平成17年度経済財政白書について

開催日 2005年8月24日
スピーカー 梅溪 健児 (内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当))
モデレータ 植杉 威一郎 (RIETI研究員)
ダウンロード/関連リンク

議事録

この7月に発表された『経済財政白書』は、「官から民へ」というところに焦点をあてて分析をしています。6月に閣議決定されました「骨太の方針」(経済財政運営の基本方針)のなかで中心的なテーマになっていたのが、「小さくて効率的な政府を構築していく」という考え方でした。いわばその考え方の必要性を、『経済財政白書』のなかで明らかにしたのが大きな特徴です。

景気回復の長期化を目指す日本経済

まず、景気回復についてですが、2002年から回復が始まり、いま4年目を迎えています。8月の月例経済報告は、新聞では「踊り場脱却宣言」と見出しをつけられました。企業部門と家計部門がともに改善し、日本経済は緩やかに回復しています。04年の後半から世界的規模で起こったIT分野を中心とした経済の弱い動きからも、ほぼ脱却していると判断しました。

90年代の景気回復と2002年以降の景気回復を比較しますと、今回は長く続いているといえます。しかしそれは、一本調子で上っているのではなく、03年イラク戦争が始まったときに1度目の踊り場状態になり、04年後半から2度目の踊り場状態になりました。90年代の経験からは横ばい状態になると、その後景気が後退してしまったのですが、今回は踊り場を乗り越えるとまた上昇するという状況が続いています。

その違いはどこからきているのでしょうか。それは、雇用、設備、債務の「3つの過剰」がほぼ解消したことによると思います。日本銀行『全国企業短期経済観測調査』によると、04年秋の段階で企業に雇用過剰感はなく、その後は雇用が不足していると判断されています。設備に関しても、05年に入って過剰感はほぼゼロになっています。債務に関しては不良債権と表裏一体の関係ですが、今年3月の段階で主要行での不良債権比率が2.9%まで下がり、ほぼ正常化している状態です。

白書のなかで損益分岐点比率(実際の売上高を100%とした場合に、売上高が何%まで減っても利益が出るかという比率)を計算していますが、2002年以降低下していて、特に電気機械器具、鉄鋼を中心とした製造業で急速な低下がみられます。それを反映して企業の収益が、バブル期を上回るほどになっています。この収益の強化が企業の設備投資の増加につながっています。

この企業部門の好調が、家計部門の雇用、所得環境を改善させることが明らかになってきています。所得環境の改善が家計の消費の緩やかな増加傾向につながり、景気回復をよりしっかりしたものにしています。

ただ、企業部門で問題になるのは、貯蓄投資差額で貯蓄超過が増加傾向にあることです。2000年から増加傾向で、これは日本だけでなくアメリカやヨーロッパでもそういう傾向です。収益が改善しているなかでも、借入返済が優先され、企業の投資は控えられています。将来的には、政府部門は2010年代初頭には基礎的収支の段階でみた赤字を均衡させるのが目標になっています。家計部門は高齢化により貯蓄率が下がり、貯蓄超過は減少するでしょう。そういうなかでも、家計部門は貯蓄超過を維持し、企業部門は投資超過で、全体的にバランスをとるというのが長期的に望ましい姿だと思います。

そういう意味で、企業が潤沢な利益の処分として株主還元を進めることや、雇用を通じて雇用者への還元をすることが重要だと思います。さらに企業が収益をあげるための基本となる設備投資にも積極性が期待されます。

また、投資を進める環境づくりとして、国の内外における生産の役割分担、あるいはベンチャービジネスにおけるリスクのあり方などについて、不透明感をなくすことが重要だと思います。

2001年から経済財政諮問会議が活発な活動をしていますが、構造改革の必要性を土台にして、雇用・投資・資金などの生産要素をより生産性の高いものに配分することが重要だと主張してきました。それで、そういう生産要素がどう配分されているかを、リリエン指標(産業間の資源配分の流動性を示す指標。数値が大きいほど資源の動きが流動的であり、メリハリがある)を用いて分析してみました。

2000年以降でみますと、労働市場、資本ストック、貸出金、どの分野でも上昇傾向にあるのがわかります。構造改革を中心に進めてきた経済政策が生産要素の流動性を高めたということで、経済の供給サイドの強化をもたらしています。ただこれは現在デフレ状況のなかで進んでいます。デフレは資源配分を効率化させるうえでの価格シグナルの役を果たしにくいので、デフレ脱却を図り、ゆるやかなインフレ状況に進んでいくことが、より資源配分の流動化を高めるのだと思います。そういう意味でもデフレ脱却は重要な課題です。

官から民へ―政府部門の再構築とその課題

小さくて効率的な政府を目指すという観点で、まず現在の財政はどうなのかを確認し、マクロ経済的に大きな政府になることがどういう影響をもたらすのかを検討しました。そのうえでアンケート調査を行うことにより、国民がどういう政府を望んでいるかを検討しました。小さな政府を目指す手法として、指定管理者制度を導入したのですが、その取り組みの成果を分析しています。

結論からいえば、マクロ経済的観点からは小さな政府を目指すのが望ましく、国民も小さな政府を望む傾向にあることが確認できました。

現在、OECD諸国の中では日本の一般政府の支出規模(対GDP比)は低いほうです。しかし2030年には政府支出規模は48%ぐらいになり、現在のヨーロッパ諸国並みになると予想されています。一般に、政府支出規模の増大は福祉国家化による政府移転支出や社会保障支出の増加が背景にあります。

政府規模の増大がマクロ経済的にみてどういう影響を及ぼすのか、OECD諸国のデータによるパネル分析を行いました。その結果、政府支出の大きさは官の非効率性や課税、社会保険料などによる資本蓄積、労働供給への影響により、経済成長にマイナスの影響を及ぼすことが示唆されました。

また、支出の中でも投資より消費のほうがマイナスの影響があることがわかりました。政府支出規模の増大が家計の将来に備えた貯蓄率を上げ、消費を抑えるのが最も典型的ですが、最近では政府消費が大きくなることにより、民間部門の雇用者所得を増大させ、それが企業部門の収益を圧迫し、企業の投資にも悪影響があるのではということです。

また国民の意識調査では、回答者に複数の異なる政府支出の内容と国民負担の組み合わせから望ましいものを選択してもらい、政府支出項目別に選好度と負担意志などを計測しました。細かい調査の内容は内閣府のHPのディスカッションペーパーの中で紹介していますので、興味のある方はそちらを参照してください。

調査結果からの推計では、社会保障給付の増加は効用(満足)を増加させるが、公共事業の増加と国民負担率の上昇は効用を低下させるということでした。次に推計結果を用いて、社会保障給付1%増加による効用の増加をちょうど打ち消すだけの潜在的国民負担率の上昇幅(負担意志率)を計算すると0.24%となりました。これは金額ベースではほぼ同じの8000億円程度になります。負担意志率は年齢によって変化し、20代では0.15%と相対的に低く、60歳以上では0.34%と高くなっています。20代の場合、社会保障を受けるのはまだ先のことだから現在の負担はなるべく低くしたいと考えているのだと思います。

さらに、推計結果を用いて、国民負担率抑制のための政策案の支持率をシミュレーションで出しました。その結果は、潜在的国民負担率が高い、つまり大きな政府の政策案の支持率は24%、社会保障給付および公共事業の削減により負担率を抑制する政策案の支持率は55%ということで、国民は小さな政府を望んでいるという結果になりました。もちろん、これはアンケート調査をもとにしたデータですので、回答者がマスコミから受けている影響などいろいろ考慮しなければいけない要素もあると思います。

小さな政府実現のための手法として、指定管理者制度を取り上げて分析をしました。指定管理者制度は2003年から導入された、公の施設(公民館、図書館、体育館など)の管理・運営を民間が行うことができるという制度です。

その指定管理者になっている団体にアンケート調査を実施しました。これは事業者にきいた結果ですが、指定管理者制度導入後、サービスの質が改善したという回答が寄せられ、特に民間営利事業者の評価が高く、内容では、利用者への対応、サービス提供時間の広まりなどの指標が高くなっています。この制度はまだ始まったばかりですが、官ではなく民でできることは民が運営することで実際に成果があがっています。

「人口の波」と経済構造の変化

「人口の波」という切り口で経済構造の変化を考えました。「人口の波」とは、1947~49年生まれの団塊世代が2007年から定年退職を迎え、団塊ジュニアは30代になり、こういう人口構成が今後の日本経済に影響を与えていくということです。

具体的には医療の問題があります。将来増加が見込まれる医療費をどう抑制するかが課題です。年齢別に受療率と医療費をみると、50代あたりから急速に受療率・医療費とも増加していて、高齢者の1人当たり医療費はだいたい現役世代の5倍ぐらいになります。今50代の団塊の世代が大きな部分を占めていて、さらに高齢化することにより医療費の増加が心配されます。

世代会計とこれによる医療費伸びの受益増分の試算をしたところ、60歳以上の世帯では年金の受益超を反映して、公的部門に対する各世帯の収支は4875万円の受益超です。他方、20代の世帯では1660万円の負担超になります。このケースでは医療費の伸びは経済成長率と同じ、2%ということで計算してあります。これが、60歳以上の人の医療費が経済成長率を超える3%の伸びになった場合、今の20歳以上の現役世代が80歳まで生きるとして計算すると約150兆円医療費が増加します。これは約60年にわたって医療費が増加するということですから、1年当たり2.5兆円の増加になります。現在の国民医療費がだいたい31兆円ぐらいで、老人保健の部分が10兆円ぐらいです。毎年2.5兆円増えるのですから、国民の負担も相当なものになります。制度改革により、医療費抑制を図ることがきわめて重要です。

それから、高齢者の増加が金融資産の選択において、どういう影響を与えるかを分析しました。アメリカでは高齢化によるリスク資産(株式・株式投資信託および外貨預金・外債)需要の低下が、株式市場などの資産市場を溶解させるのではないかという懸念があります。しかし日本では、50代以上の方がリスク資産の保有を増やしています。しかも、50代よりは60代というように年齢とともに保有割合が高くなっています。その傾向は『消費・貯蓄行動と国民負担に関する意識調査』(2005年)で、リスク許容度は40代が一番低く、50代、60代とだんだん高くなるのと整合しています。よって、日本ではアメリカで心配されているようなことにはならないと思われます。

最後に、労働生産性についてですが、アメリカと日本を比較しますと、日本は労働力人口の伸びが鈍化し、2000年以降は労働力人口が減っているにもかかわらず、労働生産性は低下傾向にあります。他方、アメリカは労働力人口が鈍化するなかで、労働生産性は持続的に上昇しています。アメリカの状態はIT革命のおかげともいえますが、企業のイノベーションという観点から、検討してみました。

日本の研究開発投資は先進諸国のなかでもGDP比でみて最も多いほうで、そのなかでも7割超が民間で、官の割合が少ないのが特徴です。ところが日本の全要素生産性は低下しているのです。

それで内閣府で行った『企業の技術創造に関するアンケート調査』をもとに、各企業の技術経営の得点を指標化し、上位50%と下位50%の企業に分け、それを財務データベースとマッチングさせて、各企業ごとの労働生産性を計算しました。その結果、技術経営得点が上位の企業は下位の企業より労働生産性が2割程高くなりました。つまり研究開発投資の多寡より、技術を経営に活かす体制の整備や研究員など人的資本の充実といったインフラが重要ということです。

本年の経済財政白書では、以上のような観点で、小さくて効率のよい政府を目指すことが重要であると考えました。高齢化が経済活動に影響を与えますが、そこからもメリットを引き出すような政策を行っていくことが大事だと思います。

質疑応答

Q:

この5年間「改革なくして成長なし」という一貫したテーマで白書がまとめられているのは、評価できると思います。ただ、もう5年目ですので改革の効果を検証することも必要だと思います。今回リリエン指標を用いた分析がそれに当たると思いますが、もう少し説明をしていただけますでしょうか。

A:

リリエン指標は就業者数の観点からの分析で、この雇用の伸びはパート従業員の増加によるもので、フルタイム従業員の増加(前年比)は2005年に入ってからです。2000~2004年ではパートが増えることで1人当たりの平均賃金は減っています。企業にとっては賃金コストを減らしつつ、過剰雇用を整理し、全体としての就業者は増えるという結果になったわけです。そのため、企業部門の好調が家計部門に及ぶのが04、05年にずれこんだのです。構造改革のなかで、派遣形態が製造業でも認められたのが04年からで、それが特に雇用者数の増加につながったようです。

Q:

グローバル化によって、国内の「強い企業」は海外に拠点を移しつつあります。日本の経済成長がどうなるのか不安を覚えますが、それについて何か政策は考えているのでしょうか。

A:

日本21世紀ビジョンは2030年ぐらいまでを念頭において考えているのですが、まずはここ1、2年で構造改革をしなければ、将来日本経済は衰退するのではないかという危機感がモチベーションになっています。基本的には国民1人1人の「人間力」を高めれば労働生産性があがり、所得も上がって、お金が循環するようになり、マクロ全体の成長率は下がっても1人当たりGDPでみればそう悪くない状態になるのではないか、とまとめています。企業のグローバル化に対応した戦略は、21世紀ビジョンでは十分検討できていませんので、今後の調査事項になると思います。

Q:

企業部門の貯蓄超過がみられるので株主や雇用者への還元をすることが重要とのことですが、株主へはともかく、雇用者へ還元されるのでしょうか。そのための政策は何か考えられていますか。

A:

労働分配率からみると、90年代に非常に高くなっていましたが、2004年にはちょうど均衡のとれたものになりました。一方、景気も回復してきていますので、それが賃金に反映されることは可能だと思います。また2007年から団塊世代の定年退職が始まるので、若年雇用が増えつつあります。終身雇用や年功賃金という枠にとらわれない賃金形態のもとで、若年者を中心にもう少し賃金配分を増やすのは可能ではないでしょうか。また、教育・医療・介護の規制緩和により民間参入が増え、新たな雇用が増えると思いますし、官より安い賃金コストになっていますので、成果が上がってきたら賃金を増やしてもいいのではないかと思います。

Q:

デフレ脱却の道筋については、どのようにお考えでしょうか。

A:

デフレ脱却については、2006年の初めにかけて勝負時が来ると思います。今年の秋ぐらいから公共料金等の一時的な要因のマイナス効果がなくなり、消費者物価指数(CPI)の前年比上昇率がほぼ0%になると思われます。このところの原油高もあり、今年後半から来年初めにかけてCPIでみた量的緩和条件の解除の検討が重要になると思います。内閣府ではデフレ脱却について、供給面、需要面、金融面の3つを総合的に考えています。ただし財政運営上、需要面でのてこ入れはありませんので、いかに民間需要を中心にGDPギャップが縮小するかということが注目されます。いかに長期金利の上昇を抑制しつつ、今の量的緩和政策から抜け出し、デフレ脱却を図るかというのが課題です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。