新しいイノベーションとベンチャー創造のあり方について

開催日 2013年5月21日
スピーカー 伊佐山 元 (DCM パートナー)
モデレータ 松田 尚子 (RIETI 研究員)
開催案内/講演概要

日本のベンチャー活性化が望まれて久しい。最近注目のアベノミクスの取り組みでも、ベンチャーの育成と活用は日本の未来にとって不可欠だという認識は広まってきたが、それをどう実行するかについてはまだ具体案は乏しい。特にベンチャーへのリスクマネーの提供という側面で見ても、米国は不況下でもベンチャーへの投資額は年間2-3兆円の規模を維持しており、エンジェル投資の規模も年間2兆円強。一方日本でのベンチャーへの投資額は1000億円前後で推移しており、実に年間ベースで40-50倍の規模の差がある。この差は単なる制度改革や規制緩和だけでは埋められない。そこで、日本の大企業が持つ人材と潤沢な資金をいかにベンチャーに還流させ、Win-Winの関係を構築するかについて提言してみたい。

議事録

米国ベンチャーの最新動向

伊佐山 元写真DCMパートナーは、シリコンバレーにある大手のベンチャーキャピタルです。とくに中国系の多くのベンチャーへ投資し、規模を拡大する中で日本と米国、日本と中国のベンチャーをつなぐ活動を10年間行ってきました。

米国では、年間3兆円近い投資がベンチャーに対して行われています。日本のベンチャー投資は年間1000億円程度ですから、実に30倍近い差があります。GDP比で考えても、先進国の中で日本はベンチャーへの投資が非常に小さい国だといえます。

一方、ベンチャーへの投資活動は堅調な中、米国のファンド業界では、資金を集めて積極的に投資できるファンドと、世の中の流れについていけず資金を集められないファンドという、勝ち組と負け組の二極化が進んでいるのも特徴です。

米国の場合、エンジェル投資も年間2兆円程度行われています。つまり前述の3兆円のベンチャー投資と2兆円のエンジェル投資を合わせて年間5兆円の資金が流入しているわけです。最近、日本ではエンジェル税制が導入されましたが、実質的に米国とは50倍の差があるのが実態です。日本のベンチャーが、いかに大変な環境でグローバルベンチャーの市場で戦っているかが明らかだと思います。

IPO市場は回復傾向にあり、証券市場も潤ってきています。ただし、2010年に上場したIPOの77社のうち8割程度を占めていた中国系ベンチャーが、現在はほとんど上場できない状況になっています。中国市場の問題点が明らかになってきて、上場審査等も厳しくなっている現状が反映されているのだと思います。

M&A件数も堅調に推移しています。アップル、マイクロソフト、グーグルをはじめとする大手IT企業には、潤沢な資金をもとにM&Aを積極的に行うことによって、事業拡大と研究開発の効率化・スピード化を図るという大きな流れがあります。

シリコンバレーでは、ビッグデータ、モバイル、ファイナンシャルテクノロジー、コンシューマーデバイスといった新領域で新たなベンチャーが生まれ、大手企業を脅かす存在になっています。直近の動きでは、健康管理やDNA解析といった医療・ヘルスケア、教育分野など、多岐にわたる領域でベンチャー企業が増えています。

ベンチャー業界のパラダイムシフト

現場で日々、ベンチャーに出資する投資家たちと話して感じている「ベンチャー企業のパラダイムシフト」について、5つの特徴を挙げたいと思います。

1点目は「ベンチャーキャピタルのグローバル化」です。10年前は、投資のほとんどが地元シリコンバレーの企業に向けられていましたが、ここ4~5年の動きとして、米国全土、さらに中国やインドといった新興国へのベンチャー投資が活発に行われています。

地場的な特色の強かったベンチャーキャピタルが、インターネットの出現と普及によってグローバル化が急激に進み、さらに中国の資本主義化に伴って多くのベンチャーが生まれるチャンスが到来しました。我々ベンチャーキャピタリストもサンフランシスコから北京へ通い、さまざまなベンチャーに投資する動きが一般化しています。

2点目は「資金調達方法の多様化」です。これまでベンチャー企業が資金を調達するには、よほど金持ちの友人がいない限り、ベンチャーキャピタリストを説得するしかありませんでした。しかし最近は、エンジェル投資家が連合して多額の資金を集めたり、一般市民が小額でベンチャー企業を支援できるクラウドファンディングといった仕組みができたり、インキュベーターの動きなども活発化しています。

このように資金調達方法が多様化すると競争も激しくなり、もはやベンチャーキャピタルが、あぐらをかいて起業家を選ぶという状況ではありません。その背景にあるのが、3点目の「起業コストの劇的な低下」です。たとえばインターネット企業を設立するコストは、2000年には最低5億円必要でした。それが2010年になると、50万円で同じことができる時代になっています。これが、ベンチャーを取り巻く環境の決定的な変化といえるでしょう。

4点目のパラダイムシフトは、日本にとってもチャンスになりうる「モノ作りとITの融合」です。シリコンバレーのベンチャーは平均40歳、50歳の中年層が起業している場合が多く、若い人だけの特権ではありません。それを象徴するように、モノ作りとITサービスを融合したベンチャーが次々と生まれています。

アップルは、ハードウェアの製造からITプラットフォームを作ることによってIT産業を独占しました。ソフトとハードをうまく融合したロールモデルといえるでしょう。そういったアプローチで、たとえば万歩計に留まらず個人データを集めて健康管理に役立てるなど、ユニークなサービスを合わせたモノ作りベンチャーが増えています。

5点目は「グローバルプラットフォームの確立」です。携帯電話にはいろいろな規格がありましたが、最終的には現在、iOSとアンドロイドが2大プラットフォームとして世界を制しています。クラウドやWiFiをみても、いろいろな技術革新があった中で、いくつかのグローバルプラットフォームに収斂しているのが1つの特徴だと思います。

ガラパゴス携帯のように、国内独自の規格でビジネスを展開できることに慣れてしまった日本企業も、今や世界の共通プラットフォームをベースにビジネスモデルが組み立てられる時代であることを理解した上で、モノやサービスを作る必要があります。それが、数字や統計には表れない定性的な世の中の動きであると感じています。

日本のベンチャー生態系への提言

そもそも、なぜベンチャーが必要なのでしょうか。まず、ここ20~30年の統計をみると、米国の民間雇用とGDPの10%はベンチャー企業が生み出しています。個人的な事例として、この5年間で日本のベンチャー3社に投資をした経験があります。うち1社は倒産しましたが、1社は上場企業となり、1社は大手企業に買収されました。この生き残った2社の雇用を足すと、従業員は700人程度になっています。そして2社の売り上げを足すと、およそ300~400億円に上ります。わずか数人で起業したベンチャーがこれほどの雇用を生み、経済的インパクトを与えているわけです。

ベンチャーキャピタルが年間に投資している金額は、GDPの0.2%程度です。ベンチャーは非常に少ない金額で大きな雇用とGDP効果を期待できる投資といえます。またベンチャーキャピタルは、毎年コンスタントに3000社程度のベンチャーに投資を行いますので、いろいろな意味で社会の新陳代謝を促しています。シリコンバレーで日々、新しい技術・サービスに挑戦する人が絶えないのは、こうした構造があるためでしょう。

また、大企業が抱える「イノベーションのジレンマ」を解決する手段として、ベンチャーを利用するという考え方が日本でもっと一般化すればいいと思っています。これだけGDPにも大きなインパクトを与えるベンチャーを利用しない手はない――それが私の問題意識の原点です。

これまでのイノベーションのあり方

シリコンバレーでベンチャー支援をしてきて、決定的に違うと思ったのは、日本では大企業にあまりにも優秀な人材とお金が眠っているということです。年間数千億円単位の研究開発費を投じている日本の大企業は30社以上あり、就職ランキングをみても圧倒的に大企業へ行く人が多い現状です。そして新しい商品やサービスは、ベンチャーではなく大企業が牽引しています。

日本では、ベンチャーはあくまで社会のマイノリティであり、人も金も回ってこないため、イノベーションの担い手になり得ません。限りある資金、限りある応援団の中で上場や成果を目指す大半のベンチャーは小粒で、人や金といったリソース不足は深刻な状況にあります。

しかし大企業の現場では、イノベーションサイクルが短縮している中で、既存のビジネスにとらわれないベンチャー的なスピード感が必須となっています。イノベーションのジレンマの問題に対しても、異業種・異分野との連携など工夫がなされています。また日本は特許王国といわれますが、コストとしての特許から、いかに収益化するかという議論も広がっています。コーポレートベンチャー投資に関しては、うまくいっているケースが少ない現状です。

ベンチャーの現場では、優秀な人材の流動化は起きつつありますが、どうしても大企業に流れてしまいます。日本発グローバルベンチャー創造のチャンスがあるにもかかわらず、優秀な人材が十分に活躍できるグローバル標準の大型投資が不在のためです。

これからの大企業とベンチャーの位置づけ

大企業の中で、「研究開発の一環としてのベンチャー支援」という発想が生まれればいいと考えています。たとえば2012年度の研究開発費上位10社の1%を外部投資にまわすだけでも約446億円に上りますが、それは国内ベンチャーキャピタルの年間投資額1000億円の半分に相当します。この1%がベンチャーに流れる仕組みを作ることが、我々ベンチャーキャピタルの大きな課題だと思います。

大企業がベンチャーをうまく活用することで、研究開発の効率化・スピード化は確実にできます。また、コアビジネス以外の新たなテクノロジーへのアクセスを考えると、自前のリソースで行うよりも、ベンチャーを利用する方がはるかに効率的です。こうした発想は、米国のIT企業において日常的な社内プロセスとして活用されています。

日本の自動車産業をみても、電気自動車など既存の産業領域を超える事象を取り込むためには、ベンチャーをもっとうまく利用すべきだと考えます。長期的には、大企業はイントレプレナー(企業内起業家)を育成していく必要がありますから、そのノウハウを学ぶ場としても、ベンチャーを利用すればいいと思います。

ベンチャーにとっては、大企業のリソース(資金)を受けることで優秀な人材の確保が可能となり、ワンマンでなくチーム戦ができるようになります。そして世界標準のスピードで製品・サービスを開発できるグローバル規模のベンチャー構築が可能となります。やはり大企業の力によってお金や人材がベンチャーに回ってくる構造を作ることは、日本全体が活性化し、大企業がよりクリエイティブに、よりイノベーティブになる近道だと考えています。

日本のベンチャー生態系の未来像

理想とする日本のベンチャー生態系の未来像として、やはり大企業がベンチャーへのリスクマネーの提供者になると同時に、いいベンチャーであれば買収するといったエグジット先にもなる構造をもっと作るべきだと思います。

そのためには、時価総額100億円にも満たない企業の上場が圧倒的に多い状況から、小規模のうちは未上場企業として足元を固めるなど、上場すべきベンチャーの再定義が必要です。日本のベンチャーキャピタリストは上場件数で評価されており、上場後の企業の社会貢献度はみられないという慣行が一般化しているのも問題です。

もう1つ日本で決定的に必要なのは、グローバル人材や社会の模範となる経営者を育てるためのベンチャーだと思います。米国では何度もベンチャーを経営した人が多く、そういった人が大企業の経営者として雇われることもあります。実際の経験で経営がわかり、海外にも出られる人材を育てるという意味で、将来的には大企業の活性化にもつながります。

米国では、異なる年齢や人種による混成ベンチャーが多いという実態があります。私は、60歳、70歳の方と若い世代がうまく手を組みながらやるのが、日本式ベンチャーの理想像だと思っています。ライフネット生命が1つの例です。また日本の大きな課題として、ベンチャーキャピタルのグローバル化が望まれます。

質疑応答

モデレータ:

どのようにして、ベンチャー起業家のやる気を促していくのでしょうか。また、ツイッターなどによって情報やネットワークがオープン化されている中で、ベンチャーキャピタルは今後、どのように付加価値を高めていくのでしょうか。

A:

まず、ベンチャー起業家になってほしいと思う人を見つけるところから始まるわけですが、シリコンバレーにいても、ベンチャー起業家になるべき人より大企業にいるべき人の方が圧倒的に多いと思います。お互いにいろいろな話をしながら、経営者としての適性、いつ仕掛けるべきかなど、様子をみて適切なタイミングを見つけています。

また、情報格差がなくなったという意味で、これまでのベンチャーキャピタルの武器がなくなったのは事実です。しかしフェース・トゥ・フェースで人と会い、説得できるスキルの価値は非常に高まっています。たとえば優秀な人を入社してもらえるよう説得するのは、ベンチャーキャピタリストの重要な役割です。不思議なもので、技術が進めば進むほど、人と付き合う力や意見を調整していく力が求められる環境だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。