2010年APEC Japanの展望

講演内容引用禁止

開催日 2010年4月1日
スピーカー 西山 英彦 (経済産業省通商政策局審議官)
モデレータ 森川 正之 (RIETI副所長)
コメンテータ 浦田 秀次郎 (RIETIファカルティフェロー/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)
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議事録

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2010年日本APECの概要

西山 英彦写真今年2月末の高級実務者会合(広島)をもって「APEC日本年」が正式にスタートしました。これから11月の首脳会合(横浜)に向けてさまざまな検討がされます。2010年日本APECのスローガンは「Change and Action」。APECを取り巻く世界情勢はずいぶんと変わりましたが、APECのこれまでの活動と成果を振り返りながら、今後の方向性を示す新たなビジョンとパラダイムを見定め、実施につなげる年にしていきたいと考えています。

ボゴール目標の評価

2010年はAPECの活動を支える大きな柱となってきた、「ボゴール目標」(Free and Open Trade and Investment)の達成に関する評価が実施される年でもあります。

APECに参加する21エコノミーのうち、先進エコノミーの他、自主的に評価に参加することを表明した途上エコノミーを加えた計12エコノミーが評価対象となっています。多くのエコノミーが評価対象として参加していることは、貿易・投資の自由化・円滑化を掲げてきたAPECの発展の証明であるといえます。日本が議長国として評価書を起草するに当たって、APECのシンクタンクであるPolicy Support Unit(PSU)のほか、国際機関等外部の評価も活用しながら、より客観的で信頼性の高い評価を行います。

ボゴール目標の達成評価に当たっては、当時の経済情勢や現在に至るAPECの活動、経済情勢の変化をよく考慮する必要があります。たとえば、貿易については、水際の関税のみならず、貿易円滑化の取組みや、国内の規制改革が新たに焦点となっています。自由化の推進においては、途上国に対するキャパシティ・ビルディングも重視されています。このように考えれば、ボゴール目標の達成に関しては、Free and Open Trade and Investmentというボゴール宣言の文言を硬直的に捉えるのではなく、むしろグローバルな課題にAPECとして十分に対応してきたかという視点が重要と考えています。

APECの新たなビジョンとパラダイム

そういう意味で2010年はAPECにとって設立以来の大きな節目の年となります。また、過去を振り返るだけでなく、未来を見据える年にしていきたいと考えています。今日の世界は、ボゴール目標が設定された1994年よりもさらに複雑な問題に直面しています。APECがこれまで取り組んできた貿易・投資の自由化・円滑化とキャパビルに加えて、マクロインバランス、構造改革、中小企業支援、気候変動、環境・エネルギー問題、食糧問題、災害への対応など、より幅広い取り組みを通じて持続的な成長と発展を確保していく必要があります。日本政府としては、ボゴール評価とともに、こうした新たな課題にAPECとしてどのように対応すべきかを検討し、「地域経済統合」、「成長戦略」、「人間の安全保障」の3つを軸に、10~20年先を見据えた新しいビジョン・パラダイムを設定する考えです。

1.地域経済統合
昨年、シンガポールのAPEC首脳会議において、アジア太平洋地域自由貿易圏(FTAAP)の設立に向けた道筋(possible pathways)を探求することが各国首脳により支持されました。日本としても、昨年に発表された「新経済成長戦略の基本方針」において、2020年までのFTAAP実現に向けて本年中に国内施策のロードマップを策定する方針です。

たとえば、既存の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)やASEAN+3、ASEAN+6をビルディング・ブロックとして、FTAAPにつなげていくことも一案ですが、どのような方策があるか、よく議論していきたいと思います。また、主要セクターに関して、地域統合に向けた方策を加速していく方法もあります。後者については、日本の提案をベースに投資や知的財産権、貿易円滑化の分野を推進していく方向で一応の共通認識を得ています。特に貿易円滑化の関連で焦点となる国際物流の連結(supply chain connectivity)については、本年行動計画を策定することが予定されています。また、各国の原産地規則や関税率等の情報をAPECのホームページ上で一覧できるよう整備する予定です。さらには、税関や検疫のシステムを一元化するシングルウィンドウ方式や、信頼できる事業者(AEO:Authorized Economic Operator)に対する簡易な税関手続きも、日本の主導のもと検討しているところです。

2.成長戦略
グローバルな経済統合が進む中で、多くの可能性が生まれると同時に、多くの課題も生じています。APECとしては、不均衡、格差、環境問題といった課題に対処しながら、成長の「質」を高めていく必要があります。こうした観点から、経済危機後の新たな局面において地域全体が持続的に成長するための「包括的かつ中長期的な成長戦略」を2010年に策定することが昨年のシンガポール会合で支持されました。日本としては、「均衡ある成長」(Balanced Growth)、「あまねく広がる成長」(Inclusive Growth)、「持続可能な成長」(Sustainable GrowthまたはGreen Growth)、「革新的成長」(Knowledge-based Growth)の4つの柱を考えていて、8月の成長戦略ハイレベル・ラウンドテーブル(別府)での協議を経て、年末のAPEC首脳会合における最終的な採択を目指しています。

4つの柱のうち、「均衡ある成長」と「あまねく広がる成長」はG20で議論が進んでいますが、「持続的な成長」と「革新的な成長」については、むしろAPECがG20や他の国際会議と比べて貢献できる余地が大きいと考えています。

「均衡ある成長」については、構造改革を通じてG20の取り組みを支援するとともに、各エコノミーにおいて経常収支と財政運営の管理を通じて均衡ある成長を目指していく必要があります。

「あまねく広がる成長」については、経済成長が社会全体の利益となるよう構造改革を進めていくと同時に、中小企業、一般労働者、女性といった特定のターゲットに向けた政策を通じて、すべての人がポテンシャルに応じて挑戦できる制度を構築する必要があります。

「持続可能な成長」については、将来の環境への影響を考慮し、環境保護と両立する経済成長をめざすものです。APECでは、2030年にエネルギー効率を2005年比で25%改善することが既に合意されています。また、この分野で重要となる環境物品サービス(EGS)の貿易促進に向けた作業計画も策定されており、APECとしては省エネ基準やラベリング(表示制度)の導入促進等の取組みを実行に移していく考えです。

「革新的成長」については、情報技術や技術革新を通じた生産性向上と新たな付加価値の創造を目指す考えです。各国の特許庁間における特許審査結果の利用促進や公共政策分野におけるITの利活用の促進がそうした取り組みに相当します。

3.人間の安全保障
「人間の安全保障」に関しては、自然災害、疾病、テロへの対応と食料安全保障がアジェンダに含まれていて、APECとして包括的に対応していくことが求められています。各地で相次ぐ地震のほか、新型インフルエンザや鳥インフルエンザについても、引き続き警戒が必要な中で各国の情報共有を進めることが非常に重要です。

以上が2010年APECに対する日本としての考え方です。

コメント

コメンテータ:
ボゴール評価の基準を、どのような指標を使うのかを含めて、もう少し明確にする必要があると考えています。国内農業の自由化が進んでいないことから、あまりにも厳格な基準を設けることは躊躇されるかもしれませんが、100点満点で卒業する必要はないにしろ、未達成部分についても時間を区切ってコミットする必要があると考えています。

そもそも、農業を自由化しないのは決して日本のためにならないと考えています。APECでの主導権もそのうち発揮できなくなります。とりわけ首脳会合において、少なくとも農業自由化の姿勢を示す必要があると考えています。その観点からも、ボゴール評価を曖昧にせず、明確で客観的な評価をする必要があると思います。

新しいビジョンにおいては、「地域経済統合」、「成長戦略」、「人間の安全保障」の3つが並列となっていますが、まずは成長戦略ありきであって、それに付随するのが手段としての経済統合なり人間の安全保障であると考えています。また、ボゴール宣言のように、1つの言葉に4つ(または5つ)の成長を集約できれば一番好ましいと考えています。いずれにしても、2010年という節目の年なので、そうした「横浜宣言」を打ち出すことを非常に重要視しています。

とりわけ原産地規則については、日本が率先して一元化の姿勢を見せる必要があると思います。

成長戦略に関しても、たとえばBalanced Growthをどのように指標化し、評価していくのかを検証する必要があります。APECの対世界のかかわりについて、APECで実現してきた質の良い成長を全世界レベルで実現することが最終目標であると考えていますが、その観点から対世界との付き合い、とりわけ新規加盟国の取り扱いやEUとの対話について、議論があれば話を伺いたいと思います。

FTAAPやTPPは拘束力のある協定ですが、APECのそもそもの原則は自発性にあります。非拘束性はあまり重要視されなくなってきているのでしょうか。仮にそうなら、日本はその流れに遅れないよう、自由化へのコミットメントを強化する必要があるのではないでしょうか。

スピーカー:
ボゴール目標の評価は、目標発表の翌年に策定された「大阪アクション・アジェンダ」の15項目に関して集めたデータを基にしています。ベンチマークを決めているわけではありません。

新ビジョンとして何を掲げるかは、これからの検討となります。

原産地規則については、それ自体が交渉によって決まるので、一律的な一元化は難しいかもしれませんが、収斂に向けて各国の地道な努力が必要と思われます。

世界とのつながりについては、特に今年は韓国が議長国となるG20がAPEC首脳会合の直前に開かれることもあって、G20との連携が重要になると見ています。

拘束性に対してさまざまな意見がある中、またCOP15やドーハラウンドが難航する状況の中、APECの非拘束性が一種のアドバンテージになっている面があると思います。その中でパスファインダー・アプローチも活用せざるを得なくなると思います。

質疑応答

Q:

開かれた地域主義(Open Regionalism)に対して、FTAAPは域外を差別する枠組みです。それを取り込むのは、APECにとって歴史的な大変換となります。決定に至った経緯について、また対米国や農業自由化も絡めて今後の動きについて話を聞けたらと思います。

A:

もともと東アジア地域の統合の動きがあったところ、米国も含めた形での自由貿易圏を検討する要請を受けて提案されたものがFTAAPであると覚えています。これがOpen Regionalismの放棄を意味するのかは、明確にされないまま今日に至っています。

Q:

APECの融通無碍なカルチャーは非常に面白いと思います。また、地球温暖化の観点でいうと、この地域の重要性はGDPで見るよりはるかに大きな比率を占めていると思います。その中でAPECを活用していく方策はないでしょうか。

地球温暖化の問題は本質的にエネルギーの問題ですが、UNFCCCのプロセスにおいてエネルギー政策担当者の意見が反映されにくい状況となっています。それに対し、APECはエネルギー大臣会合などを通じてエネルギー政策の視点で議論ができる点が非常に強いと見ています。また、コペンハーゲン合意を受けてより野心的な省エネ目標を掲げるのも可能と思われますが、他方でUNFCCCプロセスと連動しすぎるといたずらに政治化してかえって動かなくなる懸念があります。UNFCCCとは柔軟な連携姿勢をとりつつ、APECとしてピア・レビューを実施しながら協力を通じた排出量制御の方針を明らかにしていけば、現実的なアプローチとしてUNFCCCに代わる有効な枠組みに発展していくと思われます。

A:

COPにとって役立つようなベストプラクティスとしてAPECを使ってもらえるとよいと考えています。エネルギー大臣会合で多くの成果を出せるようにしたいと思います。

Q:

来年のAPECホノルル会合の主要議題について、議論ないし意見交換はあるのでしょうか。仮に米国がTPPに非常に前向きなら、FTAAPに関する「ホノルル宣言」のようなものが出る可能性もあると見ています。仮にTPPがそのように前進しだすと、日本が排除されてしまう懸念があります。

A:

今年のAPECのアジェンダに関しては、昨年のシンガポールの場合と同様、米国と緊密に連携しています。来年のアジェンダについては分からないものの、今年の延長線上にあると思われます。TPPについては、今月メルボルンで8カ国による会合があったと聞いています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。