世界の経営学は、日本の産業政策に貢献し得るか

開催日 2013年11月29日
スピーカー 入山 章栄 (早稲田大学ビジネススクール 准教授)
モデレータ 俣野 敏道 (経済産業省 大臣官房広報室 課長補佐 (総括))
開催案内/講演概要

現在、欧米や(日本を除く)アジアを中心とした国際的なフィールドで、ビジネススクール教授などの経営学者たちによる「経営学」の国際標準化と普及が急速に進んでいる。他方、国際的なフィールドでコンスタントに活動する日本人経営学者は少ないため、そこで得られている知見が日本には十分に伝わっていないのが現状である。これは、国際的に活躍する研究者も多くその知見が通商産業政策に生かされることもある「経済学」分野との大きな違いである。本講演では、今年8月までニューヨーク州立大学のビジネススクールで研究活動を行っていた講演者からみた、「世界の経営学」の概要とそこから得られている知見の一部を紹介し、経営学の知見が産業政策にも貢献しうるかを議論する。

議事録

事実(1) 国際標準化・多国籍化・そこに日本人はいない

入山 章栄写真私は大学で経済学を学び、三菱総研でも自分をエコノミストだと思って働いていました。そこで経営学の面白さに気づき、会社を辞めて米国へ留学しました。ですから、日本で経営学を学んだことはありません。

留学して数年後に一時帰国した際、日本の書店へ行き、初めて経営学書コーナーに立ちました。すると、ドラッカー関連の書籍ばかりで非常に驚きました。米国で2~3年勉強している間、ドラッカーなどまったく出てこなかったからです。そこで、けっしてドラッカーが悪いとは思いませんが、いま海外で実際に進んでいる経営学を日本の皆さんにも知ってもらいたいと考えるようになりました。

「8338分の28」という数字は、何を表しているでしょうか――。現在、世界でもっとも大規模な経営学会はアカデミー・オブ・マネジメントといいます。ここでは毎年8月に年次総会を開催していますが、今年の年次総会には世界中から8338人参加し、うち日本の大学から参加したのが28人でした。全体のたった0.3%です。

参加者8338人の国別内訳として、この学会は米国の大学が運営しているため、米国内からの参加者が3849人ともっとも多いのですが、それでも半分以下に留まっています。中国からは280人が参加していますが、香港の85人と合わせると365人となり、英国561人、カナダ406人に続き、4番目に大きい割合を占めることになります。さらに米国内からの参加者には、多くの中国籍の教授が含まれていますから、国籍ベースで考えると、中国はいまや英国を抜く勢いで台頭していると考えられます。

このように、事実として、経営学の分野では国際標準化が急速に進んでいます。それは日本を除いた世界の国々で起こっており、各国が同じ学会に参加し、同じ経営理論の基盤のもとで、同じ分析手法を使い、同じ学術誌に論文を投稿しているわけです。そして、世界中のビジネススクールで多国籍化が急速に進んでいますが、そこに参加している日本人はほとんどいません。

事実(2) 知の競争・統計手法の重視・経営学を科学にしようとしている

Academy of Management Journalをはじめ、経営学には7~8のトップジャーナルといわれる学術誌があります。米国の上位ビジネススクールにいる経営学者にとっては、こうしたトップクラスの学術誌への論文掲載が評価のすべてといっても過言ではありません。しかし有名なHarvard Business Reviewは、これらの学術誌とは異なります。Harvard Business Reviewには、トップジャーナルで得られた知見の中から実務に応用できる考え方が、一般のビジネスマンに読みやすいかたちで掲載されています。そういう意味で、同誌は、学者とビジネスマンとの橋渡し役として重要な役割を担っています。

次に、「52 vs. 5」という数字です。これは、経営戦略論のトップの学術誌であるStrategic Management Journalに、2011年に掲載された実証研究は57本あり、そのうち統計分析を用いた研究が52本であったのに対し、日本では主流のケーススタディ(事例分析)を用いた研究は5本しかなかったということを表しています。要するに、統計分析が9割以上を占めるわけです。

今、日本を除く世界の経営学では、「経営の真理」を解き明かすための知の競争が進んでいます。そして統計手法を重視し、何とかして経営学を科学にしようとしているわけです。科学とは、いうまでもなく「真理の探究」です。しかし厄介なのは、経営学のみならず経済学や政治学といった社会科学の対象は、人間あるいは人間の組織だということです。

事実(3) 理論と実証のせめぎあい・帰納より演繹・人間や組織を理論化できるか?

従来、日本で普及している経営学とは、いわゆる成功企業をいくつか抽出し、ケーススタディから含意を導くという帰納的アプローチです。それも大事なことですが、世界のマジョリティは現在、そうではありません。欧米の国際標準となっている経営学の大部分は演繹的アプローチであり、まず理論を立て、統計的な手法によって経営の真理法則をみつけようとしているのです。

経営学は非常に学際的な学問で、経済学、心理学、社会学という3つの理論的基盤を持っています。人間の考えることは複雑なため、どこかに仮定を置かなければ、きれいに理論をつくることができません。それをもっともエレガントに行っているのが経済学で、端的にいうと「合理性」に仮定を置いています。心理学は少し異なり、たとえば友人のとった行動が合理的でなくても同じことをやってしまうなど、合理的な部分もあれば、非合理的な部分もあります。社会学は、人間と人間のインタラクションに重きを置いています。

こうした3つの領域に基盤を置いて、経営学は成り立っています。そして、この3つの勢力は今、ちょうど拮抗していると思います。最近は社会学が多少強いという話も聞きますが、時代によって対立や融合を繰り返しながら、いまだに3つのdisciplineは拮抗しているわけです。さらに経営学者の中でも、経済学に基盤を置いたトップクラスの学者、社会学あるいは心理学に基盤を置いたトップクラスの学者がいます。

これは私の仮説として、経済学ベースの経営学は日本でも馴染みがあると思うのですが、心理学や社会学ベースの経営学の研究成果は、とくに知られていないのではないでしょうか。私はこれらは日本の企業経営を説明するために有効で、とくにイノベーションとアントレプレナーシップヘの示唆は大きいと考えられます。産業政策への示唆もあるかもしれません。

有名なマイケル・ポーターの競争戦略論は、ミクロ経済学の初歩な考え方を応用したものです。J.バーニーのResource Based Viewも、もとは経済学的な発想です。この2人は日本でもよく知られていますが、海外には、各分野の考え方を経営学風に、自然言語にうまく置き換えて理論仮説を立てている研究者が多くいます。

心理学ベースと社会学ベース

私の著書で紹介し、とくに反響が大きかったのは"Ambidexterity"(両利きの経営)です。これは、1991年にジェームズ・マーチが最初に提唱した考え方で、イノベーションの本質は、今ある知識と今ある知識の組み合わせなので、自分たちの業界や領域からなるべく遠い知識から示唆を得て、自分の持っている知識と組み合わせたときにイノベーションが起きやすいということが、経営学者のコンセンサスとなっています。

こうしたExploration(知の探索)とExploitation(知の深化)の2つを高い次元でバランスよくとったときに、企業はイノベーションを起こしやすいということを、マーチはAmbidexterityといったわけです。

さらに企業はどうしても、すでに収益を上げている組み合わせの知識を含める方向に進みがちです。するとExplorationを怠りがちになり、中長期的には「コンピテンシー・トラップ」にはまる可能性があります。日本の家電メーカーが最近苦戦している理由の1つも、ここにあるのかもしれません。

このAmbidexterityが企業の業績にプラスの効果を与えるということは、世界の経営学者の間でもコンセンサスがとれてきています。これは、いまだに最先端の学者にとって重要なテーマですが、ベースは認知心理学です。

Ambidexterityを高めるには、オープンイノベーション、人材の多様化が重要になってきます。日本のダイバーシティの取り組みは、女性や外国人の登用といった手段そのものが目的になっている印象がありますが、大切なことは、人材の多様化を促すことによって両利きの経営につなげることだと考えられます。Contextual Ambidexterity(Gibson & Birkinshaw, 2001)は、既存の組織の中で、1人1人の従業員が「知の探索」と「知の深化」をうまくバランスできる組織ルールや文化をつくることが重要だという考え方です。また「知の探索」と「知の深化」という2つの矛盾した概念を、いかに組織に内包するかが大事だということも述べられています。

認知心理学をベースとした組織学習理論に、「トランザクティブ・メモリー」という考え方があります。組織で重要なのは「何を知っているか」ではなく、「組織の誰が何を知っているかを知っていること」であり、このWho knows what (Wegner 1985)の考え方を、私は「知のインデックスカード」と呼んでいます。こうしたトランザクティブ・メモリーの高い組織のほうが、パフォーマンスはよくなることが実証されてきています。

では、どういう組織がトランザクティブ・メモリーを高められるのか――。トランザクティブ・メモリーの高い組織はメンバー同士がフェース・トゥ・フェースで交流することが多く、文書や電話で言葉のやりとりをしてもトランザクティブ・メモリーは育たない、つまり目は口ほどにものを言うという研究結果が一部で出ています(Hollingshead, 1998;Lewis et al. 2005)。

現在、経済学で応用されている「ネットワーク理論」のベースは社会学です。アントレプレナーシップにも認知心理学あるいは社会学ベースの経営学理論が多用され、かなりの成果が出てきています。起業家にとって人脈は大変重要ですが、はたして弱い結びつきの相手が良いのか、強い結びつきの相手が良いのか、といったテーマにもネットワーク分析が用いられており、起業家の「弱い結びつき」が事業機会の発見につながる(Davidsson et al. 2003)、「ストラクチュアル・ホール」はそもそも事業機会の源泉(Burt, 2001)、といった研究結果が出ています。

ハーバードは特殊な大学で、米国トップクラスの研究大学の中で唯一、学術的な論文の業績を問わずに教授を迎えています。ハーバードビジネススクールの中で、学術業績が少ないにもかかわらずスーパースターとして扱われている学者の筆頭がマイケル・ポーター、2人目がクリステンセンです。

そのクリステンセンによる久々の学術論文となった「イノベーテイブ・アントレプレナーの条件」 (Dyer et al. 2009)では、真に社会にインパクトをおよぼす起業家の条件として、常に現状に疑問を抱ける「疑問力」、一度疑問に思ったことを徹底的に観察する「観察力」、得られたところから常に実験をする「実験力」、何か疑問に思ったときに、自分がどう考えるかではなく、自分の人脈の中で、誰なら何を考えるかと思いつける「ネットワークカ」の4つが挙げられています。

この中で「実験力」は、まさに知の探索です。「ネットワーク力」は、ネットワーク理論そのものです。つまり、認知心理学ベースあるいは社会学ベースの理論と、ほとんど言っていることは同じといえます。

多くの経営学者は認知心理学や社会学の考えを使って研究を進めており、とくに日本で重要な課題となっているイノベーションとアントレプレナーシップにおいては、経営学の分野が強いインパクトを与えている現状があります。

ぜひ米国で経営学Ph.D.をとってください

では、日本ではどうでしょうか――。最近はなかなかできませんが、研究者が夜中まで残って自分のやりたい研究をする「ヤミ研」は、まさに知の探索行動だと思います。またトランザクティブ・メモリーを高めるフェース・トゥ・フェースのインタラクションを促すには、「平場のオフィス」や「研究拠点の集約」が大事なのかもしれません。

また先ほど、Contextual Ambidexterity(Gibson & Birkinshaw, 2001)の「矛盾の内包」について述べましたが、この論文を読んだときに、最初に思い浮かべたのはトヨタのことでした。締めつけが厳しい一方で、アンビシャスにいろいろなチャレンジをする、という矛盾した企業文化がうまく組織内に共存しているという点で、非常に近いモデルだと思うわけです。

社会学・心理学ベースの経営理論を学ぶことで、企業イノベーションやアントレプレナーシップの理解を深め、示唆を得ることができます。では、どこで世界の経営学を学べるかというと、日本では難しく、論文そのものを読むか、フロンティアにいる研究者を呼ぶしかありません。ですから日本の皆さんには、ぜひ米国で経営学Ph.D.をとっていただきたいと思います。

質疑応答

Q:

経営学と政策との関わりとして、非市場戦略について、どうお考えでしょうか。

A:

非市場戦略は、経営学でも重要なテーマとして注目されてきています。とくに新興市場戦略を考える上で重要ですが、まだデータの蓄積がないため、これからの学問だと思います。

Q:

日本の経営学者は、データの制約のために世界へ出て行けないのでしょうか。

A:

私は逆だと思っています。日本のデータは宝の山で、企業・業界団体、政府などの豊富なデータを使っていないだけです。実際、大量のデータベースを構築して多くの論文をパブリッシュしている研究者もいます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。