ワークライフバランスと管理職の役割:制度から運用へ

開催日 2006年10月30日
スピーカー 佐藤 博樹 (東京大学社会科学研究所教授)
モデレータ 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター兼研究調整副ディレクター)
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議事録

企業が働き方の見直しを行って社員の仕事、そして仕事以外の子育てなどの生活の両立ができるようにする、言い換えれば企業経営にワークライフバランス、両立支援の施策をしっかり取り入れることが重要、というのが佐藤氏の持論。両立支援は、優秀な人材を確保し、働く意欲を高めて能力向上につながるだけでなく、職場の生産性向上にも貢献するという意味で「新しい労働条件」、「新しい報酬」となっている、と佐藤氏は力説する。

企業の現場ではワークライフコンフリクトがまだまだ多い

佐藤氏によると、ワークライフバランスとは単に仕事とプライベートのバランスをとることではなく、ワークライフコンフリクトがない状態をさす。働き方を含めた価値観が多様化した結果、仕事以外にもやりたいこと、やらなければならないことのある人が増えてきたが、会社や上司から期待される仕事の仕方をすると、結果的に子育てなど自分のやりたいことが出来ない状態であるワークコンフリクトが生じやすい状況が増加している、という。

両立支援は企業にとっての「新しい労働条件」「新しい報酬」

調査によれば、日本は国際的にみても、働きながら子育てしにくい国になっていることが明らかになっている。だが佐藤氏は、両立支援が少子化対策のためだとすると、出生率が回復したら両立支援をやめてもよいことになるが、そうではなく、企業がいま取り組むべき施策は、社員に対し、仕事と仕事以外の生活の両立を支援することだと語る。氏によると、両立支援の環境をつくることは、福利厚生の充実のためではなく人材開発、そしていい人材を確保し、意欲的に仕事に取り組んでもらうために必要であり、企業にとって「新しい労働条件」であると同時に、社員に対する「新しい報酬」となる、という。

社員の仕事と両立させる「生活」は子育て以外に介護、自己啓発なども

その際、佐藤氏は「両立支援」は、社員の仕事、社員の生活の両立が可能になるような支援であることに留意が必要。その場合の社員の生活というのは、単に子育てだけでなく介護、社会人大学院への通学など自己啓発の活動、さらに地域社会への貢献活動なども含まれる、と述べた。

中堅社員の育児休業を直接代替できない難しさ、管理職の役割が重要に

次に佐藤氏は、育児・介護休業法が制定されたにもかかわらず、妊娠・出産を契機とした女性の離職が減少していないデータをあげ、制度自体よりも制度が運用されるような環境を作ることの重要性を強調した。

たとえば、晩婚化・晩産化の結果、いま企業の現場で育児休業を取得するのは勤続8年ぐらいの中堅社員が多いが、それら中堅層の仕事を短期のバイトや派遣活用、さらには他部署の社員を異動させる「直接代替方式」は、職業能力や復帰後の問題を伴うため難しい。そこで、抜ける社員の業務を残ったスタッフが分担する「順送り方式」や「分担方式」が不可欠となるが、これがうまくいくためには、社員が日頃から仕事を重なり合って担当したり情報共有し、助け合い精神をはぐくむとともに、全体を見渡してムダな業務を省くというマネジメント面での取り組みがきわめて重要、という。また、育児休業は事前に予測可能なので、これに対処できるようにしておけば、突発的に社員が仕事ができなくなるような事態が起きてもリスク管理できるようになる。

こうして時間管理能力が高まって業務にメリハリが生まれれば、その職場の生産性も向上する、と佐藤氏は語った。

ホワイトカラーの働き方の見直しも必要に

こうした働き方は、製造の現場では工程内在庫を持たないことで、意識的に工程内の問題点を顕在化させて改善することが行われてきた、これに対して、「残業」という在庫を活用しがちなホワイトカラーでは、仕事の優先順位付けや時間投入の効率化を意識的に行う考えが希薄であった。

そこで、佐藤氏は、ホワイトカラーの働き方の見直し、つまり残業や休日出勤を前提にしないで、仕事の優先順位を考えて時間配分の自己管理を行うと同時に、管理職も率先して働き方の見直しを考えることが求められるという。

佐藤氏は、職場における男女の職域分離についても触れ、女性が職場で補助的な役割を果たしていた時代には両立支援がしやすかったが、これからは、男女の均等を確保し、かつ両立しやすい職場をめざさなくてはならないと指摘、そのためには、旧来型の男性モデルをベースにした働き方の見直しが不可欠だと語った。

少子化の背景には未婚化・晩婚化など結婚行動の変化が影響

また少子化対策に関して、政府や企業の取り組みは、出生行動に関するものが主体で、未婚化に関する施策が皆無に近いのが問題、と佐藤氏は述べる。

佐藤氏によると、出生率低下の原因の7割は未婚化、晩婚化で、それは職場での男女の出会いの減少にも起因しているという。男女間だけでなく、社員の社内・社外の人的ネットワークが狭くなっていることがこの背景にある。企業は、異性との出会いを目的とせずに、社内だけでなく社外を含めて社員の人的ネットワークの拡大を支援することが仕事上や人材育成上も必要という。このことは、結果として異性との出会いの機会を増やすことになる、という。

企業が長期有給休暇をとらせそれに対応する仕事の枠組み変更を

質疑で、制度的に自由な外資系企業に比べ日本企業では男性が育児休業をとれる風土にないが、どう事態の打開が考えられるか、という質問に対し、佐藤氏は、「時間の使い方など仕事の中身そのものを変えることが重要。その意味で、有給休暇をまとめてとることも一案。社員みんながまとめて、あるいは長期の有給休暇をとるようにすれば、仕事の仕組みを変えざるを得なくなる。企業もそういったことに向けての対応が必要だ」と答えた。

(2006年10月30日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。