日本の地域間生産性格差は縮小したか:都道府県別産業生産性(R-JIP)データベースによる分析

開催日 2013年6月14日
スピーカー 深尾 京司 (RIETI ファカルティフェロー・プログラムディレクター/一橋大学経済研究所 所長・教授)
スピーカー 徳井 丞次 (RIETIファカルティフェロー/信州大学経済学部 学部長・教授)
モデレータ 宮川 努 (RIETI ファカルティフェロー/学習院大学 教授)
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開催案内/講演概要

地方を中心に急速に進展する高齢化・過疎化や製造業で加速する生産の海外移転等により、地域間経済格差や産業の地域分布の動向、地方財政の維持可能性、等について不確実性が高まっている。戦後の地域間経済格差のダイナミックスについては、経済収束の視点等から数多くの実証研究が行われてきた。しかし各国間の比較分析で今日標準的となった、産業別に資本ストックや労働の質を推計し、物的・人的資本蓄積や産業構造の変化、産業別の全要素生産性(TFP)の動向等で所得・労働生産性格差の原因や経済収束を説明しようとする研究は、日本を含め各国内の地域間格差については十分に行われていない。

このような問題意識から経済産業研究所の「産業・企業生産性向上」プログラム「地域別生産データベースの構築と東日本大震災後の経済構造変化」プロジェクトでは、1970年から2008年までの日本について原則暦年ベースで、都道府県別、23産業別に産業構造と(質の違いを考慮した)要素投入、および全要素生産性を計測する「都道府県別産業生産性データベース」(Regional-Level Japan Industrial Productivity Database、略称R-JIP)を構築した。

このセミナーでは、R-JIPの構築方法の概略を説明すると同時に、サプライサイドの視点から、1970年以降の日本の地域間労働生産性格差及びその変化の原因について分析した結果を報告する。また、要素投入のなかでも労働投入の地域間・産業間での相違は、今回のデータベース作成において労力をかけたことの一つである。そこから得られた、地域間人的資本賦存の格差と、それに労働移動が及ぼしている影響についての分析結果を併せて報告する。

議事録

はじめに

深尾 京司写真深尾氏:
地方を中心に急速に進展する高齢化・過疎化や製造業で加速する生産の海外移転等によって、地域間経済格差や産業の地域分布の動向、地方財政の維持可能性等における不確実性が高まっています。戦後の地域間経済格差のダイナミックスについては、経済収束の視点等から数多くの実証研究が行われてきました(Barro and Sala-i-Martin (1992)、Shioji (2001a))。

今日では国レベルでは「日本産業生産性(JIP)データベース」や「EU KLEMSデータベース」のように、マクロ経済を産業別に分けて資本ストックや労働の質を推計し、物的・人的資本蓄積や産業構造の変化、産業別の全要素生産性(TFP)の動向等によって所得・労働生産性の各国間格差の原因や経済収束を説明しようとする研究が主流となりつつあります。しかし一国内の地域間格差について、おそらくはデータの不足のため、そのような分析はまだほとんど行われていません。

RIETIの「産業・企業生産性向上」プログラムにおける「地域別生産データベースの構築と東日本大震災後の経済構造変化」プロジェクトでは、一橋大学のグローバルCOEプログラム「社会科学の高度統計・実証分析拠点構築」と協力し、日本の地域間生産性格差や産業構造を分析するための基礎資料として、「都道府県別産業生産性データベース(Regional-Level Japan Industrial Productivity Database:R-JIP)」を構築しました。

「R-JIP 2012」では、1970~2008年までの日本について、原則暦年ベースで、都道府県別、23産業別に、産業構造と(質の違いを考慮した)生産要素の投入およびTFPを計測しています。

日本の地域間経済格差の推移(1890-2008)をみると、人口1人当たり名目県内総生産に関する変動係数で見た日本の都道府県間所得格差は、長期的には減少傾向にあったことが分かります。

ただし、我々が分析対象とする1970年以降は、長期的な視点から見ると地域間所得格差の縮小があまり進まなかった時期だといえます。RIETIのプロジェクトでは、将来は1955年まで遡って高度成長期の格差縮小期についても分析したいと考えています。

地域間の経済格差を測る場合、我々は基本的に、就業者1人当たりの労働生産性を用います。1人当たり名目県民所得・名目県内総生産とマンアワー当たり名目県内総生産の変動係数(σ収束)をみると、70年以降、就業者1人当たり名目県内総生産の地域間格差にはダイナミックな縮小がみられます。一方で、1人当たり名目県内総生産でみると、地域間格差はあまり縮小していません。

この違いは、通勤等によって豊かな県ほど就業者数/人口比率が高い傾向が強まったためです。本報告では、生産性の視点から分析を行うこと、県民経済計算統計は主に生産側のデータに基づいており、所得データよりも生産データの方が信頼性は高い傾向にあること等から、労働生産性(労働時間当たり粗付加価値)で格差を測ることとしました。

R-JIPデータベースの構築

徳井 丞次写真徳井氏:
R-JIPデータベース構築の基本方針として、資本ストック、資本の質、労働、付加価値のコントロールトータルには、原則として日本全体の産業別データベースであるJIPを使っています。その他にも、産業別付加価値デフレータや資本ストック作成時の資本減耗率にもJIPのデータを用いるなど、これまでのJIPデータベース作成の経験を生かしています。その際、今回のR-JIPでは同一産業には全国一律のデフレータを適用していますが、これは今後改良すべき課題と考えています。

R-JIPデータベースは、23産業分類と、長期間をカバーする都道府県別データベースとしては比較的細かい分類になっています。その際、投資のデータなどは利用した元データのより粗い分類を細かく分割する必要がありますが、分割方法によって安易に生産性に関する暗黙の制約をデータに置くことにならないよう独自の工夫をしています。労働投入の推計については、国勢調査の就業者数(従業地ベース)をR-JIP産業分類別に集計し、労働投入の質の違いを都道府県間で測って反映させています。こうして作成したデータとそれを使った生産性分析の結果を、R-JIPデータベースとしてRIETIのホームページ上で公開しています。

労働生産性地域間格差の源泉

深尾氏:
Caves, Christensen and Diewert (1982) による指数に基づいて都道府県別マクロ相対労働生産性を計算し、1970年および2008年における労働生産性地域間格差の原因(対数値)を分析したところ、資本装備率、労働の質、相対TFPのすべてが労働生産性地域格差に寄与していることが分かりました。

また、時間を通じてみると、労働生産性の地域間格差は明らかに縮小しています。その主因は、豊かな県ほど高かった資本労働比率の地域間格差が縮小したためと考えられます。一方、TFPの地域間格差は減少せず、今日では労働生産性の地域間格差の主因となっています。

さらに、資本装備率(および労働の質)と都道府県別マクロ相対労働生産性対数値の共分散への各産業・各効果(シェア効果と産業内効果)の寄与を計算し、TFPについても各産業の産業内効果を計算しました。マクロだけでなく、細かい産業にまで下りて分析できるのがR-JIPの本当のパワーといえます。

「都道府県別マクロ相対労働生産性対数値の分散の要因分解」によると、1970年において労働生産性の地域間格差を生み出していた最大の源泉は、TFPと資本装備率の格差でした。また、「どの産業が地域間労働生産性格差に寄与したか」について2008年の結果を1970年の結果と比較すると、製造業が日本の格差縮小の原動力となっており、非製造業は格差の残存に寄与する傾向がみられました。これは、RIETIの藤田所長が1997年に書かれた論文にも整合しています。

つまり不動産、運輸・通信など資本集約的な非製造業が労働生産性の高い県に集積し、サービス(民間・非営利)、運輸・通信などの産業が資本装備率や人的資本を、東京をはじめとするマクロレベルで労働生産性の高い県に集中させ、これらの傾向が時間を通じて強まったために格差が拡大したということです。TFPについても、建設、卸売・小売、サービス(民間・非営利)等で、労働生産性が高い県ほど高い水準を維持する傾向がありました。

一方で製造業については、労働の質のシェア効果やTFPの産業内効果が著しく低下しました。人的資本集約的な製造業の地方への集積、同一産業内でTFPが高い工場の地方への立地、といった過程を通じて、製造業では、地域間の労働生産性格差を縮小するようなメカニズムが働いたためと考えられます。要素賦存が産業構造を決めるのか、産業構造が要素賦存を決めるのかは、今回の分析からだけでは分かりません。おそらく日本のように国内で資本や労働の移動が活発な国では、産業構造が地域の要素賦存を規定する傾向が強いのかと思います。そうすると、どこに各産業が集積するかという空間経済学の研究が更に必要だということになります。R-JIPは、そのための出発点だと考えています。

労働生産性地域間格差の収束:成長会計分析

「都道府県別成長会計(1970-2008年)」を実質経済成長の視点からみると、労働生産性の地域間格差はほとんど縮小していません。資本装備率は、当初労働生産性が低かった県ほど上昇が速く、格差を縮小するように働いたことがわかります。一方、TFPの上昇は、当初労働生産性が高かった県ほど明らかに高く、格差を拡大するように作用したことが確認できます。

先ほどのクロスセクションでは格差が縮小したのに、成長会計でみると格差があまり縮小していないのはなぜか――。我々は、交易条件(相対価格)の変化が、この違いを起こしたのではないかと考えています。

製造業における生産性動学と地域経済

製造業におけるTFP上昇の要因分解を分析すると、最近の日本では、負の退出効果が拡大しています。生産性の比較的高い工場が閉鎖されているためです。日本の製造業のTFP上昇が減速してきた主因として、内部効果が下がったこと、つまり個々の工場内部でTFP上昇が減速したことと、負の退出効果が拡大してきたことが挙げられます。

さらに今回は、「製造業TFP上昇率への県別寄与」をみています。ここからわかるのは、大都市圏や産業集積地で非常に大きな負の退出効果が生じていることです。おそらく、比較的生産性の高い企業が自社内で効率の悪い工場を閉鎖し、生産の海外移転が進んでいるためと考えられます。

また、対東アジア直接投資と労働生産性上昇の分解から得られた退出効果(1990-2003)を産業間で比較すると、生産を海外移転している産業ほど大きな負の退出効果が生じています。国内の生産性を考える上では、大企業の国内回帰が重要な課題といえます。

労働移動と人的資本

徳井氏:
R-JIPデータベース作成においては、質を考慮した都道府県別労働投入を計測するために、都道府県間の人的資本賦存を比較する指数を作成しました。その結果、1970~2008年の40年間で、道府県間の人的資本の質の格差は1.7倍から1.3倍に平準化していますが、依然として30%程度の格差が残っています。

その一方で、現在では地域間の人的資本の質の僅かな違いが、以前よりもより大きな労働生産性の差をもたらすようになっています。これは、おそらく日本の産業の特徴が、サービス経済化などもあってこの40年間でより知識集約化してきたことを反映して、労働生産性に与える人的資本の寄与が徐々に大きくなってきた結果だろうと思います。

Jorgenson, Gollop and Fraumeni (1987)の手法を用いた人的資本の質の地域間格差の要因分解の1次効果を1980年と2008年で比較すると、1970年時点では学歴に加えて産業構造が地域間の人的資本の質格差の重要な要因でしたが、その後の40年間で、学歴に起因する要因だけが残っています。これは、産業間の賃金格差が縮小してきたという先行研究とも整合しています。

「産業別、人的資本(の質)の地域間格差収束チェック図」をみると、非製造業において1970年時点では産業内の人的資本の質の地域間格差が大きかったものの、その後は縮小する傾向を示しています。これに対して製造業では、1970年時点で産業内の人的資本の質の地域間格差は比較的大きくはありませんでしたが、その後はそれが縮小する傾向はみられません。

若年者労働移動が地域の人的資本の総量に与える影響をみると、より人的資源が希少な地域から、より人的資本が集積している地域に向けた若年者労働移動がみられます。しかし、こうした若年者労働移動は、人的資本の総量面では観察されるものの、それが高学歴者だけに偏っているわけではないため、人的資本の質でみると影響はそれほど大きくなく、地域間の人的資本格差の主要な要因とまではいえません。

質疑応答

Q:

公共サービスなどの政府支出が県内総生産に含まれている可能性があると思いますが、どのように考慮されているのでしょうか。

また以前、デール W. ジョルゲンソン先生が講演された際、県ごとの規制について言及されていたと思います。たとえば不動産業者は国交省の免許と都道府県の免許が必要なため、大手企業は比較的移動が容易な一方、中小企業は県をまたいで営業できず、ビジネス機会を取り込めないと聞きます。こうした規制は、県別の生産性などに、どのような影響を与えているのでしょうか。

深尾氏:

所得移転、資本移転、年金など、複雑な問題があると思いますが、詳細は論文で述べています。本日お話しした労働生産性の分析は、所得の再分配の影響は受けないと考えています。

ジョルゲンソン先生は、たしかに地域別の規制の問題を議論されています。日本では、医師会における制約、大店法など、実質的な県ごとの規制があり得ます。それについては、ジョルゲンソン先生から我々のプログラムに対し宿題が出されており、今後考えていく必要があります。

Q:

社会保障の持続可能性、産業政策の空間配置といった観点を含め、地方における非製造業のあり方について、今後の分析の手がかりがあればご教示ください。

徳井氏:

世界の流れと同じように、日本でも、知識集約型の産業の集積は避けられないものの、そのままで本当によいのか、何か対策はないのかという問題意識は持っています。

深尾氏:

非製造業の立地の問題には関心を持っています。製造業に比べ、多くの非製造業は消費立地の傾向があるため、たとえば高齢化の進展で医療の需要が増えるといった視点の分析も必要であると考えています。また、知識集約型のサービス産業では一部の地域に集積することもあるため、立地の決定要因を分析することも重要で、我々のメンバーが分析を進めています。我々は既に製造業では立地の分析を行っていますが、大企業は賃金の安い不便な地域へ展開することから、格差を縮小する方向に作用しているといえます。

Q:

資料の「おわりに」では、「大企業の海外移転を減速させ、また国内回帰を促す。このためには法人税減税や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の締結等により、国内立地を魅力的にする必要があろう」と提言されていますが、国内都道府県との格差とは、どのように結びつくのでしょうか。

深尾氏:

基本的に、海外進出している産業では負の退出効果が大きく、生産性が高く閉鎖されている工場の多くは、研究開発集約的で海外にも進出しているような大企業に属しています。大企業が生産の海外移転を進める背後では、産業平均よりも生産性の高い工場が閉鎖されていることが、日本全体の負の退出効果を生み出しています。

産業集積地で大企業の工場が閉鎖されるとスピルオーバーが減少しますが、我々が推計したところ、東京、静岡、大阪といった地域ではスピルオーバーの減少により、残存工場のTFP上昇が大幅に低下しているという結果が得られました。そこで、経産省が行っているような海外進出支援よりもむしろ、国内回帰を考えるべきだという内容となっています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。