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Trends in Disability in a Super-Aging Society: Adapting the Future Elderly Model to Japan (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2014年9月5日(金)10:00-11:30
  • 会場:経済産業研究所分室 大会議室(千代田区霞が関1丁目4番2号 大同生命霞ヶ関ビル6階)

議事概要

本プレゼンテーションはBrian Chen, Hawre Jalal, Karen Eggleston, Michael Hurley, and Lena Schoemakeらとの共著である。現時点ではpreliminaryな成果であり引用については控えていただきたい。

目的;世界的にトップクラスの長寿を達成した日本では、今後ベビーブーマーの高齢化を加速要因とした急速な人口高齢化に伴い、経済生産性の低落や社会保障制度の持続可能性の問題が懸念されている。しかし、これまでの将来推計は主に人口推計値に頼り、医療・介護需要などは現在の状態をそのままあてはめる定常性仮定に基づくもので、その根拠は弱い。高齢者の多様性や年代による動的変化を考慮したより精緻な推計が、将来の社会・経済・保健政策を設計するうえで必要とされている。すでに米国では同じ政策的要請を受けて南カリフォルニア大学のGoldman教授らを中心とするチームが90年代よりこの問題に取り組み、膨大なミクロデータを用いたFuture Elderly Model(EFM)を構築し数々の知見を発信している。FEMの中核となったのが、高齢者の大規模パネルデータであるHealth and Retirement Study (HRS)である。中心的研究者の一人であるStanford大学のJay Bhattacharya教授は、HRSの姉妹調査であるわが国の「くらしと健康の調査(Japanese Study of Ageing and Retirement; JSTAR) 」のデータを用いて、FEMのフレームを日本の将来推計に応用する取り組みを開始されている。今回Bhattacharya教授の来日に際し、その初期的成果についてご講演をお願いする機会を得ることができた。

概要;FEMフレームを日本に適用しようとする本研究の目的は、高齢化の影響が深刻とされる日本において、人口構造、高齢化、そして国民の健康水準が、将来の健康水準・機能状態、医療介護需要、そして医療介護費・税収などの経済的インパクトにどうつながるかを推計し、政策的示唆を得ることにある。今回はデータの制約により主に健康水準・機能状態にしぼって、推計を行った。

FEMはマルコフ過程をベースとしたミクロシミュレーションモデルである。人口学的情報、健康機能情報や医療介護受給情報、所得や就労ほか社会経済情報を包括的に測定しているパネルデータを利用して、これらの変数の条件付き横断的分布を把握するステップ、健康状態・疾病罹患・機能状態について遷移確率を求めるステップ、条件付き死亡確率を求めるステップ、新規にコーホートに参加してくる若い世代をモデルに取りこむステップなどから構成される。これらをベースとして、健康状態・医療介護の需給状態などから医療・介護費用の算定、就労状況や所得などの推計、それに伴う社会保障費や税収への影響推計などのアウトカム推計に発展するように設計されている。

今回、我々はJSTARデータの2007年、2009年の2つのウエーブデータを用いている。JSTARは高齢者の健康・生活・環境を1400以上に及ぶ質問によって包括的に測定しており、それがパネルデータを形成している点で、FEMの要請に合致したデータとなっている。2007年データで2526件、2009年データで2659件、パネル観察件数として1854件を対象とした。

疾病の遷移モデルについては、19種類に及ぶ健康・疾病罹患状態(心臓病、糖尿病、高脂血症、慢性呼吸器疾患、肝臓病、悪性新生物など)それぞれについてロジスティック回帰モデルを構築し、いずれの状態もabsorbing states (一度その状態になったら回復はない)ことを前提としている。機能状態については日常生活動作(Activity of Daily Life, 着替えや食事などの基本動作)や手段的動作(お金の勘定をする、バスなどに乗る、人と会うなど)のいずれかに障害がある度合いにより順位カテゴリーを作成し、順位ロジスティック回帰モデルで推計した。

JSTARの弱点として、死亡症例が極めて少なく、死亡確率の推計ができない。そこで厚生労働省が発表している年齢・性別・死因別死亡率統計を参照した。ただし、これらの既存情報では、死因が1つしか挙げられておらず、複数の病態・健康状態が絡んだ条件付き確率を計算することができない。そこで臨床的観点から死因となる疾患の重要性を順位づけし、最尤法を用いて疾患ごとに重みづけした条件付き死亡確率を算出して代用した。いま1つの弱点は年齢層が75歳で区切られていて、80歳以上の高齢者についての情報が少ない、ないし欠損しているため、80歳以上の高齢者に関する推計の信頼性が低い点が挙げられる。

モデルの妥当性を検証するため、2001年をベースラインとして2010年状態のシミュレーションを行い(backcastという)、実際の2010年段階の数値と比較したり、その他の人口将来推計データ(国立社会保障人口問題研究所などが公表している)などとのクロスチェックを実施している(作業はまだ進行中である)。

以上の作業で構築されたモデルを用いて2010年から2040年に向けたシミュレーションを実施したところ、いくつか興味深い知見が得られた。まず、悪性新生物の有病率は今後横ばいないし減少するが、糖尿病・心臓病については急速に増加することが見込まれる。また日常生活動作や手段的動作に障害を有するものの割合が大幅に増加する。しかも、肥満や喫煙を回避するシナリオで検討しても、障害を持つ者の割合は大きく減少しない。つまり、障害をもった高齢者の数は、予防によって影響をあまり受けず、人口高齢化そのものの影響により、今後大規模なスケールで発生する問題であることを、シミュレーション結果は示唆している。

まだ初期段階の分析に留まっているが、今後医療介護費の推計を行うためにJSTARのレセプトデータの利用についても新規に申請をしていく予定である。また80歳以上の情報や、新たに加わる50歳未満の情報など、JSTARで入手できない情報については、他の日本の個票データの利用も考慮しなくてはならない。

今後モデルの拡大・精緻化を図っていくうえで、日本の研究者との共同作業が必要になってくる。米国ではすでにFEMは重要な政策的提言につながる知見を生み出してきた。今後日本においても日本版FEMが日本の対高齢社会政策の設計に寄与することを期待している。