日米欧企業の対中投資戦略・マネジメントの比較

開催日 2001年6月20日
スピーカー 金堅敏 (富士通総研経済研究所 上級研究員)
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議事録

金氏の略歴

1961年中国生まれ。中国浙江大学工学部、1985年同大学大学院修了。1997年3月横浜国立大学大学院国際開発研究科修了、(国際経済法)博士。1998年1月から富士通総研経済研究所に勤務、上級研究員。著書に『自由貿易と環境保護-NAFTAは調整のモデルになるか』(1998年)、論文に「ガットの緊急輸入制限制度の一考察」、「アジア通貨危機におけるIMF等の緊急支援とその評価」、「中国企業のコーポレートガバナンス」、「中国WTO加盟のインパクト」等がある。

講演要旨

投資対象としての中国は、日本では「投資環境・経営環境が悪く収益性が低い」という認識が一般的で、95年以降の対中投資は、関心はあるものの、中小企業を除きあまり伸びていないのが実状です。これに対し欧米企業は、中国国内市場をターゲットとした販売重視戦略・積極的な技術移転と現地化等、日本とは異なる姿勢で対中投資を伸ばしています。日米欧の主要な進出企業へのヒアリングを通じた所感を交え、金氏から、日系企業の対中投資姿勢の変化を促す提言をいただきました。

質疑では、現地化が必ずしも最善とは限らず、比較優位を活かした国際分業が望ましい場合もあるとの意見や、日本企業の雇用慣行と人材(不)活用に問題ありとする声、その他中国政府・企業の対日感情の微妙な影響、中国に距離的に近いことによる欧米との戦略の違い、投資促進機関のサポート体制等々に関し、活発な議論がなされました。

概要

対中投資や中国とのビジネスの難しさは、モノを売っても資金回収できないという声に代表されるように、中国の投資環境・経営環境に問題があるといわれています。しかし、同じ環境で成功している欧米企業が存在するのはなぜでしょう。中国進出企業へのヒアリングを通じ、日米欧企業の対中投資姿勢を比較して所感を述べてみたいと思います。

最近の対中投資動向を見ると、米国は安定的に推移しており、ハイテク、金融、通信分野、最近ではベンチャー投資が活発化しています。欧州は大型投資中心ですが最近は中小ハイテク企業が増加しています。日本は既存企業の再投資、電気・機械、消費財を中心とし、中堅・中小が多いという従来通りの形です。

多国籍企業の地域戦略を見ると、米国企業の投資先は、アジアではほとんどが中国です。市場規模は日本の方が大きいのですが、日本は投資対象ではなく、中国を中長期的なビジネスの拠点と考えています。日本企業は分散的で、台湾や香港、ASEAN等にも投資していますが、従来から収益性の高かった地域に引き続き投資しているともいえます。欧州(独)企業はその中間で北東アジア重視です。製造業が強いためか、香港は重視していません(図表1、2)

90年代後半から、日本の対中大型投資は減少しています。中小企業については回復していますが、素材産業等、中国経済にとってインパクトの強い大規模な投資が減っているため、中国における日系企業のプレゼンスは、契約ベースでも実行ベースでも、欧米に比べると低いです(図表3、4)

日系企業にとっては収益性が低いことが大きな要因です。香港、シンガポール、マレーシアは収益率が高く、中国、インドネシアが低いのはわかりますが、フィリピンが低いのはなぜかわかりません。性格が合うところは良いが合わないところはだめということかも知れません。米国の対中投資の収益率がそれほど低くないのは、収益性重視の度合いが日米で異なることもあるでしょうが、国ごとの特性に合った投資戦略を採っているからだとも考えられます。日系企業も、ミクロ調査(アンケート)では黒字が7割といっていますが、この数字が実態を表しているかどうかはやや疑問です(図表5、6、7)

収益性に影響しているのは、日米欧の投資手法の相違ではないでしょうか。95年以降、輸出拠点投資から内需型投資に変わってきていますが、日本企業の販売力は弱く、はじめから市場参入型を目指す欧米とは異なっています。また、日本企業が投資するのは労働集約的産業、消費財が多い(図表12)ので、コピー(キャッチアップ)されやすいという問題があります。欧米はハイテク、川中・川上産業が多いので独占が保てます。経営管理についても、日本企業の生産現場重視・品質重視の姿勢は中国で評価されていますが、販売には必ずしもつながっていません。これに対し欧米企業の総経理は、ほとんどが販売担当です。ただしコスト・パフォーマンスを重視するあまり現地向けに質の悪いものを売っていたフォルクス・ワーゲンは、中国で悪い評価を受けています。更に、日本企業はITの応用に消極的でモジュール化に慣れていませんが、欧米企業は重視しています。現地化の不安や弊害を除去するため、欧州企業は本社でのモニタリングやガバナンスのツールとしてITを位置づけているのです(図表8)

内需型投資の収益性が上がらないのは熾烈な競争に原因があるという見方が強いです。債権回収に不安があるのは日本も欧米も同じですが、それを克服するノウハウが、欧米企業の競争力にもなっていると思います(図表9)

米系企業は、市場参入さえ容易になれば競争が激化することには不安を持っていません。関税や部品輸入等、制度的に自由化されれば競争に勝てると思っているので、中国のWTO加盟にかなり期待しています。日本企業は、参入機会が開かれてもまだ不安に思っています(図表10、11)

中国の国有企業は生産性が低いといわれていますが、最近の私有企業には相当な競争力を持つものも現れており、移動体通信等の分野でローカル企業のキャッチアップは著しいです。一方、アパレルやプラスチック等の分野では、競争相手は国内企業ではなく、外資系同士です。現在、欧州企業がローカル企業を競争相手と考える割合は3割に達しており、キャッチアップされる不安は欧州企業も抱えていますが、例えばパソコンでは、ハードから脱し、ソフトやサービスで差別化を図るといった対策を取っています(図表13~17)

一般に、技術レベルが低いほどキャッチアップされやすいですが、家庭用テレビは、最新技術を循環的に投入して行くという技術戦略の成功例です。ただしその場合、知的財産権の管理には細心の注意が必要です。中国では、日本の技術レベルに対しては非常に高い評価をしていますが、それだけで競争に勝てる訳ではありません(図表18、20)

国内市場参入のためには、技術を中国向けに改良するとともに、中国の技術者を活かすといった努力が必要です。日本企業は、中国を日本市場の延長と考えていますが、欧米企業は全く別のものと考えて、現地にR&Dセンターを作るなどの工夫をしています。また、ERPなどITによるサポートも日本企業は遅れていますが、中国の優秀な知識人にとっては、IT投資に熱心な企業かどうかが就職先選択の基準になっています(図表21)

地域分布には日米欧企業間であまり差はないようです。部品の現地調達率に関しても差はないですが、日本企業の投資は、実は輸出目的の加工貿易型です。日本国内関連企業の雇用維持という非市場的要因があると思われます(図表24~26)

日系企業では、「ヒト」の現地化は遅れていると前からいわれています。欧米企業には、適切なモニタリング体制等、現地化してもこうすれば大丈夫というノウハウがあり、不安を克服しているようです。こういったことを提言していくのもシンクタンクの役割かも知れません。日本企業は、忠誠心を養うために研修もほとんど日本で(コックさんまで)受けさせますが、そんなことで中国人は忠誠心を持ちません。むしろ、日本人が苦手とする「責任と義務の明確化」を行い、インセンティブを引き出す雇用環境を作ることが重要ではないでしょうか。また欧米企業の経営戦略は販売中心であり、ユーザー信用データベースや、回収額に応じた賞与等、資金回収にもノウハウがあります(シート25~28)。

その他の相違点として、知的財産権問題は深刻ですが、欧州企業は結束して定量的データをもとに政府に圧力をかけたりするのに対し、日系企業はちゃんと主張しません。地元コミュニティの作り方も不健全かつ不十分です。政府や公的機関のサポート体制も全く違います。商工会議所のレベルはかなり異なり、米国商工会議所は問題集約だけでなく具体的提言を出してみんなに読まれています。しかし今年の「通商白書」は、中国を脅威と捉える従来の見方とは変わって、シェアしていこうという姿勢なので評価されています。(以上)

質疑応答

Q1:

現在の日中貿易摩擦についてはどんな見解が聞かれましたか?

A1:

繊維関係の企業等は、「日本が規制やセーフガード措置を採っても大きな流れは変えられない」と、あまり心配していないようでした。むしろ、李総統のビザや教科書問題とセットで、日本人はけしからん、というトーンで語られています。中国は決して貿易戦争は望んでいませんが、農産物を超えて繊維製品にまで発展するとどうなるかわかりません。ただ、日本の参院選後にお互い譲歩して解決すると見る人は多いです。

Q2:

輸出中心型の方が儲かるのは、95年以前だけでなく今も同じです。欧米に比べ現地化が遅れているのは、人材面で負けているのも大きいのではないでしょうか。中国人が米国に留学して中国に戻るケースはありますが、日系企業は、そもそも数が少ないNippon Educated Chineseを喜んで雇う訳ではありません。日本の終身雇用や年功序列といった社会主義的雇用システムは、中国の市場主義原則に馴染まないのです(笑)。良い人材がいないので任せず、任されないので人材が集まらないという悪循環が起こっています。

技術移転には必ずしも賛成しません。国際分業は比較優位に基づくのが原則です。NECは上海に立派な半導体工場を建てましたが、1,000億円以上の投資額でも資本集約型なので雇用は生みません。機械は持ち込みで製品は全て輸出。国内経済とは何の関係もなく、中国にはメリットがありません。もっと中国の現状に合った技術の方が良いと思います。

A2:

現地化のための現地化は無意味です。現地化しないことで問題になっているのは収益性なので、しなくてもうまくいけばそれで良いのです。

静的には比較優位でも、動態的に見ると変わってきています。トヨタのシャレード2000とサンタナの関係が好例です。競争相手や消費市場をよく見て技術を持っていく必要があると思います。

Q3:

欧米にはビジネススクールで国際的経営者を育てますが、日本にはありません。APEC等でそういった育成機関を作る必要があるのではないかと議論しています。そもそも国内でも国際人を使える経営者がいないのに、海外に行って使いこなせる訳がありません。

A3:

教育も重要ですが、より重要なのは社会全体が競争的環境であることです。日本にはMBAを持っている人は4~5万人もいるのに、なぜ日本でそういった経営を実践しないのでしょう? 中国の優秀な経営者にはMBA取得者はあまりいませんが、競争的環境の中で、自分に合っていると思えば欧米的手法を採用します。小売業界でも、カルフールを真似た店など、手法のスピルオーバーが起こっています。中国では、公務員も結構厳しい競争に晒されています(笑)。

Q4:

商工会議所の役割についてお話がありましたが、中国では規制があって、全土で1か所しか開設が認められません。それでも米国は北京以外に上海に事務所を作って、かなり組織的活動を行っています。日本もやろうと思いましたが認められませんでした。中国政府の姿勢に、なんとなく差があるように感じています。一方、日本の投資促進機関の問題としては、本国からの財政的・人的支援が不十分です。

A4:

日本が歴史的経緯から、中国政府や企業との関係でハンディキャップを背負っているのは事実です。しかし、1か所しかない商工会議所を活かしきれていないのも事実です。レポートは非公開で、欧米の機関とのつきあいもなく、大変閉鎖的でレベルが低いです。本社では出世の可能性のない年輩者しかいなくて、重苦しい雰囲気です。米国の事務所は、中国人スタッフをrelation担当部長として活用しているのとは対照的です。

Q5:

「もはや一党独裁ではない」といわれましたが、中国ビジネスには党幹部やその子弟との接触が最も重要との認識は変わってきたのでしょうか?

A5:

政府や党がビジネスに介入することは少なくなりました。真面目な企業も増えています。欧米企業では、賄賂は原則禁止としているところもあります。華僑系の中小企業にはまだ問題がありますが。

Q6:

さきほどの技術移転の話ですが、中国にハイテク製品のニーズがあるのなら日本で作って中国に輸出すれば良いし、ネギや椎茸は日本にニーズがあるので中国から輸出すれば良いと思います。自動車も、WTOに加盟して関税が100%から15%に下がれば、わざわざ中国で作らなくても良いのではないでしょうか?

A6:

競争力は、モノが安いということだけではありません。中国市場で競争に勝てるだけの技術は必要です。ゴールは中国で競争に勝って収益を上げることです。

Q7:

日米欧の単純な比較ではなく、日本市場と中国市場がすぐ側だという要素を考慮すべきだと思います。既に日本に立地していて投資を考える日本企業と、わざわざ出かけてくる欧米企業の対中戦略は当然違うので、同じレベルのR&Dでないのは当然ではないでしょうか。

A7:

私が議論している投資戦略は、販売か投資かという話ではなく、販売でなく投資を選んだ場合に中国国内市場を目指すための投資戦略なので、やや論点がずれています。

Q8:

少し意見を述べさせていただきますが、携帯電話のように、既に中国の方が大きくなっている市場では、そんな議論をしている余裕はないと思います。半導体はもうハイテクとは言えないかも知れません。

Q9:

九州から見ると、東京・大阪よりも上海の方が近いのです。欧米とは全く事情が異なります。販売戦略や資金回収を、欧米企業が本当にうまくやっているのか疑問です。また今日のお話はかなり大企業中心ですが、対中ビジネスは中小企業が引っ張っていると思います。

A9:

日米欧の比較をしようとすると、自ずと対象は大企業になってしまいます。中小企業の競争相手は、台湾やローカルの企業というのが実態でしょう。欧米企業では、資金回収を華人が担当しているケースがあります。企業に信用があり、製品に競争力があることが前提になりますが、depositを取るとか、配送してすぐに回収する等、多少利益率を下げても回収できるようにしています。日本企業は売上主義・利益率重視なので、前提を満たしてもなかなかそうはいかないでしょう。

Q10:

現地で儲けるために持って行った方が良い技術はあるでしょうが、日本企業は本当のハイテクは日本国内に残すのではないでしょうか。また、中国人の日本に対する感情は欧米へのそれとは明らかに違うので、日本企業がただ真似をしてもうまくいかないと思われますが、この状態はどの世代まで続くのでしょうか?

A10:

R&Dセンターは、日本にあるR&Dセンターをなくして中国に持って行くという意味ではありません。日本におくか中国におくかという二者択一ではないのです。また、日本はよくわからない国という印象が依然としてあるので、日本自体を国際化することがまず必要だと思います。

Q11:

「通商白書」に関する日本の報道は、さきほどのお話とは逆に、中国の脅威を煽るものとされていました。中国できちんと評価されているのは嬉しいです。どんな人がその話をされているのですか?

A11:

有名なエコノミストたちです。また、ラジオの番組でも流れていました。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。