IMFの世界経済見通し(2008.春)

開催日 2008年4月23日
スピーカー 有吉 章 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

世界経済見通し(2008.春)の概要

昨年10月の見通しでは、さまざまな下方リスクを踏まえながらも4%台後半の成長維持を中心的シナリオとしていましたが、今回、2008年春の予測では、サブプライム・ローン問題を発端とする米景気減速が当初の想定以上に悪化するとの新たな見通しを受け、米国をはじめ、米国との経済的関係が強い国や金融混乱の影響が大きい国の成長率を下方改訂しました。世界全体の成長率は、2008年、2009年にそれぞれ3.7%、3.8%となる見通しで、1%強の減速を推定しています。特に今年1月からの改訂幅がそれぞれマイナス0.5、マイナス0.6ポイントとなっていることから、ここ3カ月間で見通しが急速に悪化したといえます。

改訂の最大の要因である米経済に関しては、現時点で軽めの景気後退、すなわちマイルドリセッション(mild recession)を見込んでいます。典型的な住宅バブル崩壊不況であり、かつ金融機関への影響も大きく、バランスシート調整の必要があることから、景気回復までしばらくかかる見通しです。

欧州でも、2008年後半から米景気減速の影響や欧州固有の問題による相当な減速が見込まれますが、2009年には上向く見通しです。日本についても、米国その他対外輸出の影響を踏まえて、成長見通しが若干下方改訂されています。

他方、途上国は減速するものの、比較的堅調な成長を続ける見込みです。

ここで述べている中心的シナリオは、外的ショックや将来先行きの不透明性、見通し自体の誤差等によって多少上下します。今でも既に「3.0」が50%信頼区間に含まれていることから、成長率が3%以下になる可能性も4分の1程度の確率であります。ここでいう3%は歴史的に見て世界的不況に突入することを意味します。

現時点のシナリオは米国でのマイルドリセッションをベースとしていますが、金融市場の混乱、米内需の減退、インフレ、世界的不均衡を中心とした下方リスクが拡大しています。

世界資本市場の動向

1.住宅関連市場
過剰流動性等が問題となっていた以前とは状況が一転、今では過剰流動性とリスク許容度が縮小する一方で、信用リスク等が顕在化しています。サブプライム・ローンに関しては2006年を境に、60日以上の延滞率が貸出審査の急激な緩和により上昇、さらに住宅価格の下落を受けてからは過去を上回るペースで急上昇しています。さらに、サブプライム・ローンに限らず、プライムローンについても延滞率が2007年以降過去を上回るペースで上昇しています。それに伴い、住宅ローン証券化商品の価格が下がり、BBB~AA格商品で3割程度、AAA格商品で1割程度の下落となっています。BBB商品をリパッケージした資産担保証券(CDO)市場のロス率はかなり高く、AAA格でも3割程度のロスを計上していて、それ以外ではさらに大幅なロスとなっています。

2.銀行、その他資産カテゴリーへの影響
住宅関連商品を保有する銀行への影響は大きく、米国だけでなく、欧州でも多数の銀行が相当のロスを計上する見通しです。一方、アジア各銀への影響は比較的少ない模様です。

サブプライム・ローンの影響はあらゆる資産カテゴリーに飛び火しています。2004~2006年と比べて、平均的スプレッドや価格のボラティリティは、優良住宅債券、普通の企業信用等においても急激に拡大しています。サブプライム・ローン、その他資本市場を含めた全金融セクターの損失額は、今後2年間で約1兆ドルに上る見通しです。これは日本の1990年代危機を上回る水準ですが、対GDP比で見た損失額は6%に留まる見込みです。そのうち金融機関のロスは半分程度で、さらに欧州やその他地域の銀行にシフトする部分もあることから、米金融セクターとしてのロスは1986~1995年の金融危機と同じ3%程度と、かつての邦銀程のロスとはならない見込みです。

3.信用収縮リスク
問題は単に損失が出るだけでなく、流動性が縮小する点です。

米国では今後、与信率が半減し信用収縮(credit squeeze)が起きる見通しです。また、銀行の貸出等が一層厳しくなることで、いわゆる信用危機(credit crunch)が起きる可能性もあります。実態経済への影響ですが、仮に与信率が通常の8%程度から4%程度に半減した状態が3期続きますと、GDPが0.8%程度低下します。さらに与信率1%の信用危機状態が3期続きますと、マイルドリセッションではなく、1.5%強のリセッションに入ります。そうした状態を回避するためにも、まずは機能不全に陥った資本市場を正常化する必要があります。

世界全体への波及

1.ユーロ圏
過去のユーロ圏と米国との成長率相関を見ますと、米景気後退局面においては欧州も必ず減速していたことがわかります。今回も、欧銀の巨額損失計上、インターバンク市場の混乱継続、対米輸出量の減少、原油等一次産品の高騰、住宅市場の調整、といったマイナス要因から相当の減速が見込まれます。

2.途上国、新興国
途上国経済に関しては、いわゆる「デカップリング」論があります。2000年以降の中国、インドの急成長がその背景にありますが、だからといって先進国の影響を必ずしも受けない訳ではありません。主に2つのリスクがあります。

1つは資本市場のリスクです。サブプライム・ローン危機が途上国国債の信用リスクスプレッドに及ぼす影響は限定的ですが、他方、企業の信用リスクスプレッドは民間セクターの対外債権発行が混乱を契機に殆どドライアップしたのを背景に急上昇しています。特に東欧新興国の多くは、多額の経常収支赤字を大量の資本流入でまかなっていたため、その半数を占める民間資金の供給が滞ると、かつてのアジア危機と似たような状態になります。ただ、EUに加盟していること、さらに銀行の半数以上ないし殆どが西欧大手の子会社であることが東欧にとってプラスとなっています。急激な資金引き上げは起きない見込みですが、西欧の銀行自体が困難に直面する中で以前程の与信拡大は望めないでしょう。

ただ、アジア諸国のように国内貯蓄が多い国では、対内借入への転換も可能なので、それ程の影響は出ないかもしれません。

アジアの場合はもう1つのリスク、すなわち貿易のリスクが大きいと思われます。アジアでは域内貿易が半分を占めるまでとなっていますが、米経済に対するエクスポージャーは間接輸出を含めて見るとこの10年間でむしろ拡大しています。EUまで入れると、エクスポージャーはさらに高くなります。アジア新興国の対米輸出はGDP比約15%なので、仮に米経済が1%減速しますと、目の子で見積もっても、GDPの0.3~0.4%程度に相当する影響を受けます。過去のデータから計測すると日本では0.25%程度、アジア平均では0.5%程度の影響が見込まれますが、国によっては1%近い減速になる計算です。ただ、中国経済の急成長や内需の拡大によって同じ減速でも受け止め方が違うようになったのは事実です。そのあたりがいわゆる「デカップリング」論と混同されている気がします。

インフレ・物価高リスク

一次産品価格の高止まりによるインフレリスク、下方スパイラルリスクも軽視できません。景気後退局面でも輸入価格・物価が上昇すると金融引き締めが必要となりますが、そうすると需要が冷え込むため成長がさらに押し下げられます。

景気減速にも関わらず食料品が高騰する背景には、気候変動、旱魃、バイオ燃料への転換に伴う供給制約が挙げられます。先進国の総合物価指数(ヘッドライン)は一貫して上昇していますが、コアCPIは殆どフラットな状態です。一方、食料品支出の比重が高い途上国では、総合物価指数が加速度的に上昇していて、比較的安定していたコアCPIも次第に上昇しています。とりわけ物価高に見舞われているアジアの国では、金融緩和による景気刺激策よりも財政措置が必要となるかもしれません。そうした意味で、財政的発動の余地が少ない国はやや厳しい状況にあるといえます。

今回のIMFCでは食料の問題が大きな焦点となりました。とある途上国の大臣は、貧困層の窮状を訴えながら、食料問題は社会不安にも直結しかねない、ミレニアム開発目標の貧困削減努力を殆ど無に帰してしまう程大変な問題だ、という主旨の発言をしていました。輸出国側でも、たとえばアルゼンチンでは輸出制限や輸出課税が社会不安を引き起こしています。アフリカ、アジア、中米の多くの国では、昨今の食料品高騰、さらには原油高騰によって経常収支が悪化する見通しです。マクロ的な国際収支支援と同時に、供給面でのレスポンスや短期的資金援助が必要と思われます。

一次産品価格にかかる1つのリスクシナリオとしては、価格の急落があげられます。過去の景気後退期では、一次産品価格が平均2~3割下落しています。今は投機的資金の流入もあって高止まりしていますが、これから大幅に落ち込む可能性もあり、一次産品を輸出する途上国にとってはまたリスクとなります。

米国の対外輸出は最近のドル安もあって大幅増となっています。反対に輸入は減少することから、世界的不均衡が解消に向かう印象を受けますが、黒字国の実質レートが上昇する形で為替調整が進行している訳ではなく、その点は楽観視できません。たとえば中国等、一部の国では、経済が過熱気味にも関わらず、実質の為替レートが横ばい、あるいは低下しています。

質疑応答

Q:

米国の住宅市場は今後、どのように収束するのでしょうか。マイルドリセッションはいつまで続くのでしょうか。

A:

現時点では、14~22%の住宅価格下落をベースラインに見通しを立てています。証券化商品については、現在の市場価格を適用しますと、それ以上のロスを計上する見込みです。
バブル崩壊以前の米国の金融政策がはたして適正だったか―IMFの世界経済見通しでは特別に一章を設けて検証しています。そこで住宅ローン市場が発達した米国等では金融政策が住宅価格に与える影響が大きいと指摘、一般的な物価水準を基本とした伝統的金融政策アプローチの見直しを提起しています。

住宅市場が今後さらに悪化する可能性はありますが、対GDPで見た住宅投資が歴史的平均を下回り、住宅在庫が頭打ちとなっていることから、大幅調整は一段落したとする見方もあります。また、企業部門が巨額負債を抱えた日本とは違い、米国では家計から金融部門に直接、しかも短期でロスが集積します。そこで金融部門が早めにロスを償却すれば、比較的早い立ち直りが期待できるかもしれません。

そのことも踏まえ、今回の景気後退については、従来と比べて回復は遅いかもしれませんが、典型的な住宅バブル崩壊不況よりは回復が早いと見込んでいて、戻し税や積極的な金融緩和も念頭に、「緩やかながらも、そこそこの回復」という中心的シナリオを描いています。ただ、それ以上に深いリセッションやV字型回復となる可能性もあります。

Q:

今年夏以降については米国よりむしろ欧州の危機を心配しています。理由は主に2つ。

(1)欧銀に対する市場の不信感の高まり。その結果、ドル高、ユーロ安となれば、米国の輸出が縮小し非常に大きな問題となります。

(2)仮に今後、大規模な公的資金注入が必要となった場合に、はたして欧州中央銀行(ECB)が各国中央銀行と調整して舵を取ることができるか。昨年8月の資金投入に関しても、欧州各銀との情報交換が殆ど進んでいない模様です。

A:

ご指摘の通り、欧州はインターバンク市場がそれ程安定せず、サブプライム・ローン、その他の部門でまだ表面化していないロスが見込まれるため、米国と比べてやや不透明感が強い印象です。また、欧銀は総じてレバレッジが高いため、株安やデレバレッジングによる影響も相当ありますが、米国と比べて政府の資金注入余地が大きく、与信審査もそれ程緩和されなかったため、デフォルトリスクは小さいと見ています。ただ、それだけに米国のような急激な調整は起きないため、日本と同様に影響が長びく可能性はあります。

Q:

サブプライム・ローン問題が指摘されて1年近く経ちますが、実態経済への影響は本当に顕在化しているのでしょうか。商業銀行の貸し出しはそれ程縮小していないと聞きます。それに消費減速は、サブプライム・ローンの影響よりむしろ住宅市場の落ち込みが原因ではないでしょうか。

また、原油高騰についても2004~5年あたりに実態経済への影響がいろいろと試算されていましたが、実際の影響はそれ程でもないように見受けられます。

A:

実態経済への影響は直線的な形では見えにくく、これまで好調だった企業部門の収益が多少緩衝材(buffer)となっている面もあります。IMFも昨年10月時点では、個人消費・企業への影響は限定的と睨んでいましたが、その後、特に3~4月になって消費指標が著しく悪化したのを受け、今回の見通しでは消費の大幅減速を織り込んでいます。住宅市場の落ち込みと金融・信用低下とは表裏一体で、切り離して考えることはできません。金融部門の実態経済への影響を軽視することは極めて危険です。

「原油高なのに、なぜ経済は好調なのか」という問いは3年前あたりから繰り返されていました。その当時は「需要増による高騰だから、サプライショックではないから」という一応の結論を得ましたが、最近の高騰はサプライショックにむしろ近い状態です。いずれは実態経済にも大きく影響すると思われます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。