機対策、日米欧経済、中央銀行の問題など、幅広い分野における世界の第一人者であり、現在はピーターソン国際経済研究所所長のアダム・ポーゼン氏を講師に招き、特別BBLセミナーを開催した。ポーゼン氏は、アベノミクスに対するアメリカ人の反応について網羅的に紹介するとともに、為替相場と消費税の引き上げ、またTPP交渉を含めた日米貿易関係の将来といった諸問題について、自身の考えを示した。

アベノミクスに対する反応は3種類

アダム・S・ポーゼン写真アメリカではアベノミクスについていくつかの見方があります。アメリカ人が日本経済を畏怖と称賛の対象として、熱心にその推移を追っていた15―20年前と違い、現在、日本の政治経済情勢はおおむね無視されるか、重要視されていない状況が続いています。アメリカの政府関係者、市場関係者の間では、アベノミクスに対し3種類の反応が見られます。第1の反応は、日本の強い首相と強い政府を総じて好意的にとらえるものです。頻繁な首相交代が続いた小泉政権以降の時期は、非常に不毛でした。

第2の反応ですが、外交政策・安全保障の観点に立つか、あるいは完全に経済・市場の観点に立つかによって違うようです。前者の反応は、きわめて好意的です(個人的には失策だったと思いますが)。靖国参拝をめぐる議論など、象徴的な側面にやや懸念があるものの、全体として国防・外交筋は、日本がアメリカと歩調をそろえ、安全保障面の負担をより多く担う覚悟を見せているとして、好意的な感触を持っています。アメリカでは、日本の憲法改正や解釈変更についても、大きな共感が寄せられています。100%の支持ではありませんが、率直に言って反米寄りだった民主党政権や、決断力を欠く優柔不断な過去の自民党政権に比べれば、はるかに良いと感じています。

経済の分野では、様相がいささか異なります。RIETIの皆さんはご存知のように、日本と日米経済関係、日米貿易を専門に研究してきた世代がいます。彼らの多くは経済的報酬に魅かれたにすぎず、この10年で日本の重要性に対する認識が低下するに伴い、行き場を失いました。彼らには、アベノミクスを冷笑的にとらえ、公然と否定する個人的な理由があります。他方で、数多くの優秀な日本研究の専門家は、別の研究テーマに鞍替えしました。移動可能なスキルを持つ人材は別の分野に移り、持たない人材が残ったのです。現在のマスコミ報道の大半が、アベノミクスと日本に対し、極めて懐疑的な「残された」人々の意見で占められていることは、その不幸な影響といえます。

しかし私を含め、日本研究に携わった経験を持つエコノミストの見解は、少し異なります。世界の中央銀行関係者を含むこのグループは、日本銀行(以下、日銀)の政策を歓迎し、称賛しています。中央銀行関係者の圧倒的多数が日銀の政策を強く支持し、その手法に大きな感銘を受けています。全般的に、アベノミクスは中央銀行関係者から大きな支持を集めているのです。

為替相場と消費税率の引き上げ

為替相場についても、同じことがいえます。米国連邦準備制度理事会(FRB)と日銀は、日米両国の量的緩和は為替相場に影響を与えず、為替操作にあたらないとの見解を示すことで、事実上の協力を行いました。前FRB議長のベン・バーナンキは、何度も明言しています。別に利他主義に基づく発言ではありません。日銀、イングランド銀行、FRB、そしてある意味で中国人民銀行も基本的に同じスタンスです。為替相場の観点においてアベノミクスは絶大な支持を得ています。

これに対して市場関係者の見解は、はるかに複雑です。私が話を聞いた大手ヘッジファンド・債券投資家たちは、非常に複雑な感想をもらしました。彼らは、日経平均株価はまだ上昇の余地があるとして、今年初頭から強気でした。また日銀の政策にも同調していますが、日本の債務持続可能性への不安を強めています。これは専門的な問題です。日本の政府債務に全く懸念を抱かないわけにはいきませんが、他方でリスクを過大評価する傾向も見られます。ヘッジファンドはこれまで何度も、金利上昇で利鞘を得るポジションをとり、日本国債の空売りを仕掛ける中で、多額の損失を被ってきました。私はヘッジファンドに繰り返し、日本国債に逆張りしないよう忠告してきました。

しかし、皆さんの力を借りて、日本の政治家に次の事実を伝えられればと思います。日本国債市場における海外投資家の影響力は、日銀の大量購入や他の制度的な要因から、さほど大きくないとはいえ、日本の株価と円に対しては極めて大きな影響力をもっています。多くの投資家の心理を踏まえると、国会が今秋、消費税の再増税を延期するか、または法案が否決された場合、海外投資家は嫌気がするでしょう。投資家は不当で馬鹿げた反応をすることがありますが、この件に関しては、私も投資家に同感です。政府が、ゆっくりと着実に増税する路線を今後も継続しなければ、リスクの増大とみなされ、政府の実行力は批判にさらされるでしょう。多くの海外投資家は、国民の支持を得た安倍政権が金融緩和政策下で増税を実行できないなら、増税は決して実現しないと考えています。国会で決められなければ、今年後半に株式市場と円相場に悪影響が生じるおそれがあります。

日米貿易関係は良い方向へ

次に貿易に話を移します。貿易は、アベノミクスの中で最も複雑かつ議論を呼んでいる問題の1つで、RIETIにとっても重要な関心事項です。これはアメリカにとって非常に難しい課題ですが、アメリカ人が日本を恐れていた1990年代半ばと比べ、世界貿易機関(WTO)の設立やアメリカ経済の変化を経て、世界は根本的に変化しました。アメリカにとって貿易は難しい課題であるとはいえ、現在、アメリカが貿易分野で懸念を抱き不当な態度をとっている相手は、日本ではありません。90年代半ばにアメリカを席捲した、貿易摩擦による直接的な反日感情は、もはやほとんどみられません。ただし、一部の地域には今も根強い懸念が残り、自動車製造業の衰退が最も大きかったオハイオ、ミシガン両州は、日本に不正な競争を強いられたことが衰退の原因だと主張し続けています。全米自動車労働組合(UAW)は、両州選出の特定の議員を積極的に支持しており、UAWの支持を受けた上院議員・下院議員は、今も自動車業界に肩入れしており、極めて反日的です。とはいえ、これはアメリカの政界全体のわずかな部分、貿易問題のほんの一端を占めるに過ぎません。

数年前から続いている、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)における二国間協議については、自動車・保険分野で激しい議論が続いているものの、交渉妥結に近づいています。現時点で、本格的な議論が必要な分野として残るのは、自動車や保険ではなく農業です。安倍政権を含め、日本政府内に農業構造改革推進派がいるため、この問題は解決できるはずです。こうした狭い意味では、日米の貿易関係はおそらく良い方向に向かっています。アメリカには、TPPを非常に重視している国家安全保障関係者が大勢います。さらには、アメリカから日本への天然ガス輸出を通じ、アメリカの輸出拡大と日本のエネルギー安定性向上を促すとともに、日米同盟を強化したいという期待もあります。

TPP交渉とアメリカの動機

とはいえ、貿易全体として見ると、アメリカでTPPが重視されているとはいえません。オバマ大統領は、今年の一般教書演説で貿易を大きく取り上げることはしませんでした。TPP交渉に具体的に言及し、貿易促進に意欲を示した昨年とは対照的です。次いでハリー・レイド上院議員とナンシー・ペロシ下院議長が、今年中、早くとも11月の中間選挙が終わるまでは、大統領貿易促進権限(TPA)法案は採決されないだろうと述べています。その直後、ジョセフ・バイデン副大統領も、TPA法案を選挙前に議会で審議することはないと発言しました。これは、政府の大きな判断ミスです。TPA法案が議会で適切に審議されれば、主に共和党の賛成票を得て可決されるでしょう。大統領と上級政治顧問は明らかに、共和党票で成立する法案は支持しない、あるいは貿易促進より一部議員の選挙戦を優先するという、純粋に政治的な判断をしたのです。

今後、この点はTPPにどんな意味を持つでしょうか。当然ながらTPPは、日本やアベノミクスのみならず、アメリカやアジアの同盟国にとっても非常に重要です。まず留意すべきは、アメリカがTPP交渉を進める最大の動機は、アメリカ自身がそう認めることはないにせよ、北米自由貿易協定(NAFTA)およびラテンアメリカ諸国との貿易協定の再交渉を促す点にあります。これを踏まえると、アメリカにとっての日本の重要性が浮き彫りになります。すなわち日米間の協力は、TPP交渉で高い水準の自由化を確保するとともに、知的財産権・環境権を強力に保護し、国有企業の活動を大幅に制限する協定を実現するための重要な手段なのです。

TPPに関してはこの辺で終わりにし、質疑応答でアベノミクスについて議論したいと思います。同僚のジェフリー・ショットをはじめ、経験豊富な人材が揃っていますが、ショットなら、さほど心配する必要はないと主張すると思います。通商代表部(USTR)のフロマン代表は交渉を続けていますし、レイドとペロシが貿易に否定的な発言をするのは当然だ、選挙が終わればすぐにでも議会はTPA法案を可決し、速やかにTPPを承認するだろう、と。中国の台頭への対抗策として、TPPを売り込むこともできます。これは有望なシナリオで、妥当な予測だといえます。望み得る最善の結果という意味で、私も、約1年後には妥結するよう期待しています。

 私自身は次の2点を懸念しています。まず、オバマ大統領が選挙終了後もTPP承認を優先せず、プロセスが長引く可能性がある点です。それ以上に心配な点は、アメリカが議会の承認を得られないために、日本や、さらに気がかりなマレーシア、ベトナム、シンガポールといった交渉相手国の意欲がそがれてしまうことです。同じような理由から、韓国はアメリカに反感を抱いており、これが、韓国がTPPに参加していない一因でもあります。アジアの一部のTPP参加国は、なぜ多大なリスクを負う必要があるのかと内心疑問を抱き、農業や国有企業分野の交渉を長引かせて、アメリカ議会の動向を見守ろうと考えています。オバマ政権自身がTPPの足を引っ張っているため、アメリカ側が原因で交渉が決裂するおそれもあります。これは日本に対する懸念ではありませんが、日本にとっても大きな損失になるでしょう。

難題を乗り越えるために

最後にアベノミクスの話に戻り、個人的見解を述べます。詳しくは、私が作成した資料 に記載しており、後日RIETIのウェブサイトに掲載されます。本日(平成26年2月26日)付のFinancial Times紙にも、別バージョンが掲載されています。

経済改革政策の基準に照らすと、端的にいってアベノミクスは非常に優れていると思います。そこには、私自身や著名なエコノミストが長年主張してきた内容の多くが、盛り込まれています。10~12年前に同じことに取り組んでいれば、リスクは少なく、もっと容易にできたでしょう。アベノミクスには、金融刺激、ゆっくりではありますが持続的な財政再建、労働市場・女性活用推進をはじめとする構造改革、医療・農業など他の重要項目を含め、適切な要素が反映されています。

かつての日本を含め、多くの政府が改革の実施を謳いながら、経済分析が間違っていたり、一度にあまりに多くのことを目指しすぎていました。例として、1998年のインドネシア、近年のギリシャが挙げられます。このようなやり方では集中的に取り組むことができず、十分な進展は得られません。安倍首相の助言者たちは、こうした過ちの多くを回避しました。重点課題はある程度、数が絞られており、おおむね適切な課題設定で、政治的な駆け引きに時間を浪費されている様子も見られません。

私が不満に感じるのは、取り組みが不十分な点です。さらなる大胆さが求められます。消費税10%への増税を掲げながら、先送りの可能性を示唆するのは賢明ではありません。場合によっては5年以上かけて、20%前後まで消費税の増税を目指す長期的な取り組みが必要です。女性の活躍促進も経済にプラスに働きますが、15万カ所の保育所増設では不十分で、少なくとも30~40万カ所増設の需要があります。また、女性管理職比率の目標値を公務員のみでなく、民間企業にも設定すべきです。

最後になりますが、私は今年の世界経済フォーラム(ダボス)で好評を博した、安倍首相の素晴らしい演説を聞きました。安倍首相は、利益団体という名の固い岩盤にダイアモンドドリルで穴をうがとうとしている、そんな印象を抱きました。日本政府は高価な巨大ドリルを岩肌に設置し、5センチほど掘り進めています。 全ての難題を乗り越えるには、もう少し深く掘る必要がありそうです。

質疑応答

Q:

講演を聞いて勇気づけられました。日本政府の幹部は、アメリカの反応に不満を抱いているようです。アメリカの政府関係者はなぜ、日本政府を評価しないのでしょうか。

A:

大統領の側の問題かもしれません。オバマ大統領については人付き合いが苦手でよそよそしく、あくまでも自分の意志を通そうとするきらいがあるという話が伝えられています。また、外交問題への関心もあまり高くありません。さらに、ほとんどの安全保障関係者をはじめとしてアメリカ人は、今でも基本的に、日本がある日突然、「アメリカはもう結構、今後は中国と仲良くしよう」と言い出す心配はないと思っています。日本政府は、交渉上の日本の立場は強くないということを、いずれかの時点で認識する必要があります。

Q:

通貨政策の権威として有名でいらっしゃいますが、量的緩和のコストについてどうお考えですか。日本銀行に何か他にアドバイスすることはありますか。

A:

量的緩和のコストをめぐる議論がとても盛んで、驚いています。量的緩和はコストを伴うという十分な証拠はなく、これを裏づける理論的根拠の存在すら明確ではありません。たとえば、過去15年ほどの日本の歴史を例にあげて反論できます。さまざま形で量的緩和を行っても、一般に3大コストといわれている、インフレもバブルも、市場機能の崩壊も起こりませんでした。

日銀政策委員会は現在、恵まれた立場にあります。ベン・バーナンキは、計量経済の観点から慎重に検討した結果、データを見る限り、量的緩和は基本的に通貨への影響という点で、通常の金融政策と同等か、少なくともそれに近い効果をあげるようだと明言しました。

過去30年間にわたる、金融政策にかんする学術研究・応用研究の膨大な蓄積が示すように、人々は中央銀行のチープ・トークを信用していません。量的緩和とはつまるところ、何かを犠牲にして何かを手に入れるということです。行動は、言葉よりも雄弁です。フォワード・ガイダンスが話題になりますが、私からみれば、中央銀行総裁のスピーチと大差ありません。

日銀についてですが、多くの政策委員会のメンバーですら、2年間で2%の物価上昇は無理だと考えています。その目標に向けて大きな進歩はあるでしょうし、すでに物価は上昇しています。とはいえ、今後の期待形成や債券価格を含め、持続的な形で物価上昇目標を達成できるかどうかには、今も疑問が残ります。従って、来年の日銀政策委員会の課題は、フォワード・ガイダンスではなく、むしろ追加刺激策を導入するか、あるいは現行路線を維持するかの判断になるでしょう。

Q:

増税による破綻を何とか回避しつつ、消費税を20%程度にまであげるよう提案されています。日本の産業界はかつて、国際経済と切り離れた、きわめて特殊な経営方式をとっていました。過去10年間に生じたいくつかの変化による悪影響を日本が受けなかった理由は、この間に日本が真の意味で国際経済に統合し、日本独自の投入コストやゲームのルールがなくなったからです。量的緩和をさらに続ければ、影響をいくらか緩和できるという趣旨のご発言でしょうが、ルール自体が変更され、以前は国内にとどまっていた通貨の流出スピードが速まれば、日本はかなり苦しい状況に立たされませんか。

A:

まず、犠牲を伴わない方法はありません。10年、12年前にやっておかなかったのは、「失われた10年」における最大の損失の1つです。日本にとって消費税が最も公平な課税なのかについても、議論の余地があります。消費税増税に伴い、さまざまな課題が生じます。おそらく、逆進性対策として、食品や最低限必要な衣料品購入に対する直接的な補助金交付や、貧困層への控除措置・補助金交付、あるいは同様の措置を求める声が上がるでしょう。国会がこうした措置を講じるかどうか、私には分かりません。

計算上は、日本は財政的に持続可能性を達成できると思います。ただし、消費税を20%にあげれば、の話です。この税率は率直にいって異常に高い水準ではありません。ヨーロッパでは17~27%の付加価値税も珍しくなく、さらに高齢者への給付も減額し、平均1.5%以上の理想的な成長率を維持しています。慶応大学の深尾光洋氏などは、消費税を25%に引き上げた上で、他の措置も必要だと主張されるでしょう。

構造改革に関しては、実際のデータを見ると、財政乗数はこの40年間でさほど変化していません。長期的にあまり変化していないのです。日本が大胆に市場を開放し、財政支出プログラムの結果として多額の資金が国外に流出すれば、大きな変化が生じるかもしれません。しかしこのデータを見て、日本の市場開放が大幅に進んだとするのは、都合のよい解釈にすぎません。日本企業は、生産拠点の海外移転やサプライチェーンの統合などを、適切かつ賢明に進めたと思います。これにより日本は変化を強いられ、日本の産業にとっての展望も変化しました。私は10年以上前に行った研究で、「メイド・イン・ジャパン」でなく「メイド・バイ・ジャパン」戦略の推進を主張しましたが、それが現実のものとなったのです。ただしこれによって財政政策が大きな影響を受けることはないでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。