新春特別コラム:2007年の日本経済を読む

2007年の経済財政政策の課題

鶴 光太郎 上席研究員

小泉政権と安倍政権の経済政策の違い

安倍政権が発足して3カ月が経過し、昨年末には、政権の経済財政政策の大枠、中期的な方針を示す「日本経済の進路と戦略」の原案が経済財政諮問会議を通じて明らかにされた。本コラムでは、「進路と戦略」を材料にとり、小泉政権と安倍政権の経済政策の違いを考えるとともに、本年の経済財政政策の課題について論じてみたい。

「進路と戦略」の中心的なコンセプトは日本経済の潜在成長力の向上・強化である。つまり、「成長なくして日本の未来なし」である。一方、小泉政権では「改革なくして成長なし」がおなじみのスローガンであった。両者の違いは何であろうか。安倍総理は所信表明演説で「改革の炎を燃やし続けてまいります」と述べている通り、改革意欲では小泉政権を継承している。一方、小泉政権も日本経済を新たな成長軌道に乗せるための手段として改革を重視していたわけであり、あくまで最終目標は成長であったはずだ。

敢えて違いを強調すると、安倍政権の特色は、まず、成長を更なる改革実行の「てこ」、「推進力」と考えていることである。小泉政権後、安倍政権に残された改革はいままで以上に岩盤につきあたり困難を増している。それを乗り越え、更なる改革を実施するためには「はずみ車」が求められているのである。たとえば、マクロの成長力強化はすべての人の受け取れる「パイ」を大きくすることで、懸案の「格差問題」への対応に向けて大きなフォローの風になることは明らかである。

また、財政再建もしかりである。「成長なくして財政再建なし」のスローガンの通り、今後5年間で目指す高めの成長が実現できれば、増税なしによる2011年度の国・地方のプライマリー・バランス黒字化(「中期目標」)の達成が視野に入ってきた。「骨太2006」策定時では黒字化に必要な額(「要対応額」)は16.5兆円であったが、国・地方合わせた税収が足下で3兆円以上見込みを上回ったため、単純計算すれば「骨太2006」で決められた歳出改革を最大限実施すれば(5年間で14.3兆円削減)、「要対応額」をカバーすることができるためである。

第2の安倍政権の経済政策の特色は、必然的に「結果主義」、「成果主義」を標榜していることである。計画経済ではない日本経済において政府が成長を政策目標の第1のプライオリティに置くことは、逆に成長できるかできないかという「結果」のみで政権が評価されることを意味する。一方、「改革なくして成長なし」を掲げた小泉政権は、改革ができたかできなかったかで評価されることにコミットした政権であった。そこには、改革努力を十分行ったにも関わらず成長できなかったとすればそれは仕方ないという「逃げ」も用意されていた。しかし、安倍政権は、そのような「逃げ」を最初から排し、いいわけをしない「結果主義」に自ら進んで追い込んでいるといえる。まさに厳しさと自己規律を内に秘めた「凜」とした政権といえる。

安倍政権が目指すべき経済財政政策の課題

このような「成果主義」の「まな板」に自ら乗った政権が目指すべき経済財政政策の課題とは何であろうか。まず、財政政策については、増税なしの「中期目標」達成が視野に入ったことで、財政規律が緩むのではないか、また、新たな目標が必要ではないかという議論がされている。しかし、「進路と戦略」においても、「骨太2006」における歳出歳入一体改革の着実な実行が踏襲されている。それに加えて、昨年11月24日の諮問会議で民間議員から提案された「安倍内閣予算編成の5原則」と財政の「中期目標」達成を確実にするための毎年度の執行システム(「要対応額」と歳出改革の検証・見直し)がほぼそのまま「進路と戦略」に盛り込まれたことは大きな進展である。特に、「税の自然増収は・・・将来の国民負担の軽減に向ける」、「税収の増える好況期に(財政)健全化のスピードを速める」、「新たに必要な歳出を行う際は、原則として他の経費の削減で対応する」といった諸原則は相当厳しい財政規律となる。また、「増税なき財政再建」にコミットすることで、政府は、経済状況のいかんに関わらず、最大限の歳出改革(5年間で14.3兆円削減)から一歩も引けなくなる。これが「抵抗勢力」の歳出増大圧力に対する大きな歯止めになることが期待される。

また、新たな財政目標については、まったく新規の目標を考えるのではなく、「骨太2006」、「進路と戦略」に盛り込まれ、財政の持続可能性を確保するための本質的な条件である、2010年代半ばにかけての債務残高GDP比の安定的引下げをいかに達成するかという視点から考えるべきである。「骨太2006」でも、歳入改革については、「税制が構造的持続的に(上記の)中長期的な目標を達成し得る体質を備えなければならない」と記されている。したがって、消費税改革は、債務残高GDP比の発散を止めるような一定の収支黒字幅の確保という観点から今後議論が行われるべきである。

真の生産性改革は「人材改革」である

他方、財政健全化と両輪をなすべき、経済成長戦略については、人口減少・少子高齢化などの労働供給からの制約を考慮すれば、経済全体の生産性を向上させる生産性改革がその中心なる。諮問会議における議論では、生産性改革は7大改革のうちの1つと位置付けられているが、すべての改革が最終的には経済成長に影響することを考えると、さまざまな改革の「合わせ技」として生産性改革を捉えるべきである。

しかし、完全な計画経済のように政府が特定の政策手段を用い民間部門の生産性をあたかも自由に操作できるような幻想を振りまくのは禁物である。まず、生産性改革の主な担い手は民間部門であるとの認識を明確にするべきである。「生産性向上なくして豊かさ(生活水準)の向上なし」、「人材力こそ生産性向上の原点」との認識が国民の間で共有されるとともに、官民が一体となって息長く人材力(生産性)向上に取り組む機運(国民的運動)を高めることが生産性改革の出発点となるべきだ。

その上で、生産性改革に向けた政府の役割は、第1に、民間部門が長期的な視点から安心して生産性改革に取り組めるためにも、安定的なマクロ経済政策運営を行うことである。第2に、民ではできない制度的インフラの構築(知的財産制度の充実・強化、税制等)や産官学の間のさまざまな連携の促進(大学改革等)などにより民間部門の生産性改革を支援することである。第3は、最も重要な視点であるが、低生産性部門から高生産性部門への望ましい資源配分実現(産業・組織再編、労働移動、資金配分等)やイノベーションへの取り組みを阻害している規制等(「ボトルネック」)の除去・緩和を徹底して行うことである。中でも、労使自治を基本に自律的・多様な働き方が可能となり(「集権化」から「分権化」へ)、労働市場の質や効率性が向上する(ひいては、労働者の交渉力が高まる)ような、包括的な「労働市場制度改革」の設計が大きなカギとなる。経済産業研究所も当該問題の重要性を認識し、新たな研究プロジェクト立ち上げに向けた準備を行っているところである。このように、真の生産性改革は「人材改革」といっても過言ではなく、今年が本格的な「人材改革元年」になることを期待したい。

2007年1月5日

2007年1月5日掲載

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