日本を強くする~産官学協業による新産業創出のすすめ(日本ゼオンの新規事業とMOT)

開催日 2006年11月2日
スピーカー 山崎 正宏 (日本ゼオン株式会社代表取締役専務)
モデレータ 安居 徹 (経済産業省製造産業局化学課機能性化学品室長)/ 田尻 貴裕 (経済産業省製造産業局化学課課長補佐)
ダウンロード/関連リンク

議事録

日本の材料産業の強み

本日は、「日本の高度部材産業の強み」と「産官学協業の有力性」を軸に話を進めていきます。「新しい産業の創出」、「ユビキタス社会の到来」、「パラダイムシフト」といった観点から特に産官学協業を重視しています。

日本の化学産業は2004年度の付加価値額が17.2兆円となり、製造業全体の17%を占める第1位の業界となっています。液晶用の主要材料(ガラス等を含む)の日本企業シェアは2004年で62%、2002年で70%であり、急成長市場で日本企業がこれほどのシェアを有しているのはオイルショックを生き抜いた日本の化学産業の強さの証明にほかならないと思います。半導体材料に関しては、2002年、2004年時点で日本企業が72%強のシェアを持っています。川上ではシェアが70%ありますが、川下では25%しかないので、是非がんばって欲しいところです。パラダイムシフトは2011年に迫っています。したがって、この川下部分を強化すれば、国内でかなり大きな仕事ができるのではと思っています。

日本ゼオンの紹介

日本ゼオンは1950年、米国からの技術導入でスタートした合成ゴムと塩化ビニルの会社です。塩化ビニル事業は2000年に撤退しましたが合成ゴムは健在です。とりわけ特殊ゴムでは世界一と考えています。

ゼオンでは1973年のオイルショック時、「技術は導入技術。資本規模も小さく、石油も無い。中小規模の日本の化学会社、日本ゼオンに未来はあるか」といった危機感の下、私を含めた3人の研究員が新規事業の模索を命じられました。新規事業が赤字を垂れ流し続け、紆余曲折の後1994年に独創的技術に特化する方針に転換しました。1994年に研究所所長に就任した後、経営から研究所の信頼を得るために、私が最初に取り組んだのが経営戦略と事業戦略の一体化でした。

ゼオンの基本的事業戦略は、世界一のシェアをもつ特殊合成ゴム事業中心にした素材事業を基盤事業とし収益を安定的に確保するためより強化する一方で、そこから得たキャッシュを新規事業に投資し、独創的技術で高付加価値製品を作り飛躍することです。

これまでに独創的技術にもとづく世界一といわれる製品がいくつか育っています。たとえば、特殊合成ゴム「ゼットポール」(エンジン用タイミングベルト)では世界で70%のシェアを握っています。ゼオンのみが供給するC5F8半導体製造用エッチングガス「ゼオローラ」では世界で100%のシェアを握っています。また、化粧品、食品、香水等に使われる石油由来合成香料「青葉アルコール」では世界の80%のシェアを握っています。最近始めたばかりの事業、重合法トナーも今後のカラートナー化に伴い需要が高まると考えスタートしています。液晶画面を綺麗に見せる機能を持つ光学フィルム、ゼオノアフィルムも新しい提案技術で短期間で大きなマーケットを持つにいたっています。カメラ付携帯電話のカメラレンズ用光学樹脂ゼオネックスも圧倒的シェアを持っています。

新規事業の歩み

ゼオンの新規事業は2000年に初めてトータルで黒字になりました。それから着実に利益が増加し、現在では新規事業と既存事業はほぼ同じ規模になってきています。これにより全体の営業利益も最高益を更新しつつ順調に伸びています。しかし日本ゼオンで研究所が経営・事業側から真に信頼を受けるようになったのは光学フィルム成功した2003年以降のことで、それまでは研究所は「カネばかり食って何も生み出さない」とするような風潮がありました。

ゼオンの新規事業開発の原点は合成ゴムの原料を抽出するプラントから出てくる化成成分(副生成物)を有効利用することにあります。すなわち基盤事業の利益性を強化し拡大することにありました。新規事業は2000年に初めて黒字化しましたが、それまでに400億を超える累積赤字を計上しました。ようやく今年度で累積赤字が解消しプラスになる状況です。

2000年に初めて黒字化した新規事業については、研究開始から黒字化までに平均12年弱を要しています。上市(製品化)までに6年弱、それから黒字化までに更に6年を要したことになります。今の時代ではよりスピーディな研究開発が求められることから、ゼオンでは以下の4つの方法で開発をスピードアップしています。

研究開発のスピード化

1つ目はテーマの誤りない選択です。そのためには未来の市場、未来の製品像を考え、そこで必要となる材料を開発する視点から研究テーマを選定することです。2つ目は、世界一の技術者との協業、または外部からの技術者の招聘です。3つ目は、素材開発の際にまず工場を新設し、生産機を使って24時間体制で開発する方法です。リスクは大きいですが非常に短期間での開発が可能となります。この方法だと、開発段階で生産プロセスや機械設備のバグ取り、オペレーターの教育訓練も完了しています。更に重要なことに、オペレーターが自ら製品開発に携わった誇りと自信を持つようになり、仕事に対する愛着が高まります。光学フィルムについては、2000年6月にフィルム工場の建設に着工し、2001年12月に完成、2002年10月に上市をして翌年4月には増設を始めています。これは私たちが一番工夫したスピードアップ法です。通常、こうした判断は経営にしかできないので、ここで経営戦略と研究開発戦略を一体化したゼオンの強みが発揮できます。4つ目は産官学協業です。特に、新しい材料では新しい装置や新しい製造プロセスが必要となります。さらに、理論に裏付けられた科学的根拠も必要となります。となると企業1社では不可能なので、産官学協業が必須となるというのが基本的考え方です。

日本ゼオンの事例では、産官学協業を採用すれば、新規事業の黒字化までの年数(平均12年弱)が6年強に短縮されます。研究開始から上市までの年数は6年弱と同じですが、上市から黒字化までの年数が圧倒的に短くなり、1年でほとんど黒字化します。これだけ短期間で黒字化できるのは、最終ユーザーさんと当初から一緒に開発し、かつそれだけ世の中に価値を認めてもらう高付加価値製品としての上市が可能となるからです。これこそが産官学協業の価値であり、ゼオン成功の基礎となっています。

最近の「ゼオマック」(Low-k材料)の開発の例で見ると、最終ユーザーを含め24社がご一緒に私どもの新しい材料を使いこなす設備装置や新しい製造プロセスを開発していただき、東北大学大見研では新しい材料の良さを示す理論的裏付けデーターを示していただいています。このように日本の強みである高機能材料を使いこなす事業とすべく産官学協業を実施すれば日本全体の強みになると考えています。


「なぜゼオンは確立高く、国家プロジェクトの中で新事業開発を成功させているのか」とよく聞かれますが、秘訣は研究所ではなく、研究戦略と経営開発戦略を一体化する中で、東北大学大見忠弘教授の理論的ご指導を受け、かつゼオンの材料を実用化していただく産官学協業にあります。新しい材料にはそれを使いこなす新しい装置、プロセス、理論の裏付けが要るという認識の下、未来社会のパラダイムに合致したテーマを選定し、パラダイムを誤りなく判断し、自社不足技術を充足するために大見先生のような世界一の技術者や、先生の下に集うこころざしを同じくする多数の企業・研究機関の力を借りる――そして最終的には国のプロジェクトとして事業を成り立たせていただく、だから国家プロジェクトで成功する確率が高いのです。

イノベーションとパラダイムシフト~ゼオンのMOT

1973年にオイルショックが起きて以来、手探りで新しい事業を模索してきました。そこで、イノベーションが新産業を創出する周期が50~70年であると紹介した本にめぐり合いました。私はこの本を読んで、21世紀には何が起こるのかという視点を初めて持つようになりました。1986年にマサチューセッツ工科大学のMOT(Management of Technology)講座で最初に手にした本でも、イノベーションが新産業を起こすと論じられていました。こうした経緯もあって、私はイノベーションと新産業創出のつながりに確信を持つようになりました。

パラダイムシフトとライフサイクルについても理解を新たにしました。たとえば、テレビではブラウン管から液晶やプラズマディスプレイ(PDP)へと変わっています。あれだけのブランド力を誇ったソニーも現在では液晶は自社製造していません。パラダイムシフトにより創造的破壊が起き、それに追従できない企業や産業、事業は衰退します。そこで最も重要となるのが「21世紀に何が起こるのか」という視点、すなわち先見性です。先見性があれば5年で世界一になることも可能です。「先見」とは先が見えない不確実性の中から富を生み出すことを指し、そこに我々の価値があると考えます。ゼオンのMOTとは経営戦略と技術開発戦略の一体化です。ゼオンではこれら戦略の一体化を強化すべく、社長以下経営陣(各事業部長、生産技術長)が毎月研究所を訪問し、それぞれのテーマの進捗を議論する取り組みを1994年から続けています。経営側が技術を理解すれば、投資先や人材・資源の配分に関する決定もはかどります。

ゼオンでは未来を予見し夢を実現させる手法としてNEDOにより報告された「ロードマップ」(未来社会の新市場や新製品、新製品を製造するのに必要となる技術を予測)を採用した研究開発が進められています。100年後に実現すると思われた技術のほとんどが50年後には実現していることからも、現実の技術の進歩が想像以上に速いことがわかります。だからこそ、先を見て研究開発することはますます重要となります。

ユビキタス社会に向けて

研究開発のスピードが結果的に勝負を決めます。21世紀のパラダイムシフトに対応するにはスピードが鍵となります。そしてスピードを手にするには未来を見つめた産官学協業が最善策となります。ゼオンでは研究開発で得たデータをすべて公開して指導を仰ぐようにしています。

通信・情報家電、スーパー・ブロードバンド・ネットワークはまもなく実用化され、ユビキタス社会の到来、パラダイムシフトは間近に迫っています。こうした状況で、高速・大容量の情報のやり取りに必須な材料をいま、開発・実用化できれば日本は勝てると考えています。ところが半導体売上高に目を向けると、日本の大手家電メーカー10社の純利益が外国企業1社にも及ばないさびしい状況です。低消費電力・超高性能半導体集積回路と双方向大容量情報の低消費電力・高速伝送手段の分野で日本の材料・部材産業の強さを活かし、新材料を積極的に採用しながら外国製品との差別化を図れば、パラダイムシフトが起きるユビキタス社会で勝利を手にできると信じます。日本企業には新しい材料を世界に先駆けて採用するリスクテイカーであって欲しいと考えています。しかし残念なことに、新材料を最優先で採用しているのは米国の企業です。

強調したいのは次の点です。(1)新事業を継続して創出できない会社は衰退する。(2)技術の進歩は想像より遙かに早い。(3)技術、製品、事業、企業、産業にはライフサイクルがある。(4)パラダイムシフトにより創造的破壊が起こる。(5)技術の方向はトップダウンで決断する必要がある(周囲が賛同するときは「時既に遅し」)。(6)経営戦略と研究開発戦略が一体となった技術経営が必要。日本は産官学協業によるイノベーションで生きる国であって欲しいというのが私の願いです。

ゼオンでは現在、工場の立て直しを進めています。自動車の世界では世界に誇る「トヨタ方式」が有名ですが、ゼオンも化学の世界でそういったものを確立し、地域に生きる工場に立脚した企業でありたいと考えています。

質疑応答

Q:

技術力を有する国内の中小企業にはどのような期待をされますか。また、こうした中小企業が連携先、協業先を探すのは容易ですか。

A:

得意な技術を持つメーカーはいずれも特異な形で事業展開しているようです。特に装置産業ではそうだと思います。
提携先を自力で探すのは困難ですので、産官学連携を軸とした提携を組むのが主となります。ゼオンの主要提携先である東北大学の未来科学技術共同センター 大見忠弘教授の周辺には、多くの志を同じくする企業が集まっているので、その中から事業に応じて提携先を選択することができています。

Q:

産官学連携において重要なのは開発のスピード化ですか。それとも自分の気付かなかったところに気付かせてくれる点ですか。あるいはその両方ですか。また、「パラダイムのシフトが見える」というのは実感として強く予見できていることですか。その実感は産官学連携を通じて得られた情報に基づくものですか。

A:

最初のご質問については、両方です。
パラダイムシフトの予見については、連携を進めることで理論的裏付けができるようになります。連携の良さは、自分たちにない資源(知恵、人材)を提供してもらえる点にあります。また、国の役に立つことが判明すれば、国家プロジェクトとして推進してもらえるのも利点です。
「パラダイムシフトが見える」というのは、かつては「この技術で何が起こるのか」といったものだったのですが、今では市場規模や成長率から技術の動向を解説した書籍が数多く出ています。こうした情報を参照しながら、得意分野で何を、どのタイミングで行なうかを判断してゆくことが重要となります。

Q:

日本の大学は優れた指導的研究者を次々と輩出する状況にありますか。また、巨大企業での経営戦略と研究開発戦略の一体化はなかなか難しいと思います。日本企業の経営は技術を完全に取り込めていないようですが、この点でご意見があればお願いします。

A:

日本にも優秀な研究指導者は数多くいます。特に経済産業省の優秀な人材が事業や産業を興すようになれば、日本は強くなると個人的には考えています。
経営戦略と研究開発戦略の一体化の成否を左右するのは企業規模ではありません。日本の場合、経営陣はサラリーマンで、任期が4~6年と限られている点が問題となります。ゼオンの場合、たまたま存亡の危機感があったので、これまでの取り組みが実現できたのだと考えています。

Q:

産学連携で上市から黒字化までの時間が短縮できたとのことですが、大学との提携では技術的部分とマーケット的部分、どちらが強化されたとお考えですか。

A:

産官学協業では採用までの過程が一番時間を要します。しかし採用にあたっては製品としての評価も同時に行なわれるので、一旦採用が決まれば上市までの時間は短縮されます。

Q:

材料屋の観点から、自動車用の材料開発と情報通信関連の材料開発には違いはありますか。また、川下部分における日本企業の世界市場占有率の低下が懸念されていますが、メーカーは何を課題にすべきでしょうか。

A:

自動車産業の技術革新は比較的長い周期で起きています。材料の製品ライフは50年近くと非常に長いことから、材料業界としては長期的な事業展望を持てます。それに対し、情報通信関連の材料の製品ライフは10~15年程度です。
製品ライフが違えば投資規模等事業の進め方も異なります。成長規模と、成長がいつ起きるかの変曲点がわかれば、設備投資の適正規模や成長の限界を事前に予測できるようになります。

Q:

協業のプロデュースに企業側はどのように貢献すべきでしょうか。企業としてやるべきことは何でしょうか。

A:

企業は斬新かつ現実的なテーマを出すべきです。ほとんど実用化できる段階まで開発を進め、自分たちでそれなりに評価ができた材料になった段階で協業を持ちかけるのがベストでしょう。

Q:

高シェア製品で収益を確保するゼオンの経営スタイルは、企業規模を拡大しても成り立ちますか。

A:

独創的技術で作り上げた事業は競合が存在しないことから非常に高いシェアがとれます。しかし事業規模は小さいのが普通です。したがって、市場シェアが高いことが必ずしも付加価値が高いことを意味するとは限りません。ゼオンとしては、独創的技術に基づいて技術立国の道を進み、規模や市場シェアはあまり意識しない考えです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。