日中関係の展望

開催日 2004年10月21日
スピーカー ラインハルト・ドリフテ (早稲田大学大学院 公共経営研究科客員教授)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)

議事録

日中安全保障

日本と中国の間の安全保障関係は、非常に重要であることはご存知の通りです。また、中国が大国として台頭する際にも、日本は大きな役目を果たしていますし、中国のような新たな大国が、国際システムにどのように受入れられるかについても、日本は非常に大きい役割を果たしているといえます。

このような過程における日本の存在の意義には、3つのポイント((1)日本は中国の隣国であること、(2)日本は中国の地域政治や経済にインテグレートして中国の経済的、社会的発展を支援できること、(3)日本は、米国のアジアにおける主要な同盟国としてのポジションにあること)があります。日本は中国に関与する政策で何が必要とされているのか、また関与することの複雑さや矛盾などについてもお話をしたいと思います。

展望とシナリオ

中国の目標は、自国の、(1)軍事的、経済的、社会的な後進性の克服、(2)社会主義体制と自由市場経済の混合の維持、(3)領土的統一の実現(台湾の統一、領土的主張の実現化)です。

日本にとっての中国の存在は、伝統的安全保障問題(台湾近海での軍事訓練およびミサイル発射事件で日本に大きい緊張をもたらし、日本国民の11%-今はもっと大きい数字かもしれません-が中国を最大の軍事的脅威国とみなしている)と、東シナ海の尖閣諸島での領土問題です。しかしこれは、英仏がニューカレドニアの資源を共同開発した先例があり、日中両国が共同開発して戦利なき結果をもたらすことが最適の妥協策だと思います。

一方、非伝統的な安全保障問題は、日中関係を総合的に考えると、もっと難しい問題だと思います。さまざまな要因をダイナミズムに認識し、非伝統的な問題を理解する必要があります。たとえば、伝統的な軍事基地という有事の兆候があると、非伝統的な安全保障問題にも非常に大きい影響があり、認識にも大きく影響します。そして生態的な持続不可能性、政治的な持続不可能性(社会的不均衡と混乱など)について、検討する必要もあります。たとえば、報道されていませんが、中国では、毎年5000件の暴動があり、また党本部が攻撃され、壊されているという事実があります。これらは個々の問題として取り扱われ、大きな問題とはされていません。また経済的な持続不可能性(国際的な不況による輸出、FDI主導型経済成長の破壊など)も考慮する必要があります。中国の経済的成功については、日本国民の56%が、今後10年で経済的脅威になると判断しています。

日本へのインパクト

日本では、中国に対していろいろな強い危機感を抱いています。中国人の不法、合法的移民の増加の脅威、国民的同質性に対する脅威、難民化のシナリオの脅威です。在日外国人に占める中国人の数は、1997年では17%を占めています。そして中国人関連犯罪は年々増加しており、不法滞在する中国人も増えています。他にも越境する環境汚染問題があります。また、希少な原材料、食料とエネルギー資源の国際市場での争奪戦(たとえば、ロシアの原油など)が展開されており、2003年、中国は世界第2位の原油/鉄鋼輸入国として、日本の地位を奪っています。

また、中国の経済的成長の伸びは大きく、その過程で、たとえば、FTAでは、中国の方が日本より積極的に動き、外交面では巧妙で早い収穫を得る(Early harvest )協定を結ぶなど非常に巧みです。エネルギー争奪戦では、日本の対中東石油依存の縮小で、日本、中国、ロシア間で厳しい状況が続いています。しかし、世界第2位の経済大国としての日本の相対的経済的地位とそのアイデンティティは、アジアでの(FTA、輸出市場で)リーダーシップをとり、中国に対しいろいろアドバイス、批判をしていく立場にあり、アジアにおける日本の役割は重要です。

内政状況と日本の対中国関係への影響

日本の中国大陸への影響は、自信から脆弱化の方向への状況にありますが、これは日本と中国間の仲介者がいなくなり、日中の新世代が台頭し、以前のようなパイプが存在していないことにもよります。中国の支援者であった左派が崩壊したことから、日本のより現実的な安全保障論議があり、従来と比べると随分変わりました。外務省のチャイナスクールの弱体化は非常にはっきりしています。

対中関係の政治の争点は、それほど大きな問題にはなりませんでしたが、たとえば、日本は中国に対し、ODAを削減(援助額は50%減、円借款は2002年度マイナス24.7%)してきています。さらに削減は進む予定で、日本の中国に対する影響力が減り、対等な関係に進展していきます。1996年以降、対中国友好的感情は、日本国民の50%を割る状況になっています。

国際情勢と日本の対中国関係への影響

国際情勢と日本の対中国関係の影響も見なければなりませんが、米国の中国に対するインパクトは、日本のインパクトよりも強いと思います。日本の若手中国専門家は米国へ留学しており、米国の観点から中国を見ることができ、この影響について日本人もよく分かっています。ポスト冷戦後の平和の配当はありません。逆に、これからは、もっと防衛に注意しなければなりません。米国は信頼できる保護者であるかについては疑問があり、特にクリントン第二期政権のときは疑問がでてきました。今のブッシュ政権は、そのようなことを日本人が心配することはないのですが、米国の対中国政策は変わるので、将来どうなるでしょうか。中国の経済成長の伸び、常任理事国であること、また、世界政策の観点からも、米国にとって中国はとても重要なパートナーになりました。

日本の関与政策

具体的には、日本は中国に経済的・政治的インセンティブ(政治的、経済的エンメッシュメント)を提供しています。エンメッシュメントとは、相互依存の関係を作る、という意味です。また、同時に、日本は、自国防衛力、米国との軍事同盟、政治的前線の形成を通じた軍事的政治的な囲い込みを作っています。結論として、強制的要素(element of coercion)を認識する必要があります。日本が認識しなくても中国は必ず認識していますのでよく理解する必要があります。また封じ込め政策の強制的道具(force instrument)のオーバーラップがあります。

関与政策を定義することは難しく、これは関与と封じ込め要素のオーバーラップが懐疑と誤解を招くことによるものです。たとえば、constrainment (拘束的関与)、これは英語でなく人工的な新しい言葉です。関与の定義の困難性は、関与政策の複雑さと理解が難しいことによるものです。関与の定義は、実務家と専門家にとっての中心的な課題です。

関与政策に付随する諸結果(経済的相互依存、政治的・経済的共同体への統合、システム変更、抑止効果)を明確にすることです。これに付随する政策ツールのオプションの選択を明確にする必要もあります。経済的・政治的引き込み、政治的・軍事的勢力均衡などです。近況では、封じ込め政策の部分で、これを理解する必要があります。この定義をしてから、関与政策を分析します。

軍事的・政治的均衡は、関与政策の1つです。自衛隊は、中国に特化した変化はありませんが、これからもっとはっきり特化します。たとえば、東シナ海の中国海軍を監視するために、沖縄のP3C監視機の数が増えます。1995年の防衛大綱では、北朝鮮の脅威が最重点要素でしたが、常に中国の将来について考慮されていました。日米同盟に関し、橋本―クリントン宣言(1996年)でガイドラインの見直しがおこなわれました。中国は強制的要素(element of coercion)についても分かっています。TMDそのものは、中国はあまり心配していませんが、弾道ミサイルシステムは台湾と関わってきます。中国側の理解で政治力による勢力均衡があるのです。

日本の関与政策の目的は、中国が無責任国家となることを回避することです。そして政治的な抑止を可能にするため、可能な限りの国による共同戦線を形成し、西側による国際的規範とレジーム(制度)に基づく世界秩序のステークホルダー(利害関係者)となるように促すことです。政治的勢力均衡の諸事例としては、防衛庁によるアクティブな防衛的外交(特にアジアに対し)があります。日本の対ミャンマー対策を理解するためには、欧米諸国がミャンマー政府に対してあまりに強く改革を迫ると、ミャンマーは中国の衛星国になってしまうのではないかという日本の懸念を理解する必要があります。

中央アジアにおける中国の軍事的展開を回避することが必要で、日本の目標は比較的安定していない中央アジア諸国を安定させることです。橋本元総理が努力をされ、また川口前外務大臣もその動きを復活する努力をされていましたが、日本の政策は弱いと思います。

ベトナムとインドの安保ダイアログがあり、中国との関係も理解しなければなりません。ベトナム、ラオス、カンボジアの3カ国はASEANの中で最も弱く、ASEAN全体を弱めてしまうことにもなるので、地域的安保ダイアログの強化が必要です。

中国に対する政治的エンメッシュメントとしては、二国間、地域間、多国間など諸レベルでのダイアログを強くする必要があります。具体的には、日本の防衛政策の説明、日本の諸目標に対して中国を安心させ、中国の防衛政策(核実験、国防予算の増加など)に対し抗議し、両国の防衛政策の透明性向上による信頼を醸成し、外交チャンネルの拡大と増大によるコミュニケーションを改善し、朝鮮半島の安定と他の地域問題で中国の支援を得ることが必要です。

経済的エンメッシュメントとしては、その目標として、増大する経済的相互依存による効果の平和化と民主化を進めることですが、この効果については学者の間でいろいろ議論されており、まだはっきりしたことは分かりません。日本にとって中国は米国に次ぐ第2の貿易相手国、中国にとって日本は最大貿易相手国のパートナーの関係にあります。

日本の関与政策は成功しているのでしょうか。日本と中国の間での安定と平和は維持され、中国の国内的安定も維持しています。確かに、日本は経済援助など非常に貢献しました。しかし、対中国関与政策は、日本だけでなく欧米、豪州、ニュージランドも行っています。中国は世界経済に統合され、領域によっては日本より世界経済システムへ統合化されています。

また多方面にわたる相互依存の関係がありますが、一方では(歴史的遺産、また日米安保関係強化に対する中国の反対など)信頼は構築されていません。たとえば、靖国神社への参拝に対し、中国の強い不満は続いています。また、戦略的ライバルの関係は深刻化し、東シナ海での緊張はしばしば見られます。さらに、日本の対中国ODAは減少(援助額は50%減、円借款は2002年度マイナス24.7%)し、日本の中国に対する影響力は減り、対等な関係が進展します。まだ対等ではありませんが、早いスピードで追随しており、世界第2位の経済大国の日本としては意識的に苦しいと思います。

多国間フォーラムに対しては、中国は後ろ向きで控えめな態度をとっており、特に安全保障問題になると、南シナ海の場合、中国は2カ国レベルを優先します。伝統的・非伝統的課題に対する解決策はありません。

中国への関与政策の複雑性を理解しなければなりません。遠心的ダイナミックスの複雑性、内在的な矛盾、曖昧さは日米中の三角関係からも生まれており、軍事・政治的勢力均衡は、経済的・政治的エンメッシュメントに矛盾し、経済的・政治的エンメッシュメントは痛みを伴います。たとえば、中国は日本の経済援助により、貿易・経済効果を生みますが、民主化が進み、中国の指導者の指導性を脅かすことになります。軍事的均衡の関与政策の中に強制的要素は中国のリアリズムを強化する恐れがあります。また、環境問題などは経済的関与の自己破壊的な影響もあり、関与政策が成功しても、皮肉にも逆効果となることもあります。

日米関係は、日本にとっていろいろ問題点があります。
日本が米国の政策にあまり従っていくと、罠にかかり、米国の政策に充分に従っていない場合、米国に見捨てられてしまうかもしれません。

対中国政策に関していくつかのシナリオがあります。(1)関与政策のさまざまな要素を巧みにバランスさせる。(2)アジアでの中国の卓越を認め、米国との軍事関係を縮小させる(バンドワゴン化bandwagoning)。(3)日米同盟関係を深化させ、中国に対する政治的・軍事的勢力均衡を強化する。(4)日本が独自の軍事力を発展させ、北東アジア勢力の中で中立的・仲介的役割を果たそうと努力することなどです。

政策提言

増加する経済摩擦+ライバル関係を冷静に対処し、歴史に由来する摩擦を減少させ、領土紛争を和らげ、東シナ海の問題は合理的・冷静的に妥協を見つけることが必要です。また、コミュニケーションを向上させることです。日本・中国間のコミュニケーションは、現在うまくいっていません。両国とも努力しなければなりません。歴史の問題についてもそうです。欧州がロシアと結んだ平和のためのパートナーシップ協定と並んで、北東アジアにおいても中国を含めた平和のための多国間パートナーシップ協定を確立する必要があります。日米間の安全保障アレンジメントを深化させることはすることはあまりよくありません。

質疑応答

Q:

日本の関与政策のところで、element of coercion(強制的要素)ということと、封じ込め政策のforce instrument(強制的道具)のオーバーラップといわれましたが、どういうことですか。

A:

関与政策は、ただ貿易経済効果・政治の話だけではありません。中国側から見ると強制的要素(自衛隊、日米安保条約)が存在しています。日本側もこの強制的要素を意識していますが、外交上いいません。日本政府は関与政策という言葉を 正式に使っていないのです。事実上実現している関与政策はこの強制的要素が入っています。

Q:

国際情勢と日本の対中国関与への影響に関するところで、平和の配当なし、と記載されていますが、1998年以来日本の防衛予算は増えていないし、むしろ減少していますが、これは平和の配当があると解釈できます。いずれにしても、日本は安全を重要視しているなかで、防衛予算が増えていないことについて、コメントお願いします。

A:

平和の配当があったことについては、私も賛成します。89年まではソ連の脅威がありましたが、冷戦後この脅威はなくなり、平和配当に対する期待がありました。防衛予算については、予算の制限がある中で優先順位をつける必要があり、ソ連の脅威がなくなったので、北海道から戦車を削減でき、1995年の防衛計画大綱の中で調整が可能で、防衛予算は増える必要がないのです。

Q:

中国の政権は、少なくともこの10年間、安全保障の問題、経済の問題、日本、北朝鮮なども含めてコミュニケーションをはかる問題等について考える時、大きく変化しているということを私どもは認識しています。胡錦濤・温家宝体制が10年続くとすると、19世紀的な発想だけで外交・安全保障問題を進めることについては、大いに疑問を持っています。中国自身も国際社会に入っていかないと孤立してしまうという感覚を持っています。また勢力均衡政策を取っているように思われますが、決してそうでないと理解しています。
非伝統的安全保障問題というのは、国際政治学者の間では、テロであったり、麻薬であったり見えない敵を考えた上での安全保障問題というのが一般的だと思いますがいかがでしょか。

A:

中国経済発展の中のダイナミズム(力強さ、活力)は、予測できないのです。予測できないのでよい方向に進める努力が必要です。関与政策に反対しているのでなく、矛盾を理解し関与政策を効果的に適用することです。中国の近代化は明治時代の改革によく似ており、実権階級は、自らその階級を廃止する必要があります。つまり、明治時代には、武士階級が自らその階級を廃止することを余儀なくされましたが、今日の中国では、共産党が、その地位を自ら廃止するべきなのです。
非伝統的安全保障問題ですが、もちろんテロは入っています。しかし、この非伝統的安全保障問題については日本と中国は話をしていません。私は日中関係における非伝統的安全保障問題について話をしました。中国と日本はテロを起こすことはないので、中国と日本の間では別に問題はないのです。日本は、中国、ドイツと同じように反テロ対策をとる必要がありますが、日中関係における問題ではありません。

Q:

全体に関わる質問ですが、今日のお話は、日米関係と日中関係に対する日本の政策がトレードオフ・ゲームすなわちゼロサム・ゲームになっているような印象を強く感じました。
たとえば、アジアにおける中国の卓越を認めて、米国との軍事関係を縮小させるバンドワゴンなどです。しかし、日本にとっては、日米関係が基軸であって、日中関係はあくまで日米関係のフレームワークの範囲でできることをするということだと思います。今日伺っていると、日本政府が対中国、対米国に対しトレード戦略をとることについて説明されておられるような印象を持ったのですがいかがでしょうか。

A:

日米関係がゼロサム・ゲームであるというつもりはありません。日本のリーダーシップと政治制度では、最終的には、矛盾があり複雑な関与政策に対処できないと思いますので、結果的に中国と勢力均衡からバンドワゴン(便乗化)へ向かうであろうということです。中国の民主化が進み、米国の一方通行化が進むと、日本は米中にとって重要性がなくなり、バンドワゴン化に進む可能性は大きいでしょう。要は、日本政府の限られた政治能力では、バンドワゴン化に向かうという事です。従って、政策提言をさせていただいたのです。ただ、歴史は変わり、状況もいろいろ変わっていくと思いますので、私の仮説も変わるかもしれません。

Q:

共産党自身の存在が薄くなっていく過程にあると云われましたが、共産主義がなくなり、共産党という強固な組織は崩壊もしくは存在が薄くなる可能性についてお聞かせください。

A:

最も望ましいシナリオは、共産党は共産主義をなくすことです。過去のロシアのような急速な民営化は問題であることは中国も認識していますが、いずれにしても民営化は進み経済発展が進みます。共産党の中で民主化が進み、指導者の選挙のやり方なども変わり、党の中の分裂、派閥の誕生などもでてくるでしょう。また、経済発展の状況、中産階級の拡大なども進んでいくので、共産党が将来どうなるのか予測はできません。

Q:

政策提言は、シナリオの第1、関与政策のさまざまな複雑な要素に取り組み、バランスを取っていくということを受け入れるということでしょうか。

A:

直接関係があります。ただ提言を実現すれば可能ですが、日本政府の限られた能力では実現不可能だと思います。

Q:

シナリオの第4、日本が独自の軍事力を持ち、中立的役割を果たすということは実現できるとお考えでしょうか。

A:

国際関係、地域関連の問題、また予算的な問題から実現不可能だと思います。

Q:

何故、実現不可能と云われた第1のシナリオにこの政策提言をされるのですか。

A:

小泉さんのように、北朝鮮問題の解決や北方領土の返還など実現が不可能なような目標を成し遂げようとしているのかもしれません。ただ、第2、第3のような、急激な変化のシナリオは好きではありません。好ましいのは、ソフトランディングの第1のシナリオです。政策提言を取り入れることで現実的なものとなり、役に立つかもしれません。しかし、これは、全く知的ゲームにすぎません。

Q:

政治能力不足をどのように補えばよいでしょうか。

A:

いろいろあると思います。たとえば、FTA(自由貿易協定)での日本の姿勢、政策、認識など基本的なことが変わらないと政治力は発展できないと思います。また外国を意識した教育に力をいれることも必要でしょう。中国の若い人は、まず、英語が非常に上手ですし、留学も盛んで、また外国との接触も非常に上手です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。