イベント概要
第2セッション「投資家の視点から:動機の分析」
本セッションでは、ティルバーグ大学のJoseph McCahery 教授が、証券化と非上場企業にとっての競争的資金について、また、アレン&グッドヒル法律事務所パートナーのRonnie Quek Cheng Chye 氏が、シンガポールにおけるLLP ・LLC 制度について発表を行った。これらの内容について、齋藤旬・ニコンコアテクノロジーセンター主幹研究員がまとめの報告を行い、これを受けてQuek 氏から補足説明があった。
資金の種類(融資と出資、プライベートとパブリック)
資金には、融資のお金と出資のお金がある。資金供給側からみた損益(縦軸)と時間(横軸)の関係を図に表すと、事業は上手くいった場合、時間がたつにつれて益や収入がでてくる図4 [PDF:748KB] 。ヒューマンキャピタルを重視する事業体では、出資・エクイティが重要な役割を果たす。
図の左側にあるように、最初は損ばかりという時期があり(=死の谷)、VCよりもさらに危険なそういう事業に資金を供給する主体として、リスクキャピタルというサプライヤーが注目されつつある。
(図の中~右側)、パブリックオファーがなされ、パブリック側から資金が供給されるという流れになる。右上にあるように、最後の段階で銀行がお金を出すところで初めて融資性をもつ資金が出てくるわけであり、つまりそれまでは、その事業は出資性の資金によって賄われてきたといえる。イノベーションを起こす段階はこの図では左側のことなので、そこでの資金はだいたい出資性ということになる。
また資金には、IPOされた後に一般の人が出すパブリックのものと、その前に家族や友人などが身銭を切って出すプライベートの、2種類の資金がある。
人的資本の重要性
このように、Human Capitalが起こすイノベーションに対して出てくる資金は、プライベートでかつ出資性である。しかし、1株1議決権という資金の出し方はパブリックな出資の場合は成り立つが、ルールとして有効かという点、またPartialPublic Companyのように、一部パブリックな資金もあるがプライベートからも資金が出ているという場合を、投資家の観点からどう見るのかといった指摘もある。
そうしたパブリックとプライベートな資金の双方が入り込んでいる例として、STマイクロエレクトロニクス社があげられる。同社には、フランス・テレコム社と伊フィンメカニカ社が資金を出しており、このうちフィ社にはイタリア大蔵省(財務省)が出資しているが、同時にST Holding II BVという会社も34%出資しており(BVとは「匿名」「非公開」の意)、従ってプライベートな資金も入っている(図5 [PDF:748KB] )。ストラテジックパートナーやクローズドパートナーの場合、こうしたプライベートな資金の出資者を公開する義務はないが、同社の場合は、ヒューレットパッカードやノキア、パイオニアなど11社の名前が明らかになっている。これら企業は、プライベートな資金を出すかわりに自社が必要とする半導体を生産してもらうしくみになっており、そうした事業に公的資金もついているというわけである。こうした事業形態を取ることのメリットは、プライベート資金の提供者である企業にとっては、技術が次々と開発されるという面で運営しやすく、資金を集めるという面でも、パブリックな資金が入っているために集めやすいという、よいこと尽くめであるという点であろう。
シンガポールのLLP/LLC法制と日本との比較
グローバル化された世界では、資本とビジネスはどの都市にも移動できる。環境の優れた都市があれば、企業はそこに資本と事業を移せばよい。米、英、仏などは、資本と事業にみあった法制度を設計し、多様な事業形態を可能にすることで誘致を行っているが、2005年には日本とシンガポールでもLLP法制ができ、新しい事業形態が可能になった。
パートナーシップの利点とは、パートナー間の所有権や経営権に関するアレンジメント(取りきめ)に柔軟性と秘匿性があるということと、パートナーシップに課される税がパートナー個人の限界税率に課されるということである。逆に不利な点は、日本も同様だと思うが、パートナーに無限責任が課されるという点だ。従って、2005年にできた新しい法制は、パートナーの責任を有限にしつつ、パートナー間の取りきめに、柔軟性とパススルー税制を確保したという点で改善されたといえるだろう。
日本では新制度によって、J-LLC(LimitedLiability Company、合同会社)とJ-LLP(Limited Liability Partnership、有限責任事業組合)の2つの事業形態が可能になった。J-LLCは米国のLLCに倣ったものだが、この制度の不利な点は、事業体が企業として課税されると同時に、利益に対するシェアによってメンバーにも課税されるという、いわば二重課税の問題があることである。反面、メンバーは有限責任を享受できるという利点もあり、これはLLCがメンバーと別の法格を持つことによる。
J-LLPにおいては、パートナーは有限責任を負いつつ、パススルー税制も享受している。そのかわり法人格として認知されないので、J-LLPと結ぶ契約は実際にはJ-LLPのパートナーと結ぶ契約ということになる。J-LLPはガバナンス構造として、パートナー全員が業務執行に参加することが求められるが、マネジメントが何かという点について曖昧さが残っているようだし、一部のパートナーが業務執行に参加しなかった場合にはパートナー全員に無限責任が生じる。連帯責任でリスクを背負うという点では、全てのパートナーに対し公正ではないといえる。
J-LLPのもう1つの特徴は、財産の所有権はパートナー達が合同で持っているが、不動産の所有権を持てないということである。J-LLPはまた、法人格を持ったJ-LLCになることも、それに合流することもできない。事業が拡大して企業という組織に構築する必要が生じた場合、J-LLPを清算する必要があるが、その時キャピタルゲインに対する課税が発生しうる。こうしたJ-LLPの概要をシンガポールのLLP法制との比較でまとめてみた(図6 [PDF:748KB] )。
このように、シンガポールでは日本と異なり、LLPに法人格が与えられている。LLPの責任が有限という点では両国は同じだが、シンガポールの場合はLLPはパートナーと異なる法人格をもつため、LLPの損失を補填する必要も、LLPの法人としての責任を負う必要もない。日本では、パートナーシップの協定を提出する義務があるため、その過程でLLPに関する情報がある程度公になるが、シンガポールにはそうした要件はなく、また、パートナーが業務執行に参加する義務もない。パススルー税制は両国に存在する。資産の委譲については、日本では全てのパートナーの合意が必要であるのに対し、シンガポールでは資産の委譲はできないが、パートナーが引退・辞任する時に新しいパートナーを指名する権利が認められており、やや複雑な方式ではあるが、結果として資産の委譲を可能としている。更に、図にはないが、債権者が会計をチェックできるかどうかという点について、日本では盛り込まれているがシンガポールではそうではない。
以上まとめると、この新しいビークルに関する日本とシンガポールの制度には、債権者とパブリックの双方の観点から、いくつか問題点があるといえるだろう。