中国の構造改革

開催日 2001年12月21日
スピーカー 池田 信夫 (RIETI上席研究員)

議事録

本BBLは池田氏が執筆し、日本経済新聞社より今月(2001年12月)出版された「ブロードバンド戦略・勝敗の分かれ目」をもとにしたものである。

はじめに

まず最初に、この本でいいたかったことはIP(Internet Protocol)にすべてのメディアが収束していくのではないかということです。そうすると政策的に何が必要になってくるかが見えてきます。これから、政策的にも面白い時代になっていくと思われます。また今の日本のIT政策で、非常に重要で政策的にコントロール可能なものは電波だと思います。

今の電波のレジームというのは放送の影響が非常に強いものです。そういう意味でいくと、電話と放送という今の2つの基本的な情報通信の枠組を、一緒に変えなければなりません。大変大きな政策的課題を日本だけでなく、全世界的に抱えています。これは政策立案する側の人々にとって、大変面白い時代だと思います。明らかに前のレジームは老朽化している上に、次に移るべき制度の姿もはっきりしています。

Everything over IP

ユニバーサルなIP上に全てのデータを乗せれば、土台となるインフラはなんでもいいし、そこに乗るコンテンツ(音声、データ、映像)もIPのパケットに入ってさえいれば中味は問いません。ですから、すべてはIPに収斂していくようになります。これを私は"Everything over IP"と呼んでいます。その中で、今面白いのは音声でしょう。ちょうど今週の初めに、ソフトバンクが来年からIPで国際電話をやると発表しました。IPを使えばニューヨークまで3分7.5円で電話できるわけです。

インターネットと電話の違いで一般の消費者が知らないのは、コストが2桁以上違うということです。電話交換機は1億円以上するのに対し、ルータは100万円以下です。つまり大抵のことについて2桁違うわけです。技術というのは、1桁ぐらいの違いならよい技術に向けて改善していくことは可能ですが、2桁違うと古い技術は捨てた方がいい。電話も放送もインターネットにキャッチアップすることはあきらめた方がよいと思います。

この図は保守的な推定ですが、それでも2005年には90%以上の通信がインターネットになります。今年インターネットのトラフィックが音声とほぼ同じになり、来年にはそれが逆転します。携帯電話はピークアウトしてきました。音声は増えたとしても年間1割以下でしょう。5年後には、通信といえばインターネットになるわけです。

音声はIP電話でできることが見えていますが、映像は桁違いに情報量が大きく、特に動画の情報量はとても大きなものです。テレビの映像は大したことがないように見えますが、膨大な情報を流しています。しかし、技術革新によりテレビはDSLで流すことも可能になってきました。

問題は「最後の1マイル」よりもっと奥の中継系つまりバックボーンにあります。WDMでは電話の約10億回線分の帯域が広がりましたが、中継系のキャパシティは日米ともに9割余っています。問題は、キャパシティが余っているのに使えないところにあります。これは技術の問題ではなく、資源配分を効率化するという経済学の問題です。

ボトルネックはインターネット

もう1つはTCP/IP自体に問題があるということです。日本からアメリカまで平均17ホップ位のルータを通りますが、信号が1カ所でも赤になったら道路は渋滞してしまいます。インターネットは助け合いのネットワークなので、全体のトラフィックをコントロールできないのです。ウェブを見るくらいなら、「ちょっと遅いなぁ」くらいで済む話が映像ではそうはいきません。映像がぶつぶつ切れたら見るに耐えません。最低の帯域を保証するのは今の他人まかせのインターネットでは無理でしょう。

アメリカでは、コアネットワークにはTCP/IPを使わないで、光メッシュを使い、メトロではギガビットイーサネットを使用して「メトロLAN」で市内全体をつないでいます。エッジのところで初めてTCP/IPを使用します。それに対し、日本では神奈川と東京の間すらつながっていないため、ISPはアクセスポイントを各都道府県に持っていなくてはならない。技術とは関係のないところでボトルネックが起こっています。これは今のNTT法の規制が原因です。NTTの地域会社は県内通信しかしてはいけないのです。例えば神奈川県で余っているキャパシティーは、東京の人が使いたくても使うことができないのです。

電話網は不良資産

NTT光ファイバーは元々は電話交換機ベースでした。ルータを使えば交換機より2桁も安い値段で同じ技術が可能なのに、NTTは交換機を使用しています。過去にいくらかかったかというサンクコストは、考えてはいけません。これからのキャッシュフローを考えると、交換機を捨ててルータに変えたほうがいい。電話交換機全体が不良資産になりつつあります。これは数兆円規模の不良資産問題です。

このまま問題を先送りしていると、銀行の失敗を繰り返すことになります。日本には不良資産をどう処理してはいけないのかというよい見本があるのだから、とにかく迅速に処理しなければなりません。今の通信業界の問題は日本の不良債権問題に例えると、バブル崩壊直後の状態です。みんな何が起こったのかよくわからないのです。

真の変化は、バブル崩壊によって地価が半分以下になったのと同じように、インターネットによって電話網の資産価値がほとんどなくなったことです。しかも地価は上がる可能性がありますが、電話交換機がもう1度使い物になることはありません。これは非常に深刻な問題で、手のほどこしようがない状態になる前になんとかしなければなりません。

今年、林紘一郎さんと一緒にNTTの電話事業を切り離して「清算事業団」のようなものを作るべきだという提案をNTTにしましたが、残念ながらNTTの経営陣にも労働組合にも受け入れてもらえませんでした。経営陣は11月に、余剰人員を地域子会社に移し変えて本体の経営をきれいに見せる「飛ばし」を行って、問題を先送りすることを決めました。

無線LAN

固定系の話は政治的などろどろした問題が多いのですが、無線には明るい未来があります。FOMAやBluetoothはだめだと思いますが、無線LAN(IEEE802.11b)はこれからの間しばらく主役になるでしょう。HiperLANは交換機ベースで劣勢です。IEEE802.11aはNTTが特許を持っているものですが、日本では5.25GHz帯は使えないので、あまり期待できません。IEEE802.11gは54Mbpsを可能にし、しかも11bと互換性があります。

今の電波のしくみは、基本的に放送がもとになっています。放送はあくまでも受動的であって、ユーザーが発信する機能はなく、ダメな端末がインテリジェントな基地局にぶら下がっている状態です。これに対して、デジタル無線(パケット無線)では特定の周波数を割り当てる必要はありません。信号を広く拡散して送信し、それに逆のコードをかけて元の信号に戻します。混信しても、ノイズは除去できます。これがスペクトラム拡散の原理です。

未来の無線技術

ここから先は、現実には実用化していないものですが、今注目されているのは、ソフトウエア無線です。これは、1つの端末にいろんな方式の無線技術を実現しようということです。たとえば1つの端末でCDMAのカードや802.11bのカードを差し替えれば違う周波数帯が使えます。さらにデータベース上に全部の無線方式のソフトウェアを揃えておいてダウンロードして使えば、自由に周波数帯を選べます。パソコンでソフトウエアを取り替えるのと一緒です。いま空いている帯域はどこかを調べて、空いている帯域を無制限に使うことができるわけです。

いま話題なのはUWB(Ultra Wide Band)です。これは今までの無線とは全く違います。今までの無線は特定の搬送波(サインカーブ)を持っていてそれにのせて信号を送っていました。UWBは、搬送波を使わないで、パルスで信号を送ります。タイムドメインという会社がチップを作って、FCCが今年実験をしました。UWBのいいところは、現在のあらゆる帯域で使用可能なところです。パルスはサインカーブと全く違うので、普通の無線機からみるとバックノイズにしか聞こえないそうです。出力が非常に小さくて、普通の電波に干渉しないというのが謳い文句ですから、もしもこれが実用化すると、今の周波数割り当ては無意味になります。しかし、まだ実験の段階で実用化は先のことになりそうです。

浪費されるUHF帯

ところが、その電波の割り当ては非常に非効率で、緊急に是正が必要です。携帯電話は150MHzを7000万チャンネルで使っているのに、テレビは370MHzをわずか7チャンネルで占領しています。しかもUHF帯は完全に空いている状態です。その空いているところにこれから地上波デジタル放送をやろうとしていますが、実際にやったらローカル局はほとんど倒産してしまいます。これは当然です。デジタル化にかかるコストは全部で1兆円といわれていますが、アナログ放送と完全に同時放送ですから、広告料は1本分です。つまり広告料は1円も増えないのに、投資に1兆円も費やさないといけないのです。当然のことながら銀行からは融資が受けられない。電波を割り当てても、放送できなくて立ち往生するでしょう。

電波政策のあり方

今までの電波政策は抜本的に変えて、デジタル無線にふさわしいシステムを作るべきだと思います。帯域はみんなで共有し、サービスは自由にするのです。そのやり方はインフラ卸みたいな形でもいいし、最終的には完全に自由になるのが理想です。帯域が共有できるのであれば、アクセス系については光ファイバーよりも有力だと思います。

最近出てきているMVNO(仮想移動体通信事業者)は、自社で設備を持たないでサービスを展開しています。そのような業者がどんどん出てきています。ISPが自分で回線を持たなくてもいいのと同じです。こういう形になってくれば、回線からサービスまで提供するコモンキャリアはおそらく10年後くらいには存在しなくなると思います。さらにアクセスが無線になれば、ISPもいらなくて、通信端末も普通の電気製品のように消費者が電気屋で買って自由に使う商品になるでしょう。

21世紀の情報通信政策は、サービスはまったく自由にし、インフラをコモンズとして開放するという形になるでしょう。有線は今のところ規制が必要ですが、電波の効率が上がれば、インフラ間の競争が起きて光ファイバーも安く開放しないと使ってもらえなくなるでしょう。有線のインフラは電話、無線のインフラは放送というレガシー技術の上に今の制度は成り立っているわけですけれども、電話と放送という業界がなくなるのと同様に制度も変えていくべきです。

質疑応答

Q:

IPはバージョン6というのが前提ですか?

A:

IPv6は必要ないと思います。IPアドレスはまだ半分以上余っており、使い切るにはあと50年ぐらいかかるでしょう。

Q:

新しい無線、LANは通常の料金の中でコストをカバーしていく事になると思うのですが、価格は安くなっていくのですか? 光ファイバーもFOMAも非常に高いと思います。相当な量の情報を使う為にあるものなのに、料金的に安く実現できないと実用性はないのではないでしょうか?

A:

IP電話もソフトバンクは3分7.5円で実現しています。両端ともDSLを使えば無料です。今の電話料金がなぜ高いかというと、設備のコストではなく、電話会社がインフラを独占しているからです。IPの効率的なインフラを使えば、コストは1/100くらいになります。そうするとコモンキャリアの売り上げは減り、狭義の電気通信業は縮小していくでしょう。それに対し、端末やサービスやコンテンツの売り上げは増えますから、ネットワーク産業全体は大きくなります。つまり通信そのものが家電の世界になっていくのです。

Q:

NTTの者ですが、少々誤解があるようなので発言させていただきます。NTTはインターネットと電話交換機を通して通信しているようにいわれていますが、今は交換機を使用していません。光ケーブルは直接イーサネットでIP網につないでいます。ISDNを常時接続するときに、交換機を通してつながりっぱなしにされるような事態が起こってしまって、そのために交換機を増設しなくてはならない状況に陥りました。しかし今は加入者のところですぐリモートサーバーに出してしまって、交換機の中はいっさいスイッチ等を通さずにそこから地域網に出すという形で常時接続しております。将来的には音声も地域IP網にのせていくことが可能かどうかを考えているところです。
交換機の不良資産化の話が出ていましたが、2-3年前から既存の電話網に対して、交換機の設備投資は全くしていません。東西への再編後、設備投資が半分以下に減っているのは、ほとんどが光とIPのネットワーク投資になっているためです。日本の1番の問題は、光ファイバーを全てのお客さんにつないでいこうというビジョンを持ってやろうとしているところです。そこではアメリカのようなファシリティベースでの全面対決のような競争が起こっていないということです。その辺はどういう議論があるのかということをお聞かせいただきたいのですが。

A:

電力会社などに光ファイバーが余っているので、そういうインフラを開放して他の業者が使えるようにすべきだと思います。なるべく低いレイヤーで設備ベースの競争が起きるようにしないと駄目だと思います。DSLのようにNTTの回線にぶらさがってやっていく方法には限界があります。どうがんばっても、NTTを越えるような会社にはならない。

Q:

設備ベースの競争ではIPとインフラは一体になっていないとだめじゃないのでしょうか?

A:

そうですね。アンバンドル規制をするにしても、資本まで完全分離するというのは必ずしも正解ではないと思います。基本的には100%子会社でもいいと思います。ローレンス・レッシグ氏は完全に分けた方がいいとおっしゃっていますが、私はインフラとサービスが完全に別になると、ビジネスモデルが成り立たないのではないかと思います。ドコモのように、最初は垂直統合型でだれかがリスクを取らないとビジネスが立ち上がりません。うまくいったら他の業者に使わせろというのでは投資はできないでしょう。これは一番難しい問題です。もう一つは電話事業がまだもうかっている間に電話網を切り離すことです。今だったら公的資金を投入しなくても解決できるのではないでしょうか。不良債権と同じで、5年もほっておくとNTTだけで処理できなくなるでしょう。

NTT側の意見:

電話交換機の減価償却は終わりましたが、今一番問題になっているのは人件費です。IPにすると、故障したら買い換えればいいので、保守要員も大幅に減ります。人が余ってしまったため、別会社を作ることしかできなかったのです。むしろ政府が「清算事業団」を作ってくれればありがたいです。

Q:

無線の通信方式についてスタンダードの競争や進化の状況のお話がありましたが、例えば8011gやUWBはどのようなプレイヤーがどんな形でやっていくことを決めているのか、この先どうなっていくのか、この辺りを少しお伺いしたいのですが。

A:

802.11aは、もう商品が出ています。この前Sonyが発売した製品は5万円くらいで54Mbpsだから安いですね。802.11aは、NTTが開発して標準化の主導権を握った珍しい技術ですから、ぜひ11aを育ててほしいですね。問題点として挙げられるのは、11aで使う予定の5.25-35GHzに気象レーダーが入っているので屋外で使えないことです。10mWの微少電力の無線が、何kWもある巨大電力の気象レーダーに干渉するというのは、実際的な問題とは思えない。しかも気象レーダーは全国で14本しかありません。既得権を持っている人の主張は無条件に聞いて、その許す範囲でしか新規参入を認めないというのでは、新しいビジネスは育ちません。おまけに5.8GHzは日本ではITSに割り当てられてしまった。だれも使わないITSなんかやめて、無線インターネットでやるべきです。

Q:

知的所有権の問題はどうやってクリアすればよいでしょうか? 例えば韓国で数時間後に日本と同じ番組を流したり、ペイTVで流した番組を数分後には同じクォリティーのものを無料で流すことが可能になっています。これでビジネスモデルは成り立つのでしょうか? 放送に関しては本当にIPが使用できるのでしょうか? その場合どのような構図があればよいのでしょうか?

A:

それは非常に大きな問題だと思います。ウェブでは投資の規模はあまり大したことがなかったので、部分的には広告モデルで成り立ちましたが、大部分はつぶれてしまいました。広告モデルでは駄目だということが明白になってきました。コンテンツでお金をとれるような仕組みを作らなくてはいけません。今の著作権をどう変えるか、暗号化をどうするかなど、ややこしい問題はいっぱいあります。むしろ行政がこれからやらなければならないことはそこだと思います。

Q:

技術で解決すればよいということですか?

A:

技術的にはコンテンツを暗号化し、鍵を売るという形で解決できるはずです。今この問題の障害になっているのは、暗号の標準がなく、処理がむずかしいことで、こういう問題は政府が検討する必要があるでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。