RIETI政策シンポジウム

デジタル時代の価値創出 ~デザイン経営の視点から~(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2022年6月7日(火)14:00-16:00
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、経済産業省、特許庁、デジタル庁、国立研究開発法人産業技術総合研究所、一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)
  • 後援:日本商工会議所、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)

議事概要

デジタル時代の到来に伴い、デザインの価値が重要視され始めている。特に、持続可能な開発目標(SDGs)やサステナブル経営などの社会課題に1組織だけで対応するのは困難であるため、訴求する価値を他者と共有しつつ、複数主体で共創することが求められている。そうした中、人間視点に立脚して課題解決手法を導き出す上でデザイン思考のアプローチは有効である。本シンポジウムでは、デザイン経営の取り組みを行っている企業や地方自治体の現状をRIETIの調査結果等を用いて紹介するとともに、そうした現状分析を踏まえ、各企業が抱える課題とその対応策について考えた。併せて、政府内で早くからデザイン活用に取り組んできた経済産業省、特許庁、デジタル庁の経験を共有し、政府レベルのデザイン活用についても議論した。

基調講演:価値創造のパラダイム変換 ~イノベーションの変化とデザインの新たな展開~

紺野 登(多摩大学大学院 教授 / 一般社団法人Future Center Alliance Japan 代表理事)

日本の国際競争力は近年、凋落しています。良い製品を作ってもシステムを変えない限り世界と競争できないような価値構造の変化が起こっているためです。かつてのモノづくりの時代の価値は作って売るときが最大であり、消費すれば下がっていきました。一方、今は価値の基盤が経験価値に移行しつつあり、使う過程で価値が高まります。すると、従来のモノづくり型のビジネスモデルでは立ち行かなくなります。

そこで今は、複雑適応系の時代の経営が求められています。原則は3点あって、1点目に試行錯誤型のプロセス(知識創造)があること。2点目に、モノの機能的価値の上に美的価値を乗せるのではなく、環境・人間・社会の本質的な価値に根ざしていること。そして3点目に、知識ベースのビジネスモデルであることです。

イノベーション経営の中核にあるのは知識創造のモデルであり、暗黙知を獲得し、それを概念化して新しい形式知をまとめ、プロトタイプにしていくプロセスは、デザイン思考と非常に近い関係にあります。デザイン思考は、イノベーション経営を実践するエンジンであり、非常に重要かつ有効な方法論といえます。

デザインはこの100年間、イノベーションにおける名脇役として活躍してきました。まず、GMのようなモノのデザイン(色や形など)に着目したイノベーションが起こり、続いてマウスやタブレットなどで情報社会が産業として人間の生活に入ってくることにも貢献しました。そして今は、われわれの経験をデザインすることでイノベーションを支援する時代に入っています。

私はこれで終わりではないと思っていて、デザインは今後さらに重要になるでしょう。メタバースやAIロボット、遺伝子工学が生活の中に入ってくることで、われわれの内面世界を扱う機会が増え、その内面世界を革新・持続させるようなデザインとイノベーション、デザインとエコシステムを組み合わせる時代に転換するでしょう。これからは体験的認知に基づく横軸のデザイン思考と、内省的認知に基づく縦軸のデザイン思考の2軸がともに活用されるステージが来ると思います。

講演:デザイン経営の現状 ~大企業調査、中小企業調査、全国自治体調査から見えること~

鷲田 祐一(RIETI ファカルティフェロー / 一橋大学大学院 経営管理研究科 教授)

われわれが行っている「デザイン経営の標準KPI策定」研究の目的は、広義のデザインが組織経営に与える影響を量的に検証することにあります。国内の大企業やインハウスにデザイン組織を持つ企業の構成員に対してアンケートを実施し、デザイン部署の貢献を量的手法で分析するのが大きな柱であり、デザイン組織の量的なパフォーマンスを測るための主要指標(KPI)を見つけ出すことを目指しています。

回答のあった14社の1579サンプルを因子分析した結果、デザイン組織は「ブランド力の向上」「ユーザーコミュニケーション」「商品価値の向上」「提案力、情報提供」「対応力、信頼」「知財」「コスト・スピード」の7つの因子で評価されていることが分かりました。

さらに、このデータの重回帰分析を行ったところ、デザイン組織の総合満足度に7つの因子がどれだけ貢献しているかを見ることができました。影響力が最も大きいのは「商品価値向上」でしたが、「ユーザーコミュニケーション」が評価軸としてしっかり入っていることが確認できたのは非常に興味深い発見でした。大企業のデザイン組織のKPIに関するヒントが得られたと考えています。

7つのKPI因子で14社のクラスタリングをしますと、「狭義デザイン群」「デザイン経営群」「広義デザイン群」「デザイン未定着群」に分かれ、このうち「広義のデザイン群」のデザイン思考やユーザーコミュニケーション、ブランド力向上で新しい機能を発揮している企業は、全体の満足度も非常に高く評価される傾向にあります。

7つの因子の多くは、中間管理職や一般社員など現場に近いところでの評価を反映したものでしたが、「ブランド力向上」のように経営層に関係するものもあるので、今後は経営層や上級管理職の評価も反映した指標を目指す必要があるでしょう。

かつて日本のデザイン行政は、地域の産業育成への貢献も大きな柱でした。ところが、2006年以降、地域活性化の目的はなおざりになり、デザイン思考の流行に追い付いていないのが現状です。

全国の自治体を調査したのですが、実際にデザイナーを雇用している自治体・行政組織はわずか2.7%しかなく、その業務の多くはウェブサイト制作や広告・広報などであり、首長や役職者への政策アドバイスはほとんどなされていません。このあたりを変えていくことが今後の課題です。

パネルディスカッション第1部:デザイン経営の推進にあたって~企業の挑戦~

パネリスト:
  • 臼井 重雄(パナソニックホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当)
  • 宇田 哲也(富士通株式会社 デザインセンター長)
  • 勝沼 潤(日本電気株式会社 コーポレートエグゼクティブ)
モデレータ:
  • 田川 欣哉(Takram Japan株式会社 代表取締役 / 英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート 名誉フェロー)

クリエイティブ能力の経営活用―パナソニックにおけるデザイン経営の現在地―

臼井:
デザイン経営の潮流は、プロダクトデザイン中心から、社会のあるべき姿を問うビジョンデザインへと変化しており、弊社が進めるデザイン経営もビジョンデザインになります。われわれは実現したい未来を起点に考え、事業の現在地から人間中心で具現化することを目指しており、未来起点と人間中心のサイクルを回し続け、事業の本質的な競争力を強化しています。

産業界での一般的なデザイン経営はボトムアップ的な活動であるのに対し、われわれのデザイン経営は、事業の意思決定主体者である事業部長をターゲットにして、未来への視座をリードする形で推進しています。デザイン経営は事業部長のマインドセットや事業戦略に大きな影響を与え、結果として事業部長が掲げている戦略の解像度が上がり、到達度が計測可能な使えるビジョンになりました。

弊社では1951年、松下幸之助がインハウスデザイン部門を設立し、2021年には社長の楠見雄規がデザイン経営を全社成長戦略に位置付けました。デザイン経営によって成長戦略や事業をドライブするためには、トップとのコミットメントをかなり明確にしてトップダウンで進める必要があると思っています。松下と楠見が言っていることは、理想の未来を描いてそれを実現するためにどうするかという点で共通しており、本質はそこにあると思いながら日々デザイン経営をしています。

FUJITSUにおけるデザインの取り組み

宇田:
富士通では、総合ITベンダーからDX企業へと変革するため、社長自ら最高デジタル変革責任者(CDXO)を名乗り、FUJITRAという全社横断プロジェクトをけん引しています。その中でデザイン思考は重要な役割を担っており、13万人の全社員がデザイン思考を学んでいます。

具体的には「デザイン経営群」「広義デザイン群」「狭義デザイン群」に分かれており、デザイン経営群では、経営層自らがデザイン思考を身に付ける「Top Firstプログラム」を実施し、デザインの価値を肌で感じ取ってもらっています。広義デザイン群では、デザインリテラシーを身に付けるためのeラーニングや、デザイナーとの伴走プログラム、デザイン組織と非デザイン組織の人材交流などを行っています。狭義デザイン群では、ビジョンを具体的なモノに落とし込むことで、プロダクトデザイナーがエクスペリエンスデザイナーとしてモノから体験価値の重視へと自己革新を図っています。

今後は社内への価値提供だけでなく、社会に向けての直接的な貢献にも取り組みます。さらには、インハウスデザイン組織から飛び出して異業種でエコシステムを形成し、企業の枠を超えて社会課題を解決する活動によって、デザインの存在価値を再定義するとともに、日本を強くすることにも貢献したいと考えています。

デザイン経営の推進に当たって―企業の挑戦―

勝沼:
デザインはきれいな絵を描いたり、きれいな形を作ることも重要ですが、物事の本質を引き出し、メッセージを研ぎ澄まし、最終的にそれを美しく明確に表現することがデザインの提供価値だと定義して、それを訴求してきました。

デザインの貢献軸としては、関連部門との連携を強化しながらブランド貢献、ビジネス貢献、イノベーション貢献の軸で活動してきました。ブランド貢献では、企業としての思想や方針の打ち出しにデザインの力を活用しています。ビジネス貢献では、UI(ユーザーインターフェース)デザインやプロダクトデザイン以外に、スマートシティをはじめ各事業のビジョン構築にも取り組んでいます。イノベーション貢献では、技術を体験価値に換えて、ビジネスにつなげる取り組みをしており、その1つの事例として、人の作業を効率化し、物流業界の課題解決を目指した、協調搬送型ロボットなどがあります。

2022年度からは、デザイン部門がコーポレートの経営企画機能として位置付けられました。今後は経営企画機能の一員として経営戦略により深く関わることで、デザイン経営群として、そして各事業部門やR&D連携においても広義デザイン群として活動を進め、さらにデザイン経営を推進していきたいと考えています。

ディスカッション

田川:
2018年に「デザイン経営宣言」が経済産業省と特許庁から出され、各企業でも独自の取り組みが進んできました。先ほどの鷲田先生のクラスター図で、自社のデザインは今どこにいて、どこに向かおうとしているのか、共有していただきたいと思います。

臼井:
現在地としてはデザイン経営群ですが、プロダクトデザインやグラフィックデザインのメンバーは今も広義デザイン群にいるので、経営群と広義デザイン群が分断しないように循環性を高めることが大事だと思っています。

宇田:
現在は広義が6、狭義が2、経営群が2です。以前は狭義が中心で、徐々に広義の割合が大きくなり、最近は徐々に経営層にも響くようになってきたと思います。

勝沼:
NECは社会価値を創造するという方針を定めて以降、狭義から広義へと入っていきました。加えて、会社トップとのコミュニケーションを増やし、デザイン経営群にも入っていきたいと考えています。

田川:
各社の取り組みにある種の共通性が見えてきたように思います。これからデザイン経営に取り組もうとしている企業の皆さんにアドバイスを頂けますか。

臼井:
デザインが活躍できるのはやはり変化が起きているところだと思うので、ぜひ変化を思い切り楽しんでトライしてほしいと思います。

宇田:
非財務的な価値をどのように表現するか、デザイン経営の社会に対する貢献の部分をどのように描くかがポイントだと思っています。

勝沼:
小さくてもいいから実績を見せながら提供価値をしっかり訴求することと、デザインするときのコミュニケーションとして、経営者と同じ言葉で話すことが大切だと思います。

田川:
社会の潮流としてトップ層のデザインに対する理解が大幅に進捗(しんちょく)していると今日は感じました。デザイン経営宣言以降の1つのマイルストーンを皆さんと確認できたと思います。

パネルディスカッション第2部:政策へのデザインの導入~CDO(Chief Design Officer)の挑戦~

パネリスト:
  • 浅沼 尚(デジタル庁 デジタル監・前CDO)
  • 飯田 祐二(経済産業省 大臣官房長 兼 Japan+D チームメンバー)
  • 岩崎 晋(特許庁 特許技監 兼 CDO(デザイン統括責任者))
モデレータ:
  • 西垣 淳子(RIETI 上席研究員)

西垣:
2018年に発表されたデザイン経営宣言では、ブランドに資するデザイン、イノベーションに資するデザインの2つがうたわれました。これを受け、特許庁は自らをデザイン経営組織化するため、中央省庁で初めてチーフ・デザイン・オフィサー(CDO)を置きました。岩崎さんは2代目のCDOでいらっしゃいます。

また、2021年9月に発足したデジタル庁にもCDOが設置され、その初代が浅沼デジタル監です。経済産業省はCDOをまだ設置していませんが、政策にデザインを取り入れる動きを2022年から始めたところです。

デザインという言葉がどんどん変わってきているという話がありましたが、工芸デザイン、工業デザイン、デザイン思考、デザイン経営と変遷してきた中で、デザイン経営宣言が発表されたという背景があります。

JAPAN+D デザインの力で、日本の行政を変える

飯田:
社会課題が多様化・複雑化したVUCAの時代において、将来を予測することは大変難しくなっています。当然、行政の政策立案も過去の取り組みや慣習の延長線上に答えを見つけにくくなっているわけです。

そうした変化の時代において、行政もデザインアプローチを導入し、確実性や秩序、効率性だけを重視する政策から創造性を重視して変化の兆候を取り入れた政策に変えていきたいという思いから、2022年3月に経産省職員を中心とする有志によりJAPAN+Dが発足しました。

働き方改革や組織の意識改革をトップダウンで行うのはなかなか難しいので、JAPAN+Dではデザイン経営を上から押しつけるのではなく、まずはJAPAN+Dのメンバー、意識の高い人の自主的な取り組みを広げることで組織全体に改革の輪を広げていきたいと考えています。

中長期的には、まずは具体的に政策にデザイン経営を入れるとどんなことがあるのかを見せていきたいと思っています。そして、職員の理解を深めるために研修を実施し、デザインをよく知っているデザイン人材の方にも省内に入ってもらうことで、省内で生み出されたJAPAN+Dの萌芽(ほうが)を応援する仕組みを作り、組織全体としてデザイン経営を広げていきたいと思っています。

デジタル庁におけるデザイン組織の役割と活動

浅沼:
政策にデザインを導入するためには、行政組織内にデザインチームをどうやってなじませるかが最初の重要なアプローチになると思います。デジタル庁は2021年9月に発足し、私はその中でCDOとしてデザインチームを作り、組織内になじませることに取り組んできました。

アプローチは大きく2つあります。1つはデザイナーやデザインチームが行政においてどんな成果が出せるのかを早い段階でしっかりと示すこと、もう1つは法律や公的文書においてデザインのキーワードを構造化してまとめ、行政の戦略におけるデザインチームの役割を定義することでした。

併せて必要なのは、行政プロセスにおいてデザインがどう関わるのかをクリアにすることだと思います。政策デザインなのか、行政サービスデザインなのか、インタラクションデザインなのか、デザイン活動の領域を確認しながら進むことが重要です。

デザインプロセスを整備する際には、重厚長大なものを作るのではなく、まずはデザインシステムを小さく作るようにしていますし、デザインの知見を共有する際にも、チームの中心となる「コミュニティマネージャー」が戦略的に決めながら小さく始めるアプローチをとっています。

特許庁のデザイン経営に関する取り組み

岩崎:
特許庁では2018年、特許技監がCDOとなってデザイン経営プロジェクトチーム(PT)を立ち上げました。しかし、デザイン経営はPTに全て任せれば良いわけではありません。そこで、職員全体の意識改革をするために研修を実施し、相手の潜在的なニーズを発見するデザイン思考を体験しました。

さらには、特許庁のミッション・ビジョン・バリューズ(MVV)を再定義しました。PTが作ったものを下ろすのではなく、原案を各層で議論してもらい、全員が腹落ちする形で作りました。このMVVが特許庁の文化となるよう、いかに刷り込ませるかが今後のポイントだと思っています。

デザイン経営の実践例としては、特許関連の手続きを教えてくれる「お助けサイト」や知財の重要性を伝える動画「商標拳」などを作成しました。中小企業支援や審査用インフラの内製にもデザイン経営を反映させました。

2018年には、メンバーを公募し、知財を活用して社会課題を解決する「I-OPENプロジェクト」を始めました。PTにはこうした公募メンバーに加え、組織を束ねる原課課長らが加わっています。公募とガバナンスのバランスが今後のデザイン経営の鍵となるでしょう。今後もデザイン経営によってユーザー視点でビジネスを見直し、さらなるイノベーションを促したいと思います。

ディスカッション

西垣:
自由なアイデアで新たな政策を作るデザインチームを、従来型の組織においてどうやって構成しているのでしょうか。

浅沼:
ミッションとして新しいことを始めること自体を役割としてしまう方法があると思います。それから、政策を作る中で多様な視点が必要になると思います。何でも1つの方向性にまとめなければならないというカルチャーを作るのではなく、多様な意見が大事というカルチャーをベースに取り組みを支えることが大切だと思います。

岩崎:
われわれにとって大きなプラスだったのは、MVVを作ったことです。組織全体で議論することができ、関心のある事項であれば意見を言えるようになりました。メンバーを公募したことで、多種多様な人々がMVVに沿って集まってきたのは非常に良かったと思っています。

飯田:
われわれはまだ緒に就いたばかりなので、意識改革をもう少し根本的に浸透させていきたいと思っています。自主的に取り組んでいる人もいますし、現場でやっている人もいれば私のように年を取った人間もいるので、このメンバーで「こうすれば政策がきちんとできる」ということを見せながら輪を広げるとともに、必要があれば上からも並行して進めるなど、両にらみでやっていきたいと考えています。