政策シンポジウム他

21世紀の農政改革-WTO・FTA交渉を生き抜く農業戦略- (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2004年7月28日(水) 13:00-18:30
  • 会場:TEPIA(機械産業記念館)TEPIAホール 港区北青山
  • 開催言語:英語⇔日本語(同時通訳あり)
  • 主要論点概要

    7月28日、経済産業研究所は「21世紀の農政改革-WTO・FTA交渉を生き抜く農業戦略」と題するシンポジウムを実施した。以下はその際示された意見の概要である。

    1.世界の農政改革と日本の農政

    (1)日本農政は関税により支持された消費者負担型農政という特徴
    EUは可変課徴金等により域内市場価格を国際価格より高く設定する一方、過剰生産分を輸出補助金によって処理していた。しかし、1992年に農政改革を行い穀物の域内支持価格を引き下げ、財政による農家への直接支払いで補った。現在の穀物の支持価格トン当たり101.31ユーロ(120~130ドルに相当)は、本年2月の小麦シカゴ相場(139ドル)を下回っており、EUはアメリカ産小麦に関税ゼロでも輸出補助金なしでも対抗できる。

    農業保護の指標としてOECDが開発したPSE(生産者支持推定量)は関税による消費者負担(内外価格差×生産量)に納税者負担による農家への補助・支払いを加えたもの。2003年のPSEは、アメリカ389億ドル、EU1,214億ドル、日本447億ドル(約5.2兆円)。日本の数字はGDP比ではEUより少ない。しかし、その内訳をみると、消費者負担の部分の割合は1986~88年のアメリカ46%、EU85%、日本90%に比べ、2003年ではアメリカ38%、EU57%(穀物、牛肉について改革、砂糖、乳製品についてはこれから改革予定)、日本90%(約4.7兆円)。EUが消費者負担型農政を大きく転換しているにもかかわらず、日本の農業保護は依然として消費者負担の割合が極めて高い。

    (2)消費者負担型農政の問題点
    国際価格より国内価格を高く維持してもそのうち肥料、農薬等への支払いにより25%しか農家の所得は向上しないという点で非効率(inefficient)であり、肥料、農薬等の多投入により環境に悪影響を与えるという点で非効果的(ineffective)であり、貧しい消費者も負担し裕福な農家が多くの支持を受けるという点で不公正(inequitable)である。
    これに対し、納税者負担型で対象を絞った政策は、負担と受益の関係を国民に明らかにし、真に政策支援が必要な農業や農業者に受益の対象を限定できるうえ、高い関税も必要としない。

    (3)農業保護が特定の産品に偏ると経済的により大きな非効率を生む。これを示すOECDの指数によるとOECD平均75、EU59、アメリカ29に対し日本は118であり、他の国に比べて、特定の品目、とりわけ米に偏っている。

    (4)日本農業・農政の内容上の問題点
    1961年制定の旧農業基本法は農業の規模拡大・生産性向上によるコスト・ダウンや需要の伸びが期待される農産物にシフトするという農業生産の選択的拡大によって農業構造を改革し、農工間の所得格差を是正することを目的とした。売上額(価格×生産量)からコストを引いたものが所得であるから、売上額を増やすかコストを下げれば所得は増える。米のように需要が伸びない作物でも、農業の規模を拡大していけば、コストの低下により、十分農業者の所得は確保できるはずであった。

    しかし、実際の農政は農家所得の向上のため構造政策よりも需要の減少する米の価格を上げる道を選んだ。消費はますます減り、生産は増え、米は過剰となった。30年以上も生産調整を実施する一方で、農業資源は収益の高い米から他の作物に向かわず、食料自給率は1960年の79%から40%へ低下した。600万haあった農地のうち農地改革で解放した面積(194万ha)を上回る230万haが消滅した。農地の転用規制、ゾーニングが厳格に運用されなかったうえ、米が余っているだけなのに農地も余っているという認識が定着したため、国内では食料安全保障に不可欠な農地資源の減少に誰も危機感を持たなかった。戦後の食糧難の際には人口7000万人に対し農地は600万ha存在した。今は人口1億3000万人に対し農地は500万haを切っている。農業基本法制定時に比べ、第2種兼業農家の比率は3割から7割へ、65歳以上高齢農業者の比率は1割から6割近くへ上昇し、農業の衰退に歯止めがかからない。

    農産物一単位のコストは面積当たりのコストを単収で割ったものだから、品種改良等による単収の向上は農産物のコストを低下させる。しかし、米過剰のもとでは生産調整の強化につながる単収の向上は抑制された。農地の集積も規模の経済を発揮させ、コストを下げる。しかし、高米価のもとではコストの高い農家も米を買うより作るほうが安上がりとなるため、零細農家が滞留し農地は集積しなかった。こうして国際競争力は低下した。

    2.WTO・FTA交渉と農業

    (1)GATT/WTOの実質上全ての貿易の関税等の撤廃という規律を満たす自由化度の高いFTAを結ぶべきである(これに関し、農業セクター全体をFTAから除外することは妥当でないが、貿易転換効果にも配慮すべきであるという意見がある)。

    (2)東アジアにおける良好なビジネス環境を確保するためにはFTA交渉において相手国の譲歩を引き出すような強い交渉スタンスが必要である。農業がそのための足かせになってはいけない。

    (3)WTO交渉で関税の引き下げかアクセス(関税割当)の拡大かを求められた時には国内生産を維持するため直接支払いによって対応可能な関税引き下げを選ぶべきである。米のみ高関税を維持することは米のみ高い国内価格を維持することに他ならず、内外価格差のある中でアクセス(関税割当)量の拡大は国内生産・食料自給率の縮小をもたらす(WTO交渉で高関税の大幅引き下げに対する特例措置を求めればアクセスについて代償を要求される)。これはかつての高米価政策・生産調整政策の繰り返しである。これは農業の生産性向上を阻み、食料自給率の低下を招いた。

    (4)農業で後ろ向きの対応を採り続けることはWTO交渉全体にもよい影響を与えない。農業交渉が動かないと日本が攻めるべき分野の交渉も進まない。

    (5)関税引き下げに対応するためには、EUが行ったように消費者負担型の価格支持政策から、納税者負担型の直接支払いに転換し、国内価格を引き下げる必要がある。

    (6)しかし、対象農家を限定しない一律の護送船団方式的な直接支払いでは、消費者負担を納税者負担に置き替えるだけで農業の効率化は図れず、国民負担は減少しない。EUでは価格支持政策が行われる以前から構造改革のための政策が強力に実行され、農業の規模拡大、効率化が相当進んだ。日本では構造改革が充分に行われないまま価格政策による一律的な農家保護が実施されたため、零細な農業構造が温存され、農業は非効率なままとなっている。そのため、日本においては、単に関税引き下げに対処するためだけの直接支払いではなく、構造改革を促進させる対象者を絞った日本型の直接支払いの導入が不可欠である。
    また、競争力強化のためには、規模拡大による生産性の向上と並んで技術革新の推進が不可欠である。

    (7)WTO交渉を農業の抜本改革のために利用すべきである。この点に関し、これまでの交渉のように対外的に譲歩を迫られてから、国内対策を行うのではなく、EUと同じように、WTO・FTA交渉とは関係なく(交渉で一部品目について例外扱いが認められたとしても)我が国も日本農業それ自体に内在する問題に対処するために改革を行う必要があるという意見がある。

    (8)国際交渉の進展のスピードに較べ改革のスピードが遅すぎるという意見が示された。これに対し、スピードアップも必要だが、情報を開示しつつ、関係者の意見、パブリック・コメントも聞きながら十分なプロセスを経る必要があるという意見がある。

    3.農業と政治(護送船団型農政からどのようにして脱却するのか。選別政策という農業団体の批判にどう対処するのか。担い手農家への施策の集中は政治的に可能なのか。)

    (1)族の利益から脱却することが必要である。これまでの農政との非日常、非連続を行うことが必要である。基準が明確な直接支払いの導入に踏み切るしかない。与野党一致というよりも与党と内閣が一致していることが重要である。総理が言った事を与党が否定するようなことがあってはならない。与党・内閣のなかで政治と経済学を一致させるべきである。

    (2)数年前までと異なり、農政にタブーがなくなってきている。

    (3)政治に遠慮せず、理想の政策をまず描き、それから議論すべきである。

    4.財源(種々の利益が絡む農林水産予算を抜本的に見直すことは可能か。)

    農業予算構造の大転換が必要であることを明らかにしなければ、農政不信になってしまう。新たな税源を捻出できる状況ではなく、また、別に財源を求めるのであれば国民の負担の軽減にはつながらない。

    5.政策の目的・あり方

    (1)農業・農村の守り方を変える必要がある。政策転換は待ったなしである。農家の経営安定対策、農地政策、環境政策という3課題について早急に具体的な政策を作り上げる必要がある。具体的には、農地の有効利用に重点をおいた土地利用規制のもとで効率的・安定的な経営体の育成を目指す。ただし、これのみでは農村地域は守れないので、別途、換言すれば、新たな農村地域政策を再構築し、これを明確に示す必要がある。

    (2)OECDが主張するように、直接問題にターゲットを絞った政策の導入が必要である。生産者に一律に効果の及ぶ価格政策は、非効率、非効果的、不公正である。1つの問題にはそれを直接解決する政策を採ることが経済政策の基本なのに、日本の場合、農家所得を直接向上させる政策ではなく価格支持(食糧管理制度のもとでの米価引上げ、現在では生産調整による米価維持)という間接的な政策を採ったため、食料自給率や国際競争力の低下等大きな副作用が生じてしまった。

    (3)産業・経済政策と社会政策、地域政策とを明確に区分すべきである。産業・経済政策としての政策は強い農家の育成に特化し、社会政策、地域政策は別途行うべきである。農業を通常の産業部門として扱い、競争力強化と効率性確保を目指す政策体系を構築すべきである。

    (4)また、環境問題は生産の外部性とリンクしており、これに直接対処することが経済学的に見てファーストベストの政策であるにもかかわらず、これをモノの貿易の規制で対処することは適当ではない。

    6.直接支払いの対象農家

    (1)担い手に絞ることの必要性は認めるが、兼業農家、副業農家も水路、農道の管理等地域において重要な役割を果たしており、一定の集落営農も対象とすべきであるという意見が示された。

    (2)これに対し、次のような意見が出された。

    (ア)農村を魅力あるものとするためには経営者の育成が必要である。現在の政策は構造改革を実現するものとなっていない。対象を限定しないと構造改革は進まない。企業家精神を持った事業体をしっかり認識し、その参入・活動を阻害している要因を除去することが必要である。
    (イ)稲作副業農家は戸数では64%を占めるが、その所得792万円のうち農業所得はわずか12万円にすぎない。この農業所得は守るに値しないのではないか。兼業化により稲作副業農家792万円の所得は勤労者世帯662万円を大きく上回っており、このような兼業セーフティネットのある副業農家にまで直接所得補償をすることは国民の理解が得られないのではないか。
    (ウ)集落営農といってもリーダーのいない集落営農は長続きしない。地域にリーダーがいるかどうかで農業の組織化が異なる。農地は集落で、農業は担い手であるという考えを採るべきである。

    (3)集落営農の高度化・法人化のためにLLC(人材集約型の産業分野を中心に利用されているアメリカの会社制度であり、株式会社と同様出資者は有限責任であるが、持分譲渡や内部の意思決定等については組合と同様である)を農業生産法人として位置付け、これを活用することも考えられる。

    (4)基準は明確であるべきである。基準が明確でないと現場の行政が混乱する。基準は認定農業者ではなく面積で設定すべきである。一定の面積以上であれば企業であってもよい(2年前の米政策の改革では経営安定対策の対象農家を都府県4ha、北海道10haに限定したという例がある)。

    (5)北海道のように規模拡大が相当進み、対象農家の選定が難しいところではフランスのように退出する農家に離農奨励金を出す仕組みとすることも考えられる。

    7.条件の悪い中山間地域の取り扱い(傾斜地、小区画農地等農業条件の悪さにより規模拡大しようとしてもできない中山間地域をどうするのか。)

    (1)中山間地域農業のメリットについても検討が必要である。傾斜農地の多い中国地方の中山間地域でも10~20ha規模の稲作大規模農家が標高差を活用して長い作業適期(移植期間は1カ月以上2カ月におよぶ等)を利用している例がある。

    (2)EUではマクシャーリー改革により1993ら1995年にかけて穀物、牛肉の価格を引き下げた際、その代償として域内全体をカバーする直接支払いを導入したが、それでも補償できない条件不利地域の農家に対しては、条件不利地域への直接支払いを101ユーロから、1993年123ユーロ、1994年124ユーロ、1995年150ユーロへと段階的に引き上げている。中山間地域等条件の悪い地域でも構造改革を進めていくことはもちろんであるが、自然条件等で平場地域のコスト・ダウンのペースに追いつけない場合は、中山間地域等直接支払いの単価を増額すべきである。

    8.米の生産調整

    (1)生産調整をなくせば350万トンの供給増加となり、米価は暴落する。農家は需要曲線と供給曲線どおりには行動しない。米価を下げても副業農家は農地を手放さない。

    (2)これに対し、次の理由から生産調整を廃止すべきであるという意見が示された。
    (ア)市場原理を導入すべきである(経済主体として重要な農協の改革も必要)。これからは売れる米作りと畑作物の振興に向かうべきである。既に生産調整を廃止しようとする現場の動きがある。副業農家の農業所得は12万円にすぎず、価格低下で影響を受ける主業農家に直接支払いをすればよい。
    (イ)これまでの農政はあまりにも経済学を無視しすぎた。農業の現場では米価が1万1000円~1万2000円/60kgを切れば副業農家は農地を手放すといっている。
    (ウ)国際化対応として国内価格を下げるのであれば価格を維持するための生産調整は廃止が当然である。

    9.どのような直接支払いにするのか(過去の収入にリンクしたデカップルされた直接支払いか(生産に関連しないので構造改革効果はない)、面積に応じた直接支払いか、価格低下による収入の減少を補填するものか。)

    (1)諸外国との生産条件格差の是正対策としてのものと収入・所得の変動緩和対策としてのものを検討すべきである。

    (2)米の生産調整を段階的に縮小・廃止することにより米価を徐々に需給均衡価格まで下げていく際、価格低下で影響を受ける一定規模以上の担い手農家に対し、一部が農地の貸し手への地代として吸収される面積当たりの直接支払いではなく、生産・価格に影響しないため所得減を十分補償できるデカップルされた直接支払い(価格低下分の85%を補填)を交付する。生産調整の廃止により価格を下げ零細農家に農地を手放させるとともに、一定規模以上の農家に農地面積に応じた直接支払いを交付し地代支払い能力を補強してやれば、農地は零細農家からこれら企業的農家へ集積しコストは下がる。この直接支払いは実質地代の軽減による供給曲線の下方シフトという直接的効果と、農地の流動化による規模拡大、生産性の向上による右下方へ膨らんだ形での供給曲線のシフトという間接的効果を生じさせる。これにより、国際価格、または関税率100%の価格水準まで価格を下げる。

    10.農地・水路等の農業資源の保全(多面的機能)に対する直接支払い

    (1)担い手だけでは農村は守れない。農地・水路等の農業資源の保全のための直接支払いを別途行う必要があるという意見が示された。

    (2)これに対し、担い手への直接支払いは地代の上昇によって地主の利益となる、地主はこれによって農地・水路等の農業資源の保全をすればよいのではないか、財源が十分あればこのような支払いもよいかもしれないが、財源が限られているのであれば、構造改革にも資する直接支払いに集中するべきであるという意見が出された。

    11.農地制度

    農地のゾーニングを強化し、多様な担い手の1つとしてLLC等を認めるべきである。