非正規雇用改革 -日本の働き方をいかに変えるか

開催日 2011年8月31日
スピーカー 鶴 光太郎 (RIETI上席研究員(兼)プログラムディレクター)
モデレータ 水野 正人 (経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室長)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

"派遣労働が問題なのではない。非正規雇用に共通する有期労働契約とそれに付随する雇用不安定、待遇格差を直視せよ。次世代にとって希望を持てる日本を切り開くためにも非正規雇用にまったなし"・・・・・鶴・樋口・水町編『非正規雇用改革-日本の働き方をいかに変えるか』日本評論社 帯より

昨年閣議決定された政府の「新成長戦略」では、2013年度までに実施すべき雇用・人材戦略の一つとしてパートタイム労働者、有期契約労働者、派遣労働者の均衡待遇の確保と正社員転換の推進が定められています。このため、非正規労働者の公正な待遇確保に横断的に取り組むための総合的ビジョンが本年末までに策定されることになっています。

こうした政策論議に資するため、本セミナーでは、先に出版された『非正規雇用改革 -日本の働き方をいかに変えるか』における分析を紹介しながら、非正規雇用改革のあり方を論じ、特に、有期雇用改革の具体的な提言を行います。

議事録

大震災の影響を含めた雇用の現状

鶴 光太郎写真昨8月30日に7月の失業率・有効求人倍率が発表されました。震災直後に比べると若干改善はしていますが、1月から総じてみると横ばいで推移しているのが現状です。

被災三県(岩手・宮城・福島)での雇用保険離職票等交付件数は約15万件となっています。一橋大学の川口准教授の推計手法によると、被災三県の失業率は震災前より上昇し10%を超える可能性もありますが、同三県における失業者数が15~17万人程度と想定した場合、全国ベースへの失業率引き上げ効果は0.2~0.3%となります。雇用保険受給者実人員も被災三県では足元、昨年比で2倍程度となっています。

非正規・正規雇用間の格差については各種統計をみても、リーマンショック以降、かなり改善してきているように思えますが、東日本と西日本の雇用動向をみてみると、東日本でパート労働者の減少が大きくなっています。また、非正規雇用の雇止めについても、6-7月は対前年比で全国的には減っていますが、被災三県では若干増えています。一方、被災三県では新規求職数が減少する中、新規求人数が増加するという明るい状況もみられます。

非正規雇用問題の根幹である有期雇用(派遣労働が問題なのではない)

私は派遣という働き方自体が悪いとは考えていません。マッチング、人事管理の効率化・コスト低下によるマージンは企業や労働者の機会費用と比較して考えるべきです。派遣を広い分野で禁止するのは国際労働機関(ILO)条約に抵触し、日本は諸外国に比べ、むしろ特殊な状況にあります。派遣を強制的に禁止しても他の非正規の形態に形を変えるだけです。原則禁止である労働供給事業における例外的措置として派遣を位置付け続けることも疑問です。政策では非正規労働者がどうすればハッピーになれるかという視点が本質的に欠けています。

経済産業研究所(RIETI)が登録型派遣労働者を対象に行った「派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査」(第5回)によると、登録型派遣の原則禁止への反対者の数が賛成者の数を上回っていますし、賛成者の数も足元では減少しています。また、「登録型派遣を続けたいと思っている」人の数は製造業では今年に入って増えていますし、「常用型派遣に転換したいと思っている」人はかなり減少しています。そして多くの回答者が「政策転換による失業の不安が大きい」と感じています。

主観的幸福度については、期間の定めのないパート・アルバイト(直接雇用)が最も高く、製造業派遣が最も低くなっています。さらに詳しくみると、雇用契約期間が長くなるにつれ幸福度は高まっています。また、「自分の都合のよい時間に働きたい」ので現在の就業形態を選んだ人たちの幸福度は最も高く、逆に「他に選択肢がないから」と回答した人々の幸福度は最も低くなっていて(以上、RIETI「派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査」第1回より)、こうした非自発的非正規雇用者の幸福度が低くなる傾向は近年さらに強まっています。

「派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査」での幸福度分析では、所得や資産の低い人は幸福度も低いことが明らかになっています。しかし同時に、派遣労働と幸福度の間に有意な関係は認められていません。とはいえ、雇用契約期間の短い人や非自発的非正規雇用者の幸福度はやはり低くなっています。

つまりは、非正規雇用を特徴付ける(1)雇用関係の軸(直接雇用/派遣)、(2)契約期間の軸(有期/無期)、(3)労働時間の軸(フルタイム/パート)――の三本の軸のうち、幸福度の関連からいえば「契約期間の軸」が最も重要になっているということができます。そうであれば、雇用期間の長期化や正社員への希望実現を通じた雇用の安定に幸福度を高める可能性を見いだすことができます。今後の非正規雇用問題への政策対応として有期雇用の問題に焦点を移していくべきなのはそのためです。

有期雇用の現状と増加の背景、企業への影響

有期雇用が増大する背景には、不確実性増大、安定的高成長の終焉、グローバル競争、規制緩和などによる市場競争の高まりなどがあります。そうした中、企業の側では雇用調整による量的な柔軟性を確保する必要が生まれ、コスト削減や安価な労働力の確保が非常に重要となっています。しかしこうした企業の意図は、裏返してみると、すなわち労働者の側からみると、雇用の不安定や待遇格差、雇用の質低下(教育・訓練機会の減少)といった問題を生みだしています。

有期契約は正社員との区別の象徴として、企業にとっては異なる処遇を正当化させるのに都合のいい雇用形態となっています。雇用の不安定さを考慮に入れるのであれば、むしろ有期雇用者に、よりよい処遇を行っても不思議ではありませんが、実際はそうはなっていません。その理由としては次の2つが挙げられています。

― 同一の仕事をしているようでも無期社員には責任と拘束(予定外・突発的な残業、転勤、配置転換など)の「暗黙の契約」が上乗せされている
― 正社員のコストが「割高」である、または、バッファーが必要なため、正社員のポストは限定(「数量割り当て」)されている

有期雇用の活用はさまざまな環境変化に対応するための企業戦略の一環として捉えるべきです。問題は企業が非正規問題を十分「内部化」しているのかという点にあります。すなわち、第1に、有期雇用により「コスト」が下がるとしても、人的資本の蓄積や努力へのインセンティブが欠けることで「成果」が低まれば、最終的には、企業のパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があります。第2に、有期雇用増大による国全体の人的資本劣化と「社会的一体性」の揺らぎは、マクロ経済や経済成長にもマイナスの影響を及ぼし、やはりここでも、企業自身の利益に跳ね返ってくる可能性があります。

有期雇用改革:そのあり方と具体的提言

日本にはヨーロッパのように無期雇用の原則はありません。入口規制(事前規制=有期契約締結に関する規制)や処遇規制(雇用形態による不利益取扱・差別禁止規制)も有期雇用に関しては存在しません。出口規制(事後規制=有期契約終了に関する規制)については、明文化された規制はありませんが、判例を通じた「解雇権濫用法理の類推適用」が存在します。「解雇権濫用法理の類推適用」は法案として明文化すればうまくいくのではないかという議論もありますが、それが実際に効果的なのかは疑問です。

有期雇用改革の理念としては、日本の規制体系、実情は諸外国とは異なるため、制度をつまみ食い的に移入するのではなく、日本的な改革を志向すべきです。入口規制や出口規制(強制的無期への転換を含む)といった「量の規制」ではなく、規制体系の中で「処遇の規制」を「歯止め」にする「質の規制」が必要です。雇用不安定の問題にしても、有期雇用者の数を制限することによってではなく、相応の補償を行い、「客観的理由のない差別」は禁止することによって解決を図るべきです。現在は、無期雇用と有期雇用の間で二極化が進んでいますが、その間を埋める多様な雇用形態を生みだすことで、有期契約から無期契約への連続性を確保する必要もあります。

以上の理念を踏まえた上で、次の3つの具体的提言を行いたいと思います。

(1) 労使間信頼関係の再構築と契約時点の多様なコース分け導入
契約時に3つのコース分けを行います。
   1. 更新の可能性のある有期契約
   2. 更新の可能性があるが回数、期間に上限のある有期雇用契約
   3. 更新の可能性のない有期契約
上記の1. で 雇止めをする場合は、使用者は客観的合理性と社会的相当性を示します。これにより予測可能性はかなり向上します。

(2) 雇用不安定への補償と均衡処遇推進 契約期間の長さに応じた待遇(賃金、契約終了時の手当)に配慮することは、労使双方の協調的信頼関係の形成にプラスに働いたり、労働者の側のインセンティブが高まったりする等々のメリットを生みだします。

雇止めをする際には契約終了時に手当を支給します。あるいは金銭解決を導入します。そうすることで、労働者の側に納得感――自分たちは使い捨てではないのだという感覚――が生まれます。

上記のように期間に応じた配慮や、雇用不安定への補償が行われている場合は、解雇権濫用法理の類推適用の客観的合理性や社会的相応性が免除されていると解釈し、契約終了時の雇止めは有効になるようなコンセンサスを形成する必要があります。

均衡処遇の推進については、職務給・産業別労働組合が一般であるヨーロッパと比較して、日本は職能給・企業別労働組合が中心なため、制度的にはヨーロッパに比較して均等処遇が難しい側面もあります。とはいえ、ヨーロッパでも厳密な意味で均等処遇が成立しているわけではなく、正規・非正規社員賃金ギャップ(学歴・職業・年齢コントロール)もほぼ日本並です。ただ、ヨーロッパでは実際上は「客観的理由のない不利益取り扱い禁止原則」に沿った運用が行われており、日本でも均衡を著しく逸した格差は容認されるべきではありません。そのためには、極端な格差を放置した使用者には大きなペナルティを課す仕組み(クレディブルな脅威)が必要です。

(3) 多様な契約形態の創出:仕組みの「連続性」への配慮 有期雇用の雇用期間は2003年労働基準法改正により1年から3年に緩和されていますが(専門的知識を有する労働者や60歳以上の労働者は5年)、今回は、原則5年にまで上限を緩和するよう提案を行っています。上限が緩和されれば、雇用は安定しますし、いわゆる「2年11カ月問題」への対応ともなります。より公平な成果や能力評価も可能となります。実際、最も正規化しやすい継続就業年数は2~5年であるとする研究結果もあります(玄田(2010))。たとえ労使の需要が少ないと見込まれても、オプションを提供する新たな制度の導入には、オプションの利用の仕方に予測を超えた可能性があるため、大きな意義があると考えられます。また、無期契約への「踏み石」としての有期契約=「テニュア制度」の導入も重要です。

一方、正規雇用側からのアプローチとしても多様な雇用形態を創出する必要があります。具体的には、勤務地限定社員や職種限定社員などを就業規則で明確に定めること、限定された勤務地や職種等の仕事が消滅した場合を解雇事由に加えること、あるいは「無限定社員(正社員)」、「期間の定めのない契約」、「解雇権濫用法理(整理解雇の四要件)」の3つの強い制度補完性を分断し、多様な正規雇用を実現すること、そのためのガイドライン作りを企業、担当官庁、法曹界などが協力して作成することです。金銭解決の導入については、実際には和解という形で金銭解決が行われていますが、額にはかなりのバラツキがあり、予測可能性は低くなっています。ポイントは、限界的な解雇手当の額を変えることで、解雇規制の程度を変えることができる点にあります。そうすることで無期と有期雇用の「連続性」の創出が可能となります。

安定的な高成長の時代に機能した再分配システムが限界にきています。そうした状況にあって政府の関与の必要性が大きくなっているのではないでしょうか。実際、民主党政権になってからは政策フレームが国民への「間接的分配」から「直接的分配」へと変化してきています。ただしそこでは「必要な人に必要なサポートを」を徹底する必要があります。具体的には給付付き税額控除の導入などによってです。

質疑応答

Q:

均衡処遇とは具体的にどのようなイメージなのでしょうか。また、非正規雇用者への教育・訓練問題は、身に付けた能力を確認し昇進へとつなげる機会がなければ解決は難しいと思いますが、いかがでしょうか。

A:

私が理解する限り、「均衡」ではある程度の差は認められています。ただし、なぜそのような「差」が生じるのかは説明できる必要があります。つまりそのような「差」にバランスが保たれている状態を「均衡」と理解します。何をもって「均衡」とするのか、という問いに対して、はっきりとした答えがあるわけではありません。ただ、「客観的理由で説明できない待遇の差は認められない」といった原則論を定めておけば、あとは、ケース・バイ・ケースの判断となり、個々の判例・事例が積み重なる中で、容認できる「差」と容認できない「差」は明らかになってくると思います。最終的には労働者の側の「納得感」――何をもって「均衡」と感じるのか、どれくらいの「差」であれば納得して受け入れられるのか――が非常に大切になります。ケース・バイ・ケースでの対応を可能にしておかないと、結局は企業の活力が削がれることになります。

教育・訓練については、雇用期間がどんなに短くても、期間が少し経つごとに評価を実施し、それに応じて賃金を上げていく仕組みがあれば、労働者の側では教育・訓練に対するモチベーションが高まり、そうなれば企業の側にも、モチベーションが高く、能力もある労働者を長く雇っていく動きが出てくると思います。また、派遣元が派遣労働者を無期雇用するのであれば、派遣労働者の側に能力開発へのインセンティブが生まれるので、これも1つの方法になると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。