日本におけるアカデミックベンチャーの創出戦略 -産業技術総合研究所事例を中心として-

開催日 2009年6月25日
スピーカー 木村 行雄 ((独)産業技術総合研究所イノベーション推進室総括主幹)/ 大野 一生 ((財)国際メディア研究財団 研究企画管理担当)
モデレータ 冨田 秀昭 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

産総研ベンチャー開発センターの創出と支援

木村 行雄写真木村氏:
1995年に科学技術基本法や第1次科学技術基本計画が策定された当時45社であった大学発ベンチャーの数はその後、国立大学の独立行政法人化などを経て、2009年には1809社にまで増加しています。

日本におけるアカデミックベンチャーの企業作りに関しては、政策決定者、研究者、ビジネス担当など立場が異なれば認識も大きく異なり、(研究者の立場からは)論文や特許といった形での研究成果の1つがベンチャー作りであるとの見方もあれば、(官の立場から)地域振興や産業振興を重視する見方もあります。また科学技術基本政策の1テーマとして(アカデミックベンチャーが)位置付けられることもあります。

そうした中、産総研は、自分たちが研究開発を行った技術シーズを基にベンチャー企業を実際に創出支援することを目的とした「ベンチャー開発センター」を2002年に設立しました。同センターでは、助成金・(創業)人材を付けて会社作りを2年間支援するプレベンチャー制度(タスクフォース)を実施してきました。既に60程度の(プレベンチャーの)プロジェクトが形成され、30社以上の会社が立ち上がりました。また、起業した企業には「産総研技術移転ベンチャー」として支援を5年間提供する仕組みも整えています。

産総研ベンチャーの追跡調査を行った結果として、「経営者が経営チームを作り、経営チームがビジネスプランを作るという流れをきちんと作れるかどうか」が、「起業成功に向けた第1ステップ」となっていることが明らかとなりました。多くの方々が意外に思うことでもありますが、「多くの企業はこのステップをクリアできず」にいます。

ベンチャーファイナンス面の検討

大学発ベンチャーの創出件数が第1位の東京大学では、産学連携本部が組織されています。ベンチャー支援はこの中の事業化推進部で実施されています。さらに、東京大学は外部に関連ベンチャーキャピタルがあり、ここでもベンチャー企業の支援と創出が行われています。各組織の位置付けとしては、内部の組織では教育が、外部の組織では資金提供が重点的に行われていると考えられます。

外部ベンチャーキャピタルである東京大学エッジキャピタル(UTEC)は米国の大学で活発に行われているEIR(Entrepreneurs In Residence)を2007年10月に開始させています。これは、大学の中でベンチャーになりそうなプロジェクトに対し1年間、最大で1000万円の資金を提供するもので、募集は年3回行われています。

日本におけるアカデミックベンチャー、特に技術ベンチャーの多くでは、研究開発は研究助成金で行い、会社の立ち上げは個人資金で行われ、有望事例にはVCが出資するという形が一般的になっています。筑波大学や大阪大学、京都大学といった大学では外部のVCと組みファンド等を組成してきた事例もあります。2007~2008年頃からは米国の資本が日本のアカデミーに近づき、連携・提携を行った事例も存在しています。

まとめ

ベンチャー企業の成功の基準の明確化は難しいです。たとえば、少なくとも1億円の売上高を達成する。その後、M&Aの成功、上場などで1つの指標になると思われます。また、日本のアカデミックベンチャーでは「活動を行っていない」が「企業が生きている」事例が多くあります。今後の展開では、民間と協調する方法論や制度の設計が必要です。そのためには成功率を上げる必要があります。また、成功事例を明確にする必要もあります。そうでなければ民間の出資は難しいからです。

研究成果の経済的価値成長

大野 一生写真大野氏:
産学連携の方法には大きく分けて、(1)特許実施許諾・譲渡による技術移転、(2)民間企業との共同研究、(3)ベンチャー創業による自己実施――の3つがあります。

東京大学と産総研の2007年度の収益実績をみてみると、東京大学では129件の特許実施許諾・譲渡から1億円程度の収入が生まれています。1件当たりの平均価値は100万円程度と考えられます。産総研でも745件で4億5000万円程度なので、やはり1件当たりの平均価値は100万円弱となります。

東大と民間との共同研究は1008件で、受入額は45億円程度なので、1件当たり500万円程度となります。産総研と民間との共同研究については、2004年度の数字で296件、約16億円なので、やはり1件当たり500万円程度となります。

ベンチャー創業では、特殊な例ですが、東京大学発のベンチャーが上場した際に東京大学のTLOが得た利益は約20億円となっています。

日本では大学、公的研究機関が、シード・スタートアップ段階での価値評価者となっています。そこで研究機関にはベンチャー創出のための専門性が求められるようになります。具体的には、研究機関の経営部門には創業支援投資判断と成果説明が求められます。研究開発マネージャーには経済的価値の創出を目標に設定し、それを管理評価することが求められます。ベンチャー創出にかかわる研究開発者には、論文・特許に留まらず市場で評価される製品の設計が求められます。そしてこうした各自の役割を1つのシステムに練り上げる必要があります。

アカデミックベンチャー創出支援の経済的価値評価とマネジメント

1.ベンチャー創出支援の経済的価値評価モデル
ベンチャー創出支援の経済的価値評価モデルでは、ベンチャーのビジネスプラン、研究機関の支援・投資費用、特許実施時のライセンス料、企業価値・支援価値が構成要素となります。対象は創業~30年後です。このモデルを使うことで、ベンチャー創業支援のプログラム、支援投資、リターンの検討が可能となります。このモデルを使って、産総研が支援する機械系ベンチャーA社の2004年度事業計画から収益率を予測してみると、知的財産価値(特許実施料収入)が104%、ベンチャー創出支援事業価値(IPO持分)が283%となります。この場合、支援を継続させてIPOまで面倒をみる方が収益率が高まると判断することができます。

2.技術分野別ベンチャーの成長性・割引率評価(成功事例調査と予測計画手法)
米国の代表的バイオベンチャーで割引率の評価をしてみました。具体的には、キャッシュフロー、当初の資本金・増資の状況、市場時価総額といった市場や初期の投資家が評価した価値と、理論的な価値が合うようになるような割引率を割り出しました。結果、初期の割引率は100%程度でした。これを日本で成功している大阪大学発のバイオベンチャーに適用した結果、現在の理論価値と同じくらいの数字がでてきました。ベンチャー初期段階の企業価値成長率は電子デバイス系ベンチャーだと200%程度、ITサービス系だと500~2000%と、事例数は限られていますが、技術分野により成長率は異なるとの仮説を導くことができます。

3.創業前後ベンチャーのリスク要因と評価(市場、技術の不確実性シミュレーション)
創業前後のベンチャーにはリスクがあります。技術開発の進行の遅れは頻繁に起きますし、市場環境が変化して対象製品が変わることもあります。こうした収益見積、価値評価のリスク要因、すなわち事業計画と実績との差異(リスクプレミアム)を産総研のベンチャー2社で調査したところ、機械系ベンチャーA社では3500%(つまり収益率が1年で35分の1に縮小)、材料系ベンチャーB社で670%という数字がでてきました。

4.ベンチャー創出と支援マネジメントへの適用
こうした不確実性は年々変化するため、経済的価値評価モデルで事業計画などを毎年点検する必要があります。そうした点検を定期的に繰り返すことで、特定の技術分野やテーマのリスクを把握できるようになり、それがノウハウとして蓄積されれば、効率的な支援が可能となります。

質疑応答

Q:

大学発ベンチャーでは受託研究収益が売り上げに占める割合が大きく、IPOや特許から得られる収入は少ないのが現状だと思います。IPOと特許からの収入だけでの将来予測は実態を反映していないのではないでしょうか。

大野氏:

受託研究に研究成果がどれ位込められているかを判断することになると思います。受託研究の場合でも特許実施料でライセンスをして、その上で研究をすることはあります。研究成果が埋め込まれた事業であれば、何かしら知財あるいは研究機関に戻ってくるものがあると思います。

Q:

本日発表のあった経済的価値評価モデルは多くの仮説の上に成り立つものであり、実際は市場が突然誕生したり消滅したりすることも十分考えられます。そうしたバリエーションを産総研が称号付与している99社すべてに適用した上でのお話なのでしょうか。

木村氏:

産総研は戦略的意図を持って称号付与をしているわけではありません。会社を作りたいので施設を貸して欲しい、支援を受けたい、というものに対して承認をしているので、バリエーションと称号付与している企業の間に関連性はありません。ただ、研究助成金の問題や成果の問題があるので、その流れから大きく離れないレベルで会社はできていると思います。

大野氏:

このモデルは、産総研の事例から手法をみつけだすために行う実験段階のものです。将来的にはいろいろなところで適用・検証していきたいと考えていますが、現時点で産総研の中に取り入れてやっていくというレベルには達していません。

Q:

アカデミック発ベンチャーの中には企業として大きくなることというよりは、補助金を獲得することを目的とした企業もあると思います。そうした企業が産総研の99社に占める割合は多いのでしょうか。

木村氏:

非常に答え方が難しい質問です。会社を立ち上げることと、事業活動として成功することは違うという点に尽きると思います。創業時にはIPOなど華々しく儲かることを考える科学者は多くいますが、そうした人たちが事業活動について理解しているとは限りません。創業の意図や創業時の意識を客観的に評価するとすれば、9割の会社の経営に関して、適切な意識を持っていないものと判断することが出来ます。そのため多数のベンチャーが「活動は行っていないが生きている」という状況を生み出していると思われます。これらの状況から、質問に対するお答えとしては、「ある程度」の数がそうであるということになるでありましょうか。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。