政府債務の持続可能性と今後の財政運営:ワインスタイン論文を検証する

開催日 2006年4月28日
スピーカー 土居 丈朗 (RIETI前ファカルティフェロー/慶應義塾大学経済学部助教授)
モデレータ 小林 慶一郎 (RIETI研究員)
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議事録

経済財政諮問会議(議長・小泉純一郎首相)で歳出・歳入一体改革の議論が行われている中で、巨額の財政赤字を抱え債務の持続性が懸念される日本政府も純債務残高でみれば深刻な規模でなく十分に実現可能な税収の確保によって債務の持続性を維持できる、という米ブローダ&ワインスタイン論文が話題になっている。そこで慶応大学経済学部助教授でRIETIファカルティフェローとして「政府債務の持続性と公債管理政策の実証分析」に関わった土居氏が、その論文を検証しながら日本の財政運営の方向付けに関して報告した。

政府債務をグロスでなくネットで設定している点に問題

ブローダ&ワインスタイン論文は米国の2人の経済学者が2005年に発表したもの。

日本政府の債務持続性に関心を持つ両氏が、日本の国民経済計算体系(SNA)から財政の将来推計を行った。その結果、日本政府の債務残高をグロスではなくネットの純債務残高で見た場合、深刻な規模ではなく、しかも十分に実現可能な政府収入対GDP(国内総生産)比の水準を確保することによって、厳しいとみられていた政府債務も維持できる、と主張している。

この論文を根拠に、財政健全化は急務でない、との見解を述べる論者も出てきた。
土居氏は、「RIETIでもこの論文が話題になり、本当にそうだろうか、という議論になり、私も含めて政府債務の持続性と公債管理政策の実証分析を行うグループが出来た。そのグループで論文を検証したので、この場で結果報告したい」と述べた。

土居氏は、その際、両氏の論文に関して、政府債務をグロスではなくネットで設定していることや、直近の悪化した財政状態を十分に加味していないこと、人口推計のとり方に課題があることから、将来の財政負担に関して若干楽観的な結果になった――として、批判的に受け止めざるを得ない、と述べた。

土居氏によると、現在のグロスとネットの政府債務をめぐる議論で問題なのは、定義が混乱して整理されない状態で政府資産と債務の相殺の議論が行われていることだという。たとえば、財政投融資に関しては、SNAベースでは一般政府ではなく公的金融機関に属しており、この資産と負債は、そもそも一般政府のものに含まれていない。だから、財投債は資産、負債の双方の勘定に入っており相殺できる、とする議論もおかしい、という。

さらに、土居氏は「金融資産は、財政運営上年度間調整のバッファーとして持っているもので、売却収入を政府債務の返済財源として充てにすることを想定していない。だから、その分の資産を負債残高の相殺にも用いるべきでない」と指摘した。

将来の社会保障給付が明確でないなら一般政府債務はグロスで見るべき

また、土居氏は、「将来の社会保障給付を債務として明示的に認識しないならば、将来の財政負担と整合的な一般政府の債務規模は、グロスの政府債務の方が妥当である」、「社会保障基金が本来、債務と認識すべき将来の社会保障給付債務を、わが国では政府債務として計上していないため、積立金と相殺するにはこの分を負債にも計上すべき」と指摘した。

続いて、土居氏は、両氏の論文で政府収入の対GDP比率を35%程度にまで引き上げれば財政は持続可能だとしている点に関しても検証を行った。

土居氏によると、両氏は、実質成長率2%、利子率4%などいくつかの前提をおいての予測だが、その場合ネットでの政府債務の対GDP比率が最高でも160%強で、金融市場における公債消化に疑義を生じさせない水準だとしている。しかし、土居氏の検証結果では、人口推計の置き方等によって、財政を持続可能にする政府収入の対GDP比率は33.2%になるが、ネットでの政府債務の対GDP比率が最高290%にまで達し、しかも基礎的財政収支黒字の対GDP比率が10%を超える状態を20年間も維持しなければならない、という結果になっている。

土居氏は「これほど多くの基礎的財政収支黒字を長期間にわたって維持するのは政治的に相当な困難が予想され、その面でも両氏の論文で述べるほどには日本の将来の財政運営は楽観的ではない、と考える」と述べた。

政府債務を持続可能にするには相当程度の増税が必要に

土居氏は、今後の日本政府の債務の持続性を可能にする政府収入の対GDP比率の独自推計などをもとに、今後の財政運営に触れ、歳出抑制や消費税率の引き上げを含めた増税をどう考えればいいかについて言及した。

土居氏の推計結果によると、5年間増税を先送りした場合、その後の財政負担は政府収入対GDP比にして1%前後高くなり、これは消費税率に換算すると約2%ポイントの引き上げに相当する。消費税率のマクロ経済への影響は大きいので、増税を5年間先送ることで、その後100年近くに亘って消費税率の2%ポイント上積みを維持しなければならないのは割に合わないのではないかと土居氏は指摘した。

さらに、今後取り扱いが政治的な課題となる消費税率の引き上げを含めた増税に関して、土居氏は「政府債務を持続可能にするには、社会保障給付をマクロ指標に連動させて抑制する(高齢化修正GDPの伸びの範囲に抑える)ことができたとしても、政府収入の対GDP比率を36%前後にまで引き上げる必要がある。それを実現するには、90年代に減税した現行税制においては相当程度の増税が必要になることも強調しておかねばならない」と述べた。

(2006年4月28日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。