第5回RIETIハイライトセミナー

日本のイノベーションはどう進むのか (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2013年10月3日(木)16:00-18:00
  • 会場:RIETI国際セミナー室 (東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)

議事概要

講演1「日本のイノベーションの実態と今後の課題」

長岡 貞男 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 一橋大学イノベーション研究センター教授)

1. グローバルな成長を取り込む

まず、グローバルな成長を取り込む必要がある。このことは市場という面で議論されることが多いが、研究開発能力という面でも非常に重要である。人材育成が進んできた人件費の安い新興国で研究開発を行うことを含めて、世界の研究開発資源を利用して研究開発を行っていくことも重要だ。

知識は一度創出すれば限界費用がゼロで、あらゆる産業・市場に何度でも適用することができる。したがって、各国・各企業が独自性のある研究をするという条件が整えば、研究開発に従事する人の増加は世界経済の成長を高める効果がある。ただし、世界市場を活用できる企業でなければ、研究開発競争に十分対応できない。また、国際的な知識や分業を活用することも不可欠である。

ただ、日本企業は「ガラパゴス」といわれるように、研究開発の成果を世界市場で活用する能力がいま一歩遅れている。たとえば、日本において発明者が標準開発に従事している頻度は欧米の半分程度であり、研究開発をする人と標準を作成するプロセスが必ずしも十分に組み合わされていないことがわかる。

図1:研究開発が標準依拠・活用、また発明者の標準開発参加の日米欧比較
図1:研究開発が標準依拠・活用、また発明者の標準開発参加の日米欧比較
2. 企業のサイエンス吸収能力の強化

サイエンスの活用能力がイノベーション能力の非常に重要な部分である。サイエンスは大学が担い、企業はテクノロジーをになえば良いという見方は全く誤りである。企業自身のサイエンス吸収能力を強化していく必要がある。発明の知識源について日米を比較してみると、日本では特許文献、米国では科学文献がより重要となっている。また、日本では米国以上に競合他社の動向を見て発明する場合がかなり多い。つまり、日本の発明者ができ上がった知識をベースに研究開発に取り組んでいるのに対し、米国の発明者はもう少しファンダメンタルな、新たな科学的発見をベースにしている。

これには、1つは学歴の問題がある。米国では発明者の約45%が博士号(Ph.D.)の取得者だが、日本の場合は13%にとどまっている。より高度な教育を受けている人の方がサイエンスの分野での先行文献を把握する程度が深く、科学文献の着想に基づいた研究をしている。たとえば日本で発見された革新的新薬であるスタチンの探索研究は、作用機序が不明であった段階からすでに始まっていた。この大発見は、サイエンスの進歩と企業の創薬がパラレルに進むことで成し得たものである。このように、サイエンスまでアプローチした上で研究に取り組むことが、研究開発における先行優位性を確保していく上で重要になっている。

3. 産学官連携:パスツールの象限を焦点として

内閣府の総合科学技術会議が決定した科学技術イノベーション総合戦略でも、課題解決型の産学官連携が強調されている。しかし、課題解決型に傾斜することが、すでに認知されている技術の延長に目標が設定される危険性をもたらすことを指摘しておきたい。新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)が支援したプロジェクトについての我々の研究によるとシーズの存在そのものが知られていない場合の方が技術的な革新におけるパフォーマンスが高いのみではなく、上市される確率も高い。既知の技術の延長で産学連携をしてもうまくいかないのである。そこで重要なのは、現実の具体的な問題解決を目的としつつ基礎原理の追究も行う「パスツールの象限」を研究の焦点にしていくことだ。パスツールの象限の研究は、リサーチの面でも、商業化の面でも、非常にパフォーマンスが高いことがわかっている。また、通常、産学連携では大学がシーズを、企業がニーズを持っていると考えられているが、実際にはその逆のケースも重要であり、いろいろな組み合わせを実現していくことが重要である。

図2:ストークスによる研究の分類
図2:ストークスによる研究の分類
4. イノベーションの成果を活かす制度改革

最後に、技術だけでは経済効果はなく、技術を実施して初めてイノベーションになることはいうまでもない。そのための制度改革が重要である。特許制度1つを取ってみても、発明のための特許制度だけでなく、開発を促すインセンティブとしての特許制度という視点を持つ必要があるだろう。

特に、規制制度の改革が求められる。たとえば医薬分野では、日本企業の新薬であっても上市は米国が先行する傾向にある。すなわち、せっかく投資をしても最初に恩恵を受けるのは米国の患者なのである。この状況を打開するには、政府においても知識の活用能力を向上し、賢い規制を行っていく必要があるだろう。さらに改革という面でいえば、医薬品や診断機器などの進歩による平均寿命の伸びを経済的に活かすために、雇用や年金のあり方を改革してくことも非常に重要である。

講演2「イノベーション創出に向けた産総研の取り組み事例」

瀬戸 政宏 (産業技術総合研究所 理事 / イノベーション 推進本部長)

1. イノベーション創出に向けた基本的考え方

イノベーションの主体はあくまで企業であり、産業技術総合研究所(以下、産総研)はそこに関わる多様な人材や組織・機関の結節点としての役割を担っている。イノベーションの要素である人・技術・情報を、産総研を通じて交流させることで、技術シーズを企業の製品開発に結び付け、社会への貢献につなげることを目指している。そこでキーになるのは、事業化・産業化のめどをつけることで、大量生産技術の実証、技術の客観的評価、標準化・規格化、さらには試験生産にまで踏み込んでいきたいと考えている。

2. 先行事例(1)グリーンイノベーション―SiCパワーデバイスの研究開発

SiC パワーデバイスの基礎的・萌芽的研究は、大学を中心に1970年―1980年代に行われていた。しかし、そこから量産化のめどが立つまでには30年もの年月がかかっている。この量産化技術の確立には、産総研がかなりの資本投資をして、企業(富士電機(株)、(株)アルバック)との共同研究「産業変革イニシアティブ事業」を進めたことが大きく寄与している。この事業では、デバイスチップの実用レベルの生産技術を確立し、企業にそのチップを供給して使ってもらうところまでを行い、現在は30社が参加するコンソーシアム「つくばパワーエレクトロニクスコンステレーション」において、垂直連携で実用化が進められている。このコンソーシアムをつくったのは、研究開発の中にビジネス戦略を組み込むために企業から招聘した技術者である。このように、オープンイノベーションに責任を持つ中核組織と、それをドライブするイノベーター的な人がいなければ、産学連携は決して回らない。

3. 先行事例(2)ライフイノベーション―糖鎖解析技術を使った慢性疾患診断技術

生命科学の分野では、1952年ごろから大学を中心に、細胞の糖鎖構造の解析によって病気の進行度を診断する研究開発が進められていた。当初は限られた専門家しかこの領域に踏み込めなかったが、1991年、産総研の前身である旧通商産業省の工業技術院が糖鎖合成に成功したことがブレークスルーとなり、NEDOのプロジェクト予算が付いて基盤的な研究がスタートした。それから約10年後、ようやく糖鎖を使った肝炎のバイオマーカーが開発され、昨年には製造販売承認申請に至り、ビジネスチャンスが大きい中国で臨床試験が進められている。

ここに至る要因としては、国の支援が非常に大きかった。成果が出る見込みの低い段階から資金を投入してもらえたことで、研究が進捗し、外部人材を招聘できた。これによって研究部隊のダイバーシティが進展し、医学部だけでなく、農学部、理学部、工学部などからの研究者が融合的に研究できた。また、かつてライバル関係にあった大学や産総研が一体となり、日本全体で総合力を発揮できる体制ができたことも大きいといえる。

4. 先行事例(3)ものづくり―カーボンナノチューブによる材料革命

カーボンナノチューブは、材料としての優位性はあっても大量合成ができないために応用開発が進んでこなかったが、現在は材料メーカーに産総研からカーボンナノチューブを供給し、用途開発を行うという状況まで発展してきている。転換点となったのは、2004年に産総研の畠研究員が発明したスーパーグロース法という技術である。この技術は産総研の総力を挙げて知財戦略や企業との連携に向けた支援体制を組み上げ、今では国家プロジェクトにまで発展している。研究開発だけでなく、戦略を立案・実行する人間がいたことで進んだと考えている。

図3:糖鎖が拓いた世界初慢性疾患・診断薬
図3:糖鎖が拓いた世界初慢性疾患・診断薬
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5. オープンイノベーションに向けて

オープンイノベーションを実現するには、それを牽引するハブ機能が重要となる。そのためには、産総研の組織の中にコアとなるグループを持ち、多様なゴールに向けて、多様なプレーヤーを集められるイノベーター的な人材を持つことが非常に重要である。

パネルディスカッション

モデレータ:中島 厚志 (RIETI理事長)

日本のイノベーションの現状をどう見るか

中島: 日本では多くの研究開発費がつぎ込まれており、特許なども多いのに、なぜ収益性といった成果に乏しく、ソフトウエア、医療機器といった分野での成果が少ないのか。

長岡: 収益性が低い要因の1つは、研究開発の質と活用の場の広さの違いだ。米国は、平均して見れば収益性が高いがハイリスク・ハイリターンで、日本はやや安全なものを追う傾向にある。また、研究開発費用は固定費用であり、世界全体で売るか、日本だけで売るかによっても収益性に大きな差が出る。こうした実物面の問題に加え、低い長期金利やデフレといったマクロ的な要因も影響している。

ご指摘があった特定分野での開発が少ない原因としては、日本のソフトウエア企業がカスタムソフトに特化していてグローバル展開がしにくいこと、医療機器の場合は規制の問題があるのではないかと考えている。

中島: :最近はiPodのようなハードとソフトの融合分野にイノベーションの力点がある。どうすればそういう新分野でのイノベーションを加速できるのか。開発後の製品化のプロセスや市場シェアの確保について、思うところがあればお聞かせいただきたい。

瀬戸: 産総研は、サービス産業の生産性や医薬品産業の競争力の強化にも取り組んでいる。今後、サービスまで含めた視点で技術開発をしていければ良いが、そのためには、産学連携に多様なメンバーを組み込まなければならない。ビジネスモデルの研究と組み合わさった技術開発ができれば、いろいろなことができていくのではないか。

長岡: ハードとソフトの融合は、基本的に企業が担い手となる。それにチャレンジする企業が参入してくるように、人材育成などで環境整備をしていくことが重要である。また産総研などが基盤技術の面で貢献していくことが重要だと思う。

日本のイノベーションの課題と対応

中島: 日本の技術革新は顧客志向が強いにもかかわらず、近年、世界中の消費者に歓迎される大きなイノベーションがあまりないようにも見える。これはどういうことだろうか。

長岡: 市場が拡大し、グローバル化していく中では、既存の顧客だけを考えていても駄目である。将来顧客になる人を考え、そのために一番良い技術をどう組み合わせるか。それには世界的な協力体制も必要で、まさに経営戦略の問題である。

瀬戸: 技術の良さだけでは売りにならない。顧客が多様化する中で、各顧客に合わせた製品開発が必要だと思う。日本の研究は内向きだという議論があるが、最近は、グローバルな展開を踏まえた上でテーマ設定をする共同研究が増えていると思う。産総研では、アジア、米国、欧州で40弱の研究機関と協定を結び、共同研究や研究戦略を議論する場を設けている。こうした海外ネットワークを有効活用し、企業の国際展開をサポートすることが重要な課題だと思っている。

中島: 欧米主要国に対する日本の研究者の学歴やダイバーシティにおける劣後が、日本でのイノベーションの質や広がりに直接影響を与えていると思うが。

長岡: 重要なのは学歴そのものではなく、その結果としてのサイエンス活用能力の高さである。問題は日本企業のステレオタイプの人事政策で、40代前半になれば一律に管理職になるということではなく、サイエンスに長期的な投資を行うと同時に、研究者として働く期間を柔軟にするなど、人事も含めた改革が必要だと考えている。

中島: 糖鎖の研究では、外部から人材を集めたことが成功のキーになったというお話があったが、産総研ではどのような人事政策を採っているのか。

瀬戸: 糖鎖研究では産総研の職員としての人材の拡大が図られたというよりも、プロジェクトが進捗したことで、企業の研究者やポスドク(博士研究員)が自然と寄ってきてくれて、さらにプロジェクトが進むという好循環が生まれた。したがって、人事政策というよりプロジェクトマネジメントである。

中島: 標準開発への参画については、どのようにお考えか。

長岡: 企業戦略の中での位置づけの問題で、標準への姿勢が受け身で、標準開発への参画に対するプライオリティがまだ高くないということだと思う。

瀬戸: 日本企業においても国際標準に対する認識が年々高まっていると感じているが、国際標準づくりは今や産業や企業の存亡をかけた技術外交だという認識を持って、ぜひ取り組んでいただきたい。

産学官連携の進め方について

中島: ストークスの研究分類で、日本では、「パスツール型」の対極にある、根本原理の追究でも用途を考慮するのでもない研究が多いようだが。

長岡: 日米では何を「非常に重要」と評価するかの基準が異なるので、直接に日米を比較することは困難である。日本のバイオや医薬研究は臨床と基礎が分かれており、「ボーア型」か「エジソン型」かということになる。基礎と臨床をコラボレートするのが「パスツール型」のところとなるので、この結果は、大学自体のたこつぼ化を表している面もあると思われる。

図4:特許出願とライセンス
図4:特許出願とライセンス

中島: 産総研が、研究開発能力のある大手企業ではなく、むしろもう少し規模の小さい企業と組んでいるとなると、「パスツール象限」だけでなく、もう少し実用化に向けた「エジソン象限」にも踏み込んでいく必要があるように思うが、現実にはどうなっているのか。

瀬戸: どの相手と組んでどのようなプロジェクトにするのかはケース・バイ・ケース。企業の能力の問題ではなく、研究開発に関するリスクの一部を担うという意味で、「エジソン象限」に分類される研究も行っている。

中島: 日本全体のオープンイノベーションを進める、あるいはグローバルな成果を取り込むための特段の取り組みは。

瀬戸: 海外の連携機関を活用し、もう少しグローバルな形で進められればと思っている。女性の活用も含めてダイバーシティを進めていかなければならないし、少なくとも1~2年は産総研の中でポスドクとして活躍してくれるような海外の人をもっと増やしていかなければならないだろう。

今後のイノベーションをどう進めるか

中島: 今後、産業革命のような大きなブレークスルーが日本で起きるとすれば、どういう分野、あるいはどういう形で起きるとお考えか。

長岡: 今までの蓄積がかなりあり、それが活かされる形でのイノベーション、ブレークスルーは起きると思う。どの分野で起きるかはわからないが、研究開発の大半はものづくりに関連した企業がやっている。ソフトウエアも、開発した知識を活かして対価を得るという意味ではものづくりだと思う。

瀬戸: 日本の技術力をもってすれば、発明(インベンション)としては良いものが出てくると思う。ただ、イノベーションとなると、社会とハーモナイズしていかなければならない。たとえばエネルギー、環境、医療費の問題などを社会全体が考えていく中で、そこに技術をどうビルトインしていくのか。ビジネスモデルやサービスも加わってイノベーションということになるのではないかと思う。

中島: 最後に、日本はどうすればブレークスルーを起こせるとお考えか。

長岡: グローバルな成長を取り込むことや、サイエンスの吸収・活用能力も重要になる。産学官連携は、パスツールの象限に分類される研究を進めていくということだろう。また、特に医療や健康産業の分野は、制度改革をセットにしないと、いくら良いものを発明しても商業化できない。年金改革、雇用改革、規制の問題も含めて、セットで進めていくことが重要ではないか。

瀬戸: 1つは、研究開発人材を育て、活用すること。もう1つは、グローバル人材や女性の登用も含めて多様性を担保していくことである。産総研もこのあたりは十分とはいえないので、課題としてしっかり取り組んでいきたい。