世界経済と金融市場: 今後の見通しと課題

開催日 2012年5月8日
スピーカー 石井 詳悟 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 中沢 則夫 (RIETI研究調整ディレクター)
開催案内/講演概要

1981年以来、タイ駐在上級代表や、対マレーシア、シンガポール及びベトナムIMF代表団を率いるなど、アジア太平洋局の要職を歴任したほか、政策企画審査局(現 戦略政策審査局) や金融為替局 (現 金融資本市場局)でも経験を積んだ。また、1989年から92年までは日本輸出入銀行 (現 国際協力銀行) で参事役を務めた。

南山大学経済学部卒。 同大学院修士課程を経て、オレゴン大学で博士号を取得。IMFアジア太平洋地域事務所はアジア太平洋局に属し、ワシントンのスタッフとともに地域経済・金融動向のモニタリングを主な業務としている。また、通貨・金融協力に関する各種地域フォーラムへの参加を通じてIMFとその政策に対する理解を深め、国際通貨システムが直面している課題などについての対話促進に努めている。

議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

2011年末、世界経済は減速

石井 詳悟写真年2回(通常)のIMFによる世界経済見通しが、今年は4月17日に発表されました。その後、仏大統領選挙やギリシャ総選挙の結果なども出て、市場不安が再燃しつつありますが、今回発表されました世界経済見通しは2012年第1四半期の状況を踏まえた上で予測をしているため、直近の状況は反映されていません。下振れリスクが再び高まっていることは、強調したいと思います。

昨年10月にも世界経済見通しについて説明しましたが、当時のタイトルは「失速する成長、上昇するリスク」で、世界経済は危険な状況に入りつつあるという内容でした。振り返ってみると、2011年後半は先進国を中心に景気は後退しました。ユーロ圏ではマイナス成長を記録しましたが、その背景には市場不安の上昇がありました。日本経済も、東日本大震災やタイの洪水でアジア圏の貿易に混乱が生じた影響で、マイナス成長がみられました。

米国は、先進国の中では予想以上に経済活動が活発で、消費あるいは在庫投資が堅調に推移しました。先進国における景気の後退は貿易面に影響を及ぼし、新興・途上国での経済活動は弱まりましたが、他の先進国と比べると依然として高い成長率を保っています。しかし、新興国の中でもユーロ危機の影響を大きく受けたトルコやハンガリーでは景気が大きく後退しています。その他、中東・北アフリカなどは、地政学的な不安要因が発生し、経済が低迷しました。

2012年に入り、次第に回復へ向かう

2012年に入ると、世界経済は次第に回復へ向かってきました。2012年3月時点で、とくに新興国の工業生産の成長率が回復しています。先進国でも回復がみられ、日本でもタイの洪水によるサプライチェーンの影響が薄れ、工業生産ならびに日本の貿易も回復に向かいました。

製造業購買担当者指数(PMI)は50を下回れば景気の後退局面にあることを示しますが、2012年3月には先進国・新興国とも50を上回るまでに回復をみせています。こうした生産活動の回復と同時に、先進国の消費者マインドも改善しています。2012年1-3月の消費者信頼感指数変動をみると、とくに米国での消費者マインドの改善が著しく、英国でも改善しています。マイナス成長が続く欧州でも若干の改善がみられています。

金融市場に目を向けると、先進国の資金調達条件は改善に向かっています。昨年12月の時点では、ポルトガルをはじめとして長期金利が上昇していましたが、今年に入ると下落に転じています。その背景の1つに、欧州中央銀行(ECB)による3年物リファイナンスオペレーションの実施があります。これによって銀行に大量の資金が供給されています。その他、ギリシャの債務削減の合意や、各国が財政再建に取り組んでいること、構造改革に着手していること、さらに欧州安定メカニズムと欧州安定ファシリティの統合が合意され、「ファイヤーウォール」が強化されてきたことが市場の信頼回復につながっています。

各国の国債スプレッドも大幅に低下してきています。ギリシャも債務削減を受けて低下していましたが、昨日辺りから再び急上昇しているのが現状です。株式市場は2011年初めの頃の水準にまで回復し、投資家のリスク回避度も低下しており、ある程度のリスク資産に対しても投資しようとする動きがみられています。

同様に、金融市場が不安定だった2011年後半には流出していた新興・途上国への資本フローは、2012年に入ると急速に流入に転じました。ただし最近は少しずつ落ち込んできていますので、このまま金融不安が続くと、また流出に向かう可能性があります。こうした資本のフローの激しい変動をいかにマネージしていくかが、新興・途上国ではマクロ経済の安定を維持するために非常に重要になってきています。

世界経済の回復は依然として不安定

世界経済の回復に対する懸念材料として、まず挙げられるのは、先進国の公的債務水準(対GDP比)の高さです。G7における公的債務の推移をみると、2010年以降は120%を超え、戦後間もない1950年の水準にまで上昇しています。一方で、新興・途上国は30%を下回る低い水準に減少していますが、これは新興・途上国の高い経済成長によるところが大きいと思われます。

2011年の財政赤字・公的債務残高(対GDP比)をみると、やはり日本は特別な状況にあります。公的財務残高はおよそ240%、しかも財政赤字は10%以上という困難な状況にあるといえるでしょう。米国の財政赤字も10%に迫り、公的債務は100%近くまで上昇しています。一方ドイツでは、財政赤字は少なく、公的債務も80%前後となっています。いま問題になっているスペインは、公的債務は60~70%で推移しているものの財政赤字が8%前後と高くなっており、今後さらに悪化すると考えられています。

現在、多くの先進国では財政健全化が進んでいます。先進国の構造的財政収支の変化(対潜在GDP比)をみると、ポルトガルはすでに2011年に約2.5パーセンテージポイント改善し、2012年までの2年間で6.0パーセンテージポイント弱改善することが見込まれています。日本は復興支援のために1.0ポイント程度悪化しますが、他の主要先進国では若干改善していく見通しとなっています。

銀行部門でとくに問題となっているのは、欧州の多くの銀行で保有国債などの資産の質が悪化し、資本が不足していることです。投資家の信頼を回復するために自己資本の増強を迫られる中、銀行は資産を圧縮してバランスシートを改善しているのが実情です。このことがユーロ圏の経済活動をさらに弱めることになっています。

IMFによる最新の国際金融安定性報告書によると、EUを本拠とする銀行の資産は、2013年までに約2.6兆ドル(総資産の7%)縮小し、ユーロ圏の銀行貸し出しは残高ベースで1.7%ほど縮小することが予想されています。銀行の貸し出しが減れば当然、生産活動は縮小します。レバレッジ解消により、ユーロ圏の生産活動は2012年に1.0%、2013年までには1.5%縮小すると分析されています。

もう1つの懸念要因は、米国の脆弱な家計部門です。大量の差し押さえ物件が減少せず、住宅価格の下落を招いています。また家計部門の負債残高は、減少はしていますが高止まりの状態です。重い債務負担が消費を抑制しているというわけです。景気を支えるためには、やはり家計部門の債務問題の解消が必要でしょう。

世界経済の見通し2012-13年

2012年4月見通しでは、世界経済は2012年に3.5%成長することが見込まれています。前回の2012年1月見通しの3.3%に比べ、若干の改善となりました。さらに2013年は景気の回復が力強くなり、4.1%(1月見通しでは3.9%)まで上昇することが予想されています。ただし、この推計では、(1)ユーロ不安の再燃がないこと、(2)石油価格の高騰がないこと、(3)債券市場や為替市場が混乱しないこと、(4)新興国とくに中国経済のハードランディングがないことが前提となっています。

ユーロ圏の経済成長は、2012年はマイナス0.3%で推移し、2013年には0.9%のプラスに転じることが予想されています。日本経済については、2012年は復興支出による2.0%の成長が見込まれていますが、その効果が減る2013年には1.7%の成長に低下するとみられます。一方で中国は、2012年に8.2%、2013年は8.8%と依然として高い成長が続き、インドも7.0%前後の成長が期待されています。米国経済は2.0~2.4%の成長が見込まれています。

アジア経済の見通し2012-13年

アジア経済の実質成長率は、中国やインドが牽引する形で高い水準を維持しており、2012年に6.0%、2013年は6.5%まで上昇する見込みです。ただし、日本を含めたアジア先進国の成長率は低くなっています。ASEANの成長率も5.2~6.0%で推移するとみられています。一方で、アジア経済の成長には不確実性も高く、場合によっては4.0%の成長に留まる可能性も想定されています。

アジアの不安定要因として、世界経済の下振れリスクと同様に「ユーロ危機の再燃」と「原油価格の高騰」が挙げられます。アジアは経済的に比較的ユーロ圏への依存度が低いのですが、ユーロ危機の再燃の際にはやはり金融、貿易を通して大きな影響をもたらすと考えられる。影響が大きいのは、金融面でヨーロッパとの結びつきが強いシンガポールと香港、ヨーロッパへの輸出依存度が高いマレーシアです。

欧州とは異なり、多くのアジア諸国には、下振れリスクはあっても政策措置出動の余地がまだあります。たとえば、輸出が落ち込んだとしても、財政政策によって内需を拡大し、成長を維持する余裕がまだあるわけです。2011年の景気調整済み財政収支と公的債務比率(対GDP比)をみると、アジア諸国の公的債務は欧州に比べてきわめて低く、財政収支は強い状況にあります。とくにシンガポールは7%程度の黒字、韓国や香港は2~4%の黒字、中国はほぼ均衡の状況にあり、財政出動が可能といえます。

一方、経済成長の高いアジア新興国の中で、とくにベトナムやインドではインフレ率が高く、原油や食料品の価格が上昇しています。食料品やエネルギーの商品価格が10%上昇した場合、中国やタイ、フィリピンといったASEAN諸国ではインフレに対する影響が大きいため、十分な注意が必要です。今後、金融緩和から金融引き締めが必要になってくる可能性もあります。また一部のアジア諸国では資本フローの変動が激しく、株式市場も大きく上昇しています。やはり金融政策を講ずる上でも、インフレの動向に注意すべきでしょう。

成長維持のための今後の政策課題

成長維持のために、先進国はどのような施策を進めていくべきでしょうか。第1に「適切な財政再建」が挙げられます。ただし、景気を判断した上で、適切なスピードであることが求められます。第2に「金融緩和の維持」、そして第3には「構造改革:長期的な生産性向上と雇用改善」です。とくに構造改革では、年金制度の見直し、労働生産性の向上、中小企業の支援、家計部門の債務削減などが重要になってくるといえます。

ユーロ圏では、更なる通貨同盟の強化、財政に関するルールの改善、財政健全化の維持が重要です。銀行システムの強化を進めていくことも必要でしょう。新興国では資本フローの変動が激しいため、プルーデンシヤル政策および枠組みの強化が重要視されています。また所得格差が広がっていることから、低所得者層も恩恵を受けるような包括的な成長が推進されるべきです。経常黒字国においては、内需中心の成長戦略にシフトするために一環として、より柔軟な為替レート制度が求められます。

世界経済危機以前の最大値と2011年の対外経常収支(対GDP比)を比較すると、2011年の対外経常収支の黒字が大幅に減少しています。とくに中国は10.1%あったものが、2011年には2.8%にまで減少し、再調整は進んでいるわけです。日本も4.8%から2.0%に減少していますが、これはやはり一時的なもので、東日本大震災による輸出の減少、エネルギー関連の輸入急増によって経常収支黒字が減少しました。中国の場合は、交易条件の悪化や投資による輸入増が要因といえます。消費が増加して、経常収支黒字が減少したわけではありません。

アジアの成長を持続するためには、再調整の継続が不可欠です。アジア諸国の民間消費・投資(対GDP比)を2007年と2011年で比較すると、中国では民間消費が減少し、それを投資の増加が補う形で経常収支が減少したといえます。同じように、インドネシアでも消費が大幅に減少し、それを投資の増加が補てんする形になっています。

今後、再調整を進めていく上で、中国の場合は、投資ではなく消費水準を上げることによって経済成長を高めていくことが重要です。他のアジアの新興国では経済危機以降、投資水準があまり回復していないため、消費水準を上げると同時に国内の投資を促進していくことが、今後の再調整の基本的な点になると思われます。

質疑応答

Q:

日本でいま議論されている消費税の増税は、「適切な財政再建」に合致しているとお考えでしょうか。

A:

日本の消費税が10%に上がっても、プライマリーバランスが黒字化する見込みはありません。税率の更なる増加が必要になってくるでしょう。ただし消費税の増加だけでなく、給付制度や社会保障制度の見直しなど支出面での調整も黒字化には不可欠だと思います。公的債務残高をできるだけ早い時期に減少させることが重要です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。