RIETI特別講演会

ノーベル賞経済学者ジェームズ・ヘックマン教授「能力の創造」 (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2014年10月8日(水) 15:30-17:30(受付開始15:00)
  • 会場:全国社会福祉協議会灘尾ホール (東京都千代田区霞が関3-3-2)
  • 概要

    少子高齢化と格差拡大の進む日本では、有効な教育を通じた人材の一層の活用と教育資源へのアクセスの格差縮小が喫緊の課題となっている。そこで、本講演会ではノーベル賞経済学者ジェームズ・ヘックマン教授をお招きし、「能力の創造」と題して講演をいただいた。経済学、心理学および神経科学の観点から、経済活動や社会全体で機能する能力の創造について研究の紹介があり、能力形成促進のための政策や、貧困、社会的移動性、経済的・社会的機会の分析に対する含意が明らかにされた。その後、関連の研究者らによるコメント・質疑応答があり、非認知力と認知力の形成、家庭環境と能力格差、各ライフサイクルにおける能力などについて議論を深めた。

    議事概要

    主催者挨拶

    中島 厚志 (RIETI理事長)

    日本では少子高齢化が進んでおり、老若男女を問わず人材の一層の活用と開発が不可欠となっている。一方、母子家庭の貧困率が経済協力開発機構(OECD)諸国最悪の水準となっているなど、格差拡大もますます重点的に取り組まねばならない課題となっており、いかに有効な教育や人材開発を通じて格差の再生産を防ぐか、あるいは格差を縮小するかが重要である。本日のヘックマン教授による特別講演は、まさに日本社会が抱える深刻な諸課題に対して多くの示唆を与えてくれるものと確信している。本日の特別講演会が実り多いものとなることを期待する。

    講演 "Creating Capabilities"

    ジェームズ・ヘックマン (Henry Schultz Distinguished Service Professor of Economics, The University of Chicago)

    ジェームズ・ヘックマン写真世界中で格差が広がっている。日本では、税引後・移転後の世帯所得を見ると、1985年から2010年の間、所得や貯蓄などの格差を表すジニ係数がやや上昇する傾向があった。また、富の格差と貧困率は格差の度合いを測る別の尺度だが、これらも上昇する傾向があった。日本では貧困は一人親家庭で特に顕著であり、貧困率は高く、しかも上昇傾向にある。日本の母親が世帯主である一人親家庭は、自己評価によれば、ストレスがかかっている兆候がみられる。これは部分的には男女間賃金格差が原因である。男性と女性の時間給の差は、パートタイム労働で大きい。

    実証的に見て格差は社会的移動性と関連している。「世代間所得弾力性」(IGE)は、子の収入を両親の収入と比較したもので、世代にまたがる経済状態の固定性を測るものである。IGEが大きければ大きいほど固定性が大きい。IGEをジニ係数と比較してみると、正の関係が見られる。横断面における格差が大きい国ほどIGEが高く、息子の収入が父親の収入に左右される度合いも大きい。所得格差とIGEの関係を表すグラフでは、日本の数値は各国の数値の表す曲線上にある。デンマークのIGEは0.15で、アメリカとイギリスは0.47、日本は約0.4である。

    経済理論によれば、所得の格差とIGEの関係は結びついている。所得の少ない家庭ほど、子どもの教育費用を用意するのが困難であり、その他の機会を与えるのも困難になる。これは世界各国で大きな懸念となっている。いくつかの経済理論によれば、格差が社会的移動性の低さの原因だが、この因果関係は逆から見ることもできる。私の同僚であった故ゲーリー・スタンリー・ベッカーは、IGEが高いほど横断面での所得格差も大きくなると主張した。恵まれた環境に生まれることで出生時から優位に立つ人々はその優位性を子どもに引き継ぐため、世代を超えて社会の格差は拡大していくということである。

    所得の再分配について

    ある時点での格差とIGEとの関係に基づき、社会的移動性を高めるために所得再分配が大きな役割を果たせると考える研究者たちもいる。しかし、これは必ずしも、現在わかっている実証的事実に基づいた正しい結論とはいえない。

    伝統的に西側の福祉国家は「貧者への施し」、つまり、所得再分配に依存してきた。経済的・社会的格差を減らし、社会的・経済的機会を促進するような社会的包摂を促進するにはどんな政策が有効だろうか。フランク・ラムゼイやジェームズ・マーリーズのような著名な経済学者は、社会の富の総計を増やし続けながら、働くインセンティブを個人に与え続けられる効率的な移転システムに基づいた、格差を是正する方法について論じている。私はこの講演で、格差と効率性のトレードオフというテーマに何度も言及する。所得移転によって格差を減らすことは、個人に課税し、インセンティブを歪めることを通じて経済的効率性を低下させてしまう。しかし、このようなアプローチは、課税及び再分配の行動上の反応のみに着眼しただけで静学的である。

    これを補完するアプローチは、長期的に貧困を減らし、社会的移動を促進させるためにより有効である。それは格差と機会という問題に対処する、より広範な能力開発戦略である。日本、西ヨーロッパ、アメリカにおける格差の研究によれば、能力(スキル)が格差の主要な決定要因である。一般に、より高い教育、職場でのOJTその他の技能を身に付ければ、人は向上する。

    今日は、能力を創造する戦略について考えていただきたい。私は"capabilities"、"capacities"、"skills"という言葉を「能力」を表す同義語として使う。人々に可能性を与え、能力を創造することによって、格差を減らし、経済的効率を促進でき、同時に、人々がもっと活躍できるようになる。「貧者に施しを」の戦略の代わりに、能力を創造し、人々に力を与える方法について考えよう。

    「能力」を持つということは、経済の中で、また社会全体の中で機能している主体であることを意味する。アマルティア・センとマーサ・ヌスバウムは能力をこう定義した。「人々が達成しなければならない真の自由であり、人々が尊重し、また尊重する理由をもつところの存在の仕方、行動の仕方である」。「能力の創造」は、人々に何らかの特定の行動の仕方を強いる戦略ではなく、人々の可能性を具体化し、自分がどんな人でありたいか選択できるようにし、人生で直面する課題に立ち向かうための最大限の柔軟性を与える戦略である。より幅広い能力をもつ人々は、自分の人生を形作る上で大きな自由を享受しているが、能力の少ない人々にとっての選択肢は限られている。

    能力の創造に関する最新の研究から得られた8 つの教訓

    第1の教訓は、多様な能力があらゆる局面において、人生の成果に重大な影響を与えているということだ。認知力と非認知力が、労働市場における成果、結婚と離婚の可能性、生活保護を受ける可能性、投票する可能性、健康の可能性に大きな影響を与えることが調査からわかった。非認知力には、嗜好、自制心、誠実さ、仕事の継続性、多様な社会的やり取りや、経済活動への参加も含まれる。非認知力は様々な行動に影響を与える。能力の多様性は見逃されがちだが重要である。

    第2の教訓は、子どもの発育の専門家、経済学者、神経科学者、社会学者の研究に基づいたものだ。社会経済的に異なるグループの認知力、非認知力の差は、幼少期に形成される。能力の差は就学前に開き、日本のような先進国では学校教育もこの差を縮めることにあまり役立たない。

    第3の教訓は、能力の差の出現に対する遺伝の役割だ。頭の良い両親は所得が多く、成功を収め、自分たちの遺伝子を子どもに引き継ぐので、子どもの頭が良くなるというのは筋が通っている。しかし、実証的研究、実験的研究、非実験的研究からは、育児の仕方や環境にも能力を形作る力があることがわかっている。遺伝も重要だが、遺伝子の発現は、特に幼少期の環境によって修正することができるという研究結果が増えている。

    第4の教訓は、子どもの発達に重大な意味をもつ、決定的な時期があるということだ。異なる能力は人生の異なる時期に形成される。知能指数(IQ)は10歳で同じランクに安定するようになる。幼少期の恵まれない環境は認知力やその他の成果を方向付ける。しかし、子どもたちの非認知力は青年期になっても変化しうる。すなわち、人生の様々な段階で様々なタイプの介入を行う戦略を提言できる。

    第5の教訓として、子どもたちの置かれた環境にはかなり大きな違いがあることがわかってきた。専門的職業の両親の子どもたちは3歳の時点で、恵まれない家庭の子どもたちと比べて4倍もの語彙を聞いている。この状況は、子育てのスタイルともあいまって、子どもたちの発達に影響を与える。

    第6の教訓は、ライフサイクルを通じた復元力があるということだ。初期の恵まれない環境はその後も影響を与え続けるが、部分的ではあるが社会がそれを償うことができる。幼少期にネグレクトされていた子どもたちに対する思春期における最も有効な介入は、メンタリング、助言と情報の提供を通じた人格形成、社会的感情能力の形成、人格能力の形成である。良好な家庭環境で行われていることは、良好な職場環境、職業訓練プログラム、見習い研修プログラムに酷似している。

    第7の教訓は、「足場作り」の重要性だ。つまり、子ども、あるいは思春期の青年につき添い、協力し、発達の「最近接領域」と呼ばれる次のステップへ進む意欲をかき立てることだ。子どもに説教することは、彼らに関与し、交流することに比べると有効ではない。この関係においては、子どもと教師(あるいは親)の双方が、システムダイナミクス理論でいうところの「創発システム」によく似た役割を果たす。

    第8の教訓は、早期投資の重要性だ。幼少期に行われる質の高い介入は、能力を促進するうえで有効であり、これは「動学的補完性」の表れである。今日、しっかりした能力のベースを用意しておけば、明日さらに大きな能力を創り出すことができる。より高い能力とモチベーションをもつ思春期の子どもたちは学校教育で最高の投資ができる。能力は早期の投資によって、そしてライフサイクルを通じて創造されるもので、単純に遺伝子によって決まるものではない。私は「貧者への施し」の代わりに、有効な能力強化戦略として早期の能力形成を促す「事前の分配」を提案したい。

    能力形成の包括的理解

    能力促進のための有効な社会政策を立案するには、ライフサイクルの各段階で目標とすべき能力について考える必要がある。この繊細な見方は、能力の重要性を無視した多くの政府の断片的なアプローチとは対照的なものだ。犯罪対策として警察を増強したり、健康の増進のために医師を雇用したりするのも、このような断片的なソリューションの例である。このような方策も有効かもしれないが、問題の発生を予防する戦略の方がより有効なことが多い。このような断片的な、矯正にもとづいたソリューションだけに頼ることを避けた統一的な戦略が必要だ。能力開発の場合、問題が起こった後の対処に専念するより、問題が起こるのを早期に予防する能力を促進する方が有効な場合が多い。

    能力開発のために有効な戦略を立案するには、家庭生活、多様な能力、そして能力形成の力学の役割を理解する必要がある。低いレベルの能力は、犯罪、10代の妊娠、低賃金、不健康などの社会的問題の原因と考えられる。日本ではOECDの学習到達度調査(PISA)の点数に注目している。しかしながら、能力の経済学に関する最近の研究では、認知力は人生で成功するための要因の一部でしかないことがわかってきた。性格/ソフトスキルや、身体と精神の健康は無視されることが多いが、実は極めて重要である。

    学校、個人、国家が認知力と非認知力の形成を助ける。子どもたちの家庭生活が、認知力、社会的感情能力を形成する主要な要因だ。家庭やそのリソースを補完し、子どもたちの生活を向上させ、学校で子どもたちを支援することが有効な戦略となりうる。家庭を補完することによって、能力を促進し、断片的なソリューションのみに着目することを避けた政策を立案することができる。それぞれの問題に1つの官庁が対処するのではなく、能力を促進させる1つの官庁があるべきだ。能力を促進する介入は、費用便益比率も収益率も高く、公平性と効率性は両立不可能ではない。公平であるものは経済的にも効率的である。能力のベースを強化すれば、経済的生産性を創出でき、格差を減らし、社会的移動性を促進することができる。

    認知力と人格能力の重要性

    ジェームズ・ヘックマン写真心理学者たちは性格特性を示す5つの尺度を考えた。経験に対する開放性、勤勉性、外向性、協調性、それに神経症的傾向/情緒安定性である。認知力と非認知力の高い人は刑務所に入る可能性が低い。しかし、認知力と非認知力の低い人は刑務所に入る可能性が高い。

    アメリカでは毎年、中等教育完了の証明書を獲得する生徒の15%がジェネラル・エデュケーショナル・ディベロップメント(GED)テストを受験している。高校中退者は高校卒業同等の資格を得るためにこの試験を受験している。GED合格証書の所持者と高校の卒業生はほぼ同レベルの認知力をもっている。高校中退者でGED試験を受験しない者の認知力は彼らより低い。しかし、GED合格証書所持者の所得は高校中退者とほぼ同じで、高校卒業者よりかなり少ない。高校中退者とGED合格証書所持者の非認知力はほぼ同じで、これが高校卒業生との所得格差の根拠と考えられる。

    非認知力は信頼できる方法で測定できる。OECDの新しい報告書がこの問題についての調査結果を報告している。性格特性は、性格や認知力を測るタスクの成果で計測することのできる行動パターンである。最近の研究で、行動に基づいて作成された非認知力の尺度がどの程度正確かがわかっている。

    アメリカと西欧で行われた研究結果が、日本の研究論文でも追認されている。高い能力をもつ両親のもとに生まれた子どもたちと教育レベルの低い両親のもとに生まれた子どもたちでは、認知力の点数にかなり大きな差がある。大学卒の母親の子どもたちは、テストの結果がずっと良かった。3歳の時点で差はすでに生じており、非認知力でも同じような差がみられた。日本の浜野氏の調査データでも、家庭の年間所得によって子どもたちの語彙能力に同様の差がみられた。赤林英夫教授によると、教育レベルの高い母親の子どもたちや、所得の多い家庭の子どもたちの方が算数の能力が高かった。

    わたしたちはこの研究結果をどう解釈し、能力形成のための有効な経済政策、社会政策をどのように立案するべきだろうか。家族のタイプによる家庭環境の質が、大人になってからの成功を予言しているのである。福沢諭吉は個人の違いは教育の違いから生じるものであって、遺伝で決まっているのではないと信じていた。このような立場は極端であるにしても、広義の意味での「教育」は結果を決めるのに大きな役割を果たしている。

    家庭環境の差異

    心理学者たちがアメリカの家庭環境を研究した結果、恵まれた環境の子どもたちはそうでない環境の子どもたちと比べて1時間当たりほとんど4倍近い数の語彙を聞いていることが明らかになった。また、経済的に恵まれ、教育レベルの高い家庭の子どもたちの方が多くの励ましを受けており、恵まれない家庭の子どもたちはそれほど励ましを受けていないこともわかった。この結果、3歳の時点で語彙数には大きな差が生じている。日本では、教育のある母親の方がより頻繁に子どもたちを博物館・美術館に連れていき、本を読み聞かせ、大切な「言葉の風呂」に入れている。

    世界中で、家族は変化している。アメリカでは、子どもたちの30%は一人親家庭で育つ。このような家庭は一般に子どもに投資する財源が少ない。18歳未満の子どものいる結婚したことのない一人親の家庭も長期的に増加している。これほど極端ではないが、似たような傾向は日本でもみられる。アメリカでは、より能力のある子どもたちは大学にいく可能性が高い。家庭の所得も関係がある。能力分布の底辺にいる子どもたちの場合でも、裕福な家庭はそうでない家庭に比べて、子どもを大学にやる可能性が高い。日本では、家庭の所得と子どもたちが4年制大学に進学するかどうかには強い相関関係がある。

    これらは社会政策にとって、どのような意味をもつのだろうか。デンマークのIGEは0.15と低いが、日本は約0.4である。多くの人がデンマーク、ノルウェー、スウェーデンを格差の少ない理想的な国と考えている。これらの国々は、アメリカや日本より社会的移動性が高く、所得の格差は小さい。それでも、アメリカとデンマークを比べると、母親の教育レベルと子どもが高校を修了する割合との関係にはわずかな違いしかない。デンマークでは大学の学費が無料で、格差が少ないにもかかわらず、このような事実がある。デンマークは気前の良い福祉国家ではあるが、どちらの国でも親の教育レベルは大きな役割を果たしており、デンマークの統計の結果はアメリカの結果と奇妙に似通っている。アメリカでも、デンマークでも、親の所得と富が認知力にポジティブな影響を与えるというパターンになっている。どちらの国でも、家族の有利/不利が同じような役割を果たしていることになる。デンマークとアメリカで認知力と非認知力を計測してみると、どちらの国でも、学業の達成度の差に対しては、家庭の所得や授業料よりもこうした能力がはるかに重要な役割を果たしていることを示す傾向が見られた。

    遺伝子、生物学的包埋、遺伝子と環境の相互作用

    遺伝子は遺伝子の発現を通して行動に影響を与える。一卵性双生児におけるDNAメチル化とヒストンのアセチル化のパターンについての研究から、3歳の時点でも、50歳の時点ではさらに、遺伝子の発現にはかなりの違いがあることがわかった。遺伝子発現は経験によって変更される。サルで実験した結果、刺激や社会的介入なしに不利な環境におかれたサルは健康上の問題も行動上の問題も多いことがわかった。

    介入政策の効果に関する研究結果は、純粋に遺伝によるものだという説明とは全く相容れないものだった。子育て(ペアレンティング)は恵まれない環境で育つ子どもたちにとって、特に有益なものだ。50年近く前に行われたペリー就学前プログラムは、デトロイト市郊外で恵まれない環境に置かれている3~4歳の黒人の子どもたちに対して、2年間にわたり、1日2時間、認知力と社会的感情能力の刺激が与えられた。この子どもたちは、対照群の子どもたちと同じ学校に入れられ、40歳まで追跡調査を行った。実験群の子どもたちのIQは最初急上昇したが、10歳までにその効果は薄れていった。

    図:認知力の変化(男子)
    図:認知力の変化(男子)

    このため、このプログラムを介入の失敗例だと考えた人が多かった。しかし、ペリー就学前プログラムは1年あたり7~10%という統計的に有意な収益率を示した。これは主として、社会的行動を促進し、非認知的なチャンネルを通して生じた。雇用、月収、喫煙習慣、犯罪などを調べると、ペリー就学前プログラムに参加した子どもたちの成功には非認知力が大きな役割を果たしていることがわかった。また、介入によって、実験群では食生活、運動、喫煙習慣、その他の局面でも改善がみられ、健康に対しても長期的にポジティブな影響を与えていた。

    アベセデリアン介入プロジェクトはペリー就学前プログラムの10年後に行われたもので、多くの同じ特徴を示した。35歳時点での医療記録を見ると、実験群では肥満、高血圧、メタボリック症候群の減少というはっきりした改善がみられた。基本的な能力を強化することによって、彼らは自分の機会を増大させ、人生でより広範囲に機能することができるようになっている。多様な能力は教育を促進し、犯罪を減らし、社会参加を促し、投票率を向上させる。

    親の愛情と介入を慫慂することが大切だ。100年前、ジョン・デューイは「成功している学校のやっていることは、成功している親がやっていることと同じである」と書いている。これを現代風に言い替えるならば、「どんな年齢であれ、能力を促進するために成功している介入とは、成功している親やメンター(助言者)のやっていることと同じである」ということになるだろう。親の選好を変え、彼らが子どもの好奇心に応えるようにし、親と子の関係を変えることによって、人生を大きく変える効果をもたらすことができる。ペリー就学前プログラムでは、親が暖かい態度を取るようになり、家族のいさかいが減り、親の権威が増進した。このような調査結果があるにもかかわらず、日本を含む多くの国は、恵まれない環境にある子どもたちへの早期介入にあまり予算を割いていない。

    まとめ:能力は能力を生む

    社会的感情能力は、認知力を創り出し、認知力は健康を増進させる。子どもたちの能力のベースに変化を起こすには、年齢が進んでからよりも幼少期の方が容易である。幼い子どもたちは適応性があり、柔軟なため、幼い時期は特に重要だ。もっと後になっても一部の能力は修正できるが、能力のベース全体はそうではない。大人になると、能力のベースは大人にとっての成果を生み出す上で大きな役割を果たす。

    しかし、幼少期の条件が全てを決めるわけではない。その後も、復元、回復、修復がある。それでも、幼少期に介入を行う方がずっと有効である。後になってからの矯正はコストが高く、有効でないことも多い。幼少期の要因は教育の促進に非常に大きな役割を果たし、正式な学校教育が始まる前から存在する要因にも大きな影響を与える。就学前教育は認知力、非認知力の両方を高めることができる。

    自分たちが、経済学者と社会学者、子どもの発達の専門家の最新の研究を活用しようとしているソーシャル・プランナーだと想像してみよう。年齢を重ねた時期になって成功できるような能力のベースを形成するためには、出生前や、幼少期を対象にしたプログラムに集中するべきだ。しかし、恵まれない環境にある人たちのための投資は現在のところ、逆の優先順位で行われている。必要なのは再分配と矯正だけではなく、予防と事前分配だ。日本は「人間能力省」を設立するべきだ。子どものメンターとなり、教え、子どもと付き合うことは、子どものその後の成果を形作る上で大きな役割を果たす。新たな研究結果の理解が、教育政策に対する私たちの考え方を変えつつある。大人になってからお金を与えるよりも、子どもたちに前もって能力を分配しておくことが必要だ。恵まれない状況の家族は、恵まれた親となり、子どもたちの能力を育てられる環境を提供するためのツールを与えられる必要がある。このような家庭をもっと有効な親に変える政策に比べると、彼らに提供するお金を増やすことは有効な戦略とはいえない。

    コメント1

    橘木 俊詔 (RIETI顧問 / 京都大学名誉教授 / 京都女子大学客員教授)

    橘木 俊詔写真シカゴスクールの特徴は、マーケットメカニズムの信奉とヒューマンキャピタルの重視である。ヘックマン先生はシカゴの教授だけあって、人的資本投資の伝統を持っていると感じた。講演の中で就学前教育の重要性を力説されていたが、これについて4点お聞きしたい。

    第一に、幼児期の投資を考えるときには、親が置かれている状況が非常に重要となる。日本は離婚率が高まってきており、シングルマザーは所得が少ないため働くことに手いっぱいで育児に時間が割けないのが現状であるが、その場合、誰が子どもの面倒を見たらいいか。また、政府がそれを支援することについて、どう考えるか。

    第二に、子どもの一生は3歳までの教育で決まるという「3歳児神話」がある。母親は子どもが3歳になるまでは働くなという意見がある一方で、女性が高学歴化して男女共に働く世の中になったため、3歳以下の子どもを持つ母親も働いて良いという意見もあるが、先生はこの「3歳児神話」を支持されるか。

    第三に、日本では放課後、学習塾やスポーツクラブ、カルチャー教室等で学校外教育が行われ、特に学習塾は教育の重要な柱となっている。しかし、その導入状況は親の所得水準によって随分違う。この日本特有の教育システムについてどうお考えか。また、低所得の家庭で育った子どもは塾に通えず進学状況も良くないという問題を、どう解決したらいいだろうか。

    第四に、日本では家庭が教育費を負担すべきだという考えが強く、政府の教育費支出比率はOECD諸国で最低水準にとどまっている。就学前教育を行うために政府の教育費支出を増やすにはどうすれば良いか、先生の提言をお聞きしたい。

    コメント2

    山口 一男 (RIETI客員研究員 / シカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授)

    山口 一男写真ヘックマン教授の講演では、広い年齢範囲での非認知力の形成可能性、就学前の認知力向上の重要性、貧困対策における事前分配の重要性、そして質の高い養育の重要性が強調された。

    非認知力には忍耐力やモチベーションなど様々な能力が含まれるが、その中でも、その人が属する社会で求められる能力が育っていくという研究がある。しかし、日本の若者の間で好まれる同調性の強い性格がイノベーションを起こすのに向いていないように、社会的に適応性のある性格は必ずしも経済的かつ生産的な性格と一致しない。したがって、経済的で生産性のある非認知力を育成したければ、社会を変えていく必要がある。

    次に、就学前の認知力開発への投資を、全ての就学前児童に対して行う普遍的なモデルと、ターゲットを絞って行う選択的なモデルのどちらが良いかについては、前者は経費がかかり、後者はターゲットの選択が妥当であるか、公平であるかが問題となる。日本の場合、家庭が育児に一番適していて、特に母親の役割が重要だという保守的な考え方が強い。しかし、家庭環境によって子どもに格差が生まれることが分かってきた。その格差の原因は、貧困の度合いや母親の教育度など多様であるため、ターゲットを絞って教育することは難しいが、普遍的なモデルではそのような問題がないのではないか。

    結論として、就学前の児童に対する教育機会の均等を達成することにより、より広い意味での社会的な機会均等を達成できるというヘックマン教授の理論は極めて重要である。日本もアメリカのように実証的な研究を重ねることで有効な政策を考えるべきである。

    質疑応答

    市村 英彦写真モデレータ:市村 英彦 (RIETIファカルティフェロー / 東京大学大学院経済学研究科、公共政策大学院教授)

    赤林 英夫写真モデレータ:赤林 英夫 (慶應義塾大学経済学部教授)

    ヘックマン: 橘木教授のコメントについてだが、家族の不安定化は世界中で現代社会の特色となっており、このトレンドを元に戻すことはできないだろう。しかし、親を教育し彼らの子育てのスタイルを変えるという、一人親家庭を補完する政策を進めることはできる。不利な状況にある母親たちとは異なる社会的背景の出身である教師たちの教育によって、子どものケアを支援することができる。このような政策は、親にとって代わるものではなく、一人親がより生産的な親子関係を築けるように、もっと大きなリソースを提供するものだ。

    恵まれない環境にある子どもたちにとって、資格のあるデイケア・スタッフとともに過ごすことは社会経済的な利益になる。日本では学校外教育(塾)が格差の原因となっている。恵まれた家庭の子どもたちは学校教育にプラスして質の高い教育を受けているからだ。有効なチャイルドケア・センターがあれば、このような不利な条件を補完することができる。日本の教育予算が少ないことに関してだが、教育の社会的・経済的利益は非常に大きい。政府は教育に投資することによって、支出を節約し、犯罪を減らし、医療コストも減らすことができる。就学前教育と従来型の教育に対する投資は7~10%の年間収益率となっている。適切に策定された教育システムによって、生まれもった能力をさらに伸ばすことができる。

    非認知力は人的資本の一種である。最近までこの能力を測定することはできなかった。経済学者と心理学者の共同研究によって、この能力を計測することが可能になり、教育の改善に役立てることができるようになった。

    各自が比較優位をもつ分野を追求することを奨励していくべきだ。人々はそれぞれ異なる分野に能力を有しており、あるタスクでは他の人より優れている場合もある。

    生産的な性格をどのように育むべきか。IQと認知力を重視する最近の考え方は、非認知力の重要性を見落としている。社会は能力を生産し、その能力の利用可能性に反応するので、そこに機会が生まれる。能力によって労働者一人当たりの生産高が増えるから、日本で高齢化によって生じている問題に対処する上で、能力が身体にとって代わることができる。

    学校は社会から切り離すべきではない。ジェームズ・コールマンは著書『青年期の社会』(The Adolescent Society)で、中等学校というものは最近の現象だと指摘している。150年前、人々は職場における徒弟修業で能力を身に付けた。メンタリングは当時から重要で、今でもやはり重要である。メンターによる指導は子どもたちに助言を与え、生産能力の創造を助ける。ジョン・デューイも学校と仕事を組み合わせることの重要性を説いている。

    デイケアは家庭を補完するものであり、とって代わるべきものではない。戦略は不利な条件の家族を対象にするべきだ。教育レベルの高い母親は普通のデイケアの教師より多くを教えることができるが、恵まれない環境にある子どもは母親からだけよりも普通のデイケア教師からはるかに多くを学ぶことができる。

    幼少期向けのプログラムで、家族、生活、政府が衝突することはない。補完的なプログラムを任意ベースで提供し、関係者全てを関与させることにより、衝突を避けることができる。

    恵まれない環境にある子どもたちの家族環境は改善することができる。アメリカでは、看護師たちが10代の母親たちに喫煙や飲酒をしないよう教えている。これによって、母親たちの行動は変化し、より良い家庭環境が創り出される。最近の研究によれば、恵まれない状況にある親は子どもに関する問題にどう対処したらよいかわかっていないことも多いので、彼らに情報を提供することによって機会を広げることができる。

    日本ではそれほど貧困は存在しないが、「貧者への施し」を行うよりもむしろ、恵まれない環境にある子どもたちの子育て環境を変える必要がある。財政的に貧しい親でも、すばらしい親になれる。親たちと子どもたちの能力を向上させることについて、繊細な見方が必要とされている。貧困な子ども時代とはお金がないことではなく、子育てに恵まれないことだと考えるべきだ。実際、アメリカでは、非常に貧しい移民の家族が教育を重視し、子どもたちと良く関わり、非常に成功した第二世代を生み出している。

    山口: :対象とする家族を選ぶ際には、公正さの問題をどう考えるか?

    ヘックマン: 調査によって、恵まれない環境にある子どもたちを対象にしたプログラムが最も有効だとわかっている。日本では、所得によって変わる料金体系で広くケアを提供することもできるだろう。

    どんな家庭を対象にすべきかはわかっている。対象を選ぶ際には、お金だけが問題なのではない。カナダではリスクのある家庭を対象にしている。中産階級でも参加している家庭がある。不利な環境というのは、所得だけの問題ではない。

    赤林: 次はフロアからの質問だが、人が生まれてから引退するまでにわたって能力を計測する普遍的な方法はあるか?

    ヘックマン: これについては現在盛んに研究が行われており、OECDの新しい報告書に盛り込まれるだろう。学校は行動に関する情報を集めている。教師たちは定期的に学生の評価を行っている。これらの計測結果も対象の選択に利用できるだろう。

    多くの心理学的テストに欠けているのは、インセンティブの標準化だ。私たちは今、テストの成績に影響を与える環境やインセンティブを補正するような、タスクに基づいた計測法を開発中だ。監督者による評価はライフサイクルを通して行動の測定尺度を提供する。私たちはテストに基づく測定ではなく、タスクに基づいた測定に取り組むべきだが、心理学の分野にはこれに反対する人たちもいる。

    赤林: フロアからの次の質問。不利な状況にある子育ての能力の低い親たちに介入を受け容れさせるにはどうしたらいいか。

    ヘックマン: ほとんどの親は自分の子どもたちにより良い人生を望んでいる。介入によって、それを達成するツールが与えられる。フラビオ・クーニャはフィラデルフィアで、恵まれない環境にある子どもたちのために働いた。そこで、親たちが読み書きを覚えさせる戦略を知らないことがわかった。調査の結果、恵まれない環境にある子どもたちの間にも、それぞれの環境には大きな違いがあることがわかった。

    ジャマイカで始められたあるプログラムでは、1年半にわたって週に一度家庭を訪問し、母親たちに子どもと遊び、子どもの環境にある物を使うように子供たちに奨励する方法を教えている。このような子育ての向上は、20年たってから、介入を受けていた子どもの高い就業率、給料の25%上昇という結果になって現れた。読み書きのできない親たちもいたが、それでも、子どもの読み書きの学習を励ましていた。週にたった一度でもよい刺激を与えれば、子どもの将来に長期的な効果をもたらす。

    プログラムは親にとって魅力的なものでなくてはならない。アメリカ、アイルランド、また、後進国でもすでに成功例がある。

    赤林: フロアからの次の質問。中年以降の年齢の労働者の能力の向上に関して政府が果たす役割は?

    ヘックマン: 年をとるにつれて、新しい能力を身につけるのは難しくなる。だが、復元力を教えることはできる。非認知的な社会的感情能力を教えることもできる。モチベーションのある高齢労働者にとっては、再訓練プログラムは有効でありうる。しかしながら、引退が近い労働者はそれ以上訓練を受けることを有益とは考えないかもしれない。より柔軟な退職の選択肢が役に立つだろう。ラーシュ・リュンクビストとトーマス・サージェントによる労働力の供給に関するマクロ経済学の最近の研究は、引退についても研究し、賢い引退の政策に価値があることを示している。

    高齢労働者は認知力を学ぶ速度が遅く、費用便益比率に影響を及ぼすので、能力向上のためのプログラムはその点を考慮に入れなければならない。しかし、中には生産的なものもある。モチベーションの高い専門職に就いている労働者は、自分の分野において現役でいるために、再訓練プログラムに参加している。しかし、動学的な補完性が問題になるだろう。新しいことを学ぼうという気がないのであれば、訓練のオファーがあってもその気になれないだろう。

    赤林: フロアからの最後の質問。あなたが情熱を持ち続けていられる秘訣は?

    ヘックマン: 私は自分の研究が好きで、そこから学び続けている。それに、この研究は社会政策のために重要だと考えている。たとえば、100年前には、バートランド・ラッセルや、ジョージ・バーナード・ショーのような教育のある人々が優生学や社会ダーウィニズムを信じていた。彼らは遺伝が社会階級を決定すると信じており、頭の良い人々より、頭の良くない人々の方が速く次の世代を生み出していると心配していた。これは人間の能力に対する狭い見方だが、私が若い頃にはそう教えられたものだ。十分早く介入すれば、栄養不良の子どもたちに栄養を与え、認知的・社会感情的な刺激を与えることによってIQを向上できることがわかった。

    1960年代、ヘッドスタート・プログラムはIQに対して恒久的な影響を与えることはできないことがデータから明らかになった。アーサー・ジェンセンは、頭の良くない子どもは正規の学校をやめさせるべきだと言った。1990年代になると、チャールズ・マリーとリチャード・ハーンスタインは共著書『ベルカーブ:アメリカ生活における知能と階級構造』で、人が成功できるかどうかは知力だけにかかっており、遺伝的に決められているとして、知力の低い人たちのために特別枠を設けることを提案している。この本は非認知力及び早期教育プログラムの重要な恩恵を無視している。

    能力は創造できるとわかって私はわくわくしている。これによって、社会的包摂を促進する社会政策はさらに豊かなものとなる。人間がどのように発達するかを理解するのは興味深いことだ。そのプロセスを理解するために、生物学、神経科学、経済学、社会学、心理学の研究者たちが手を携えている。この研究は人の心をつかんで離さない。大学院の学生たちにも、研究せずにはいられないことを研究しろと話している。私自身も、それを肝に銘じている。