通商白書2007 生産性向上と成長に向けた通商戦略~東アジアのダイナミズムとサービス産業のグローバル展開~

開催日 2007年7月13日
スピーカー 吉田 泰彦 (前経済産業省通商政策局企画調査室長)
モデレータ 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター兼研究調整副ディレクター)
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議事録

世界的な経常収支不均衡の拡大

世界の国内総生産(GDP)はITバブル崩壊後に成長力を強めました。インフレ率は右肩下がりで、成長率の変動幅も小さくなり、世界経済全般で不確実性が減じています。ただし、経常収支の不均衡は拡大しています。米国が巨額の経常赤字を抱え、ユーロ圏ではドイツの経常黒字で域内の赤字が相殺される形です。近年では米国の赤字を黒字国である産油国、中国、日本、ドイツ等がファイナンスする格好となっています。また、米中貿易摩擦が次第に増加しています。米国の対中貿易赤字額は、中国の対世界経常黒字額とほぼ同額です。

対外経常収支の不均衡を解決するには、まず国内の不均衡を是正する必要があります。たとえば米国では、縮小傾向にはあるものの数年で拡大した財政赤字と、家計における消費過剰、投資・貯蓄の不足が不均衡の源になっています。為替でこれらの問題をすべて解決するのは困難です。

持続的発展が求められる中国経済

中国経済の健全な発展は世界経済、特に日本経済にとって重要な課題です。

中国経済は投資や輸出に偏った成長パターンを示しています。製造業が著しく発展し、毎年新日鉄1社ができる程の粗鋼生産量の伸びを示しています。人民元は2005年以降緩やかな切り上げが行なわれていますが、経常収支不均衡を是正するまでには及んでいません。1兆ドルを超えた外貨準備高の増加は国内通貨供給量の増加を招き、地価、株価の急騰につながります。こうしたバブル的な状況を是正し、消費を拡大しない限り、中国が持続的に成長することは難しいでしょう。

高所得者層の消費性向は中間層、低所得層の消費性向よりも低いため、中国で消費を拡大するには、より消費力が強い中間層を拡大する必要があります。将来不安を呼び起こし消費を抑制する医療・福祉への不安を解消する取り組みも必要です。

そこで中国は格差の少ない調和型社会の実現を政策優先課題に掲げ、地方政府への財政移転や、農業・農村・農民問題への対応を図っています。ただ、こうした取り組みも絶対的水準としてはまだまだ不足しています。また、個人所得には5-45%の累進課税が課されますが、所得階層で上位から10%の水準に当たる年収50万円弱の人口では、課税所得控除等により限界税率が10%程度となり累進性が殆ど機能していないため、中国経済が持続的発展を遂げるには個人所得税制のさらなる見直しが必要です。保健・福祉関連支出にも拡充の余地があります。資源・環境・エネルギー問題への対応も持続的成長への課題です。日本はこの分野の先進国なので、中国との協力を進めていきたいと考えています。

高成長を遂げるインド経済

インド経済はサービス業を中心に、内需が牽引する形で成長しています。消費支出、耐久消費財の所持率は年々増加しています。生産年齢人口率は高く、人口拡大は2030年代まで続くと予測されています。このように市場としての魅力が増すインドへは、我が国からも自動車産業、家電産業、化学産業の展開が進んでいます。今後はインフラ、法制、外資受入条件等を整備する必要があります。知的財産保護の問題は中国のように大きな問題にはなっていません。

インド市場での日本企業の課題は、第1に市場の獲得です。地理的な不利を解消するために、製品構成を考え、東南アジア諸国連合(ASEAN)の拠点を活用しながらインド市場の攻略を狙う日本企業も現れています。日本政府はインドとの関係強化を図り、「デリー・ムンバイ産業大動脈」という産業地帯の構築に協力を提供しています。

東アジアネットワークの拡大と深化

東アジアの実質GDP対世界シェアは拡大し、世界の自動車の37%、デジタルカメラの100%は東アジアで生産されています。また、自動車や輸入家電の購買層とされる年収3000ドル以上の層が東アジアでは近年急速に拡大し、市場としての重要性が高まっています。

北米自由貿易協定(NAFTA)の域内貿易率がアジアからの輸入増で下がる一方、東アジアの域内貿易率はNAFTAを上回る56%に達しています。60%を超える欧州連合(EU)には満たないものの、EUが関税同盟を形成したり、単一市場を提唱した時期と比較すると、域内貿易比率で見た東アジア域内経済の一体化は当時のEUを上回る段階にあるともいえます。

東アジアでは完成財の2倍程度の中間財を貿易しています。品目別ではモジュール化された電気・電子関係の部品貿易を中心に域内の一体化を進めています。そうした東アジアにあって、日本は国内生産を高付加価値の部品や製品に特化し、最終組立や汎用品の生産を東アジアの他国にゆだねることが可能となっています。あるいは、最終工程まで国内で担えば不可能であった規模の生産が、作業を分担することで可能となっています。

かつては日本や新興工業経済地域(NIEs)が供給する基幹部素材を中国やASEANが加工し、先進国に輸出するという三角形の貿易でアジアが発展しているといわれていました。近年はこれに加え部品貿易が活発になっています。中国で調達活動をしている日系企業の約3割はASEANから部品を調達しています。ASEANで調達活動をしている日系企業の約4割は立地国以外のASEANから部品を調達し、同じく約4割の企業は中国から部品を調達しています。三角貿易が深化する過程で、現地調達の活発化からさらに一段階進み、アジアで生産された部品が貿易財になる状況へと変化しつつあるようです。

貿易内訳をみると財により性格は異なり、たとえば輸送用機械の部品は日本からの輸出が、減少傾向にはあるものの、貿易の過半を占めています。一方、家庭用電気機器の部品は中国が最大の輸出国です。このように東アジア経済では、工程間分業が大きく進むとともに、部品の性格や品質に応じて生産者が異なる点が特徴的です。

経済連携協定(EPA)の締結やASEAN自由貿易地域(AFTA)の形成が進む中で市場の一体化が進んできました。市場の一体化を生かした部素材調達体制のみならず製品供給体制の構築も進みつつあり、国ごとに工場を作る代わりに1つの国で大規模に生産し、規模のメリットを活かしながら域内に供給する形へと企業の活動形態は変化しています。

また、日本企業は研究開発拠点の東アジアへの展開も進めています。基礎研究拠点は日本に立地する例が依然多いものの、現地市場・生産現場のニーズに応じた設計や、調達部品の特性を踏まえた設計をするために、特に開発部門をアジアに展開する例が増えています。

物流インフラの整備も進み、物流会社と日本貿易振興機構(JETRO)の協力により、Just In Timeの要求に応えられる東アジア物流網を実現すべく取り組みが進められています。こういった面でも東アジアの一体化は進んでいます。

東アジアへの進出が国内産業の空洞化を招くと懸念された時期もありますが、企業アンケート結果では、東アジアに進出することで国内の生産額、雇用、雇用者1人当たりの付加価値生産額、収益性はいずれも向上したという回答が多くなっています。市場の一体化で規模の拡大が実現できた点や、棲み分けにより高付加価値品の生産に特化できた点がこうしたプラスの効果をもたらしたと考えられます。

今後、世界経済ではBRICs市場やVISTA市場、ネクスト11市場が拡大すると予想されます。そうした市場でどれだけのシェアを獲得できるかが各国企業にとって死活的な課題になります。日本は最先端の製品を開発するだけでなく、これらの市場で求められる商品の開発を進め、現地の技術レベルや賃金水準に合わせた生産体系を確立する必要があります。そういった意味でも東アジアは新興国市場に先駆けた実践の場として、日本企業にとってイノベーションの源となります。

我が国サービス産業の競争力強化とグローバル展開

生産や雇用でサービス産業のウエイトは世界各国で高まり、各国経済のサービス化が進展しています。その中で、2004年の世界の対外直接投資残高のうち、サービス産業の割合は66%にまで高まってきており、世界の、特に欧米のサービス産業はローカル産業からグローバル産業へ変化しています。しかし日本ではサービス産業のグローバル展開が大きく後れています。2004年のサービス産業による対外直接投資残高をみると、日本はEUの30分の1にすぎません。

欧米のサービス産業のグローバル展開の要因の1つは、ITを活用することで地域密着性に依存しない競争力を獲得した点にあります。日本のサービス産業がグローバル化するためには、欧米に匹敵する高い生産性を実現すべく、とりわけ労働生産性の上昇率を高めることが必要で、そのために、ITの資本蓄積を急ぐことが重要です。

2001~2004年のサービス産業の拡大を労働生産性と労働投入量の上昇率でみると、プラスの値を示している業種は半数程度です。労働投入量の上昇率が高まっている業種でも、人海戦術的に雇用を増やしているため、労働生産性の上昇率はマイナスの値を示しています。国際競争力を高める形で産業が成長しているとはいえません。

企業内のみならず取引先との関係までを含めた全体の最適化を実現させるようなITの活用が労働生産性改善の鍵を握ります。必要となるソフトウェアへのIT投資も重要です。新規参入もサービス産業活性化には重要です。加えて、人材育成やスキル標準の策定、顧客満足度を客観視する指標の作成等でサービス産業の競争力強化、国際展開をしっかりと進めていくことが重要です。

オープンかつシームレスな経済システムの構築に向けて

日本の現在の貿易額は戦後最大であり、GDPの約16%を輸出しています。1980年代半ばまでは資源エネルギーの輸入が全体の6割を占めていたが、最近はその比率が3割まで減少する一方、機械輸入などが増えそれをさらに加工して輸出するケースも出てきている。強い産業をさらに強化し、不得意な品目は輸入で補う。日本全体としての生産性はこうした産業構成の入れ替えで高めることができます。貿易はこの点で重要な役割を果たしますが、先進諸国と比較すると日本の貿易はまだまだ拡大できる段階にあります。

政策的取り組みとして、世界の自由化にはやはり世界貿易機関(WTO)ドーハラウンドの取り組みが重要です。自由貿易協定(FTA)を二国間で締結してしまうと多国間で関税を引き下げるインセンティブが無くなるのではないかとの議論はありますが、実際は中南米等をみても自由化に対する各国の方針はFTA交渉が進むことで前向きになっています。日本政府は米国、EUを含め、大市場国、投資先国等とのEPA、FTAを「将来の課題として検討し」、「可能な国・地域から準備を進めていく」としています。二国間投資協定締結国数も拡大していきたいと考えています。

EUやNAFTAと比較すると桁違いに大きい東アジアの経済格差を是正するために、政策提言等を行なうことも持続的成長の課題です。人材確保の面では、留学生等アジアの優れた人材が日本で活躍できる道筋を作る必要があります。また、トップセールスや日本ブランド等、日本の利点を世界に向けてきちんと発信していく必要があります。

質疑応答

Q:

日米FTAを締結するとして日本にとっての障害は何ですか。また、米国は日本とのFTAをどのように捉えていますか。米中FTA締結の可能性についてもお聞かせください。

A:

まずは日本国内、政府内で日米FTAに関するコンセンサスを形成する必要があります。EUを例に考えると、EUは家電に14%、自動車に10%の関税を掛けていますが、日本企業はこうした製品を無税でEUに輸出できる韓国企業と競争しなければならず、圧倒的に不利な状況に立たされています。しかし日本は国内調整をしなければならず、そうした調整を早急にすることが課題の1つです。

米国との関係では現在ファストトラックの権限が切れていますが、WTO同様、FTAについてもファストトラック権限があることが採決時の重要な条件になると考えています。FTAの必要性は日米財界人会議でも認識されているところです。

米中間ですぐにFTA締結交渉協議が始まることはないと思います。

Q:

米印関係はどの程度密接ですか。また、ドルが急下落した場合、中国やインドの経済はどのような影響を受けますか。

A:

インドの経済成長は内需に牽引される部分が大きく、米国企業のアウトソーシングがインド経済を大きく牽引しているとはいい切れません。

ドルが下落した場合は、アジアだけでなく世界経済が大きな影響を受けます。各国はデカップリングを進め、米国経済に依存しない体制が構築されつつありますが、これがどの程度の効果を発揮するかは未知数です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。