新産業創造戦略について

開催日 2004年7月1日
スピーカー 石黒 憲彦 (経済産業省大臣官房総務課長)
モデレータ 戒能 一成 (RIETI研究員)
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議事録

民需による自律的成長メカニズム

民需による自律的成長メカニズムとは何かといいますと、その基本形は高度成長期にあります。「三種の神器」(冷蔵庫・洗濯機・掃除機)に代表されるプロダクト・イノベーションが生まれ、これが需要(個人消費、設備投資)を生み出し、さらに進むと価格が下がり、機能は上がります。すると、需要構造の変化もあって、工場労働者の所得が上がり、新たな買い手になります。よく1990年代の経済低迷期に、需要創造が先か、構造改革が先かという議論になりましたが、高度成長期は需要創造と同時に供給構造の改革も進展していまして、農業という低生産性部門から工業という高生産性部門への移行という構造変化が行われたわけです。90年代を振り返ってみても、パソコンと携帯電話が牽引していて、イノベーションと需要の好循環が自律的成長メカニズムをつくっていくのがわかります。

高度成長期は海外からの技術導入、農村から都市部への人口流入により、プロダクト・イノベーションが生まれ、需要が喚起されて、それがプロセス・イノベーションになってという、同時に供給構造の改革も進むという好循環をしていたわけです。では今後このメカニズムを働かせるために活用されるべきものは何かというと、IT、産学連携にみられるような大学の活用、また女性、高齢者が考えられます。これらをキーワードとして、自律的成長メカニズムをつくっていきたいということが基本姿勢です。

イノベーションが新しい需要を拡大し、新市場をつくっていくというマクロの好循環が重要なわけですが、そのための経路としてまずミクロの好循環を形成していく必要があります。産業政策においては、「産業構造調整」、すなわち衰退産業の経営資源を成長産業に移動させるというコンセプトがありますが、90年代は「3つの過剰」(過剰設備、過剰雇用、過剰債務)が課題となり、また、日本がこれだけ開発経済を終えて成熟してきますと、産業単位の構造調整というよりは、むしろ企業内の構造調整をどう進めるかということが課題だったと思います。それによって、筋肉質になった企業が新規事業投資を活発に行い、これにベンチャーとかの新しい波が加わることによって、ミクロでの好循環をつくりだすことが最初の一歩です。

もう1つ、セミマクロでの好循環が重要です。90年代アメリカにおいて起こったことは、アウトソースの流れの中で、製造業は間接部門を分離し、外注化していく中で、直接部門を中心とした筋肉質な体制になり、分離されたほうも生産性の高い事業向けサービス機関として成長していきました。強い製造業の復活と生産性の高い事業向けサービス業の進展が同時に起こったわけです。

日本でもミクロでの好循環が進むことによって、セミマクロでの産業構造転換が期待されます。今回の「新産業創造戦略」はこれを加速させたいというのが狙いです。

ミクロの企業構造調整

ミクロの企業構造調整はどのように進んできたかといいますと、97年から商法特例、税制面での特例などの制度改正を行っていまして、産業活力再生法も99年制定、2003年に抜本改正しました。産業活力再生法は企業の選択と集中が狙いで、改正前に204件、改正後に80件の企業の支援をしています。最近では三菱自動車やダイエーの例があるので、調子の悪い企業のための法律だと誤解されているかもしれません。しかし、もともとは強い企業をより強くというのが基本理念で、商法の特例により機動的に組織再編をするか、また税制面の特例で組織内再編につきもののさまざまな税金を軽減するものです。

改正に際して、不良債権の問題にも対応して過剰供給構造の是正という観点から共同事業再編というカテゴリーをつくりました。たとえば日立と三菱電機が事業統合して合弁会社をつくるとか、素材系のところも事業統合するという動きを加速させています。また、経営資源再活用ということで、企業再生ファンドを支援するという仕組みもできました。

もう1つの改正点は国内に設備投資するということに対する支援です。

こうした支援措置を通じたミクロの企業構造調整の推進で、大企業においてはようやく復調の傾向を示しています。

ベンチャービジネスと新たなビジネス生態系の構築

もう1つのポイントは、ベンチャー企業の発展です。イノベーションの発展において、日本では大学と企業、さらには大学内でも学科の間で交流がなく、たこつぼ化していることが問題です。シリコンバレーモデルがよくいわれますが、人的なネットワークに本質があると思います。仲間意識が強い、モビリティがあること、開放性があること、またいわゆるベンチャーキャピタリストが大学の先生と交流があるので技術についての目利きができることがあります。これが相互扶助のネットワークにもなっていて、仮に企業が失敗しても人材は大学や大企業に吸収されます。日本にはこういう場がありません。

日本でベンチャーというとソフト系、流通系ばかりなので、テクノロジー系のベンチャーを育てたいと思い、掲げた政策が大学発ベンチャー1000社構想です。これも98年からTLO法とか、産業活力再生特別措置法のなかで委託研究の知的財産権を開発してくれる民間企業に100%帰属させるという制度とか、大学教官の兼業規制の緩和などをやってきました。それで2001年大学発ベンチャー1000社をめざしたわけです。文部省の大学改革の流れと協力して進めることができ、大きなうねりがでてきたと思います。

起業マインドも醸成されてきました。「起ちあがれニッポン DREAM GATE」プロジェクト(イメージキャラクター ボブ・サップ)です。ウェブサイトを通じて潜在的な起業家予備軍であるサラリーマン、学生に対してメールマガジン配信をしています。昨年の7月から始まったのですが、ユーザー数は21万人で、政府系のサイトとしてはかなりのものです。

それから最低資本金特例というものもあります。平成2年に最低資本金規制が商法上はいる前は、発起人7人、1株5万円、つまり35万円あれば会社がつくれました。当時開業数は15万社ぐらいだったのですが、この最低資本金規制がはいってから8万社におちています。別に1円会社を推奨しているわけではないのですが、資本金は一律1000万円というより、その経済実態に合わせたものでいいのでは思っています。昨年の2月から施行されましたが、1万3000社を超える利用がありました。昨年の開業数は9万社弱になり、効果があったと思います。大学発ベンチャーは3月の調査で799社まできました。

このようにミクロでの好循環はできつつあるので、いかにこの動きを持続させながら、マクロ的なイノベーションと需要の好循環を維持していくかということを考えていきたいと思います。

新産業創造戦略

新産業創造戦略のポイントは、産業構造転換の促進です。強い製造業の復活、その一方で製造業は雇用の増大は期待できないので、国内で雇用を生み出すサービス業の新産業群の育成をはかることです。視点は3つあって、1つは、世界との競争に勝つのはどの産業か、2つめに、社会のニーズに応えるのはどの産業か、内需型の産業をどうおこすか、3つめに、地域の産業をどうおこすか、です。

今回はあえて統計を用いず、フィールドワーク中心の作業にしました。資料中(P23、24)の◆は各企業の生の声です。日本企業の強みは何かときいてみますと、みなさん異口同音にいうのは、日本の強みは高度な部材産業集積である、ということでした。たとえば薄型テレビのパネルを作れる国はどこかというと、韓国、台湾、そして日本です。なぜかというと、液晶パネルなどを作るのに不可欠な部材は100%日本が供給しているからです。しかもそういうハイレベルなものを作るためには擦り合わせが欠かせないので、地理的に近く、人的コミュニケーションも深くないとできないということなのです。

90年代の需要低迷の中で、今まで強かった川下(最終製品)のメーカーより、川中(部品・材料)、川上(原材料・素材)のメーカーが韓国、台湾と取引をして発展しました。この構造は決して悪くはないのですが、残念なのは垂直連携の強みを日本が活かしきれていないことで、これが課題です。

もう1つ、モジュール化ということがあって、どんな高度技術もいつかはモジュール化されます。しかし日本は、カリフォルニアよりも小さな範囲に部材産業が集積していて、これは世界的にもユニークなことです。日本の場合は、その集積の強みを活かして、擦り合わせにより高度な技術の開発を持続させていくことがあるべき方向だと考えています。

その強みの背景は何でしょうか。よく経営学では形の議論になるのですが、企業の実態を調べれば調べるほど、決まった形はないというのが結論です。優秀な企業の共通の特徴はもっと根元的なもので、日本が伝統的にもっていた文化を大切にしていることです。たとえば、あるガラスメーカーの社長が言っていましたが、「言われなくても裏もみがく、木目を合わせる」というようなものづくりの姿勢です。また、危機感の中でいろいろな知恵や工夫がでてくること、そして擦り合わせを保証するものは長期的な信用・評価を大事にするという文化です。そういう文化があるからこそ、契約社会とはある種別の意味での擦り合わせが成立するわけです。

しかし問題もあります。長期的な需要低迷のため、どこの企業でもリストラを行いました。希望退職を募った結果、人材が流出しました。日本の技術は知的財産権でおさえられる以外のものが多く、熱処理などはその典型ですが、秘伝のたれともいうべき生産技術者のノウハウによるものが大きいのです。料理人と同じで老舗から引き抜けば、ほかの企業でもある程度同じことができてしまいます。コアな業務に関しては依然長期雇用なのですが、そうでないところをリストラや流動化させた結果、製造現場の人材が欠如してきています。

(1)先端的新産業群
今回「新産業創造戦略」で取りあげた産業群は7つあります。その中で、グローバル競争を勝ち抜いてほしい先端的な産業分野は、燃料電池、情報家電、ロボット、コンテンツの4つです。なぜこの4つかというと、日本のものづくりの構造は、自動車、家電という山の頂が2つあって、その裾野に分厚い技術集積がある、という感じですので、その産業集積の強みを活かしながら、日本を引っぱっていけるようなものだからです。

自動車産業では環境問題との関連で、これからインパクトが強いのが燃料電池です。もし燃料電池で出遅れて自動車産業が不調になると、裾野の産業まで広く影響が及びます。この開発には、本体、材料、部品などさまざまな段階でやるべきことがたくさんあります。グローバル競争も激しいので、短期間で開発するためには、技術のロードマップを各段階で共有し、政府もそれに応じた規制改革を行うなどの工夫が必要かと思います。

情報家電に関しては、現在のシェアは、最終商品はわずか27%、部品は50%、製造装置は55%ぐらい、材料は65%です。利益率をみると、サムソンなどに比べて日本のメーカーは非常に低い。パソコンと情報家電という流れの中で考えたとき、垂直連携の強みをもっと活かせるのではないかと思います。

ロボットに関しては今のところ市場はほとんどありませんが、家庭用ロボットは潜在的な可能性があります。ロボットのメーカーも、家電のソニー、自動車のホンダとトヨタです。つまり家電、自動車の2つの山の間で、高度な部材産業をうまく活かした3つめの山になる可能性があるわけです。しかし介護のロボットの場合、たとえば入浴介護中に止まったらどうするかなど、産業用ロボットでは問題にならなかったような課題があります。

コンテンツに関しては、たとえば、日本のアニメは海外での評価が非常に高いのですが、日本のディストリビューション・システムは旧態依然なので国際進出がなかなか進みません。国際市場にいかに売っていくかが課題です。

(2)ニーズ対応新産業群
今回取り上げた産業群7つのうち、3つは市場ニーズの拡がりに対応する新産業分野で、健康福祉、環境、ビジネス支援というサービス業です。
健康福祉関連産業は、保険制度や規制に依存していて、なかなか伸びがありません。民需主導のサービスがどんどん出てきてほしいです。我々ができることは制度改革、ビジネスモデルの提示などだと思います。

環境・エネルギー機器は、リサイクルを含めるととても拡がりのある産業です。やるべきことは、技術開発、初期市場をどうつくるか、そして国際展開です。
ビジネス支援サービスは、すでに立ち上がっていますが、あとできることは、ビジネスのスキル表示、人材育成でしょうか。
このほかにも、弁護士など、まだ不足している専門サービスを充実させていきたいと思います。

(3)地域再生の産業群
地域再生事業の成功の秘訣が3つあります。
1つは、顔の見える信頼ネットワークです。濃密なコミュニケーションの中で熱い思いを抱いている人が担い手となって、地域おこしをしています。2つめに、その地域の特色ある産業構造や文化をどう活かすかという視点があることです。3つめに、それを新しい商品やサービスに結びつけて、地域ブランドをつくっている、ということです。

例をいくつか挙げてみましょう。
先端的な新産業の関連で「システムLSIカレッジ」。最近は大学院でマスターを取った人が現場の技術者としてすぐ使えないという状況があります。それを現場ですぐ使えるようにトレーニングできないか、ということで専門学校をつくりました。

東大阪では「メイド・イン東大阪」というブランドをつくりました。このブランドは15年ぐらい前に、東大阪の商工会議所が「オンリーワン企業リスト」をつくったのが始まりです。いまや人工衛星を打ち上げようというプロジェクトをつくっています。

観光がうまくいっているところは、タウン・マネージメントがしっかりしています。景観の保護、廃業したところは誰かが補うという仕組みなどをきちんとつくり、町並みを守っています。

食品に関しては、工夫すればどこの地域でもできることではないかと思います。「ももいちご」というイチゴのブランドがあり、18粒で5000円から1万円で取引されています。この苗木は協定に参加している34戸の農家しかもっていません。類似のブランドに対する監視活動もしています。

「いろどり」という会社のタウン・ビジネスは、人口5000人、高齢化比率は4割という、あるのは野山だけという町で始まりました。時間のあるお年寄りに裏山からいろいろな種類の葉を採ってきてもらい、補助金でコンピュータを各戸に導入し、その葉を高級料亭に売るという商売をしました。驚くことに月収100万円を超えたお年寄りが昨年7人出たそうです。おまけに野山を歩いているおかげで健康で、寝たきりの方は3人だそうです。うまく高齢者を活用した例で、こんなにうまくいくことはめったにないと思いますが、おもしろい例だと思います。

重点政策について

今まで地域産業を考えるとき、箱もの中心、ハード部分の支援になりがちでした。しかしこれからはソフト部分の支援、コミュニティの再生や、地域に対して熱い思いを抱いている人をどうバックアップするかということだと思います。地域ブランドをつくること、また大学をどう活用するかが課題です。地域ブランドに関しては、商標法の改正も検討していまして、地域ブランドをつくりやすくしていきたいと思っています。

業種全体として緊急の課題は、産業人材の育成です。これについては、擦り合わせの研究で有名な東京大学の藤本先生、半導体の製造装置の研究の大見先生、そういう方たちに協力していただいて実際の製造現場での人材育成のプログラムをつくりたいと思っています。
知的財産権に関しては、営業機密について日本はルーズなところがあり、終身雇用制度から時代は変わりつつありますので、雇用契約などのルールづくりをしたいと思います。場合によっては、不正競争防止法の改正も考えないといけないかもしれません。

「新産業創造戦略」に取り上げた7分野は、試算で2010年の総生産300兆円になります。2025年における少子高齢化の産業構造の試算では、世代ごとの支出を分析してから、各市場の規模を逆算しています。その中で製造業は一定規模保持できるという結果になりました。そしてエネルギー多消費型の産業は相対的に伸びず、環境調和型の産業が伸びるということです。ただし、これは見通しというより、目標だと思ってください。

ミクロの好循環はいま進みつつあります。また、松下がPDPの工場を上海にもあるにもかかわらず最新鋭工場は国内に戻したように、90年代後半いわばブームのようだった中国進出ブームも一巡し、各企業が冷静に適地生産のあり方を見直しています。そのなかで製造業の復活とサービス業の進展が望めると思います。

企業でも地域でも、熱い思いをもった人の存在が最も重要になります。そういう方たちを支援していきたいと思っています。

質疑応答

Q:

ベンチャーというと大学発ではなくて、大企業からスピンオフしたベンチャーも多く、そのほうが成功しているように思いますが、そういうベンチャーに関してはどのようにお考えでしょうか。それと産業クラスターは高度部材産業を強みとする日本にとって、地域再生だけでなく、グローバル競争を勝ち抜くためにも重要だと思いますが、いかがでしょうか。

A:

確かに大学発ベンチャーよりも、スピンオフ・ベンチャーのほうがうまくいく率は高いように思います。大企業の事業部長あたりを経験した方だと、人的ネットワークもあり、それなりの人材を抱え、技術をもっていますから、ベンチャーを始めると、投資する人もたくさんいます。産業活力再生法でも、マネージメント・バイアウトという形で独立するのを支援するような仕組みを入れています。スピンオフ・ベンチャーも大いに視野に入れるべきものだと思います。
クラスターに関してはおっしゃる通りです。我々もクラスターの支援をしてきましたが、気をつけないといけないのは、ともすれば個々の企業の支援になってしまうことです。コミュニティづくりとか、人的つながりを支援することが今後の課題です。

Q:

クラスターと地域再生はどの程度結びつくものでしょうか。地域ごとにつくるというのは少し違うような気がするのですが。それとコミュニティというのは上からいわれてつくるものではないと思うので、そこを支援するのは難しいのではないでしょうか。

A:

クラスターと地域再生は表裏一体ではありません。製造業を支援しても、その地域にどの程度貢献するかというとたいして効果がなかったりします。そのような限界をふまえつつ、地域クラスターということで支援をしているというところです。またコミュニティづくりというのは、世話好きなプロデューサー的な人がいて初めて成り立つものです。そういう人を動きやすくするために、お金、施設利用などということで支援できると思っています。それと何かしたいと思っている人たちのための研修、型にはまったものではなく、そういうコミュニティ・プロデューサーからじかに学べるような、そういう支援をしたいですね。人と人とをつなげるような働きができたらいいのかもしれません。

Q:

今までの支援は保護・育成という面が強かったと思いますが、少し手を引いて自由な競争に任せたほうがよい部分もあるのではないでしょうか。また、ほかの省庁の協力がなくては進まないこともあると思うのですが、何か対策があるのでしょうか。

A:

政策の流れとしては90年代半ばから、制度改革をしながら市場に任せるという方向だったと思います。むしろ具体的に産業を特定した政策を示すのは久しぶりなのです。でも、競争がポイントだということは肝に銘じています。我々のやるべきことは、競争が社会的に効用が高いところで行われているか、またフェアに行われているか、よい傾向に行くためのものかをチェックしてその環境整備をすることです。
他省庁に対する働きかけについては、規制緩和の壁はまだまだ高いです。特に医療・介護の面ではまだまだですので、引き続き働きかけるつもりです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。