RIETI政策シンポジウム

Asian Economic Integration- Current Status and Future Prospects -

イベント概要

  • 日時:2002年4月22日(月)・23日(火)
  • 会場:国際連合大学(東京都渋谷区)
  • 開催言語:英語
  • 「アジア経済統合の展望:政治経済的アプローチ(どう進めるべきか)」

    「アジア経済統合の展望:政治経済的アプローチ(どう進めるべきか)」というテーマで開かれた4月23日午後のセッションでは、アジア経済の事実上の統合が進展する今日、その原動力となっている市場力から生じる諸問題に対処するため何らかの制度的枠組みを作り、ヨーロッパや北米における市場統合の流れに追いつくことが必要との認識が示された。東アジア地域の繁栄のために、さらに、グローバルな自由化の動きを補完するためにも、地域統合をさらに進め、深化させるべきとの認識で一致した。ただ、具体的に統合をどう進めるべきかという点については、多くの課題が残った。統合が最終的に目指すゴールが不明確なこと、さらに、各国それぞれが政治的に困難な問題を抱えていることから、統合の実現性について慎重な意見を述べる参加者もいた。

    統合の機運

    津上俊哉氏(RIETI・経済産業省)は、事実上の経済統合が進展する中、その統合プロセスがある特定の分野に集中することによって不必要な歪みが生じることを防ぐため、適度な枠組みをつくることが必要との見解を述べた。

    中国のWTO加盟や東アジア地域における自由貿易協定(FTA)締結に向けた動きを受け、多くのセッション参加者から今こそ統合を深化させる機運が高まっているとの指摘がなされた。劉光渓氏(WTO上海研センター・上海対外貿易学院)は、中国のWTO加盟は東アジアが地域統合に向かう上で新たなチャンスを提供していると述べた。添谷芳秀氏(RIETI・慶応義塾大学)は、地域経済統合に対する中国の積極的姿勢に加え、米国が東アジアの地域統合を容認する構えを見せていることも弾みとなると指摘。中国が戦略的に経済重視の東アジア地域政策をとっていることが、この地域の発展を支えてきた経済・安保・民主化という3つの重要な底流に大きな影響を与えていると述べた。

    宗像直子氏(RIETI・ブルッキングス研究所)は、「排他的な地域統合はよくないという条件反射的な反応をつい最近まで示していた」米国の姿勢がやや好転していることを指摘した。米国はより積極的に東アジアの統合を支持すべきとしながらも、ボブ・ゼーリック米通商代表がASEANと日中韓のFTAに関して肯定的なコメントをしたことに言及、米国の現ブッシュ政権がこれまでの政権とは違う姿勢で東アジアの地域統合を捉えていると述べた。さらに着目すべき点として宗像氏は、「米国がその構成メンバーであるなしにかかわらず、東アジアがより成熟し統合する手助けをすることに、米国が明らかな利益を見出している」と述べた。米国についてもう少し肯定的な見方をする添谷氏は、自国のヘゲモニーを脅かす動きに拒否反応を示していた米国が「とくに懸念を表明することも自らのポジションを求めることもせず、アジア統合の実現を見守る」姿勢に転じているようだと述べた。

    FTAと貿易自由化

    アジア域内で見られるFTA締結への動きは地域統合への願望を反映する動きとの見方で概ね一致した。ただ、その評価については、FTAを貿易自由化や地域統合に向けて踏み出した大きな一歩と積極的に評価する意見と、先行きについてやや慎重な意見があった。

    胡鞍鋼氏(清華大学国情センター)は、併せて世界人口の24%、GDPの26%を占める中国、日本、韓国および香港がまずFTAを締結し、その後、中長期的に協力の枠組みをオーストラリアやニュージーランドを含めた他のアジア諸国に広げ、最終的に汎アジア自由貿易圏に発展させるというシナリオを提示した。

    関志雄氏(RIETI)は、ASEANプラス3、ASEANプラス中国、ASEANプラス日本、日・中・韓、日・中・韓・香港などさまざまな枠組によるアプローチが提唱されているが、それぞれのイニシアティブに果たして合理性があるのかとの疑問を投げかけた。「政治的に抵抗が少ないFTAから始める」ことが唯一説得力ある方法であるがその場合「締結しやすいFTAはあまり多くの経済的恩恵をもたらさない」とし、この点をどう解決するかが問題と述べた。ピーター・ドライスデール氏(オーストラリア国立大学)は、困難で重要な分野を避けていてはどんなに多くの二国間FTAを締結しても前進はないとし、「大事なのは統合の深化による成果を生み出す枠組みを使っていかに前に進むか」だと述べた。

    チア・シオ・ユエ氏(東南アジア研究所)は、FTAには限界があるもののなお価値があるとの認識を示し、「締結しやすい二国間の取り決めがもたらす成果は小さいかもしれないが、たとえ小さくても成果が何もないよりいい」と述べた。宗像氏は、各国それぞれ政治的に困難を伴う分野があり、そういう分野で前進するためには「政治的なプラグマティズム」が必要であるとし、日・シンガポールFTAは、農業分野を聖域化してきた日本のメンタリティに針穴を開け、日本の官僚に「とてつもなく大きな心理的効果」をもたらしたと述べた。宗像氏はさらに、FTAを単に関税引き下げの手段としてではなくさまざまな問題を解決するメカニズムとしてとらえる日本のスタンスを説明。地域統合を推進するにあたり東アジアは重層的アプローチをとるべきとし、これは決してWTOを軽んじているのではなく、多様な問題を解決するための最適の場を選択するためのものだと述べた。

    統合のゴール

    東アジアにアイデンティティが欠如しているとの指摘、また、地域統合がどういう便益をもたらすのか明確なビジョンを描くべきとの意見が出された。北野充氏(RIETI・外務省)は、事実上の統合を制度的統合に高めるためには政治の意志が必要で、そのためには「アイデンティティ、あるいは、地域全体の共通利益を見通せるビジョンのようなもの」が必要と述べた。会津泉氏(アジアネットワーク研究所・GLOCOM)は、地域統合の議論は、長期的にはコミュニティの構築を目指しているように聞こえるが、その結果可能になる経済活動や経済的利益の明確な姿が見えてこないと指摘した。「インターネット、衛星放送、ジャンボジェットがあって、経済活動はすでに国境を越えている今日、統合によって目指すものは何か」との疑問を投げかけた。荒木一郎氏(RIETI)は、東アジアにおけるアイデンティティの欠如は地域機関や市民社会の代表が統合のプロセスに関わっていないせいかもしれないと指摘した。

    張蘊嶺氏(中国社会科学院アジア太平洋研究所)は、少なくとも地理的、経済的、政治的、さらに太平洋を介するという4つの側面で東アジアはアイデンティティを持っていると述べた。「仮に東アジアがアイデンティティを確立し、あるいは、統合を実現すれば、東アジアと米国の関係は大きく変わり、太平洋をはさんで合理的な関係が成立する」とし、「欧州連合の誕生によって同様のことがすでに大西洋をはさんで起こっている」と述べた。ヨーロッパに比べて東アジアは、経済的に統合されつつあるものの制度面のサポートが未整備であること、さらに潜在的な政治紛争に対処する必要があることを指摘、一気に統合を目指すより協調から始めるべきだと主張した。そのためには必ずしも最初から明確なゴールを設定する必要はないとし、「明確な政治的ゴールはないかもしれないが、プロセスは始まっているし、誰も置き去りにされたいと思っていない」と述べた。

    余永定氏(中国社会科学院世界経済政治研究所)は、なぜ地域統合が必要か問いかけ、長期的な目的を持つことが必要と述べた。なぜ、単にWTOに加盟しWTOの枠組みで自由化を進めるだけに留まらず地域レベルの経済協力を必要とするのか考える必要があるとし、「米国は極めて強大で、EUはその米国と競争・協力している中、もう1つの柱として東アジアコミュニティが確立されるべき」と述べた。チア氏は地域統合の政治的目標と経済的目標を明確に区別すべきとし、経済的には「経済的紛争を減らし、各国の経済的安定をもたらし、競争力を強化する」という極めて明確な目標があると述べた。目指しているのは「内向きの地域グループではなく、グローバル化がすすむ中で競争力を強化すること」と付け加えた。浦田秀次郎氏(RIETI・早稲田大学)は、FTAが失業問題などの調整コストを伴うことを指摘、FTAを単なる貿易上の取り決めに終わらせず、それに伴う痛みを軽減するための協力が必要と述べた。呉榮義氏(台湾経済研究所)は、地域統合を深化させるための大前提として民主主義の重要性を強調、台湾を含めない地域統合は「不完全」であるとした。

    日本の役割・議論の総括

    宗像氏は、東アジアが地域経済統合における課題を克服し、成長への機会を掴めるかどうかは日本の政策努力の成否にかかっているとの見解を示した。一方、津上氏は、日本はもっと意識的に統合から利益を引き出す努力をすべきだと述べた。白石隆氏(RIETI・京都大学)は、安全保障、農業、政治の分野で地域化が何ひとつ進んでいないことを指摘、日本は「政治的麻痺」を克服しなければならないと述べた。

    2日間のシンポジウムを総括して、青木昌彦氏(RIETI・スタンフォード大学)は、アジアの地域統合ついて明確なコンセンサスには至らなかったものの、地域統合そのものではなく、地域統合によって経済的安定・効率化をもたらすことが目的であること、また、そのためには協力が必要で、その協力は安定的で効率的な世界秩序を補完すべきものであるということに概ね意見が収斂したと述べた。青木氏はさらに、アジア地域の統合は単なる関税引き下げではなく、革新的な戦略提携、契約上の取り決め、モジュール型サプライチェーン、人的資源の流動化、共有インフラ構築における競争と協力、国境を越えた環境的影響などさまざまな側面に影響をもたらすことを強調した。多様な文化が共存するアジアのような地域で経済的交流を推進するためには、法律や契約だけでは不十分とし、アイデンティティ、または、相互の信頼関係を醸造するメカニズムの構築が重要と述べた。「明確で排他的でないルールは重要」であるが、国境を越えて契約履行・知的所有権保護を確実なものにするため、「信頼のメカニズムが補完的な役割を果たすべき」と述べた。

    *この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。