AMU:東アジアの為替政策協調をめざして

開催日 2005年10月17日
スピーカー 小川 英治 (RIETIファカルティフェロー/一橋大学大学院商学研究科教授)
モデレータ 桑原 哲 (RIETI上席研究員)
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議事録

東アジア通貨の現状

東アジア各国の為替制度をIMFの分類によって分けると、次のようになります。Free float(変動相場制)は日本、韓国、フィリピン。Managed float(管理フロート制)はインドネシア、シンガポール、タイ、カンボジア、ミャンマー、ラオス、ベトナム。本年7月22日からは、固定相場制だった中国とマレーシアも管理フロート制になりました。そしてCurrency board(カレンシー・ボード制)が香港、ブルネイです。こうして見ていくと、さまざまな為替制度が採用されていることが分かります。しかし、この分類は必ずしも実態を表していないと思います。

為替レートの動きは、現在全面的にドル安の傾向で、円/米ドルは2002年から円高になっています。米ドル/ユーロでもユーロ高です。韓国もウォン高、タイ・バーツは管理フロート制でも比較的変動性の高いほうなので、ドルに対して高くなっています。シンガポール・ドルは管理フロート制でもバスケット制を採用しているのですが、やはり対ドルは高くなっています。台湾・ドルも同じようで、フィリピン・ペソは財政赤字などの問題があり、変動相場制でも対ドルは安くなっていて、ちょっと特別な例です。インドネシア・ルピアも最近は対ドル高めに動いています。これらに対して、管理フロート制になる前のマレーシア・リンギット、人民元は変動なし、香港・ドルもほとんど変動なしです。

ドルへの固定相場(ドル・ペッグ)制だとドルと同じ動きをしますので、たとえば韓国・ウォンがドルに対して高くなれば、人民元に対しても高くなります。しかしそれは、韓国と中国の経済状況を反映しているわけではなく、為替制度の違いからきているので、問題ではないかと思います。

ちなみに日本は変動相場制だから全く介入していなかったかというと、そうではありません。2003年には大きな介入をしています。それでも円高は止まらなかったのですが、04年以後は介入していません。

ドルとの連動性

では、それぞれの通貨がどれぐらいドルと連動しているかを分析してみたいと思います(プレゼンテーション資料p18~26参照)。時期によってどの程度動いているかを見たいので、1999~2003年を四半期ごとに分けました。グラフの実線が推計値、点線が2倍の標準誤差をかけてプラス、マイナスしたものです。この幅はおおよそ95%の信頼区間とご理解ください。100が係数1ということです。

まず、タイ・バーツですが、1999~2002年まではドルとの連動はほぼ100%でしたが、02年に大きく下がり、それ以来ドルとの連動性が落ちているといえます。とはいえ、最近は70~80%ですから相対的には連動性が高いと思います。

同じようなことは他の国でもいえて、シンガポールは通貨バスケット制を採用していますが、だいたい80%くらいの連動性です。韓国は変動相場制なので変動幅が広めにでていますが、やはり60~80%の連動です。フィリピン、インドネシアも同様です。それに対して、固定相場制のマレーシア・リンギット、香港・ドル、人民元はほぼ100%の連動になります。

中国の為替改革

次に、中国の状況ですが、本年7月21日ドル・ペッグ制をやめ、22日以降「通貨バスケット制を参考にした」管理フロート制になりました。しかし、どの程度参考にするのか、また通貨バスケットの中身、それぞれの通貨にどの程度比重をおくのかは発表されていません。通貨バスケットの構成については、ドル・ユーロ・円・ウォンを主要通貨として、ほかにも関係の深い国々の通貨を参考にするとのことです。また、この時に人民元は切り上げになりました。

ドル・ペッグ制をやめたことは、とても意義のあることだと思います。同じ日にマレーシアもドル・ペッグ制をやめ、通貨バスケット制になりました。マレーシアはそれまでも通貨バスケット制を採用したかったのに、中国に合わせていたということなのです。このように東アジアでは中国の影響は大きいのです。

では、固定相場制と管理フロート制の違い、また通貨バスケット制と「通貨バスケット制を参考にする」という違いはどこにあるのでしょうか。

固定相場制だと事前にいくらに固定するかということを発表します。たとえば1ドル360円にします、ということです。しかし管理フロート制だと、結果的に360円にずっとなっていても、相当大きな変動をしても、事前に発表もしないし、結果について説明する必要もないということです。そういう意味で、固定相場制の方が透明性が高いといえます。管理フロート制はどういう政策をとるか分からないのですから、市場参加者に与える影響が違ってくると思います。

通貨バスケット制と「通貨バスケット制を参考にする」という違いも、「通貨バスケット制を採用する」のなら透明性は高いですが、「参考にする」のなら、その時の状況でドルに非常に大きなウエイトをおいていても説明する義務はありません。このような状況で市場参加者を自分たちの思い通りに動かせるのか、逆に曖昧にしておいたほうが介入する効果が高いのか、議論の分かれるところです。

では、中国の通貨バスケットの中身はどうなっているのか、またはどうあるべきかが問題になります。中国側の発表では、貿易だけでなく、金融取引、直接投資などを総合的に考えるとのことでしたが、とりあえず貿易ウエイトで考えてみます。

2004年の貿易シェアは米国・日本・EUがほぼ同じ15%、韓国が約8%、香港が約10%、あとはその他になります。そうすると、「その他」の国はドルに連動していることが多いと考えて、ドル70%、ユーロ15%、円15%という比重が1つ考えられます。

では、実際にどうなのかを見てみましょう(プレゼンテーション資料p36~39参照)。管理フロート制になってから、標準誤差と比較すると、ドルのウェイトが統計的に有意に下がったのが分かります。しかし、それでも90%近い連動ですから、タイ、シンガポールなどの70~80%に比べれば、かなり連動しているといえます。円に対しては連動性が出てきましたが、まだそれほどでもありません。ユーロに対しては若干数値が上がりましたが、標準誤差と比較すると統計的に有意に変わったとはいえません。ウォンに対しては変わりなしといえます。以上のことから、中国の為替改革について、統計的には有意な変化がありますが、経済学的にはあまり意味のある変化とはいえないと思います。

中国の生産性上昇が及ぼす効果

次に、人民元の為替レートに対して、中国の生産性の上昇が長期的に及ぼしている効果について、過去のデータに基づき、調べてみたいと思います。生産性に関して、バラッサ=サミュエルソン効果というのがあります。貿易財部門の生産性が上昇すると、その賃金が上昇しますが、そうすると非貿易部門の賃金も影響を受けて上がります。非貿易部門の生産性がそれほど上がっていないとそれが価格に反映されて、価格が上昇します。それでその国の通貨は安めに評価されます。価格は賃金を生産性で割ったもの、賃金は国内全て同じという想定で計算しました。すると為替レートの変化は生産性と賃金の変化率で表されます。生産性の上昇率が高いほど、価格を押し下げる効果がありますので、その国の通貨は高めに評価されます。

まず中国の生産性上昇率は貿易財では8.08%、非貿易財では4.17%、賃金上昇率は貿易財6.74%、非貿易財8.55%です(プレゼンテーション資料p45参照)。これは私が手元の資料で計算したものを中国社会科学院の方にきいて、より正しいと思える数値にしたものです。中国の場合、数値がぶれることが多いので、参考までに残しておきました。

中国の生産性が、米国(2.39%)、日本(2.36%)、韓国(5.08%)に比べて高いのが分かります。そして賃金の上昇率が比較的高いのも分かります。日本などはデフレの状況下で-0.24%です。

生産性の違いでみると、ドルに対して約5.7%、円に対して約5.7%、ウォンに対して約3%上がっていないといけないということになります。通常この成長率だけみて、人民元はもっと高くならないとおかしいといわれるのですが、賃金の上昇率も勘案しないといけないのです。

そうすると、ドルに対しては年率0.4%上がります。少ないようですが、毎年これだけ上がるとかなりなものです。円に対してはちょうど過去3年間の統計で賃金が上がっていないので、円の価値が上がるという結果ですが、今後もこの傾向かどうかは分かりません。ということで、賃金上昇率も考えるとそれほど為替レートを上げるべきだともいえないと思います。

ただ、賃金上昇率に関しては、都市部のある程度大きい企業のデータだから上昇率が高いともいえるので、この数字をうのみにもできませんし、もしここがゼロだったら結果が違ってきてしまうので、このデータをもとに何かをいえるほどのものではないことをお断りしておきます。

それから、バラッサ=サミュエルソン効果を考えて、非貿易財の生産性上昇率もあわせて計算すると、購買力平価(中国では消費者物価指数から計算)は、ドル・円・ウォンに比べて年率2~3%過小評価になります(プレゼンテーション資料p49参照)。ですから購買力平価が低いからといって、人民元のレートはこのままでいいとはいえないと思います。

為替協調を考えるために

さきほどマレーシアが中国にあわせて為替制度改革をしたという話をしましたが、より望ましい為替制度があっても関係国のことを考えるとそうできないという為替協調の失敗が、東アジアで起こっているのではないかと私は思っています。

そこで為替協調をするきっかけとして、アセアン+3の財務大臣会合で議論をするということが必要ではないでしょうか。現在チェンマイ・イニシアティブのもとで通貨危機を予防するために、各国のインフレ率、GDPなどをサーベイランスしているのですが、為替レートは対象外だそうです。通貨基金について考えるなら、お互いの為替レートを見て現状を知ることが必要だと思います。

それでAMU(Asian Monetary Unit、アジア通貨単位)とそれに対する乖離指標を考えました。RIETIのホームページで公開しています。これはアセアン+3の13カ国の加重平均値です。ウエイトは貿易力、購買力平価で計ったGDPを考慮してつけました。データは直近の3カ年のものを使いました。また東アジアの国々は米国やEUと密接な経済関係をもっていますから、ドル・ユーロとの為替レートも考慮しました。乖離指標の基準としては、貿易収支が最も均衡しているところを選び、2000-2001年のところを基準としています。

ドル・ユーロのバスケットにしますと、ドルのみ、ユーロのみとの関係よりレートは安定します(プレゼンテーション資料p65参照)。それでも2000年に比べるとAMUは10%弱上がっているのが分かります。

乖離指標はパーセント表示で、上にいくと高め、下にいくと低めということです(プレゼンテーション資料p71参照)。韓国・ウォンは04年に介入するのを止めたせいか、かなり高めになっています。フィリピン・ペソは一貫して下がっています。韓国はプラス約15%、フィリピンはマイナス約20%で、だいたい35%くらい乖離しているということが一目瞭然で分かります。これを見ながら状況を把握し、議論ができるのではないかと思います。

しかし、今見たのは名目の為替レートで、実質の為替レートではまた違ってきます。ただ、物価水準のデータは月次になることと、その発表が遅れるということがあります。全部データを揃えると半年ぐらい遅れてしまうという問題点があるのですが、それもつくってみました(プレゼンテーション資料p72参照)。

それを見ると、インドネシア・ルピアは名目では下がっているのですが、インフレを考慮した実質為替レートでは30%も高くなっています。それで貿易競争力が落ちているということが分かります。

半年のタイムラグを考えて、直近に関しては名目のほうも併せて見ることで、各国の通貨の状況が分かると思います。

東アジアの国々では生産ネットワークができつつあります。それなら為替レートが実態と離れてしまっているのはよくないし、お互いの為替レートは協調しているほうが望ましいわけです。お互いに協調関係をつくるためには、まず為替について議論をすることから始めないといけないと思います。

質疑応答

Q:

AMUのウエイトで購買力平価で計ったGDPを使うと、中国やその他ドル・ペッグに近い国のウエイトが50%近くなります。人民元が安定して中心にあるわけですが、かといってそこから離れているウォンや円をそれに近づけるという政策をとるのは経済的におかしいことになると思います。AMUが本当に意味をもつためには、人民元が日本や韓国なみにかなりの変動を許されるようになることが必要だと思いますが?

A:

ウエイトづけで考えたのは、まず対ドル・ユーロがある程度安定していることです。それと、購買力平価で計らないGDPや外貨準備残高などを使うと、日本のウエイトが高くなり、AMU自体がかなり上下することになるので、それもよくないと思いました。その結果、中国のウエイトが高くなりましたが、GDPはやはり購買力平価で計らないと実態をあらわさないと思います。人民元が動くようにならないと、AMUがドルに近い動きをするともいえますが、逆にいえば50%しかペッグしていないので違う動きも出てくるということです。

Q:

AMUを実際に使い始めたとき、そこから外れている場合のAMUへの近接方法はどういうものが考えられますか。

A:

介入方法ではヨーロッパの例が参考になります。乖離の幅をプラスマイナス10%などと決めて、それから外れた上下2国間で介入をするというものです。

Q:

アジアは各国の事情がバラバラですから、ウエイトも頻繁に見直しが必要になるのではないでしょうか。

A:

ここでは直近3カ年のウエイトを使っているので、毎年見直しをしています。これなら徐々に変わっていくので、生産性の変化にも対応できると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。