RIETI政策シンポジウム

習近平政権の政策分析~2010年代の検討を中心に(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2023年1月30日(月)10:00~12:00(JST)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

議事概要

RIETIの「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」では、4つの主要研究テーマの1つとして、2010年代の中国経済を分析対象に焦点を当てて政策分析を行ってきた。2010年代は習近平政権を中心に、積極的な産業技術政策や対外投融資・援助の促進政策が動き出した一方、市場化改革の面では停滞も指摘されてきた。本シンポジウムでは同プロジェクト中国班のメンバーが、中国の経済改革、保健政策、産業技術政策、対外経済政策について研究成果を報告するとともに、中国との関係構築の方向性について議論し合い、2020年代を展望した。

開会挨拶

浦田 秀次郎(RIETI理事長)

RIETIでは、日本経済が直面する恐れのある内外のさまざまなリスクを俯瞰するとともに、今後の新たな国際秩序像を探るため、2021年1月から「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」を進めてきました。今後の国際秩序形成の方向を左右するポイントとして、経済安全保障、中国経済の動向、気候変動政策、デジタルイノベーションの4つのテーマで研究を鋭意進めており、本日は中でも中国経済の動向について研究成果を報告していただきます。本日のシンポジウムが皆様の中国経済についての知見を深め、これから日本経済が巨大な隣国とどう向き合っていくべきなのか、議論を深める時間となれば幸いです。

総論

「中国班の概要」および「政治指導者のシグナルを捉える:中国における経済政策不確実性と企業投資」

伊藤 亜聖(RIETIファカルティフェロー / 東京大学社会科学研究所 准教授)

私ども中国班は、中国が2010年代に多様な経済的変貌を遂げ、日本経済とも非常に深い関係を持つにもかかわらず、その内実は必ずしも十分に日本国内に提示されているとはいえないという問題意識を持っています。

実際、習近平総書記・国家主席の影響力は非常に高まったといわれ、慣例であった2期10年を超えて3期目に入っているわけですが、中国政治の研究者やジャーナリストの間では、習氏を「全ての主席(Chairman of Everything)」と呼んだりもしています。特に経済改革に関する政策決定において影響力が非常に拡大したのではないかといわれています。そこで実際に、習氏の経済関連の発言がどのように変化し、実体経済にどのような影響を与えてきたのかということをデータで確認してみました。

手法としては、習氏が経済と不確実性に関するキーワードを使用していれば経済政策不確実性(EPU)に関して言及しているとみなし、その記事をカウントすることでXiEPU(習近平EPU)という指数を作成し、その推移を分析しました。

その結果、XiEPUが倍増すると中国上場企業の四半期レベルの投資率が25%低下するという結果が出ました。また、国有企業や政治的コネクションがある企業では、XiEPUの影響が小さいことも分かりました。これは企業が事前に情報を得ているからではないかと考えられます。それから習政権の第1期よりも第2期の方がより効果が強く出ていました。

今回私どもの研究からは、最高政策決定者の認識と発言が中国企業の行動に影響を与えていることが示唆されました。特に中国に関しては最高意思決定者の影響力が強いということがいろいろな形で想定されるわけですが、実際にこうした形で定量的な手続きで確認できたことは1つの貢献だと考えています。

成果報告

中国における生産要素の市場化改革―労働力・土地・資本・技術・データの流動化に向けて―

関 志雄(RIETIコンサルティングフェロー / 株式会社野村資本市場研究所 シニアフェロー)

中国は、衰退産業における過剰生産能力と農村部の土地荒廃に象徴されるように、生産要素の利用効率が低下しており、生産要素の市場化改革を経済体制改革の最優先課題として位置付けています。

生産要素の市場化改革のマスタープランとして2020年4月に政府が発表した「要素の市場化に関する意見」では、土地、労働力、資本に加え、技術とデータという新たな要素についても方向性を示しました。

土地に関しては、請負経営権を請負権と経営権に分離して賃貸などの形で第三者も利用できるようにする農地改革が必要です。労働力に関しては、戸籍制度改革を行い、超大都市以外への定住規制を緩和することが求められます。資本に関しては、直接金融の割合を向上させる必要があります。技術に関しては、知的財産権の保護強化、技術革新の利益分配制度の合理化、研究開発と現実の乖離の解消などにより、技術供給の活性化が求められます。データに関しては、開放と共有の促進、セキュリティーの強化などが課題となっています。

また、経済主体間だけでなく、所有制間、都市部・農村部間、地域間、産業間についても生産要素の移動を妨げる要因を除去する必要があるでしょう。

ただ、「要素の市場化に関する意見」は改革の方向性を示しているだけで具体的ではなく、改革が骨抜きにされる恐れがあります。また多くの分野で生産要素の移動を妨げる計画経済の負の遺産が残る可能性があります。そして市場における公平な競争が最適配分の前提条件ですが、政府が国有企業を中心とする公有制を堅持し続ける限り、その実現は難しいでしょう。

出生数が高齢者のヘルスケア利用に与える影響についての検証

殷 婷 (RIETI研究員(特任) / 一橋大学経済研究所附属世代間問題研究機構 准教授/東京学芸大学 特任准教授/政策アドバイザー)

世界は先進国・発展途上国ともに出生率が年々減少しており、各国で出生率を管理するための家族計画政策が実施されてきました。しかし、これまで見落とされてきたコストに留意する必要があると私たちは考えています。それは出生数が親のヘルスケア利用に与える影響です。

例えば、最近の中国では出産奨励政策が徐々に緩和されていますが、それによって新生児を増やすだけではなく、親の生活の質や福祉などに影響を与える可能性があります。親の老後のヘルスケア利用を増やすことになれば、政策コストは過小評価されることになるでしょう。そこで私たちは、中国の「中国健康および養老追跡調査(CHARLS)」の個票データを用いて、その因果効果を検証しました。

その結果、より多くの子どもを持つほど、親はヘルスケア利用と自己負担による医療費支出が多くなることが分かりました。考えられることとしては、より多くの子どもを持つと親の心身の健康を直接的に悪化させ、ヘルスケア利用増につながる可能性と、子どもの数が増えると親は子どもからより多くの援助を受けてより多くのヘルスケアを利用できる可能性が挙げられます。

また、子どもの数が増えると母親は外来治療を増やし、父親は入院治療を増やす傾向があることが分かりました。そして教育水準の低い親の方が、より多くの子どもを持つことによるヘルスケアコスト増加や健康悪化の傾向がみられました。さらに、子どもの数のヘルスケア利用への影響はより若い親の方が強く受けている傾向が分かりました。しかし、子供数は依然として高齢の親の自己療法費用を増加させることから、子供の数が親のヘルスケア利用に与える影響は長期的であることが示唆されます。

これらのことから、出産を奨励することは新生児を増やす可能性がある一方、親の老後のヘルスケア利用とその医療費支出を増加させ、社会保障の支出を増加させることが分かりました。またこれらの政策はさらに健康格差を広げる懸念があることも示されました。そのため、出産奨励政策の実施と同時に、介護・子育てに関する社会保障制度改革を切り離さず一体的に推進する必要があると考えます。

これらのことから、出産奨励政策の実施と同時に、介護・子育てに関する社会保障制度改革を一体的に推進する必要があると考えます。

政府系ファンドは中国企業のパフォーマンスにどのような影響を与えるか

梶谷 懐(神戸大学大学院経済学研究科 教授)

私どもは、米中対立の要因の1つにもなっている中国独自の政府系ベンチャーキャピタル(VC)である「政府引導基金」が中国の産業政策においてどのような役割を果たしてきたのかという点に着目しました。

政府引導基金はマザーファンドとして、その傘下にあるファンドが民間企業に直接投資をするためのガイダンスをする役割があり、政府の投資の効率性を実現するためにあります。特に「中国製造2025」が提起された2015年から新規設立が急増しました。

先行研究では、政府引導基金が比較的経済合理性に見合った運営を行っており、民間の資金もガイダンスするという性格の基金なので、競争を阻害するものではないという見方もありますが、成熟した企業への投資を優先しがちであり、スタートアップ企業を成長させるという本来の趣旨から外れているという見方もあります。

そこでわれわれはマッチングとDID分析(差の差分析)を組み合わせた手法により、政府引導基金の出資を受けた企業のパフォーマンスを分析しました。その結果、固定資産や雇用は増え、企業規模は大きくなっていますが、売り上げや労働生産性、研究開発費、自己資本利益率などはほとんど有意ではありませんでした。

つまり、政府引導基金による出資は、生産性や研究開発の向上にはつながっていないと考えられます。政府引導基金に関しては昨年、半導体の政府系ファンドがガバナンスに問題があるとして責任者が追及される事態も起きました。現状としては効率性をあまり改善させるものではなく、産業をゆがめてしまう可能性もあるかもしれません。

中国輸出入銀行の「二つの優遇条件借款」:現状と課題

北野 尚宏(早稲田大学理工学術院 教授)

中国輸出入銀行(中国輸銀)が実施する、優遇借款(GCL)と優遇バイヤーズクレジット(PBC)と呼ばれる開発途上国向けの2つの優遇条件借款は、2000年代以降供与規模を拡大し、途上国側の資金ニーズに応えるとともに、中国企業による途上国へのインフラ市場参入を後押ししてきました。近年、途上国の債務脆弱性が深刻化し、GCLとPBCは、G20の枠組みとして導入された債務支払猶予イニシアチブ(DSSI)の対象になるなど注目されています。今回私たちは、2つの優遇条件借款について自ら構築した融資データベースを用いて初歩的な分析を試みました。

その結果、GCL・PBCは途上国との外交、経済関係強化の手段として機能してきたことに加え、「走出去」戦略や「一帯一路」構想に基づく中国企業の途上国市場への参入に資金的裏付けを提供してきたことが分かりました。地域別には、近年南アジア諸国に重点的に供与されている傾向があり、セクター別では、運輸、電力セクター、さらに一部地域では通信セクターへ重点的に供与されていることが分かりました。現在、GCL・PBLの借入国のうち一定数の国々が債務問題に直面しており、2020年には承諾額が大幅に減っているようにみえます。

現在、中国輸銀を含め、中国は途上国の債務問題を解決するために国際社会から一層の貢献が求められています。今後途上国のニーズに応えるには、貸付条件をさらに譲許的にすること、調達条件のアンタイド化を図り、途上国側のコントラクターも参入ができやすくなるような方策が検討されていく可能性があるのではないかと考えています。

パネルディスカッション

伊藤:
関先生は「要素市場化改革に関する意見」について言及されましたが、その後コロナ禍もあって新たな経済改革を実行するのは難しい面もあったと思います。進捗があったとすればどのような進捗があったのでしょうか。

関:
中国における要素の市場化改革はパイロットテストの段階に入っており、2023年までに段階的な成果を上げ、2025年までに全国の要素市場制度を整備するための重要な規範を示します。各省の政府もパイロットテストの具体案を発表しており、各地のパイロットテストで有効と認められる政策は最終的に全国的に実施されることになります。

伊藤:
出産奨励政策の実施と介護・子育てなどの社会保障制度改革を一体的に推進していくべきというご指摘でしたが、中国にはどういった育児支援の取り組みがあるのでしょうか。

殷:
中国にも以前から産休制度があり、2020年に産児制限が完全に廃棄された背景を踏まえ、子育て支援策は以前よりかなり充実していますし、育休制度も導入されました。ただ、具体的な実施方法や条件などは各省の地方政府に依存しており、地方政府の役割は大きいといえると思います。

伊藤:
梶谷先生がご報告された政府引導基金はガバナンスの面で非常に根深い問題が見えてきていると思います。中国政府はこうした問題をどのように改善しようとしているのでしょうか。

梶谷:
今回不祥事があった基金は半導体産業の育成が目的だったのですが、メディアからは、専門家が経営に参加しておらず、どこの企業が有望なのかが分かっていないのではないかというかなり厳しい批判もされています。政府の対策はあまり把握していないのですが、ガバナンスの問題は政府も十分認識していると思います。

伊藤:
資金による誘導政策は民間資金の非効率性を高めており、むしろ税制による誘導政策の方が適切ではないでしょうか。

梶谷:
ベンチャーキャピタルの育成に向けて幅広く資金をばらまき、芽が出たところにさらに資金を投入するステップを踏むことで、これまでなかった産業を育成できるので、それほど資金のゆがみはないという建前だったと思うのですが、中国の現実を考えると必ずしもそうではないのだと思います。

伊藤:
北野先生は、2つの優遇条件借款に関していずれも減少していると指摘されていました。その背景について教えてください。

北野:
中国は2019年に、債務持続性に一層配慮するなど「質の高い『一帯一路』」に方針転換して以降、途上国に対する融資に慎重になっているのだと思います。中国輸銀もIMFとトップ同士で会談するなど、債務問題に対する今後の対応策を模索しています。

伊藤:
中国の対外的なさまざまな援助や借款に関してデータが公開されないという問題が指摘されています。透明性は上がっていくのでしょうか。

北野:
自らの情報を開示する方向にはなかなか向かっていませんが、中国国内でも段階的に情報開示すべきという意見も研究者から上がっているので、透明性の向上に期待したいと思います。

伊藤:
2020年代の中国の経済改革の方向性はどうなっていくのでしょうか。

関:
これまでの10年間の習政権下で、改革開放を中心とする鄧小平路線が大きく見直されました。特に、米中デカップリングに備えて国際循環への依存度を減らし、国内大循環を主体とする双循環戦略を進めています。この戦略が進展し、中国が研究開発においてもキーパーツの生産においても国際競争力を持てば、日本とは競合関係になりますから、日本企業としては競争が激化することを見越し、対中ビジネスの次の一歩を考えておく必要があるでしょう。

伊藤:
中国経済の変貌について、ある一定の精度による知見を持ち寄っていただきました。いずれにしても中国経済の動向に今後も注視し、特にディスカッションでは地方での取り組みの可能性についても言及していただいたので、その点も含めて引き続き情報収集をしていければと思います。