法人実効税率引き下げへの道筋

開催日 2013年10月15日
スピーカー 森信 茂樹 (中央大学法科大学院 教授/東京財団 上席研究員)
モデレータ 新居 泰人 (経済産業省 経済産業政策局 企業行動課長)
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開催案内/講演概要

アベノミクス成長戦略の中で、法人実効税率引き下げが大きな焦点となっている。わが国経済の空洞化を防止し、外国からの投資の促進を図るためには、法人実効税率の引き下げは必要な政策だ。一方で、財源のあてもなく減税すれば、15年プライマリー赤字の半減という国際公約した財政目標の達成が不可能となり、日本売りの材料となるリスクが高まる。結局「課税ベースを拡大しつつ税率を引き下げていく」ことしかないが、今回の減税では地方法人税も含めて考えていく必要があるので簡単ではない。しかし規制緩和とセットで行えば、欧州で生じたような法人税パラドックスが期待でき、法人税減税を家計所得の拡大につなげていく道筋も見えてくる。

議事録

法人課税の検討にあたって

森信 茂樹写真先般の経済対策の中で、法人税に関する記述は興味深い。閣議決定(2013年10月1日)には「復興特別法人税の一年前倒しでの廃止について検討する」とありますが、法人課税に関する記述はありません。しかし、党の、民間投資活性化などのための税制改正大綱(13年10月1日)には「なお、法人課税については、企業の国際競争力や立地競争力の強化のため、国・地方を合わせた表面税率である法人実効税率を引き下げるべきとの意見がある。(中略)こうした点を踏まえつつ、法人実効税率の在り方について、今後、速やかに検討を開始することとする」と明記されており、双方の温度差が見て取れます。あえて言えば、党の記述には官邸の強い意向が反映され、閣議決定には財務省の意向が反映されている、といえるでしょう。

法人課税の検討にあたっては、さまざまな論点があり1つ1つ検証していく必要があります。たとえば「わが国法人の負担が高いかどうか」をめぐっても、どのような指標でみるかによって論点や考え方、結論も異なるわけです。また、今回の主役は地方法人税といえます。従来から、地方法人2税があることによって税収偏在・不安定の問題があり、改革に向けて検討が行われてきました。暫定措置として地方法人特別税(都道府県により国税として徴収され、一旦国庫に払い込まれた後に、地方法人特別譲与税として都道府県に譲与される)の導入も行われていますが、これは暫定措置として合意されており、年末にかけて見直しが予定されています。この地方法人税の見直しのエネルギーを使って法人実効税率の引き下げにつなげることが必要だと思います。

法人所得課税の実効税率の国際比較(財務省資料)における実効税率は、法人所得に対する租税負担の一部が損金算入されることを調整した上で、それぞれの税率を合計したもので、実質は表面税率です。本来の実効税率は、法人が所得からどの程度法人税を支払っているかという指標のはずで、このあたりも議論が錯綜する一因になっていると思います。また日本の地方法人2税の地方税収に占める割合は、先進諸国で最も高い比率になっています。州を抱える米国やドイツといった分権国家は別として、単一国家においては法人税は国税となっており、地方にはありません。このあたりの日本特有の税体系ということも見直しの際には考慮すべきでしょう。

個別企業の財務データに基づく計算手法による法人実効税率の比較(経産省資料)では、日本の40.6ポイントは、米国の30.5ポイントを上回っています。米国が低いのは、よくいわれるように米企業が、巧妙なタックスプランニングを行っている結果です。OECDにおいてBEPS(税源浸食と利益移転)が問題となっていますが、まさに所得を低税率国に移転した成果が米国の低い法人実効税率につながっているわけです。いろいろな指標で見ても、日本の法人税負担は諸外国と比べて高い水準にあることがわかります。

もっとも、社会保険料負担まで合わせて考えると、異なる世界が出てきます。欧州は社会保険料雇用主負担が高く、それを合わせて企業負担を考えると、日本の負担は英国、米国に比べると高いものの、フランスやドイツよりは低い水準にあります。そのため、わが国の法人実効税率を焦って引き下げる必要はないという議論があることは事実です。

ノーベル経済学賞を受賞したMirrleesは、有名な"Mirrlees Review"においてHorstman and Markuse(1992)などの分析から、以下の4つの段階で、法人税が国際展開する企業行動に与える影響を整理しています。第1段階は直接投資の決定(自国で生産・輸出するか、海外で現地生産するか)、第2段階は立地選択(海外で現地生産する場合、どこの国で生産するか)、第3段階は投資水準の決定(投資先を決定の上、どの程度の規模で投資するか)、第4段階は利益の帰属先の決定(どこの国に利益を集中もしくは帰属させるか)です。第1段階、第2段階では、平均実効税率が大きな要因になりますが、第3段階では限界実効税率、第4段階では表面税率が重要になります。

これを日本にあてはめて考えると、現在のように先行きが不透明で、企業も手元流動性を積み上げている状況下では、投資減税などにより限界実効税率を下げることで投資水準が積み上がるかは、疑問といえます。一方、企業が生産能力拡大のために海外を含め投資先を決定する際、判断となる大きな要因が法人実効税率であることは間違いありません。日本の現状を考えても、ここはしっかり引き下げて、地方を含むわが国経済の一層の空洞化を防止する必要があると思います。

また、日本ではほとんど意識されていないようですが、第4段階の議論は重要です。我が国の対外・対内直接投資の上位国・地域をみると、対外直接投資は、上位から米国、オランダ、中国、ケイマン諸島と続きます。対内直接投資は、上位から米国、オランダ、フランス、ケイマン諸島、シンガポールとなっており、すでに租税回避地を経由していることがうかがえるデータだと思います。表面税率の問題にも対応していく必要があります。

すでに地方法人税の議論は始まっている

すでに昨年から、地方財政審議会「地方法人課税のあり方等を検討する検討会」(会長 神野直彦教授、第1回平成24年9月20日)が開かれています。 また、全国知事会「地方税財政制度研究会」(座長 植田和弘教授、第1回平成24年9月7日)でも、国の消費税と地方法人課税の税源交換や地方共有税、「地方共同税」(地方税の一部を地方の共通財源と位置付け調整する仕組み)など、地方税制における税源偏在の是正方策について、法制的な課題を含め幅広く検討されています。東京都税制調査会(座長 横山彰教授)でも相当踏み込んだ議論が行われています。

地方事業税と法人住民税(法人2税)の課題は、税収の不安定性や偏在性をいかに小さくするかという点にあります。これまで大きな改革が2度にわたって行われてきました。1つが90年代の外形標準課税導入で、もう1つは、2008年に行われた暫定的な改革としての地方法人特別税の導入です。しかし、この問題(不安定性と偏在性の是正)の解決のためには抜本的な見直しが必要です。ちなみに小泉時代の三位一体の改革(補助金や交付税改革と合わせた税源移譲)ではこの問題はわきに置かれました。

法人事業税は古い起源をもつ税ですが、明治時代以降、所得ではなく付加価値を基準とした税として位置付けられていました。昭和25年にはシャウプ勧告により地方税としての加算型付加価値税が創設されましたが、当時の日本人には理解が得られず、昭和29年には廃止されます。その後、本来付加価値税であるべきものが便宜上所得課税となり長く続きましたが、本来の姿に戻そうと、平成16年に外形標準課税が一部導入されました。しかし地方によって1人当たり税収の格差は最大約8倍に広がっており、消費税の約2倍と比較してあまりにも違いが大きいというのが現状です。こうしたことを踏まえ、平成20年には税収格差縮小のために地方法人特別税が暫定措置として創設されます。その結果、東京都は平成20年度におよそ3000億円の減収となり、反発したことは記憶に新しいところです。

地方法人特別税の平成20年度税収見込みは2.6兆円でした。これは消費税率1%分に相当します。要するに当時は感覚として、将来の抜本的税制改正つまり消費税率を引き上げる際には、その1%分を充当することで地方特別法人税は廃止できる。すなわち地方消費税に置き換えられるという共通認識があったと思います。それによって、税収の不安定性や偏在性といった問題もある程度解消することができるわけです。

ところが今回の消費税率見直しの議論において、民主党政権時、消費税引き上げ分は社会保障にしか使わないという縛りがなされました。1%分を地方消費税に置き換えるという前提が崩れてしまったわけです。ここに、今回のねじれの最大の原因があります。

税制抜本改革法(「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」)7条には、「五 地方税制については、次に定めるとおり検討すること。 イ 地方法人特別税及び地方法人特別譲与税について、税制の抜本的な改革において偏在性の小さい地方税体系の構築が行われるまでの間の措置であることを踏まえ、税制の抜本的な改革に併せて抜本的に見直しを行う」とあります。

この条文によって、本年12月末までに、暫定的措置である地方法人特別税は抜本的見直しをしなければならないことになりました。しかし、どのように抜本的に見直すのか、議論は混迷しており現在も議論が続いているわけです。

法人税改革私案

地方税収の構成割合の国際比較(2010年)をみると、スウェーデンは97.4%を個人所得課税が占めています。英国は100%、資産課税で地方財源をまかなっています。フランスは64.2%が資産課税、25.6%が消費課税となっています。そして日本は法人所得課税13.9%、個人所得課税34.5%、資産課税31.1%、消費課税19.4%となっていますが、英国、フランスといった単一国家には基本的に法人税はありません。法人税は誰が負担する税なのかよくわからない税であることや、法人には選挙権がなく過重な負担になりかねないことから、国税として構築されているのです。ドイツ、米国、カナダといった分権国家では州税としていますが、縮小される傾向にあります。いずれにしても、日本ほど大きな比重で地方に法人課税のある国は見当たりません。

「地方法人税の見直し」と「法人実効税率引き下げ」という2つの議論を整合させるためには、課税ベースを拡大しながら税率を引き下げていく、という方法しかありません。地方税の場合は、固定資産税や個人住民税などの課税ベースを広げ税収の安定性を確保しつつ、その財源で税率を引き下げていく、これが解決の方向だと考えています。

また、国税の課税ベース拡大としては、租税特別措置や減価償却の見直しも必要です。レーガン第2期の税制改革では、重厚長大産業への租税特例措置、加速度償却などをほぼすべて撤廃しました。その財源で法人税率を10ポイント以上引き下げました。同時に所得税の課税ベースなども広げ、税率を引き下げています。その結果、西側のシリコンバレーなどで、大学を卒業したばかりの若者がアントレプレナーシップを発揮し、事業を始めるようになったのです。当時、在ロサンジェルス総領事館に勤務していた際に出席したIT関係の会議に、スティーブ・ジョブズがいたことは後から知ることになりましたが、そういった人々がどんどん活躍し、企業が元気を取り戻し、それが今日の米国のIT産業の基礎をつくったといえます。実効税率を10ポイント以上引き下げたことで、大きな効果を生み出したわけです。このように、さまざまな課税ベースの拡大を考えていくべきでしょう。

平成23年度、菅政権時に法人税の基本税率が5ポイント程度引き下げられました。その際課税ベースの拡大が議論され、減価償却の見直しも行われました。減価償却のメリットはしょせん期間損益です。これにこだわるより、それを大幅に見直して財源を出して恒久的な税率引き下げを行うほうが、企業にとっても望ましいはずですが、それがなかなか理解されません。ちなみにドイツは、メルケル政権の時に減価償却を定額法に直し財源を出し大幅な税率引き下げを行いました。

法人税改革私案として、2回に分けて実効税率を25%程度に引き下げることを考えています。第1段階(~2015年度)には、法人住民税(法人税割り)を、固定資産税・住民税の課税ベースの拡大で財源を出して引き下げる。あわせて、法人事業税・地方特別法人税を国税に移管、国・地方の共同税とし、地方財源分は国が水平的再分配を行うことで、格差をより縮小することができます。水平的調整を行う分だけ地方の格差は縮小し、交付税がその分節約されるため、減税財源に充てることもできます。ただし、これを地方自治体に任せては、東京都とそれ以外の自治体との利害が錯綜し、話はまとまらないでしょう。国の強力な関与・リーダーシップが必要です。

第2段階では、(地方)消費税率の1.7%程度の引き上げにより共同税の地方部分(今の法人事業税)を代替し、補助金・交付税・仕事の見直しによる「三位一体型改革」を行っていくべきだと考えています。これは、消費税率が10%になった2015年以降の話とならざるをえません。それで2段階に分けています。

OECDの統計によると、1982-2006年の間で、法人税(表面)率は平均的に20%下がっています。こうした法人税引き下げ競争の結果、法人税収のGDP比はむしろ上がっています。これが法人税パラドックス(表面税率を引き下げても、GDPに占める法人税収は増加する)で、さまざまな研究が行われています。

欧州諸国で法人税パラドックスがなぜ生じたか――。Ruud A. de Mooij & Gaëtan Nicodèmeは、3つの要因を示しています。第1項に、表面税率は下げたけれども、課税ベースは拡大しているということです。第2項は、法人税の表面税率を引き下げたために、個人から法人へのシフトが進んだことです。第3項に、アントレナーシップが発揮され、GDPに占める企業所得の割合が増加したことです。この3つの要因が概ね均等にうまく機能し、法人税パラドックスが起きたというわけです。

これを日本に当てはめると、法人税パラドックスが生じるためには、やはり課税ベースの拡大が必要です。さらに新規起業を促すような規制緩和、成長戦略が大前提となります。この2つを同時に行うことで、日本にも好循環が生まれるように思います。

なお、日本は法人のおよそ7割が赤字のため、法人税減税をしても効果がないという主張がありますが、これは別の議論だと思います。日本の赤字法人の最大の原因は、法人数の約97%を占める同族企業におけるタックスプランニングです。その問題と、実際に税金を負担している元気な企業の税負担を軽減するという話を混同すべきではありません。

質疑応答

Q:

法人税パラドックスの要因について、欧州でもっとも効果がみられたのは、第1~3項のうちどれにあたるでしょうか。

A:

"Corporate Tax Policy, Entrepreneurship and Incorporation in the EU"(Ruud A. de Mooij & Gaëtan Nicodème)には、国ごとに年代を区切って、詳細に明記されています。国や年代によって異なりますが、トータルとしては3分の1ずつ程度に寄与しているものと思われます。第2項は、日本ではあまり関係ないかもしれません。

モデレータ:

「企業には減税をして、庶民の消費税を引き上げるとは何事か」という議論になりがちですが、従業員や消費者にメリットが及ぶといった転嫁と帰着の議論を、国民にうまく説明する方法はあるでしょうか。

A:

それは企業が給料を上げる、ベアを上げますということをコミットすることでしょう。転嫁と帰着の論理は、いくらやっても無理です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。