世界経済と金融市場:今後の見通しと課題

開催日 2012年11月1日
スピーカー 石井 詳悟 (国際通貨基金 アジア太平洋地域事務所(OAP)所長)
モデレータ 青木 幹夫 (経済産業省 通商政策局 企画調査室長)
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開催案内/講演概要

 国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所長 石井詳悟が、
「世界経済見通し(WEO)2012年10月」
「国際金融安定性報告書(GFSR)2012年10月」
について講演します。

議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

世界の景気後退とその要因

石井 詳悟写真景気後退には主に3つの要因が挙げられます。1つはユーロ圏での危機の悪化です。ユーロ圏でも特にIMFが周縁国と呼んでいるイタリア、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、アイルランド等の国の、財政再建の実行能力や危機対応準備への市場の悲観的見解が投資家や消費者に影響し景気を押し下げていると考えられます。2つ目はユーロ圏を含めた先進国での財政状況が厳しく、財政再建が予想以上に経済成長に影響を与えているということです。3つ目は輸出の減退により経済活動も急激に弱まっている新興国での景気低迷です。

景気後退要因:ユーロ圏

2008年の危機以前、銀行貸付の形で大量の資本流入がユーロ圏のギリシャ、アイルランドなどの周縁国で起きていました。しかし危機以降は、逆に資本の大規模流出が発生しています。周縁国から中核各国への資本の逆流は経済活動の急激な縮小にも繋がっているといえます。また、周縁国に対するECB(欧州中央銀行)を含む銀行のエクスポージャーは、2009年12月と現在の比較では、銀行部門からの借り入れが半減しています。その代わりにECB、SMP(債券購入プログラム)やEFSF/EFS(安定化基金)からの借り入れが増え、民間資本から公的資金への依存に移行していることが伺えます。

金融条件を見てみますと、ユーロ圏では二極化が進んでいます。ECBが金融緩和をしても、それが実際に周縁国に結びついていかないという状態が続いているのです。また、2009年12月以降の新規ローンの金利変動からは、2つのグループでは金融条件に大きな差が出てきていることがわかります。

直近では、この10月に欧州安定化メカニズム(ESM)の発足がありました。その他、実際にはまだ発動はされていませんが、ECBの新債券借入れプログラム(OMT)が導入され、それによりユーロ圏のいわゆるファイアーウォールの強化が行なわれてきました。こうした政策を背景に、ユーロ圏のソブリン・銀行債権のCDSスプレッドは急落しています。ECBが政府に貸し出すことにしますと政府の債務が高くなり、国債の利回りはむしろ高くなると同時に、銀行が持っている債権の信頼が低下し、銀行のリスクも高くなるという、負の連鎖が起こります。ESMが銀行に直接資本注入できる形になればこの負の連鎖の解消につながります。

景気後退要因:先進国と新興国

先進国ではバランスシートの調整が景気に大きな影響を与えています。銀行が資産の圧縮に向かっているということもその1つです。また財政面では、大幅な財政再建が先進国で進んできています。先進国の消費者信頼感指数を見ますと、ユーロ圏では失業率が高いこともあり依然として悪化傾向にありますが、アメリカでは改善の方向に向かっています。

新興国では、資産バブルやインフレの懸念があるため、直近までマクロ政策を引き締めている国が多くありました。実質GDP成長率からは、トルコ、ブラジル、インド、中国の全ての国において成長率の鈍化が見られます。

世界経済の今後の見通し

見通しについての前提条件の1つ目は、ユーロ圏の政策当局が強力な政策を取り、金融情勢を緩和に向かわせるということであり、2つ目はアメリカの財政の崖というものが回避されることです。こういった前提条件の元で、世界の経済成長率は2013年には3.9%(前回の見通しは3.6%)へ下方修正されています。

世界経済の成長見通しが1%にまで落ち込むという可能性は10%あります。一方、下振れリスクがなく、むしろ各国が強力な調整政策を取った場合には、逆に6%近くにまで成長する可能性もあります。しかし、下振れリスクが高くなってきており、2013年の成長率が2%になる確率は、4月時点の4%から現時点の17%にまで上昇しています。

2つのリスク

主なリスクとして2つ挙げます。1つはユーロ圏危機の悪化と米国財政の崖です。ヨーロッパ周縁国で公債・社債のスプレッドが上昇して銀行与信が縮小し、財政再建の前倒しが必要となってくるという状況を想定しますと、周縁国における実質GDPの水準は、1年でベースラインよりも6%ほど減少していきます。また、中核国では1.8%ほど低下し、アメリカや日本も含めた世界全体でも1.5%ほど低下していきます。アメリカの崖ですが、現在の法律に変化がないとすれば、優遇税制の実行期間切れや財政支出削減等により、2013年には財政緊縮の幅がGDP比で約4%に達します。この財政の崖というものが回避できない場合、アメリカは本格的に景気後退に陥る可能性があります。

2つ目のリスクは原油供給です。4月以降原油のリスクは薄れてきたかと思われたのですが、最近の原油価格急騰により、再び取り上げられるようになりました。供給の混乱から石油の価格が50%上昇すると仮定した場合、日本、ユーロ圏、アメリカの2年後の実質GDPが1-1.5%低下すると推測されています。また、インフレも0.4%-0.8%ほど上昇していくと見られています。

アジア経済の最近の動向と見通し

インド、中国、ASEAN等の最近1年間の成長率は軒並み減速しています。減速の一番の要因であるユーロ圏の危機に加え、中国やインドでは国内要因もそれに影響しています。中国では、ソフトランディングを目指した緊縮策を取っていたことが挙げられます。インドでは供給制約の他に、経済改革の遅れから投資家心理の悪化が減速に繋がったといわれています。2012年前半のアジアの成長率は5.5%と、世界平均から比べると高くなっています。しかしこれは、2008年以降では最低の水準です。アジアの総合インフレは2012年に入り低下しており、域内の中央銀行は政策金利を据え置きしていますが、国によっては引き下げを始めています。

国・地域別輸出では、中国は直近では輸出の伸びが再上昇してきていますが、ASEAN、インド、日本では減少してきています。工業生産も同様の動きを示しており、中国では工業生産がプラスに転じている一方、日本やインドではほぼゼロか下落という状態です。

金融情勢を見ますと、世界的な金融の緊張緩和とアジアの経済基盤の強さを反映し、今年の夏からアジア地域への資本の流入が起きています。金融情勢指数もここにきて改善に向かっており、欧州の銀行が進めているレバレッジの解消は、域内では大きな影響は与えていません。資金が豊富でバランスシートの強い銀行が、ヨーロッパの貸し出しからの撤退を補うという形で進出していることが、金融情勢の改善に繋がっているといわれています。

アジア経済の成長は徐々に回復していくと予想されてはいるものの、見通しは依然として低調であり、世界経済と同じく下振れリスクが高止まっているというのが実情です。アジアの先進国の成長は、2013年には低下し1.6%になっていきます。一方アジア全体、特に新興国では、2013年に入ると回復に向かっていくと予想されます。

今後の課題:先進国

まずは直近のリスクを取り除かなくてはなりません。つまり、ユーロ圏では信頼の回復、アメリカでは財政の崖回避ならびに債務上限の引き上げが挙げられます。日本は信頼のおける中期財政再建計画を確立し、金融緩和を維持していくことが必要だと思われます。

先進国の課題である財政再建を進めていくうえで重要点がいくつかあります。たとえば、GDP比で債務比率を引き下げることに向けた中期債権計画の作成、財政再建のスピードを、資金面での制約がなければ漸進的かつ持続的に進めること、景気循環調整済の財政目標を設定し、景気が後退する場合には資金面での制約が許す限りで、財政の自動安定化装置が働くように政策を進めていくことなどです。

主要国での今後の財政再建について、プライマリーバランスの変化を見てみます。まず日本を除くアメリカ、イギリス、フランス、その他の主要国では、2030年までに公的財務残高を対GDP比で60%にまで削減することを目標としています。日本は純債務を対GDP比の80%に減らすことを目標に掲げていますが、日本の場合には調整が2012年、2013年とほとんど見込めないため、それ以降の大幅な調整が必要になってきます。最も調整の必要性が低いドイツでは対GDP比でほぼ1%程度という状況です。

今後の課題:新興・途上国

新興国や途上国ではソフトランディングを目指した政策が望ましいといえます。ただ、必要な政策は各国の状況により異なります。下振れリスクが高くインフレがコントロールされている国では、金融政策に関しては事態の熟視あるいは緩和が望ましいと思われます。インフレの比較的高い国では、金融緩和をする余地はないでしょう。また、与信の伸びが高い国、あるいは為替レートが過小評価されているような国では、金融緩和の余地は限られています。財政状態が良い新興国でも、将来のショックに備えて財政刺激策出動の余地を再び築くことが重要です。万が一下振れリスクが起きた場合には、新興国では財政の自動安定化機能を充分に働かせる必要があります。金融政策は、インフレが問題ない国では緩和することが望ましいといえます。

アメリカの干ばつなどもあり、食料品価格が最近急騰しています。食料品価格の高騰は、食料品が消費者物価に占める割合が高い途上国では、マクロ政策運営をより複雑にしていきます。金融政策に関しては、食料価格が上昇したからといってすぐに金融引き締めをするのではなく、むしろ充分分析をし、食料価格の上昇によって起きる二次的な物価への圧力が高まった場合にのみ実行するべきです。

最後に、中・長期において経済の成長を維持していく上では、リバランス(不均衡是正)が必要になってきているということです。その他、構造改革を進めて生産性を高めていくことが、持続的な成長を達成する上で必要です。

要点

世界経済は減速しており、大幅な不確実性と下振れリスクに直面しています。世界経済見通しが今回更に下方修正されまして、下振れリスクは急上昇しています。先進国においては、政府の対応は前進していますが、危機からの持続的な回復を確保するためには、強力な対策が必要になってきます。新興国では経済活動は減速してきています。将来、万一外生的ショックにそなえ政策の自由度を高めるような余地を確保しなければいけません。一方で、構造調整による成長促進も必要になってきます。よって、各国が強調してアクションを採るべきであるということが、今回の総会の結論です。

質疑応答

Q:

フィジカルバランスの調整にある程度時間をかけても良いという意見が示されましたが、財政収支の調整については経済事情も考慮に入れて進めるべきだというように、IMFの考え方が変わってきたのでしょうか。

A:

財政再建が成長に与える影響を以前試算したときには、財政の乗数効果を0.5%ほどだとみていました。実際にヨーロッパの国々を見てみますと乗数効果はより高く、金融緩和政策の効果を低くしていたのです。成長がなく、財政再建で赤字を減らしただけでは債務問題が解決しません。ある程度インフレが高いときにはGDPが上がって行きますから、債務比率が下がっていくということがあるのですが、現状ではそれが望めません。しかし、インフレを高めることは貧困層にも投資にも影響を与えるため望ましくありません。そこで、成長を阻害するような財政再建は再考したほうがよいという、成長重視に変わってきている一方で、中・長期の再建を確立しそれを実行するという方向性も出されています。ただし、短期的なスピードはもう少し伸縮的にしていったほうが良いのではないかという考え方になってきています。

Q:

来年の成長率(3.6%)が危機的に低い数字には見えませんし、成長率の問題は先進国にあるように思いますが、お話し全体のトーンが、先進国の危機的な状況に統一されすぎてはいないでしょうか。

A:

確かに世界経済の成長率の平均を取ってみますと、今回の見通しは世界経済全体ではそんなに悪くはありません。新興国・途上国の経済状態はむしろまだ良いですし、財政面で余裕がありますので、それほど問題ではありません。ただ、先進国を見ますと、かなり悪いといえます。IMFの報告書が重点を置いているのは下振れリスクなのです。これが実現しますと世界経済の成長率が下がり、途上国や新興国にも影響を与えます。特に、先進国の下振れリスク=世界経済の下振れリスクに繋がるということで、先進国が適切な政策を確実に実行していかなければならないということだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。