アジア総合開発計画とその後:ERIAの研究活動

開催日 2010年10月18日
スピーカー 木村 福成 (慶應義塾大学経済学部教授/ERIAチーフエコノミスト)
モデレータ 福山 光博 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省 通商政策局 アジア大洋州課 課長補佐)
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議事録

ERIAとは

木村 福成写真2008年6月に正式発足したERIAは、日本の設立資金による政策研究機関(在ジャカルタ)です。ASEANおよびASEAN+の経済統合を推進するための政策研究を行っています。2008年末に国際機関認定を受け、現在はリサーチチーム9人、現地職員を合わせて45人の組織です。リサーチチームには日本、インドネシア、フィリピン、カンボジア、中国など、主にASEAN+6から研究者が集まっています。

ASEAN事務局の中には調査研究をする部門が無く、またASEAN+6を支える組織はERIAしかないため、ASEANおよび東アジアサミットからさまざまな業務委託を受けています。たとえば、アジア総合開発計画(CADP)や、ASEANコネクティビティマスタープランのドラフト執筆を担当しているほか、EASエネルギーアウトルック、バイオ燃料ハンドブック・ガイドラインの背景調査をしています。また、ASEANの経済統合の進捗を数量化し、モニターするAEC/ERIA スコアカード・プロジェクトのほか、ASEAN戦略的交通計画(2011~2015年)の交通分野も担当しています。

ERIA のプロジェクト概要

リサーチの3本柱は(1)経済統合の深化、(2)開発ギャップの縮小、(3)持続的経済発展です。昨年は約16のプロジェクトが実施されました。(1)経済統合の深化では、ASEANの経済統合の進捗、9カ国の製造業企業のマイクロデータを使った地場産業への国際化の影響の調査、eコマースや情報セキュリティについて研究しています。(2)開発ギャップの縮小では、ASEANおよび周辺国の研究機関ネットワークを使い、中小企業が生産ネットワークに入っていく過程や、入れる/入れない企業の条件を調査しました。また、社会的安全網や産業統計の共通化についても研究しています。(3)持続的経済発展では、継続的にエネルギー関係の研究をしています。

アジア総合開発計画(CADP)

東アジアサミットからの委託業務「アジア総合開発計画(CADP)」において、インフラの開発計画を立案しました。

ASEANおよび東アジアでは、経済統合や国際化が進む中で、産業とイノベーションが生まれるような経済社会を作る必要があります。一般的には国際化や経済統合が進むと格差が拡大するといわれますが、東アジア諸国では逆に急速に貧困層人口が減り、中間層が増えています。製造業を中心とした経済成長と共に雇用が創出され、所得水準が上がるという形の成長を続けてきたからです。

この地域で最も特徴的なのは、国際的な生産ネットワークの成立です。工程の分業化が顕著に起きています。さらに途上国側での産業の集積も形成されています。企業や製品別に見ると、分散立地が進んでいますが、分散立地された生産ブロックが集まり、近場で企業間分業を始めることが産業集積を生み出す要因になっています。サービスリンクコストを減らすことによって生産活動を惹きつけているのです。

こうした中、発展の遅れている地域では、どのように生産ネットワークに入っていくかが課題となっています。一方、産業集積ができている地域においても、地場企業の参入を後押しする施策が求められています。多国籍企業が集まってきたところにどのようにして地場企業を組み入れ、イノベーションを起こし、人的資源の需要と供給のミスマッチを解消するか。そうしたさらなる進化に向けて、どの段階でどのようなインフラが必要になるのかの優先順位付けをしたいと考えています。

理論的枠組みの1つとして、フラグメンテーション理論があります。工程間分業をするには2つの条件が必要です。1つは生産条件の違う2地点が近接していることです。アジアの国々は開発ギャップと賃金格差、立地条件の差が大きいのですが、これらが距離的に近いことはフラグメンテーションの重要な条件です。もう1つの要素として、サービスリンクコストが大切です。それを左右するのが、貿易政策、関税の低減、貿易自由化、貿易円滑化、物流インフラ、ハード・ソフトのインフラです。世界の他の地域に生産ネットワークができていないのは、サービスリンクコストの大きさとも関連があると思います。

生産ネットワークといっても、企業内の国際工程間分業が多いのですが、東アジアでは分散立地と共に産業集積が形成されており、その中でさまざまな企業間取引が行われています。この段階になると、地場企業も入り込める余地が出てきます。多国籍企業よりも地場の方が価格競争力を持っている場合が多いからですが、非価格競争力(納品のタイミングや品質)とのトレードオフになります。ただ、フラグメンテーションで中進国になることができても、そこからどのようにして先進国になるのかが今後の課題です。

単にサービスリンクコストを下げれば経済活動がうまくいくわけではありません。トレードコストを下げれば集積力と分散力の両方が生じるため、バランスを保つにはさまざまな補完的な政策が必要です。

たとえば、機械類の輸出入の比率を見ると、生産ネットワークを使っている国と使っていない国が東アジアでは極端に分かれていることがわかります。東南アジアの中でも地域別に見ると、自動車、電気電子セクターでは活発な生産ネットワークができていますが、繊維/衣料の多いカンボジア、タイでは緩やかな生産ネットワークとなっています。工業化の条件は人口の集積などさまざまありますが、生産ネットワークのメカニズムをうまく使っている地域は偏っています。生産ネットワークに入るのは大変ですが、一度入ると安定した取引がなされます。部品の供給は安定性が要求されるからです。

3段階の開発戦略

生産ネットワークへの参加度別に3つの地域に分けて開発戦略を描き、それに従ってどのようなインフラの整備が必要かを調査しました。第1段階は既に生産ネットワークを活用している地域、第2段階は足の速い生産ネットワークへの参加方法を模索すべき地域、第3段階は都市部から離れており、すぐにはジャスト・イン・タイム(JIT)方式の生産ネットワーク構築が難しいものの、信頼性の高いロジスティックリンクによって、新しい産業発展を目指すべき地域です。

第1段階にある東アジアの国々では、中間所得層が順調に拡大しています。昔の日本や韓国とは異なる戦略で、多国籍企業を誘致し、工程間分業の活用を核に工業化と経済成長を加速化してきました。しかし、これからさらに先進国になるためのシナリオがありません。産業集積の中でイノベーションを生み出すメカニズムや、人的資源のミスマッチの解消方法を考える必要があります。また労働集約的なものから資本集約的な産業構造への転換も必要となり、人的資源の需要の変化や移動に伴う摩擦への対応策として、社会的安全網も必要となります。この段階で発展が止まってしまう国が多く、発展を続けるための東アジア独自のニーズに基づいたシナリオが求められています。

たとえば、バンコクでは半径100kmの範囲でJITのシステムが構築されています。これを支えている物流インフラが高速道路網です。港との接続も非常に良く、かなりの信頼性で2時間~2時間半でモノが届けられます。半径100kmといえば関東平野や珠江デルタに相当しますが、この範囲でインフラを強化することが成功の秘訣です。中長距離のロジスティックスだけでなく、産業集積を支えるロジスティックスが重要であり、特に東南アジアの場合はここがボトルネックになる可能性があります。

第1段階に分類される地域には、バンコクやクアラルンプール周辺など、集積ができているところもあれば、問題が山積しているジャカルタやマニラも含まれます。

第2段階の地域では、どうすれば今後生産ネットワークに入れるかを考える必要があります。ネットワークセットアップコスト、サービスリンクコスト、生産コストの競争力を上げる必要がありますが、そのためのボトルネックを特定し、解決する必要があります。

第3段階にある東インドネシア、フィリピン南部、メコン川上の山奥ではそう簡単には開発シナリオが描けませんが、物流インフラを整備することにより、産業発展が見込めるでしょう。

CADPの経済効果

ジオグラフィカル・シミュレーション・モデルは、物流インフラによる摩擦の変化に伴い、産業配置がどう変わるかを試算するモデルです。集積力と分散力のバランスもわかります。これを使って、メコン・インド経済回廊、IMT+回廊、BIMP+回廊の経済効果を試算しています。また、地域ごとの所得のジニ係数を見ると、ほぼゼロです。物流インフラの利便性が向上しても地域間格差は広がらないことがわかります。

資金調達と官民協力(PPP)

PPPは、途上国側の政府が自らの役割をよく理解していないことがボトルネックになることがあります。厚生経済学の観点から、政府と民間が協働する場合の仕事の切り分け方も考える必要があります。

また、民間事業者を選ぶ際の公開入札の方式を疑問視する議論もあります。二封筒方式だと、技術的に最も低い水準のものが選ばれるからです。価格競争力と非価格競争力の両方が勘案されるべきです。

今後に想定されるプロジェクトの一覧を資料の最後に掲載しました。どの予算で実施するかは決まっていません。物流インフラが中心ですが、その他の経済インフラに関するプロジェクトもあります。ERIAでこれを優先順位、発展段階、出資元の別に分類・一覧化し、HPにて公開しています。

質疑応答

Q:

ERIAが提案する計画を実施する機関は無いのでしょうか。また、東アジアサミットに米露が参加することにより、その意味合いが形骸化し、ERIAの活動も活かされなくなるのではないかと危惧します。

A:

ERIAには資金調達能力が無く、直接事業を実施できませんが、そのぶん自由度を持って研究ができます。最近JICAとMOUを結びましたが、今後こうした実施機関とのリンクを増やしていきたいと思います。

米露が入ることにより、東アジアサミットの位置付けが不明確になった感はありますが、ERIAへのインドとオーストラリアのインプットは大きく、ニュージーランドを加えた「最後の+3」なしでは水準が保てないことから、ASEAN諸国だけでERIAを立ち上げるべきだったとは考えません。

Q:

スライド43以降のシナリオについて伺います。
1)東西回廊だけを構築した場合と、3回廊の全てを構築した場合では、東西回廊だけの方が全体の経済効果が大きいのはなぜですか。
2)中国への効果がいずれもマイナス、または微増なのはなぜですか。
3)シナリオ7でミャンマーへの効果が最も大きいのはなぜですか。

A:

シミュレーションモデルは完全競争モデルではなく、規模の経済性が利くモデルです。道路ができて接続が良くなると全体としての経済効率は高まりますが、集積がうまくできる場合と、人が分散してしまう場合とがあります。シナリオ3Cと4では、3Cの方が資源がうまく集まり、経済効果が高いという試算結果になりました。中国は南部の国境付近のみが調査地域に入っています。インドシナ半島が便利になるとそこに産業が集まるので、相対的に中国の経済効率は低くなります。ただ、現実には同時に複数のインフラを作るため、試算通りにはなりません。ミャンマーはベースが低いので、周りのインフラが整備されると経済効率が比率上は上がると解釈できます。

Q:

ERIAの研究成果を踏まえた、日本に対する政策提案はありますか。

A:

物流インフラの整備。地元の製造業が成長するだけでなく、日本企業が事業者としてインフラの整備に参加する可能性も広がります。また、南部回廊は製造業の成長を支援するもので、全体的に日本にとって意義のある内容になっていると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。