RIETI政策シンポジウム

人的資本・人材改革―ライフ・サイクルを通じた教育・能力開発のあり方を考える (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2013年9月6日(金)13:00-17:55(受付開始12:30)
  • 会場:東海大学校友会館 阿蘇・東海の間 (東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビル35階)
  • 議事概要

    日本の「労働市場制度」(Labor Market Institutions)の新たな「かたち」、改革のあり方を考えるために、法学、経済学、経営学など多面的な立場から理論的・実証的な研究を行うRIETI「労働市場制度改革」プロジェクトは、2013年9月6日に政策シンポジウム「人的資本・人材改革―ライフ・サイクルを通じた教育・能力の開発のあり方を考える―」を開催し、その研究成果の一部を発表した。第1部では、企業における人的資本管理の見直しの必要性に加え、就学前、初等・中等教育、大学教育の重要性に関する研究成果が報告された。続く第2部のパネル討論では就業後の人材育成に特化し、若年雇用・採用、女性、高齢者の人材力強化に必要な望ましい人材開発のあり方について、活発な議論が行われた。

    第1部:報告

    報告(総論)「人的資本・人材改革―鳥瞰図的視点」

    鶴 光太郎 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/慶応義塾大学大学院商学研究科教授)

    企業が求める人材力と教育の役割

    産業界・企業が求める人材を輩出するためには学校教育の改革は不可欠であるが、そもそも企業側から求める人材力についての情報が発信されていない現状がある。自分が関与したいくつかの報告書から引用すると、抜本的なイノベーションを生み出すことのできる個性・異端、消費者に感動や笑顔を与えることができる感性、過去のパターンにとらわれない柔軟な発想、自ら考える力、過酷な環境でも適応できる強い心、などが人材力として求められている。グローバル人材としては、英語力だけでなく、普遍的な議論をするための論理力、異なった考え方、多様性を受け入れるための許容力、広い視野、国際的に海外のトップと渡り合っていけるような教養力が重要とされる。ITの深化の中では、多くの情報を分析して活用するための情報分析力と、face to faceのコミュニケーションの価値が高まることから人間関係力が重要となる。このような人材力の情報を学校教育にフィードバックさせ、それぞれを育てるための適切な教育時期と具体的な教育内容を検討していく必要がある。

    企業内OJTの再評価

    かつて日本企業の競争力の源泉ともいわれた企業特殊的な能力は、日本的雇用システムの変容の中で否定的に評価され、成果主義の普及が上司から部下への人材育成の動機を弱めた。しかし、OJTはOff-JTより効果的であり、先輩から後輩への指導は失ってはならない人材育成の方法である。また、労働者は自分の成長を実感でき、将来その組織内に自分の居場所が想像できるからこそ、いま辛抱強く努力できる。企業による長期的な能力開発の実施が、その労働者の人材力を強化する。

    小学校~高等学校までの環境

    2013年1月にRIETIが実施した調査(平成24年度「多様化する正規・非正規労働者の就業行動と意識に関するWeb調査」)を用いて、小学生から高校生の時の認知能力、非認知能力、家庭環境が、学歴、初職の雇用形態、現職の雇用形態、賃金に与える影響を分析した。認知能力の代理指標である15歳時の成績は、学歴、正社員、賃金の全てに正の影響を与えている。非認知能力として、勤勉性を示す高校時の無遅刻変数が、学歴や正規の就職に正の影響を与えている。内向性を示す1人遊び・室内遊び傾向は、学歴に正、正社員就業や賃金には負、体育会系の部活の経験が正社員就業に正の影響を与えていることから、正規の職につくには外向性が重要であることが示唆される。

    図1:未成年時の環境の賃金への直接効果・間接効果(学歴経由)
    図1:未成年時の環境の賃金への直接効果・間接効果(学歴経由)
    正社員の幸福度分析

    RIETIの行った調査を用いて、正社員の幸福度について分析を行ったところ、残業がなく、スキルアップの機会があり、業務範囲が広いと、正社員の幸福度が高まることがわかった。一方、業務範囲の広さとスキルアップの機会の相関は強く、これは日本企業が労働者にさまざまな部署、仕事を経験させることで能力開発を図ってきたことを表している。

    この分析結果を限定正社員の概念に照らし合わせると、残業は労働者に大きな負担を強いることから、それがない限定正社員としての働き方には強いニーズがあると予想される。一方、限定正社員は無限定正社員よりも業務範囲が狭くなるため、スキルアップの機会は減少するおそれがある。このことから、限定正社員には適切な業務範囲の検討という難しい問題が残される。

    報告「非認知能力と学歴・賃金・昇進」

    大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所教授)

    人的資本における非認知能力の重要性

    近年、IQや学力といった認知能力以外、たとえば忍耐強さ、やる気といった非認知能力が人的資本形成における重要な要素であることを示す研究が蓄積されつつある。ペリー就学前計画では、アフリカ系アメリカ人の低所得層の子どもをランダムに選び、一部には2年の就学前教育を受けさせ、残りには何もせず、彼らをその後30~40年間追跡調査した。その結果、就学前教育を受けたグループの学歴や所得は高く、犯罪率は低く、社会福祉に依存する率も低いことがわかった。これは、就学前の脳の発達時期に適切な教育を受けたことで、非認知能力が発達した効果である。

    性格特性と学歴・賃金・昇進

    大阪大学G-COEが2012年に行った調査を用いて、Big5因子(外向性、情緒安定性、経験への開放性、勤勉性、協調性)という性格特性や、行動経済学的特性(平等主義、自信、自信過剰、時間割引、リスク回避)などの非認知能力が、学歴、所得、管理職昇進に影響を与えるか日米比較を行った。その結果、情緒安定性、経験への開放性は日米共通で学歴にプラスの影響を与えるが、日本では協調性が学歴を高めるのに対し、アメリカでは逆に学歴を下げるという違いがあった。また所得に対しては勤勉性が、昇進に対しては外向性が日米共通でプラスの影響を与えていた。行動経済学的な特性については日米間で差は小さく、平等主義の人は学歴が低く、時間割引率が低い(忍耐強い)人、リスク回避的な人の学歴が高かった。

    隠れたカリキュラムが経済的・社会的選好と所得に与える影響

    小学校学習指導要領で定められた学習内容以外に、学校や教師個人の裁量による隠れたカリキュラムが存在する。これらは左翼的政治思想、主体的・参加型学習などの5つに大別でき、地域や世代によって多様である。そこで、これらのカリキュラム因子が大人になった際の価値観の形成に影響するか分析したところ、グループ学習の経験などの主体的・参加型学習の経験が、再分配思想や互恵性の形成、規制緩和、市場経済、競争支持に影響を与えるなどの結果を得た。

    さらに、信頼や互恵性などの価値観を非認知能力ととらえ、この能力が高いと所得が高いかについても分析したところ、信頼度が高いほど所得が高く、正規雇用に就くという結果を得た。しかし、賃金が高く、正規雇用に就く恵まれた人は、人を信頼しやすくなるという逆の因果関係も想定できる。そこで二段階最小二乗法による推定を行ったところ、信頼度が所得を高める効果は確認されず、見せかけの相関である可能性が高かった。

    報告「高校時代の履修科目と大学卒業後の年収」

    西村 和雄 (RIETIファカルティフェロー/京都大学名誉教授/神戸大学社会科学系教育研究府特命教授)

    数学学習と所得

    数学を勉強しても役に立たないという通説があるが、その真偽を確かめるために、私立大学3校の同窓会名簿を利用したアンケート調査を実施した。その結果、大学入学試験の数学受験者の平均所得は非受験者よりも約100万円高かった。ただし、この差は1983年以降の卒業生にのみ確認され、それ以前の卒業生は数学受験の有無による年収の差は見られなかった。これは、1980年代に大学共通第1次学力試験が導入され5教科7科目の負担が課された結果、国立大学離れが起き、高校生が私立大学受験に必要な少数科目だけを勉強するようになった影響と考えられる。

    理系出身者の所得

    理系は文系より出世できない、所得が低いといわれるが、2008年に実施したWEB調査の結果によれば、就職先の産業をコントロールしてもなお、理系学部出身者の平均所得は文系学部出身者よりも100万円程度高かった。同様に慶應義塾大学の家計パネル調査のデータを用いて調べたところ、理系の方が正社員比率、役職者比率とも高く、平均所得は文系より200万円程度高かった。数学を勉強し理系学部に進学すれば職業の選択肢が広がり、高所得を得られる職業へ就職できる可能性が高まり、平均所得も高くなると推測される。

    図2:出身学部別正規社員・非正規社員
    図2:出身学部別正規社員・非正規社員
    大学入試の多様化の影響

    大学入学者選抜方法として、AO入試と推薦入試が盛んに行われている。学科試験では測れない、真に学力のある人選を目的としているが、学力の高い人達が選ばれているならば、彼らの所得は高くなるはずである。そこで、大学入試制度の多様化が始まった1980年代半ばに大学へ入学した45歳以下の就業者について、推薦・AO入試で入学した人と一般入試で入学した人の所得を比較したところ、一般入試で入学した人は平均所得が100万円弱高かった。これは、推薦・AO入試による入学者の高校3年次における勉強時間が少ないことが理由と考えられる。

    報告「日本型雇用の綻びを、エグゼンプションで補う試案」

    海老原 嗣生 (リクルートキャリア フェロー/ニッチモ 代表取締役)

    日本型雇用システムは、若年未経験者を一律に育成し、遅い選抜、大きな年功賃金カーブによって、従業員全員のモチベーションを長期的に維持するメリットがある。このため、壮年期の選抜過程においては従業員全員が昇進を目指して長時間働く。しかしこの20年間で、自身のワークライフバランスを顧みず働いたにもかかわらず、昇進できない労働者が増えてきた。大企業・大卒の熟年層では、係長かもしくは役職に就かない昇進しない層が3~4割を占めるようになった。この層の年収は800万円台に抑えられているが、それでもパフォーマンスより高い水準であるため、企業は彼らに対する排出意欲を持っている。

    このような中高年層の状況を改善するために、選抜時期を早め、昇進できないグループは市場賃金相当の年収600万円台で雇用し続け、そのかわりワークライフバランスを確保できるコースを導入してはどうだろうか。日本型の育成システムの良さはそのまま残し、新卒採用から10年程度は一律管理で教育し、その後は全員が「マイスター」という専門職になり、エグゼンプションとして働く。マイスターからは昇給昇格基準を厳しくし、基準をクリアできなかった労働者は管理職にはならず、そのまま専門職として働き続ける。彼らには昇進競争も残業代もないので、労働時間は以前より短くなる。

    このマイスター制度への過渡期には、労働者の忌避感を緩和するために従来の職能等級制度も残して2本立てとし、制度間の移動を自由にする。またマイスター制度を選んだ場合だけ65歳の定年延長も可とするなどのインセンティブを付与し、労働者をマイスター制度へ誘導する。企業内のマイスターが多数になった時点で、マイスター制度に一本化する。

    ただし、労働時間については自主的な抑制が難しいことから、マイスター制度の導入のみで改善することは期待できず、何らかの規制が必要である。たとえば、フランスを模して、年間総労働日数の上限規制、勤務間インターバル規制、代償休日の導入などの労働者に強制的に休みを取らせる仕組みが考えられる。

    図3:日本型雇用の再整理 3つのメリット・3つの問題
    図3:日本型雇用の再整理 3つのメリット・3つの問題[ 図を拡大 ]
    図4:自由と自己責任コース設置上の工夫
    図4:自由と自己責任コース設置上の工夫

    コメントおよび報告「大竹報告、西村報告へのコメント及び大学教育の重要性」

    川口 大司 (RIETIファカルティフェロー/一橋大学大学院経済学研究科教授)

    大学教育の重要性

    アメリカでは大卒・高卒間賃金格差が拡大し、日本では縮小した。この違いは両国の大卒供給量の違いによって説明できる。日本では1947年から3年間の団塊の世代の数が突出して大きく、その後の人口は急激に減少していく。団塊の世代が大学を卒業しても、大学の入学定員はあまり変更されず、後の世代は大学に入りやすくなったために、大卒の供給量が需要の増加に追いつく形で増え、大卒・高卒間賃金格差は拡大しなかった。一方、アメリカでは1946年から64年までという長期にわたってベビーブームが続いたため、日本のように大学に入りやすい状況は生まれず、大卒者の供給が需要の増加に追いつかなかったので、学歴間の賃金格差が拡大した。

    図5:日米の大卒・高卒 相対供給量・相対賃金
    図5:日米の大卒・高卒 相対供給量・相対賃金

    技術進歩や経済のグローバル化に従い、高い技能を持った労働者への需要が高まる。大学が人材を質的・量的に供給し続けるということは、経済成長を促すだけでなく、格差拡大を抑えるためにも重要である。

    大竹報告について

    ①「協調性因子」は学歴達成や賃金に対して、日本では正に、アメリカでは負に影響している。この違いは日米の集団的意思決定方法の違いによるものなのか、それとも日本人は協調性のある人が多く、アメリカ人は比較的少ないので、周囲と同じ特性を持つ人がプラスに評価されるからなのか。

    ②学歴や収入、昇進の結果が性格をつくるという逆の因果関係も想定できるため、本来は幼少期の性格がその後の学歴や収入、昇進に与える影響を見たい。そのためには長期のパネルデータの構築が必要となる。

    ③隠れたカリキュラムの形成、たとえばある種の政治的な教育やグループ学習の実行などに対し、教員組合が影響した可能性について分析できないか。

    西村報告について

    ①どのような高校生も数学受験をすれば、先々の年収が100万円上昇するといえるのか。つまり、100万円の年収差には、数学受験者の元々の学力の高さが含まれるのではないか。また、文系よりも理系の大学教育の質が高く、その収益分も反映されているのではないか。

    ②アメリカの大学では、アドミッションオフィスが相当な資源を割いて優秀な学生を選んでいる。一方、日本のAO入試は、結局のところ学科試験を課さず選抜にも労力を割かない入学枠となっていて、本来の趣旨とギャップがある。AO入試が悪いというよりは、現状のAO入試が間違った形で使われて、結果として失敗しているといった側面もあるのではないか。

    ③一橋大学の入試では、商学部や経済学部における数学の配点が他学部に比較して高く、この2つの学部の学生は、他学部生よりも高校時代に数学を勉強しているはずである。この違いを利用して、学部間で卒業後の進路や所得が異なるかを見て、数学の重要性を検証してはどうか。

    第2部:パネルディスカッション

    モデレータ:
    樋口 美雄 (RIETIファカルティフェロー/慶應義塾大学商学部教授)

    1990年代以降、日本企業は人件費を削減し、競争力を高めようと、正規労働者を削減し、非正規労働者を増加させたが、その一方で能力開発や働き方の改革を通じて国際競争力を高めようという動きは後手に回った印象がある。この間、若年層の非正規比率が上昇し、女性の正規労働への就業率は伸び悩んだ。さらに日本企業は従来、従業員の底上げ教育を重視してきたが、近年はリーダーや将来の経営の担い手を育てることに関心が移りつつある。どのような能力開発の方法が企業の生産性を高めるかは明確でなく、企業の間でも手探りの状態が続いている。

    佐藤 博樹 (東京大学大学院情報学環教授)

    政府は女性の活躍の場を拡大することを目的に、女性管理職比率の数値目標を掲げている。これを受け、女性管理職の増加を検討する企業が増えているが、目標の達成のための急激な管理職登用には弊害も懸念される。

    課長クラスの管理職を育てるためには約15年の内部経験が必要となり、企業内にはそのための継続就業支援が整備されなければならない。また同時に管理職に必要な職能要件を満たすための能力開発機会も提供される必要がある。大企業の現状を見ると、後者の能力開発機会における男女の均等が確保されていない。たとえば、上司は配属された部下の育成のために数年後を見据えて仕事を配分するが、女性の部下に対しては特段展望を持たずに仕事を割り当てる傾向がある。このような管理職の育成期待の差が、与えられた仕事の内容を通じて、5年後、10年後の男女の能力差を生んでしまう。女性の活躍の拡大には、管理職の部下に対する育成意識の変革が重要である。

    神宮 純緒 (日立製作所人財統括本部ダイバーシティ推進センタ部長代理)

    日立グループは1990年代の両立支援制度の整備に始まり、2006年にはダイバーシティマネジメントへとカテゴリーを拡大して、多様な人材が多様な価値を生み出す仕組み、環境の整備に取り組んでいる。女性の活躍支援に取り組んできた成果として、そもそも理系女子学生が少ない中で技術系採用の11.6%を女性が占めることや、部長相当職以上の女性111名が集まる会議を開催し、後進の育成などについて意見交換を行っていることなどがあげられる。

    図6:ロードマップ
    図6:ロードマップ
    [ 図を拡大 ]

    しかしなお、女性リーダーの育成には時間を要しており、事業における意思決定の場への女性の参画を促す取り組みが必要である。また、女性はリーダーや管理職としてマネジメントを担うよりも、自分の専門性を活かせる仕事を希望する傾向があり、特に若い層でそれが顕著である。女性従業員の昇進意欲を高めることも課題の1つである。

    奈須野 太 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局産業人材政策担当参事官)

    過去10年間、雇用、労働、人材に関わる分野では規制強化が続いている。これら規制には波及効果があり、日本全体の成長力、人材育成に対しては負の影響をもたらしている可能性がある。たとえば2003年の労働基準法の改正によって正社員の解雇規制が強化されたが、その結果として企業は相対的に教育訓練投資の過小な非正規労働者の雇用を増加させた。また、2006年のパートタイム労働法改正ではパート労働者に対する差別的待遇を禁止したが、無期パートが規制強化の対象であったため、企業は有期のパート労働者の雇用を増加させた。さらに、派遣労働は非正規労働の中では労働条件などの保護された働き方であるが、2011年の派遣労働法の改正で規制をより強化した結果、企業は派遣労働の利用を控えた。このように、良かれと思って導入した規則が企業行動に歪みをもたらすことがある。

    ディスカッション

    若年雇用・採用について

    樋口: 日本の大卒の正社員就職率が90年代に入って低下し、若年の非正規労働者の比率が高まっているが、学校から職業への移行がうまくいっていないと考えるか。

    海老原: ここ5年間の従業員1000人以上の大企業の新卒採用数は、90年代のバブル期の1.5倍、70年代の約3倍に拡大した。つまり、ホワイトカラーの雇用は悪化していない。悪化したのはかつて高校卒の雇用の受け皿であったブルーカラーの雇用である。高校卒の就職が難しくなり、大学進学者が増えたために、大学生全体の就職率が低下しているのである。

    樋口: 従来の日本型の人材育成のどこが良く、どこが悪いのか。

    海老原: 日本型はボトムアップに向いている。一例をあげると、銀行では、経済や金融の知識を持たない新卒を1000人採用し、10年間で法人営業ができるよう育てあげる。このようなことは日本しかできない。一方で、飛び抜けた人材、トップを育てる教育は日本型ではできない。

    鶴: 日本の若年の問題は、非正規雇用、フリーターの問題であって、失業はヨーロッパなどに比べて限定的である。若年雇用の改善のために、日本型の育成方法の良さを壊して他の方法を取るべきかについては慎重に考える必要がある。

    樋口: 職務限定型の採用についてどう考えるか。

    佐藤: 日本の大企業ホワイトカラーについては、入社後しばらくすると営業畑、経理畑、人事畑などの畑ができ、それをまたぐような異動は行われなくなる。さらに、海老原氏の考えるマイスター制度のようなものができてくれば、畑、つまり職能系列ごとの新卒の採用もあり得るだろう。ただし、採用から5年程経って、たとえば営業に不向きとわかった人の異動の仕組みが併せて必要である。

    女性の人材育成について

    樋口: 企業が職務について無限定な人材活用をしようとする限り、女性が育児で退職し、その後企業に戻った際に能力開発ができないなどという疑問の声も出るのではないか。

    佐藤: マイスター制度のようなものができてくると、ある程度職務要素が強い賃金体系になり、その労働者がどういう仕事ができるかによって格付けされるようになる。その結果、子育て後の復帰の場合などは、現在よりむしろ再参入しやすくなると考えている。

    樋口: 職種の選択や勤務地などにについて、企業による正社員に対する無限定の裁量が女性の活躍に制限を加えることはあるか。

    神宮: 改善の余地はあるものの、現在の枠組みで本当に働きづらいかというと、決してそのようなことはない。少なくともライフイベントを理由に会社を退職するケースはほぼなくなった。また、自分の希望の職種と配属が異なる場合、日立では3年の勤務を経ればFA制度や公募などの仕組みを活用できる。

    樋口: 政策から考えるとどうか。

    奈須野: 現在の労働時間法制は男性正社員を標準としており、女性が柔軟に労働時間を選択して働くことのできる法制を考える必要があると考える。たとえば、2008年の労働基準法改正によって1カ月60時間を超える時間外労働への割増賃金率が引き上げられたが、それでは子供を保育所に迎えに行った後で自宅で働こうとしても、企業から制されてしまう。

    中高齢層について

    樋口: 中高齢層、特に高齢層の活躍の場についてどうするか。激しい変化があれば10年前、20年前に得た知識や経験はそのままでは使えなくなるだろうか。

    海老原: 実務をしている限り、変化は緩やかなものであり、キャッチアップは可能と考えている。問題は実務から離れた管理職にある。

    佐藤: 制度の移行期においては、現在の管理職の一部を非管理職に移行させるわけだが、それまで部下に仕事をさせてきた管理職が、再び1人で仕事ができるように再教育をどうするかという課題がある。中期的には、入社から65歳まで全員を雇い続けることは難しいので、キャリアの途中で別の会社に移るように転職市場の整備の必要もあると考える。

    神宮: 日立では、高齢とはいえ職人的な活躍をしている人材が多数おり、特に製造現場の組長などは後進の育成など多くの活躍の場がある。一方、ホワイトカラーについては、決して雇用の変化を前提としているわけではないが、早い段階でキャリア教育を実施し、自律的なキャリア開発を促す取り組みを行っている。

    奈須野: 日本企業は倒産に瀕すると賃金に見合わない高齢者からリストラをするが、これは国際的に見れば年齢による差別となり違法である。多くの国では先任権を保護するルールがあり、特にブルーカラーでは義務化されている。若年と高齢者のどちらが失業からの回復が容易かを考えて、解雇ルールについても諸外国のやり方を見習って明確化していく必要がある。