METI-RIETIシンポジウム

3Dプリンタから生まれる新たなものづくり (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2014年4月21日(月)16:00-18:00
  • 会場:全日通霞が関ビル8F 大会議室 (〒100-0013 東京都 千代田区霞が関3丁目3番地3号 全日通霞が関ビル8階)
  • 議事概要

    近年、急速に注目を集める「3Dプリンタ」。その本質は、プリンタそのものではなく、デジタルデータから直接さまざまな造形物を作り出すことであり、デジタル製造技術の発展性が一気に加速される可能性を秘めている。経済産業省とRIETIは、3Dプリンタを端緒として生まれる新たなものづくりのあり方について、2013年10月から「新ものづくり研究会」を立ち上げ、そこでの議論や最新の欧米各国や国内の動向を踏まえたシンポジウムを開催した。

    開会挨拶

    宮川 正 (経済産業省製造産業局長)

    わが国の経済は、拡大する貿易赤字と労働人口の減少という大きな課題に直面している。このような厳しい状況下にあっても、豊かな生活水準を維持しなければならず、1人当たりの付加価値生産性を高めることが欠かせない。この観点から、日本の製造業が、諸外国の商品と差別化を図った付加価値のある製品を指向し、いかに稼ぐ力をつけていくかを考えるべきである。近年、デジタル化、特に3Dプリンタを端緒とした新たなものづくりが現れている。この流れを受け経済産業省では、2013年10月に「新ものづくり研究会」(座長:新宅教授)を立ち上げ、3Dプリンタをはじめとする付加製造技術の可能性について2014年2月に報告書を取りまとめた。3Dプリンタの可能性を十分に理解し、活用を進めていくことは、今後の製造業のあり方を考える上で不可欠である。

    基調講演

    新宅 純二郎 (東京大学大学院経済学研究科教授)

    1. 2つの発展可能性

    研究会では、3Dプリンタをはじめとする付加製造技術(Additive Manufacturing Technology)がデジタル製造技術の1つのツールであると捉え、ものづくりのデジタル化、ネットワーク化という潮流の中で、それが今後の社会をどう変えていくかが議論された。その上で、精密な工作機械である「付加製造装置」としての発展可能性と、いわゆる「3Dプリンタ」と呼ばれる個人も含めた幅広い主体のものづくりツールとしての発展可能性という、2つの方向でまとめている。簡単にいえば、前者はプロの世界での使われ方、後者はより広く、アマチュアの世界も含めた使われ方である。

    2. 「精密な工作機械(付加製造装置)」としての発展可能性

    精密な工作機械としての発展可能性は2つある。1つは製造プロセスの革新である。付加製造装置を使うことにより、試作・設計工程の期間が短縮され、また、高機能の金型ができることで生産性が向上する。従来、簡易金型の製作だけで1、2カ月を要していたものが、数時間で、しかも低コストでできるようになれば、今までできなかったようなアイデアも試すことができるようになる。また、アイデアを3D-CADで描き、その翌日に試作品ができるとすれば、1人がさまざまなプロジェクトに同時に携わるマルチタスクではなく、シングルタスクで、ある担当者がプロセスの最後まで管理していくことができる。それを前提とすれば、開発組織や設計組織の組み方は変わっていくだろう。

    もう1つはプロダクトの革新である。中空構造やメッシュ構造など複雑な内部構造や形状を持つ製品が、比較的自由に、容易に作れるようになると、細胞との親和性を向上させた人工骨や人工関節、軽量かつ強度の高い航空機部品など、新たな革新的製品を提供できる可能性が出てくる。

    3. 「個人も含めた幅広い主体のものづくりツール」としての発展可能性

    従来、3D-CADを利用して仮想的に設計することと、それを実際の製品にすることの間には高いハードルがあった。しかし、付加製造技術を利用すれば、アイデアを容易に早く形にできるようになる。また、試作だけでなく最終製品を製作できる装置も出てきているので、企業だけでなく、ファブラボのような形で一般の個人がアイデアを商品化したり、新しい事業を立ち上げるベンチャー企業の事例も多く出ている。報告書においては、看護師が開発したテープカッターや、金型企業がクラウドファンディングを活用して製品化したスマートフォンケースを紹介している。

    4. 付加製造技術の課題

    現状の付加製造技術では、大量生産の場合には、金型などを用いた従来工法に比べて1個当たりの製造にかかる時間やコストがかさみ、品質や耐久性の面でも劣るところがあるといわれる。しかし、どのような技術でも、新しく出てきたときには必ず欠点がある。それが徐々に発展し、従来の技術に置き換わっていくものである。

    他方で、現時点では付加製造装置が製造業の全てで使われるようになるとは考えにくく、あくまでこの技術の特異性を活かした使われ方が広がっていくものと予想される。最初は3Dプリンタでしかできないような用途から入っていくため、非常にニッチな部分や、試作のようなプロセスの一部分に限られるだろう。しかし、今後多くの人が多様な用途で使っていくようになれば、問題の洗い出しと改善が進み、実用に耐える技術へと発展していく。技術の発展は、単に時間経過ではなくどれだけの人が使用したかという経験量に応じて決まるので、多くの人が集中して使えば、短期間に大きく発展する可能性がある。このことは、現在抱えているコストの問題の解決にもつながると考えられる。

    図1:付加製造技術の課題
    図1:付加製造技術の課題
    5. 今後の施策

    製造装置は、装置自体の技術、材料、活用ノウハウの3つがそろって使われるようになるが、日本は3Dプリンタに関しては装置製造で大きく出遅れてしまった。また、ユーザー企業からは、材料が高い、柔軟性がないといった不満が聞かれる。これに対応していくためには、次のような施策が必要となる。

    1つは、装置・ソフト・材料一体の基盤技術開発である。現在の3Dプリンタは、3D-CADデータがあればボタン1つで物ができあがるわけではなく、データ補正や加工条件の調整などの製造ノウハウを必要とする。そこで、個々の企業や研究所などが個別に行っている試行錯誤をいったん結集させ、知識を蓄積していく必要がある。そのための政策が研究技術組合である。まずはプラットフォームを作り、その先に個別の企業のノウハウや優位性が確立されていくというシナリオを考えている。

    もう1つは、オープンネットワークのものづくり環境整備である。従来の大量生産モデルでは困難な適量規模の消費市場が形成・発展してきている中で、ものづくりのネットワーク力を活かし、グローバル展開をすることで、ニッチ市場でも大きな市場になる。3Dプリンタに限らず、新しいものづくりプラットフォーム、情報交換のためのネットワーク形成の支援をするとともに、新しいものづくりに取り組もうとするベンチャーを支援していくことが重要だ。

    最後に、新しいツールを自在に使える人材を若い段階から育成していくことも重要である。教育には時間がかかるので、10年、20年の単位で継続していかなくてはならない。

    パネルディスカッション

    小岩井 豊己 (株式会社コイワイ代表取締役社長)

    2007年から3Dプリンタ積層装置を鋳物および金属製品の製造工程に導入している。生産品でいうと試作部門の比重が高く、特に積層砂型工法による高速高精度のものづくりを特徴としている。現在、3D積層砂型鋳物業界でナンバーワンの生産能力を持ち、2013年は100社以上から、600種類以上1万点に及ぶ鋳物製品の受注があった。開発コスト削減と工期短縮を目的として、自動車、トラック、建設機械といった鋳物を多く使う業界の利用が多い。

    3Dプリンタの用途としては、最終製品を作るのではなく3D-CAD活用の一環として使用している。この技術の導入により、現場の環境も変化している。たとえば、従来は経験の長い者にしか扱えなかった複雑な砂型にも、新卒者が作業に携われるようになった。また、できあがった鋳物製品の寸法検査には非接触のレーザー測定装置を使い、経験に頼ることなく画像で判定している。内部形状・欠陥を非破壊的に確認し、最終的な検査にも3Dデータを用いている。

    次に、金属粉末の積層工法を紹介する。積層砂型の工期短縮を進める中で、顧客が求める最終の金属製品をより早く作るには、金属粉末を直接積層することが一番の早道と捉え、装置を導入した。一部の鋳物製品は砂型を作らずにこの工法で置き換え可能であることがわかっており、今後も進めていきたいと考えている。

    ただ、この工法は奥が深く、切削、溶接、鍛造、プレス、鋳造といった工法と同じように、金属の加工方法の1つとして、金属粉末積層工法というカテゴリーを作るつもりで取り組む必要がある。この工法の良さについて、顧客の理解を得て、既存の工法の置き換えではなく、この工法でなければできないものを顧客の側で発想してもらえるようにしていかなくてはならない。その部分をどのようにして発信していくかが、今後の課題である。残念ながら、国内には金属粉末積層品の市場が全くないので、市場開拓にも並行して取り組んでいる。

    岩佐 琢磨 (株式会社Cerevo代表取締役CEO)

    ハードウェアの製品化だけでは簡単にコピーされてしまうので、スマートフォンアプリやウェブサービスなどのソフトウェアと組み合わせ、99%の人の関心は惹かないが、残り1%の人にとっては喉から手が出るほど欲しいという製品を作り、売上を得ている。たとえば「LiveShell.PRO」は、ビデオカメラに接続すると、インターネットに映像と音声を直接流せる手のひらサイズの配信機器で、ネット選挙の解禁も相まって、5万円以上という価格にもかかわらず、飛ぶように売れている。「OTTO」は、スマートフォンアプリから電源をON/OFFできる8個口の電源タップで、これを使えば外出先からエアコンなどの家電製品の管理ができるようになる。

    失敗しないとわかっていて、かつ100億円売るビジネスを考える大手家電メーカーとは違い、マイナーでもいいから世界で1つだけの製品を作って世界で売るという作戦をとっている。販売先は半分近くが海外で、約25カ国に及ぶ。個々の国の売上は非常に小さいが、他社にはない製品なので、さまざまな国から引き合いが来ており、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スロベニア、ドミニカ共和国などでも販売されている。

    ハードウェアスタートアップ企業として、製品の開発、製造、販売、サポートまですべて自社で行うなかで、3Dプリンタが使われている領域は、時間で見ても全体の開発期間1年に対して実質1カ月、開発費に占める割合でもメカの試作工程(0.7%)だけで非常に小さい。しかし、アメリカでは今、3Dプリンタから生まれた新たなものづくり産業が非常に伸びている。中でもFacebookに2000億円近い金額で買収されたOculusは、3Dプリンタで作った試作機をインターネット上で提示して出資を募り、その資金で最初の製品を作るというクラウドファンディングを行っている。このように、家電製造業のキーになるところで3Dプリンタが使われている。

    元橋 一之 (RIETIファカルティフェロー / 東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学教授)

    日本の製造業は、モノ中心モデル(工業経済時代)からソリューションモデル(サイエンス経済時代)に変わってきている。従来の収益モデルでは、コスト削減を中心とするプロセスイノベーションで製品・技術を普及させてきたが、1つのものだけではすぐにまねされて短期間で収益性を失ってしまうので、科学的知見をもとに製品や技術を束ねた技術プラットフォームとユーザー・社会との相互作用によってビジネスイノベーションを起こすようになっている。今後、3Dプリンタが重要な技術プラットフォームの1つになるのではないかと考えている。

    サイエンス経済においては、ターゲットとなる顧客に良い製品を提供するというだけでなく、顧客に対してどれだけの価値を提供できるかが重要になる。そのために、3Dプリンタがもたらす影響は大きいと考えられる。装置の供給という面でみると、3Dプリンタは工作機械や鋳鍛技術などの日本の得意分野を代替する技術といえるが、日本企業は3Dプリンタ装置自体の競争力に関して海外に後れを取っている。他方、装置の利用の面でみれば、3Dプリンタは小規模生産、カスタムメイドの経済優位性を増すことになる。日本のメーカーは、競合企業との水平連携は苦手だが、顧客企業との垂直的な連携を取ることは得意としている。3Dプリンタを効果的に活用するには、材料、生産装置、使い方の垂直連携が重要であるため、この面では日本企業の強みを発揮できるだろう。

    加えて、個人が趣味(DIY)で行っているものづくりをビジネス化し、ロングテールビジネスにできる可能性がある。商品開発活動がパーソナル化することで、先進国がモノ中心モデルでも勝負できるビジネスモデルが出現するかもしれない。これは日本の経済にとってもプラスとなる。そのためには、ベンチャーや起業家が生まれやすい環境の整備が求められる。

    ディスカッション

    モデレータ:中島 厚志 (RIETI理事長)

    中島: 産業界が3Dプリンタを使いこなすためのポイントと、3Dプリンタの装置メーカーが日本で育つためのポイントは何か。

    新宅: 装置メーカーとユーザーは協働関係でもあるが、ユーザーノウハウを装置の標準的な使い方として取り込むか、ユーザー側が保持するのかという点では対立する存在でもある。装置メーカーが発展するためには汎用性を高めることが重要であり、ユーザー側にとっては、そのプラットフォームの上に、さらに独自活用部分をいかに作っていけるか、その余地が残るかが重要になってくる。

    中島: ものづくり企業にとって、3Dプリンタの活用はどのような点で差別化に貢献するのか。

    小岩井: 3Dプリンタの導入により、複雑高精度な鋳物部品の短納期化という顧客の要求に応えられるようになった。3Dプリンタを使えば、パソコン上で扱うように簡単に形を作ることができる。しかし、それが機能を持つためには、各企業が培ったノウハウを盛り込んでいく必要があるので、それぞれの企業に合った使われ方がされていくだろう。海外との差別化に関しては、最低限の機能を満たせばいいという発想の海外メーカーと違い、日本企業は少しでも良質で見栄えの良いものを作ろうという思想でものづくりをしている。したがって、同じ装置を使っても、他国とは違ったものが作られていくのではないか。

    岩佐: 確かに日本企業からは高品質な試作品が上がってくるが、スピードと価格で勝負している企業にとっては使いにくいところもある。ただし、3Dプリンタは、中国や台湾などの製造の国ではなく、日本やアメリカのような設計の国からインディーズメーカーが生まれるきっかけとなっている。豊かな発想を安価・短時間で試作品にでき、小ロットで作れるようになったことと、インターネットで情報が共有されて世界中で売れるようになったことで、この5~6年、インディーズメーカーが躍進している。1国で100個ずつでも100カ国で売れれば1万個になる。海外では、売る人、仕入れる人、それを知らしめるメディアが一丸になって非常に迅速に動いているので、日本の企業もそこに追い付いていかなくてはいけない。

    図2:世界の3Dプリンター累積出荷台数シェア
    図2:世界の3Dプリンター累積出荷台数シェア

    新宅: 国内市場が伸びない中で、初めから海外市場に出て成功するベンチャーが出てくることは重要である。これから3Dプリンタを開発していくときに、日本のメーカーを相手にするのか、世界中のものづくりベンチャーに売っていくかで、作り込み方も全く違い、盛り込むノウハウも違ってくる。

    中島: 付加製造装置は、どのようなビジネス環境を生み出していく可能性があるのか。また、3Dプリンタ産業はどのような方向に発展していくと考えられるか。

    元橋: デジタル化によって最適生産規模が下がると、ニッチなマーケットでも利益が出せるビジネスができる。たとえば、3Dプリンタが各家庭に入ってデータだけ売ればいいようになれば、輸送コストがなくなり、本当にニッチなものでも売れるし、カスタムメイドもできるだろう。

    装置の製造産業は、機械自体が将来的にパソコンのようなものになるのなら、ユーザーノウハウを徹底的に追求していけばいい。しかし、装置そのもので付加価値を稼げるということであれば、国が研究開発を主導するような産業政策を考える必要がある。

    中島: 今までの話をふまえて、企業はどのように変わっていかなければいけないのか。政府に求められる役割は何だと思うか。

    元橋: 企業内での生産プロセスをデジタル化し、製造現場と開発との壁を取り払えれば、日本の大企業は良くなる。政府の役割は、起業家精神を育てる環境整備と技術開発への支援だろう。

    岩佐: 日本人は人に任せることが苦手だ。若い世代への投資でも、企業の買収でもいいので、お金の力と、お金を運用する頭脳を使って、もっと人に任せて急加速するという作戦を日本の企業も国も取るべきではないか。3Dプリンタを使った新しいビジネスモデルはまだまだあるので、ベンチャーや新規事業を投資や税制優遇などで支援してほしい。

    新宅: 新しいツールが入ってくると、場面や組織によって、積極的活用と抵抗という両面の動きが起こる。今後の政策としては、活用が進むところを後押しするとともに、抵抗のあるところでは、組織が変わらないのであれば、社会的に新しいことをやろうとする人たちを後押しするなど、さまざまなレベルで考える必要がある。

    小岩井: 小規模企業が自社で装置にチューニングを施すことはほとんど不可能だ。しかし、課題を装置メーカーに相談すれば、自社のノウハウがメーカーに取り込まれてしまう。一生懸命ものづくりをすると、お金も技術も外に出て行ってしまうということだ。そう考えると、今回、国が動いたことには意義があり、やらなければいけないことだと思う。

    中島: ベンチャーに有利だということは、後進国にも有利なのではないか。そう考えると、産業が別の国で発展する可能性もあると思うが。

    元橋: 日本のユーザーの要求は厳しすぎて、メーカーは無理をして競争力を保っているのではないか。ただ、供給側としては世界を相手にすればいいわけだから、その中でユーザー側が変わっていくこともあるだろう。

    岩佐: 悪貨が良貨を駆逐するという状況は、確実に起こる。だからこそ、そこに対応できるように、新しいことを考え、新しいことに挑戦する人や集団を増やさなくてはいけない。眠っているお金をうまく使っていくという方向がいいのではないか。

    小岩井: 海外企業の中にも、日本の高い品質を求める企業は多い。全てのところに自分たちのものづくりを押し付けるのではなく、必要とされるところに必要なものを提供するという考えのもとで、鋳物づくりをしていこうと思っている。

    新宅: 新規参入や新しい市場では、既存企業が考えていた品質水準よりも低くていいというのはもっともだが、それは新しい市場が生まれるときの論理であって、いつまでも粗悪品のままだということはあり得ない。ボトムラインも必ず上がっていく。そこはよく区別して考えなければいけない。