長時間労働からの脱出を考える

開催日 2008年6月16日
スピーカー 勝間 和代 (経済評論家・公認会計士)
モデレータ 山口 一男 (RIETI客員研究員/シカゴ大学教授)
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議事録

自己紹介、「ムギ畑」の活動内容

長時間労働を解消するには生産性を上げる必要があります。そうした観点から、これまで幾つかの著作を発表しました。その中で最も売れているのが、『お金は銀行に預けるな』。預金だけに執着するのではなく、社会的責任を意識した効率の良い投資をすることを奨励する内容となっています。生産性と一口にいいますが、私自身は時間当たり労働生産性と資本生産性の2つの側面で考えています。

1997年には働く女性、特に子どもを持って働き続ける女性を対象にしたインターネットコミュニティ「ムギ畑」を立ち上げました。現在の会員数は約5000人。欧米、アフリカ等、海外にも会員がいます。ワーキングマザーは今でこそ珍しい存在ではありませんが、設立当時は非常に少数派で、保育園、ベビーシッター、食品配達等のサービスへのアクセスや育児休暇のとり方といった細かいノウハウを共有する場が必要でした。今ではそれ以外に、男女共同参画会議や厚生労働省との懇親会等に意見書を提出したり、出版活動をしたり、対外的な活動にも力を入れています。働く女性の殆どは1子しか生まないのですが、ムギ畑では2~3人いて当たり前という風潮になっています。そうした土壌を形成することで、社会全体の「空気」も変えられるのではと思います。少なくとも、「ムギ畑」に参加する母親間の空気は変えたと考えています。

少子化問題に対する視点

日本の人口は2050年に1億人に減少する見通しですが、問題は人口減ではなく、むしろ高齢者比率と地域間格差にあるといわれています。都市部の過密状態が残る一方で、地方だけ過疎と高齢化が進むと、公的資源の最適配分がほぼ不可能になるからです。

政府はこれまで何度か対策を打ち出していますが、あまりにも「遅すぎ、小さ過ぎる」ため、これといった効果を上げていません。今でも我が国の対GDP家族政策比率は諸外国と比べて非常に小さい状況です。少子化対策に熱心な政治家は数多くいますが、すべて子持ちの女性です。それ以外の、特に男性の政治家が真剣に考えるようになるには、「少子化対策をしなければ選挙に落ちる」といった世の中の空気を醸成する必要があると考えます。

少子化にはさまざまな要素が絡みますが、経済学的に見た理由としては、子どもを持つことによる所得効用と年金効用の低下と住宅・教育等のコストの上昇、さらには働く母親の機会コストが挙げられます。生涯賃金は3億円弱ですが、子ども1人が大学を卒業するまでに5000万円程度が必要といわれています。平均的な収入だと、子ども2人で「かつかつ」の家計となります。その様な家庭に子どもを増やせというのは少し酷かもしれません。また、晩婚化やライフスタイルの多様化もそうした効用効果の結果であり、原因ではないと考えています。個々人の最適な判断が合成の誤謬となって、全体不適を招いている状況といえます。

少子化はサブプライム・ローン問題にも意外と関係してきます。少子化の中、企業や家計の資金需要が減退し、カネ余り(預金過多)の状態になると、銀行は証券化商品やその他のリスク投資商品を買って運用せざるを得なくなります。そうして必要以上にリスクをとる体制はサブプライム・ローンの問題にもつながってきます。私はこの先、こうしたカネ余りの状態が続く限り、今回と同様の金融危機が定期的に起きると読んでいます。だからこそ、自らの資金運用がどういったマクロ的影響を及ぼすかを、個々人が慎重に考える必要があります。

なぜ生めないのか

女性の労働参画の中途半端さが日本の少子化をもたらしているといえます。

女性が働くことが当たり前となっている国では、企業や労働市場もそれに対応した形になっています。これらの国でも出生率は一旦急激に落ちますが、その後の積極的な女性活用によって出生率が回復する「J字」パターンが見られます。

それに対し、現在の日本では第1子出産を機に7割もの女性が離職します。育児後復職の難しさは、結果として「生まない」または「1人しか生まない」という選択肢を増やします。専業主婦の場合でも、孤立した状態での育児体験が非常に悪くなるため、1人目で止めてしまう傾向が見られます。その背景にある、日本人男性の家事・育児時間の短さは、文化的要因と長時間労働によるものですが、後者の方がより大きな原因になっていると見ています。

両立のハードル

- ハードルその1.男性の意識
働く女性にとって本当の試練は最初の段階ではなく、むしろ4~5年後、子どもが小学校に上がる頃といえます。「自助努力だけでは限度がある」ことに気付くからです。うつ病や夫婦不和が増えるのもこの時期です。漫画家の西原理恵子との対談(毎日新聞に掲載)でも言及しましたが、働く女性にとって最も腹が立つ男性の言葉に「手伝ってあげようか」があります。夫に当事者意識が無い証左だからです。「育児は妻の責任。夫は気が向いたとき、余裕があるときだけ手伝う」といったメンタリティでは、働く妻が疲れてしまいます。

- ハードルその2.環境・立場の違いによる不公平感
両立が可能なのは一部の大企業や外資だけという現実があります。「女性優遇策」にも落とし穴があります。「ワーキングマザーだけトキのように珍重しないで欲しい」という本音が語る通り、子持ち女性だけを優遇し、男性や独身女性に長時間勤務を強いると、どうしても不公平感が溜まります。働く母親だけではなく、全社員が短時間勤務を選択できる環境が社会全体で子育てをする必須条件となります。つまり、能力・環境に恵まれた一部の人々ではなく、「働き続けたい」と思う女性がすべて働き続けられる職場作りが課題です。

- ハードルその3.サービス利用の壁
ワークライフバランス実現にはサービス利用も重要ですが、日本の家庭には家事・育児のアウトソース化に対する偏見ないし抵抗感が根強く残っています。一方で、子育てを終えた専業主婦が長期ブランク後に労働市場に復帰するのは決して容易ではありません。そうした時間的余裕のある女性と家庭内労働を必要とする若い母親とで需要と供給をマッチングさせるマーケットを作るのは決して間違っていないと思います。

女性活用は国家的戦略

マイノリティがマジョリティになる分岐点は30%といわれますが、さまざまなところで女性比率がこのマジックナンバーに達すると現実的にも色々変わってくると思います。

女性比率の高い企業ほど業績が高いという事例も出ていますが、理由は単純で、女性の方が相対的に賃金が安いからです。最近になって日本企業もようやく女性活用の経済的メリットに気づきだしました。女性を活用しないことによるマクロ的損失はかなりのものとなっています。日本では労働人口が決して大きくない中で、大卒女性の半分近くが働かず、また、働く女性の多くが外資系に流れています。このように教育投資が国全体の付加価値形成・競争力向上に還元されないのは非常にもったいないことで、まさに日本の国力を削いでいるといえます。

企業の課題=生産性向上

ワークライフバランス実現の最大の課題は時間配分です。日本企業には、「時間は無限にある」、「従業員の時間はすべて企業のもの」という考えが定着していますが、そのような考えの下ではどうしても時間が浪費され、時間当たり生産性が伸び悩みます。その弊害として長時間労働が常態化した結果、晩婚化が進み、既婚者でも家事・育児時間が削られています。そうではなく、「時間は有限かつ貴重なリソース」という前提でもって、その最適配分を考える発想をする必要があります。

日本の生産性が低い理由としては、以下の4つが考えられます。
(1)余剰労働力の問題。解雇が非常に難しいため、利益を度外視した仕事を与える必要がある。結果、サービス残業が常態化し、インセンティブ上の歪みが生じる。
(2)雇用解雇ができないため規模の経済が働かない。
(3)日本語という物理的障害。「パラダイス鎖国」は逆に参入・退出障壁ともなる。
(4)ROIのハードルレートが低いことによる過当競争の温存。

日本の生産性は米国の約7割ですが、実は二重経済(Dual Economy)といわれていて、輸出産業の生産性は米国と同等ですが、国内産業では平均40%程度にまで落ち込みます。この二重性が解消しない限り長時間労働からの脱出は不可能です。自著『利益の方程式』で述べる通り、客単価を増やすのも一手ですが、狭い業務範囲に押し込められている20~30代社員には権限が無いため、なかなかそうしたインセンティブが起きないようです。

生産性の高い社会を作るコツを13文字でまとめると、「1.浪費をしない、2.投資を惜しまない」となります。時間や労働力を浪費しない、そして将来に対する消費を惜しまない。

行政の課題は予算拡充につきます。高齢者対策費がGDPの3.5%を占める一方で、家族政策費がわずか0.7%では、余りにも歪みが大きすぎると思います。せめて家族政策支出が現時点の倍になれば、少なくとも待機児童の問題といった量的問題は殆ど解決します。その方向で市民が声を上げていくことで、社会的な「空気」を作っていくことが大切だと思います。

同時に、私たちの時間とお金の使い方が社会を変えるという点を強調したいと思います。忙しさと金融リテラシーは相関関係にあります。労働収入だけに頼るから忙しい、忙しいから金融収入について考えている暇が無い、だからますます労働収入に頼らざるを得なくなるという悪循環から抜け出すためにも、お金(家計の金融資産)に適切なリターンを求める視点は重要で、これもワークライフバランス実現の1つの鍵になると考えています。これまでは住宅ローン、定期預金、生命保険が3大金融商品でしたが、最近ではむしろ長生きした場合のリスクを考えなければならない等、カバーすべきリスクも変わってきていますし、人口減による住宅地価格の低下もあり、余程の理由が無い限り家を持つことは損な状況になっています。ただ、そこで私が「お金にもっと働いてもらいましょう」と言うと、日本人はなぜか「投機」に走り、堅実的な資産運用の話は少しも出なくなります。日本に金銭教育の伝統が無いのは承知ですが、安全な運用では2.8~5.8%程度のリターンが限度であること、それからリスク耐性に応じたリターン設計と社会的責任指数に応じた投資という視点は是非持ち帰っていただきたいと思います。

最後に、社会の好循環を作り出すために、「三毒追放」をお勧めします。妬まない、怒らない、愚痴らないことで、視界が広がり、物事がクリアに見えてきます。それからGiveし続けること。自分の持つ情報、人脈、お金をできる限り人に分け与える。Give and Takeはよくいわれますが、私はむしろ「善意が善意を呼ぶ」循環をつくるGive and Giveが物事を変えていくと思います。そこで最も重要なのは、自分が最も得意とするところを、最も負担の少ない形でGiveすることです。

ワークライフバランス実現は、環境問題と同様、個々人が価値観を転換して地道な取組を継続するしか方法は無いと思います。また、少子化対策やワークライフバランスにしても、ボランティアではないので、企業や国の競争力を回復させるという目的意識で進めるべきです。その上で、あまりギスギスせずに、ゆったりと三毒を取り除きながらやることをお勧めします。

コメント

山口氏:
ムギ畑の活動を、市民社会化の成功例として観ることが重要かと思います。ここで市民社会化という意味はムギ畑が新たに生みだされた公共性を持つ集合財だと言う認識に基づいています。集合財という意味は、その存在による便益を、メンバーの誰もが享受できる一方、フリーライダー問題も、公平性の点から、解決せねばならないからです。ムギ畑はそれにうまく成功した。たとえばメンバーがそれぞれ「最も得意なものを、最小限の負担で与える」原則には、ケネス・ボールディングの『愛と恐怖の経済学』における「合理的利他主義」を想起させるものがあります。

たとえば人に道を教える場合、教える側の負担はごくわずかですが、教えられた側にとっては大変な便益となる等、相手の一定の便益を生むのに、自己負担を最小化する利他的行為は人々に無理なく社会的便益をもたらします。逆にそういった利他的行為が無い環境では社会的便益が生まれにくい。「ムギ畑」の情報交換や情緒的支援にも、そうした「合理的利他性」を強調が見られます。また、こうした活動は意図せずとも、広域的な利益をも生み出しました。たとえばムギ畑の場合、ワーキングマザーに対する社会全体のイメージを明るくしたという「正の外部効果」を持ったと思います。

『猪口さん、なぜ少子化が問題なのですか?』で勝間さんが強調しているのが、少子化対策を社会、特に企業の再デザインとして広く捉える視点です。たとえばトヨタのカンバン方式のように、製造業の生産性改善方法が数多く検討される一方で、働く女性の生産性改善を真面目に研究している企業が殆ど無い点を指摘しています。日本では女性の労働生産性が賃金と同様に低いという分析がありますが、私はそれは女性の賃金を低く抑えるから生産性も下げてしまうのであって、女性活用について不合理であり、これはわが国の企業が女性人材の活用を真剣に考えてきない証拠でもあると考えています。勝間さんの論点は、日本企業の合理性の一面性を指摘している点で、私の分析結果と一致しています。

ダイバーシティ推進には、両立支援も大切ですが、それ以上に、性別に関係なく柔軟に働ける雇用環境の整備、つまり雇用者が自ら働き方を選択し、なおかつ時間当たり賃金でペナルティを受けない制度が必要だと思います。私の分析では少子化に関しては、第1子へのハードルが企業のワークライフバランス施策の遅れ、第2子へのハードルが夫の非協力による否定的育児体験、第3子へのハードルが経済問題となっています。日本ではワークライフバランスを福利厚生として考える傾向が見られますが、人材活用のための積極的手段として取り組むことが男女賃金格差の解消につながると思います。

さらに、勝間さんの「時間投資法」の近著(『年収10倍アップ時間投資法』)の話については、「浪費(緊急性があり重要性がない時間使用)」と「空費(緊急性も重要性もない時間使用)」を生み出す「時間泥棒」を見つけてまず排除すべきで、そこから自然に時間の「投資(緊急性がなく重要な時間使用)にまわせる時間が生まれるという議論で、大変具体的で実用的です。

補完的な議論として、私は更に、「投資時間」を増やすためには「浪費時間」を減らすことが重要で、また「時間の消費(緊急性があり重要な時間使用)」の質を高めるには「空費時間」を減らすことが重要と考えます。これは、時間帯に拘束性のある「浪費時間」を減らせば、同様に時間帯に拘束性のある「消費時間」には振り向けにくく、拘束性の少ない「投資時間」に回しやすいこと、また時間の「空費」は「楽しいことは前倒しに、義務は後回し」にする「双曲割引」傾向をもつ「中毒的」時間使用の人に多く見られるので、空費は緊急性もあり重要な「消費時間」を「後回し」することになり、結局「やっつけ仕事」を生みだし、「消費時間」の質を下げると思われるからです。

また、「消費時間」を円滑に進めるには、個々人が時間の空費を減らすだけでなく、企業側も午前中に重要な会議を済ませる等、時間帯の使い方を変えていく必要があります。また「浪費時間」の解消が可能にする「投資時間」の有効活用については、柔軟でいつでもできる状況を作ることが重要です。企業においてのワークライフバランス実現にも、そうした時間帯の管理や時間使用の柔軟性を生み出すことが非常に重要となります。

質疑応答

Q:

行政介入は必要とお考えでしょうか。業者・個人の間に「囚人のジレンマ」が生じていて、それが過剰労働につながっていると感じます。たとえば、日本のサービスは非常に完成度が高いと感じますが、残り5%を改善するために長時間労働をするのは社会全体として無駄だと思います。また、1つの企業がそれをすると、他の企業も追随せざるを得なくなります。行政がクオリティの上限を定めることで、そうしたジレンマを解消する必要もあるかと思われます。

移民の積極的受け入れによる家事労働のアウトソースは絶対に必要です。米国やシンガポールではベビーシッターを雇う習慣が徹底しています。行政としても、そうした環境を整備する必要があると考えています。

A:

行政の介入には大賛成です。研究所単位で9-6時制を試験的に導入しているところもありますが、一度、官公庁でも一斉導入を試みてはいかがでしょうか。そうして成果が上がれば、民間への介入もし易くなると思います。

家事労働移民の受け入れに関して、実は外資系ではフィリピン人のお手伝いを非定期的に雇うことはごく普通に見られることです。そうした市場がオープンになれば、大きな需要が見込まれますので、是非行政で進めていただきたいと思います。

Q:

日本では残業手当の水準が米国と比べて低く、しかもサービス時間が増えています。残業手当の引き上げと徹底についてはどうお考えですか。

A:

残業代を1.5倍にする法案は、「ホワイトカラーエグゼンプション」法案とともに一度国会に提出されましたが、労組の反対もあって潰されました。サービス残業の温床になりかねない等、制度的問題は確かに残りますが、もともとは長時間労働の是正が目的であったと理解しています。そのような経緯からも、私は行政以上に労働者側の自立が必要だと考えています。労働者側がサービス残業をきちんと断って、内部告発をしていくこと、そして、残業の必要が生じないように仕事を組み立てる必要があります。そうした自立的な改善努力が無い限り、いくら行政が指導しても労働環境は改善しないと思います。

山口氏による補足:

私は何らかの法的措置が必要と考えています。EUのように労働時間上限を設ける方法もありますが、非正規・正規の待遇格差を減少させるのも有効だと思います。日本では正社員に対する雇用保障が非常に強く、社員数による雇用調整が難しいため、労働時間を増やすことで労働需要に対応する傾向があり、その結果、特定の正規雇用者に残業が集中する構造となっています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。