機関投資家の行動バイアスとファンド・マネージャーのインセンティブ

開催日 2007年7月9日
スピーカー 首藤 惠 (早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授)
モデレータ 小宮 義則 (経済産業省経済産業政策局産業資金課長)

議事録

問題意識と背景

資産運用が自由化された日本では1990年代に入って運用を巡る競争が激化し、さまざまな問題が浮き彫りとなってきました。ある種の状況下では資産運用の本来の目的から逸れた行動をとることがファンドマネジャーにとっては合理的な行動となり、評価に対する心理的プレッシャーがファンドマネジャーの行動に歪みを生じさせるようになった、というのもそうした問題の1つです。運用機関と系列金融機関の関係が非常に強いため、運用機関内部での経営とファンドマネジャーの関係がファンドマネジャーの行動に非常に強い影響を与えるという問題もあります。

ファンドマネジャーのインセンティブ構造は資産運用を考える上で非常に重要となります。インセンティブ問題には、一時しのぎの運用パフォーマンス向上を狙ったwindow dressing、都合のよい情報だけを提供するself-marketing、非難を回避し、目立たないようにするためのcoordinated behaviorなどがあります。こうした問題は、近視眼的行動(myopic bias)、群れ現象(herding)、過度のリスク・損失回避(risk-aversion)という歪みをファンドマネジャーの行動にもたらします。

資産運用への行動ファイナンスアプローチ

機関投資家と顧客の間で情報の非対称性が生じています。こうした情報格差は投資家の意思決定に時間的制約をかけ、合理性の枠を狭めることになります。そうなると、心理的要因(自信過剰、自信不足、成功体験、後悔回避等)や社会的要因(周囲の目、社内の人間関係、センチメント、認知不協和の回避等)により情報選別や簡便的意思決定が起こりやすくなります。結果として、状況によって選好が変化したり、その場しのぎの行動をとったり、他者の視線に過敏になったり、投資利益を得た後にリスク許容度を上昇させたり、といったような行動の歪みが観察されるようになります。

顧客のプレッシャーとファンドマネジャーの行動バイアス

顧客による頻繁なパフォーマンスチェックは資産運用の短期化につながります。顧客からのプレッシャーを感じるファンドマネジャーは、プレッシャー軽減や評判リスク回避のためにトレンドに従ったり、競争者が参照するのと類似の情報源を利用したりしがちになります。顧客との情報の非対称性の下で一時しのぎのパフォーマンス改善やリスク回避を図る可能性も生じます。

こうしたファンドマネジャーの行動バイアスを日米独で調査したところ、3カ国の回答結果に興味深い違いが見られました。たとえば、「投資の個人的な予測期間」は日本の場合は極めて短期でしたが、米国は長期で、ドイツは日米の中間という結果が出ています。これは、市場ベース型システムでは非常にmyopicなバイアスがかかりやすいとの従来の考えとはまったく逆の結果です。顧客からのプレッシャーへの強度については、日本は極端に弱く、米独では差はなくプレッシャーには強い結果が現れています。日本のファンドマネジャーはトレンドに肯定的ですが、米国は完全に否定的で、ドイツはその中間というのも興味深い結果です。

国際比較分析の主要な結果をまとめると以下のようになります。

(1) 短期投資視野、群れ行動については、日独は米国のファンドマネジャーより有意にバイアスが大きい。
(2) 短期投資視野、群れ行動、リスク回避バイアスのいずれについても、他の2国より日本のファンドマネジャーは有意にバイアスが大きく、顧客のプレッシャーに弱い。
(3) 3カ国を通じて、経験を積んだファンドマネジャーはバイアスが小さい。

ファンドマネジャーのインセンティブ構造

国際比較分析の結果、日本のファンドマネジャーは系列金融機関や母体企業からのプレッシャーといった特殊な問題を抱えているのではないか、ファンドマネジャーの専門家としての能力と、能力の評価に問題があるのではないかとの疑問がわき起こりました。そこで運用機関の経営組織の問題に焦点を当て、インセンティブ構造を報酬体系(エクスプリシットインセンティブ)とキャリアパス(インプリシットインセンティブ)の2つに分け、分析を試みました。

運用努力と行動バイアスの関係

分析の結果、労働時間やリサーチ時間が長い程、投資視野は長期化することが明らかになりました。群れ現象については、努力水準が大きい程、情報処理の他人依存効果や公開情報への依存度は低下し、ハーディングが抑制されています。リスク回避バイアスについては、リサーチ時間が長い程、よりアクティブな投資スタイルを選好する、すなわち、より積極的にリスクをとるようになっています。損失回避や利益確定を選好する傾向も縮小しています。

実証結果は運用努力の上昇が行動バイアスの縮小につながることを示しています。

インセンティブ報酬と行動バイアスの関係

賞与比率が高い程、また、ストックオプションが導入されていない場合程、労働時間が長くなることがわかりました。ですので、賞与は時間投入で見たファンドマネジャーの運用努力を引き出すという点では非常に大きなインセンティブとなります。賞与と絶対収益評価の関係が小さい程、より大きな努力を投下するというのも興味深い点です。運用成績評価への不満が大きい程、労働時間やリサーチ時間は長くなっています。

こうした点から、現行の賞与制度は過剰努力を生み出し、動機付けとしては不十分なのではないかという疑問が生じ、運用成績の評価基準を再考する必要が導き出されます。

雇用・昇進と行動バイアスの関係

年契約だとリサーチ時間は長くなりますが、終身雇用の場合は努力水準との関連は見られません。終身雇用と内部昇進制はファンドマネジャーの群れ行動を招き、運用努力を引き下げるとの仮説は棄却されています。また、運用成績とキャリアコンサーンを結びつける制度は保身を招き、運用努力を引き下げるという仮説は棄却されないという実証結果が得られています。

運用成績をキャリアコンサーンに結びつける制度には問題がありますが、終身雇用は努力水準を引き下げるとはいえません。ここでは、インセンティブ供与を目的とする雇用形態・雇用契約の多様化が必要なのではないかとの問題提起を行ないたいと思います。

個人属性と行動バイアスの関係

経験と実績の乏しいファンドマネジャー程、情報処理の他人依存効果は強く、顧客の要請に応じやすく、視野は短期化する傾向が強く見られました。学歴や地位が高い程、行動の歪みが小さくなることも明らかになりました。

ここでは、経験や専門能力の不足が行動の歪みを増幅している可能性が問題点として挙げられます。また、経験や専門能力に対する評価が不十分なのではないかとの結論も導き出せます。

我が国資産運用産業の課題

行動バイアスを縮小するには、ファンドマネジャーの運用努力を引き上げる組織内部のインセンティブ構造に注目すべきです。短期的には、成績評価と連動するインセンティブ報酬の再検討が必要です。長期的には、専門能力・技能の育成、処遇の再検討が必要です。

そのためには、資産運用機関の経営独立性の問題を解決し、高度専門能力を機軸とした内部組織体制を整備する必要があるでしょう。資産運用代理人として果たすべき機能や、何に対して報酬を受けているのかを意識するプロフェッショナリズムを育成し、ファンドマネジャーに専門家としての認識形成を促す必要もあります。

日本では機関投資家に対して株主としての行動を求める動きが明確に出ています。それにより、機関投資家に対するプレッシャーも大きくなり、運用ビジネスの競争も激化しています。こうしたプレッシャーの下で機関投資家は評判に過敏になり、資産運用行動に歪みが生じる結果となっています。機関投資家のガバナンス行動に関するこれまでの議論では、ファンドマネジャーの専門能力やファンドマネージメントの独立性を重視する見方が欠けてきたというのは、重要なインプリケーションです。

質疑応答

Q:

現在の日本市場の仕組みを変えるきっかけは誰がどのようにつくるのでしょうか。公的な意味での関心がきっかけになるのでしょうか。財政的取り組みへの示唆も含めお考えをお聞かせください。

A:

機関投資家が市場の中心的プレイヤーになる中で問題となるのは、機関投資家のパフォーマンスをきちんと評価できる依頼人がどれだけいるのかという点です。政策的視点からは、成熟に向け機関投資家を育成する制度的仕組みが整備されなかったことに現在の問題の原因はあると考えています。金融商品取引法でも自由化の最終段階になってようやくルールが導入されていますが、ルールは最初に設定しておくべきだったのではないでしょうか。情報提供方法や運用方法を含め機関投資家の行動に関するルールを定め、きちんとモニタリングしていく必要があると思います。

Q:

日本の資産運用産業へのインプリケーションとして「内部インセンティブ構造に注目すべき」とありましたが、賞与水準と運用成果が必ずしも連動しない中で、内部インセンティブは具体的にどのように改善できるのでしょうか。

A:

短期的視点からパフォーマンスを報酬に結びつけるよりも、より長期的に、ファンドマネジャーがどういった戦略をとり、戦略を実施する過程でどういった成果を挙げたかといった、運用行動自体の評価をインセンシティブ報酬に組み込むべきではないかと考えます。重要なのは長期の行動をどう評価するかです。そうした評価をするには、経営の側にもある程度の我慢は求められるでしょう。運用機関の経営の独立性はここでも重要となります。

Q:

ご指摘にあった課題を運用機関で克服していくには、何らかの圧力や働きかけが必要になると思います。当面、何が必要なのでしょうか。次の一手についてお考えをお聞かせください。

A:

今回の分析結果は多くの運用機関が同意するところで、問題は問題として認識されているようですし、問題解決に取り組む姿勢は示されています。こうした姿勢は外資系運用機関でさらに鮮明になっています。よって、外資系を含めた運用機関の多様化を進めることが問題解決の1つの方法になると思います。

私はむしろマーケットで問題が解決されることに期待しています。長期資産運用に税制優遇措置を講じるのも1つの方法だと思いますし、実際、そうした措置を求める声は運用業界や証券業界でも強まっています。1970年代から個人の資産形成に対する特別税制措置を講じてきたドイツでは、1990年代後半から投資信託が大きく伸びました。

日本の根本的な問題は、金融ビジネスの社会的・経済的機能と専門性に対する認識が金融業界全体で低いという点です。金融ビジネスは本来、非常に高度な知識と技術をベースとしたサービスで成り立っています。しかしそうしたサービスの質を向上させる競争はあまり行なわれていませんし、サービスの評価もきちんとなされていません。この根本的問題に関する認識を広げていくことが問題解決につながると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。