産業構造ビジョン概要(全体版)

開催日 2010年6月16日
スピーカー 柳瀬 唯夫 (経済産業省経済産業政策局産業再生課長)
モデレータ 森川 正之 (RIETI副所長)
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議事録

現状分析

柳瀬 唯夫写真経済産業政策をめぐるこれまでの議論は、現実を見ない楽観論、自虐的な悲観論、もしくはイデオロギー的な観念論の堂々巡りに終始していました。そこで、今回のビジョンでは課題の分析に力点を置き、その上で対応策を検討することにしました。

日本の1人当たりGDPやIMD国際競争力の世界順位が急落していることは、皆さんご承知の通りです。内需主導に移行すべきとの議論もありますが、市場が新興国にシフトする中、この見方は現実的ではありません。また、所得再分配による消費刺激策も、日本の貯蓄率が米国を下回る現状では持続可能な策とはいえません。日本全体のパイ(所得)を拡大しない限り内需の拡大は望めず、そのための成長戦略が不可欠です。

しかしながら、2000年以降の国内経済活動の縮小傾向は深刻です。賃金の伸び悩み、国内投資の停滞、生産機能および開発機能の海外移転などがそうです。雇用については短期的な量の確保にとどまらず、中長期的には生産年齢人口の減少に伴う質の高い雇用の準備が課題となります。

行き詰まりの背景分析

1. 産業構造の課題
日本の産業構造が抱える大きな問題の1つは、所得の拡大が特定分野のグローバル製造業に大きく依存している点です。2000年以降の付加価値の伸びはグローバル製造業に集中し、その約半分が自動車産業と関連部品材料その他の製造業によって牽引されていますが、そうした構造は持続可能といえません。輸出型製造業への依存は、中国との賃金競争を生み、それが労働生産性の上昇にもかかわらず賃金が伸び悩む要因となっています。さらに、1人当たり付加価値に関しては、上昇傾向のグローバル企業と下降傾向の国内企業、とりわけ中小企業との間に顕著な乖離が生じています。こうした構造的問題を打破するには、特定のグローバル製造業以外の産業が海外の成長市場に参入することによって、日本全体の付加価値を高めることが必要です。

2つ目の問題点は、日本企業の低収益体質です。たとえば、韓国の市場規模は日本より小さいにも関わらず、1社当たりの国内市場は日本を越えます。日本では国内競争が激しく、海外市場に出る前にお金と時間を消耗してしまう一方、韓国では抜本的な産業再編もあって企業が迅速で大胆な海外投資を発揮できる環境が整っています。

2. 企業のビジネスモデルの課題
大量生産の時代において、日本は急激に市場シェアを落としているばかりか、その傾斜は激しくなる一方です。原因は日本企業のビジネスモデルにあります。日本のパソコンメーカーが同業他社ではなく、インテルやウィンドウズといった別階層のメーカーに負けていることも、そうした一例です。欧米企業は、基幹技術をブラックボックスで押さえる一方で、オープンにするところを国際標準で開放し、アジアの生産設備を利用する「モジュール化モデル」といわれる国際標準化戦略を採用しています。日本の場合は――地デジが良い例ですが――国際標準化自体が自己目的化してしまい、産業政策的な目的が不明瞭になっています。

80年代前半までは、日本の垂直統合・すり合わせモデルが圧勝していました。しかし、今はオープン分業化の時代。デジタル技術の高度化、製造業のエレクトロニクス化がすり合わせなきモジュール化を可能にしています。米国は、プロパテントなどの特許政策、共同研究の促進、さらに世界中からの高度な人材募集に努めています。EUは、域内市場統合を進める中で、立地競争力を強化するために法人税を約10%引き下げたほか、政府主導の共同研究によって、日本に対抗するビジネスモデルを構築しています。アジア諸国は、外資規制から大きく転換し、大胆な投資減税によって大規模な投資を打てる体制づくりをしました。こうして、ソフトウェアや知的財産を欧米が押さえ、ハードの部分を国際標準でアジア各国が作るモジュール化の分業が進んだ結果が、日本の世界シェア首位陥落です。日本は規制緩和も十分でない中、産業政策からも撤退している、いわば2周遅れの状態です。

3. ビジネスインフラの課題
外国企業による拠点機能別評価の結果を見ると、過去2年間で日本の立地競争力は急激に低下しています。検討すべき理由は、高い法人税率、物流インフラの低い競争力、グローバル競争を闘える人材の不足、金融市場としての魅力低下などです。

諸外国の産業政策の積極化

諸外国では特定の戦略分野を政府が積極的に支援しています。オバマ政権下の米国が電気自動車とスマートグリットに集中投資しているのがその一例です。さらに、途上国におけるインフラ輸出・受注においても、国の役割が重要となります。たとえば、アラブ首長国連邦の原子力プロジェクトでは、日本のプライマリー・コントラクターは民間メーカーでしたが、フランスと韓国の代表法人はいずれも国営の電力会社でした。その経験から、民間企業、とりわけメーカーでは、運用サービスが重要な比重を占める途上国開発のインフラ開発ニーズを満たすのが困難であることが明らかになりました。日本も今後の方向として、国が資金面でもリスクテイクの面でも全面的にバックアップをする、電力会社中心の輸出事業体を作る相談をしているところです。

今後の産業構造転換の方向性

現状では、グローバル製造業4業種(自動車、エレクトロニクス、鉄、機械)が次第にシェアを喪失し、海外に移転しています。それに伴って、周辺の技術のある企業群も落ち込みつつあります。また、力のあるサービス業は内需にばかり目を向けているため、内需低迷の影響を免れません。ファッションやコンテンツビジネスも世界的人気にも関わらず内需志向です。これからは、グローバル製造業以外の業種も直接海外市場につながる必要があります。さらに、社会課題解決分野(環境・エネルギー、少子高齢化、育児)といった今後の成長分野への投資も有望です。

続いて、付加価値分野については、川上の部品材料と川下のサービスに移行していることが指摘できます。部品材料については、1)最終製品を見据えた基幹技術の押さえ込み、2)インターフェイスの標準化、3)世界的プレイヤーのネットワークにおける情報交換、が鍵となります。サービスについては、単品売りから脱却して、1)新興国が求めるシステムの輸出や2)社会課題解決型のソリューションに取り組む必要があります。製品だけでなく、運転や制御までも一括して請け負う、サービス提供の視点がすべての製造業において高付加価値化につながります。さらに、3つ目の付加価値獲得分野として、成長新興国市場を狙った、感性・文化・信頼性の商品化が考えられます。

以上をまとめると、今後目指すべき方向性は、1)自動車の「一本足構造」から、以下の5つの戦略産業分野にまたがる「八ヶ岳構造」へ、2)高機能・単品売りからシステム売り、課題解決型、文化付加価値型の産業へ、の2つの移行であると結論付けることができます。5つの戦略分野とは、1)インフラ関連産業、2)次世代エネルギーソリューション、3)文化産業立国、4)医療・介護・健康・育児サービス、5)先端分野、を指します。

たとえばインフラ関連産業では、特に都市計画に絡む部分に関して、国際競争力を持つコンソーシアムの形成のほか、金融支援、計画策定段階からの協力といった支援のパッケージ化が重要になります。案件の組成から商業化までをパッケージで支援をしている大きな案件として、日印協力のシンボルといわれるデリー・ムンバイ産業大動脈構想におけるスマートコミュニティの例があります。インドで成功例を作ってから、他の地域に横展開するのが最終的な狙いです。

次世代エネルギーソリューションの1つである電気自動車に関しては、どこを標準化するかが鍵となります。経済産業省としては、電池の性能・安全性評価、充電コネクターについては国際標準を目指す一方で、日本の強みである電極などはブラックボックス化する方針です。

文化産業については、海外における日本コンテンツ人気が、ビジネスに結びついていない現状を変えていく必要があります。対策として、コンテンツの海外展開ファンドの創立を検討しています。上海やムンバイといったトレンドセンターを拠点に、これらを細切れではなく、全体のライフスタイルとして発信する戦略です。

医療介護・健康の分野では、公的保健制度外の健康サービスや生活支援(買い物代行、配食サービスなど)といった健康関連産業の成長を促進する必要があります。そのためには、医療機関と民間事業者の連携と医療行為のグレーゾーンの整理が不可欠です。医療機器と医薬品に関しては、治験から市場化までの審査期間を欧米並みに迅速化することが求められます。もう1つ注目すべきは、国外で成長市場として急浮上している医療ツーリズムです。これに関しては、ビザ発行などを含めた規制緩和も必要です。

以上の分野を推進する戦略的拠点に関しては、特定の大都市を対象とする「大都市圏集中支援型」、環境都市や健康都市といった「政策分野別トップランナー限定型」、「構造改革特区活用型」、それから地域ではなく担い手となる機関を応援する「『担い手』認定型」の主に4つの議論が錯綜していて、さらなる整理が待たれます。

横断的施策

今後とるべき戦略としては、主に以下を挙げています。

1. 日本のアジア拠点化
アジア諸外国は、税制措置を通じた外資誘致政策によって、良質な雇用の創出に力を入れています。日本でも、アジア本社や研究開発拠点などに対する認定や、税制やビザの発給における優遇措置を検討すべきという議論があります。航空自由化も要検討課題です。

2. 国際的水準を目指した法人税改革
世界各国で法人税の引き下げ競争が続く中、日本のみ40%で高止まりをしています。法人税を下げればその年の税収は減りますが、欧州の経験を振り返ると、長期的にはGDPに占める法人税収割合はむしろ増加する傾向にあります。また、EUの15カ国のうち、法人税率の高い国と低い国では後者が1%ほど高い成長率を示しています。そのため、経済産業省では税制抜本改革を待たずに、来年度から法人税を5%程度引き下げる予定です。また、研究開発減税や投資減税の拡充も検討対象となっています。

3. 収益力の向上
産業再編以降、世界の競争は投資の規模とスピードの勝負となっています。米国ではコーポレートガバナンスの圧力、韓国は政府の圧力が大再編をもたらしましたが、日本ではメインバンクと政府が共に再編への関与を縮小してきた背景があります。そのため、日本では国内企業同士で消耗戦を繰り広げる構造が残っています。今後は「民」主導で再編を進める一方で、政府は阻害要因の除去に徹するべきです。M&Aや労働移動の円滑化といった競争政策の発想転換が求められます。

4. 付加価値獲得に資する国際戦略
1つは、国際標準化戦略です。戦略分野を特定し、企業の事業戦略と一体になって、全体システムの観点に立った標準化を行うのです。2つ目は、EPA、FTA、WTOなどの内外一体の経済産業政策です。最後に、炭素クレジット取引です。コペンハーゲン合意の結果、国連に頼らず各国で独自にクレジット取引をする道が開かれました。日本も二国間協定を通じた取り組みが検討されています。

5. 「現場」の強化と維持
国内投資支援については、2010年12月の補正予算で300億円の立地補助金を使って企業誘致を促進しました。ただし、補正予算は単発であり、通常予算の確保が急がれます。さらに、ものづくりの人材育成に関しては、技術不足の若手が中核を担い、熟練シニア世代が力をもてあまして海外に流出する問題が顕著化しています。産学官連携として、企業のベテラン人材を派遣して地元の中小企業を育成するプログラムを全国展開することも検討しています。他の産学官連携の例として、理科系の人材育成カリキュラムの開発があります。

質疑応答

Q:

国内の需要政策についてはどのようにお考えでしょうか。国民の金融資産が生産に使われずに国債で吸い上げられる現状が続いていますが、これを市場に出すような需要面の政策が必要ではないでしょうか。

A:

産業金融の問題の本質は需要ではなく、むしろリスクマネーを確実に集めるメカニズムや仲介となるファンド機能、または社債市場の未発達であると考えています。リスクマネーをどのように成長資金に回すかということは非常に重要な課題であり、その部分の育成策も今回のビジョンで提案しています。

Q:

海外の高度人材の活用が重要である点はご説明いただきましたが、単純労働についてはどのようにお考えでしょうか。単純労働のクオーター制度を設けることも視野に入れているのでしょうか。

労働法制が規制強化の方向で進む中、経済産業省として、その辺りをどのように調整する計画でしょうか。

A:

雇用の話は時間軸によって見方が異なります。現在は過剰供給ですので、短期的には外国からの単純労働者の受け入れは考えにくいかもしれません。しかしながら、今後10年で生産年齢人口が800万人も減る以上、高齢者の雇用と女性の労働参加拡大だけで対応できるかという問題もいずれ出てきます。その時には大きな政治決断が下されると思いますが、今回のビジョンは2020年断面で策定していますので、それは次のビジョンの課題とします。

なお、製造業の派遣禁止などの規制強化に関しては、政府の一員として支持する立場ですが、他方で労働市場の流動化なしに産業構造ビジョンの実現は不可能と考えています。たとえば自動車業界では、電気自動車の普及につれ既存エンジンの部品部門でかなりの縮小が起きると予想されます。そうした規制強化だけでは解決できない部分について、むしろ民間の力を活用する観点から、労働移動の円滑化を支援すべきという考えが出ています。

Q:

ものづくり企業が海外市場へのアクセスを強めることが、技術流出を招く恐れはないでしょうか。技術力に優れたものづくり企業の集積が日本の産業立地競争力の強みでもあると思います。日本の立地競争力を強めるという意味で、クラスター政策を位置づけることが重要ではないでしょうか。

A:

ものづくり企業の数が減っている地域でも成功している企業があります。東大阪の中小企業は、中国人を雇用して、そのネットワークで海外市場を開拓しています。こうした例もありますので、海外市場に出て行くことに関しては物怖じすべきではないと思います。他方、国内立地競争力をないがしろにしたグローバル化は空洞化を招きますので、法人税引き下げや物流インフラ、人材などの面の強化を併せて行うべきです。また、集積の効果を活かす地域発展モデルも提示しています。研究開発拠点と産業をつなげたクラスターのほか、工業集積や農商工連携といった形のクラスターも考えられます。多様なクラスターを容認し、支援する必要があります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。