ベンチャーキャピタルにおける投資収益率の現状と今後の課題 -日本のパフォーマンスを向上させるために-

開催日 2007年9月3日
スピーカー 長谷川 博和 (グローバルベンチャーキャピタル(株)マネージング・パートナー)
モデレータ 石井 芳明 (RIETIコンサルティングフェロー/中小企業基盤整備機構ファンド事業部ファンド企画課課長代理)
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議事録

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問題意識

日本のベンチャーキャピタルが真の意味でのリスクマネーを供給できるようになるには2つの大きな課題を乗り越えなければなりません。1つは、統計の充実です。リスクリターンが読めないところにカネは流れません。

同様に、パフォーマンスが悪いところにもカネは流れません。欧米と比較して低いパフォーマンスの改善が2つ目の課題です。大切なのは日本の雇用風土や企業関係、金融情勢を踏まえた上で、日本のベンチャーキャピタル、あるいはベンチャーキャピタリストがどうあるべきかを深く議論することです。欧米の受け売りでパフォーマンスを上げることはできません。

現状

米国のベンチャーキャピタルは株式市場の動きに大きく影響される株式上場による売却よりも、トレードセールスでリターンを得ています。しかし日本ではトレードセールスがなかなか起きない。このことが日本のベンチャーキャピタルのパフォーマンスが米国と比べて悪くなる理由の1つとなっています。今後は、大企業がベンチャー企業のエッセンスを積極的に取り入れるために何が必要なのかをさらに考えるべきです。

ところがここ数年の日本では減損会計、時価主義会計が厳格化し、大企業が業績の悪いベンチャー企業を取り入れたら、のれん代償却が非常に重たくなる方向に流れています。場合によっては、のれん代償却のために連結業績が赤字になるくらい悪化するので、ますますトレードセールスが起こりにくい環境になっています。本来、トレードセールスはより活発に行なわれなければなりません。

私たちはベンチャーキャピタルとバイアウトをプライベートエクイティの中に位置付けています。これら2つはプライベートという意味では同じ概念ですが、前者の場合はアーリーステージから「作り出す」、あるいはこれまでになかった産業・企業を「生み出す」ことが中心テーマになっているのに対し、後者の場合は既にあるキャッシュフローをどううまく回転させるのかが中心テーマになっているという点で、両者ではゲームの仕方が異なります。

私たちが最初に取り組まなければならないのはプライベートエクイティの成功を定義することです。明確な成功の定義、あるいは目的がなければ真の意味での業界の発展はありません。「ハゲタカ」といわれるのか「天使」といわれるのかは、目的の絞り方次第です。

昨年の終わり頃から今年にかけて新規上場に急ブレーキがかかり、ベンチャーキャピタルがエグジットする金額も相当減ってきています。このように公開企業の調達額あるいは公募金額が下落傾向にあることもベンチャーキャピタルにとっての課題で、公開しても市場が極端に悪く、活発な資金調達ができないという現象が起きています。

日米欧の投資残高を見てみると米国で30兆円、欧州で24兆円の規模であるのに対し、日本は約1兆円に留まっています。日本にはアントレプレナーが少ないといっても、これはあまりにも大きな差です。投資残高の増加も日本の課題です。

では何をどうすればいいのでしょうか。以下にご紹介する分析結果から考えてみたいと思います。

分析結果

公開企業のみを対象とした統計調査では、ベンチャーキャピタルは会社設立後アーリーステージ(またはレートステージ)で投資をした方が高いリターンを得られるという結果が出ています。さらに、投資直前の5倍以上のバリエーションを付けて公開しても、たいした値段は付かないという結果も得られています。

回帰分析で一番有意に効いているのは、株式公開時に時価がどれくらい増加するかという点です。株式公開までの月数が少なければ少ない程、内部収益率(IRR)は高くなります。米国では他のベンチャーキャピタルとシンジケーションを組んだ方がパフォーマンスは上がりますが、日本では投資が1社に集中することが多いので、逆に、一緒に投資しない方がパフォーマンスは上がっています。

IRR上位30社とそれ以外の企業の要因格差を比較してみると、上位30社は57%の投資位置で投資をしているのに対し、パフォーマンスの低いベンチャーキャピタルは71%の投資位置で投資をしています。同時期VC数も上位30社は3.7社であるのに対し、後者は5.9社、時価の増加倍率も前者では約2倍、後者では約8倍と、行動パターンの違いが読みとれます。

こうした行動パターンはITバブルの前後で変わり、Pre時価はITバブル以前で22億円、以降で33億円と、投資対象が比較的大きな企業へと移っています。投資位置もレートステージへと移っています。

文系出身よりも、理系出身よりも、文系と理系の両方を経験したベンチャーキャピタリストが平均的に高いパフォーマンスを示しています。最もパフォーマンスが低いのは監査法人出身のキャピタリストで、最も高いのはベンチャー企業に勤務していたキャピタリスト、その次に高いのがベンチャー企業の経営をしていたキャピタリストという結果がアンケート調査から明らかになりました。

米国のベンチャーキャピタリストは「社員の声を経営者に実態提言する」、「既存株主との関係調整を中心的に実施する」、「借入先と交渉し借入実行する」といったような利害調整を積極的に行なっています。これに比べ、日本のベンチャーキャピタリストは「顧客や代理店の獲得」、「調達先や下請けを探し決定する」、「製品やサービス開発完成度を上げる」、「事業計画をまとめてアドバイスする」、「月次財務数値をモニタリングする」等、ベンチャー企業の未熟児性を補完する業務に特化されているようです。こうした役割は今後、社会関係の調整や利害関係者(「出資者」、「投資先(ベンチャー企業)」、「顧客(市場)」)の調整という非常に重要な役割へと変化していくと考えています。

検討課題

利益相反(コンフリクト)と倫理(エシックス)は極めて重要な問題です。現状では倫理問題が野放図になっていて、ベンチャーキャピタリストやプライベートエクイティのファンドマネジャーの良心に任せることになっています。規制を極端に強めるべきだとは思いませんが、倫理問題はさらに議論を深めるべきでしょう。

また、どのようなプロセスで利害関係者間での協創関係を構築し、継続・維持するのかについての議論も深めるべきです。

ちょうどアナリストが証券会社の評価を左右するまでにいたったのと同じように、今後はキャピタル会社(組織)からキャピタリスト(個人)へと変化していかないと発展は無いと思います。その観点からもベンチャーキャピタリストをある程度のレベルにまで持っていくための教育は重要です。

1人よがりなビジネスプラン、仮説の無いビジネスプランは投資対象としての魅力を減じます。同様に、経営チームがしっかりとしていないビジネスプラン、事業計画(ファイナンス計画)が楽観的なビジネスプラン、経営理念が不明確なビジネスプラン、成長段階が無いビジネスプランにも投資をしたいとは思えません。

一般論と具体論は異なります。評論家とプレーヤーでは、今後の日本ではプレーヤーをさらに増やしていくべきでしょう。さらに、売り上げや従業員数が増えていく各成長段階で人材の管理手法を変えることも重要です。大企業に先んじて「改革(innovation)」(「改善(improvement)」ではなく)に寄与することこそがベンチャー企業の社会的意義です。そしてそうしたベンチャー企業を応援してこそ、ベンチャーキャピタリストの存在意義が生まれるのだと私は考えています。

質疑応答

Q:

環境技術への投資は一時のブームではなく今後も持続的に続くと思いますか。また、通貨切り上げ圧力をうまくかわしながらソブリンファンドで世界中の経済を握っていくような戦略的な動きが中国でみられます。シンガポールはさらにその一歩先をいくようです。こうした動きについてどうお考えですか。

A:

ご指摘の通り、クリーンテック投資はベンチャーキャピタルが先行的にブームを作りあげ、株式市場がそれに追随しているきらいがあります。こうした動きが真のイノベーションにつながるかはわかりません。大切なのはそうしたブームを認識した上で、どこがコア技術を持ち、イノベーションを起こそうとしているのかを冷静に判断し、そうした企業を真剣に応援することです。クリーンテック関連のベンチャー企業が今後日本で続々と公開上場するのは考えにくいですが、海外で起きた技術革新の日本展開には可能性はあると思います。

中国に関しては、安価で豊富な労働力や大規模な消費者に注目して株式公開を企画したり実施したりする第1ステージはほぼ終わり、現在は、最先端の知的レベルを活用する段階へと移行しつつあります。米国の一流ベンチャーキャピタルも日本より中国を重視しているようで、投資も知的財産を創出する企業に集中しています。従って大学との連携も非常に重視しています。シンガポールの場合も海外からのリターンが積極的に奨励されていて、必ずしも日本国内だけで完結しようとは思っていないところは参考になると思います。

Q:

現在のベンチャー支援政策で足りない点は何でしょうか。また、日本のベンチャーキャピタルのパフォーマンスが低迷する理由として、トレードセールスが米国と比べて少ない点以外に、どういった理由がありますか。協創関係構築以外に対応策があればお教えください。

A:

日本の制度で欧米と比べて欠けている点は無いと思います。個々の施策というよりは、むしろ全体の流れ、つまり人が大企業から入ってこない、良いものをつくっても大企業が買ってくれず、売り上げが立たない、一番大変なときにベンチャーキャピタルからリスクマネーが流れてこない、といったマイナスのスパイラルがベンチャーにとってハンディになっていると感じています。このマイナスのスパイラルをプラスに転じるために何が必要なのか、現時点で解はありません。解を得るには、日本を代表するベンチャー企業、目指すべきベンチャー企業の成功事例を早くに生み出すことが重要です。

2つ目のご質問に関する統計分析はできていません。定性的には、エグジットの問題、人材の問題、リスクマネー提供の問題がパフォーマンス低迷の大きな要因となると分析しています。

対応策について単純化して考えれば、「できるだけ安くで投資したい出資者」と「できるだけ高くで増資したいベンチャー企業」との間でベンチャーキャピタルがどういう協創関係を作っていくのか、個別の事例を丁寧に研究する以外、方法は無いと思います。仮説ですが、この協創関係が欧米のベンチャーキャピタルにはない日本の独自性が発揮できる可能性があると考えます。そうした研究を通して、成功事例のみならず失敗事例も蓄積し、ベンチャーキャピタリスト個人の経験知を共有財産にしていくべきだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。