日本はEUのCBAM提案に負けずに脱炭素の世界的努力をリードせよ

田辺 靖雄
コンサルティングフェロー

10月6日、日欧産業協力センターは「EUが目指す炭素国境調整措置(CBAM)とは」と題するwebinarを開催した。本webinarは、6月24日にRIETIと当センターの共催で行われた「カーボン・ニュートラルに向けて: 日EU産業界・制度論の挑戦」と題するwebinarにおいて紹介されたCBAMに関して多くの関係者から強い関心が示されたため、7月14日に欧州委員会から正式提案がなされたのを受けて企画されたものである。メインスピーカーとして欧州委員会税・関税総局のVicente Hurtado Roa 間接税(VAT以外)課長をお招きし、詳細な説明とその後活発な質疑応答が行われた。筆者はモデレーターを務めた。本稿では、その内容の概要と筆者としての所感を報告したい。

EUが目指す炭素国境調整措置(CBAM)とは

まず、Hurtado課長の説明の要旨は以下のとおりである。なお同氏のプレゼン資料についてはこちらを参照していただきたい。

また、CBAMに関する説明については、当センターが発行するEU Policy Insightsにおいても解説しているのでこちらを参照していただきたい。

Hurtado氏によれば、CBAMとは、
-EUとしてカーボン・リーケージを回避し、他国の排出削減を促し、EUの歳入を確保する目的の措置であり、
-第1段階でセメント、鉄鋼、アルミ、肥料、電力というCO2排出の多いセクターを対象として、第2段階では他のセクターをも対象として
-EUへの輸入について、輸入者が、輸入品の炭素含有量とEU域内品との差分を調整額として証書を購入する形で負担することが求められ
-2023〜2025年は移行期間として輸入品の炭素排出に関する情報収集に努め、2026年から第1段階が実施される
という制度である。

この制度案が本年7月に欧州委員会から正式提案される以前から、EU内外の関係者からWTOルール整合性に関する問題提起、懸念が表明されてきているが、Hurtado氏は説明の中で、既存のEUETS(排出権取引制度)と同等の制度で同制度を反映(mirror)すること、段階的に実施されること、二国間でも多国間(WTOの場を含む)でも十分な協議がなされること、IMFもOECDも国際的な排出削減努力を支持するものとしていること等を挙げて、WTOルールを遵守するものであることを強調した。

どのような国が影響を受けるかに関して、Hurtado氏は対象セクターの対EU上位輸出国の例を挙げた。すなわち、セメントはトルコ、ウクライナ、ベラルーシ等、肥料はロシア、エジプト、アルジェリア等、鉄鋼は中国、ロシア、トルコ等、アルミはノルウェー、ロシア、中国等である。ただし、ノルウェーについては、EUETSとリンクしているのでCBAMの対象にはならないとした。

CBAMの対象となるセクターのCO2排出とはどの段階のものであるかに関しては、Hurtado氏は、EUETSと同様に直接排出すなわちScope1であるとした。それは対象5セクターがいわゆる炭素集約的な上流段階の産業であることからも理解できる。ただし、将来的に、自動車や機械等の下流産業が対象とされる可能性、Scope2、Scope3も対象とされる可能性については肯定した。

質疑応答の中で参加者からの関心が示されたことに対して、Hurtado氏及び欧州委員会のSusanne Akerfeldt 政策担当官から以下のように丁寧な説明、回答がなされた。

第一に、今後の法案審議のプロセスについて。Hurtado氏は、今回のCBAM提案は本年7月に欧州委員会によってなされたもので、今後、欧州理事会(加盟国政府の協議)と欧州議会の審議を経て確定する、議論の多い法案についてはこれまでも提案時の想定より審議の時間がかかり、制度実施時期が遅れることはあったが、本件は重要でプライオリティが高いので、個人的には予定の実施時期に向けて順調に審議が進むことを期待している、実際欧州理事会での議論は既に始まっている、との説明があった。

第ニに日本への影響について。Hurtado氏は冒頭説明の中で、日本が炭素税やETSを導入しなくてもエネルギー税や技術的な取組等の形で削減努力をしていればその分は勘案すると発言した。また、日本については、第1段階の対象となる産業セクターでEUへの輸出は多くないこと、及び日本が気候変動に対して排出削減の努力をリードしていることを理由に、大きな影響はないだろうとのTimmermans 欧州委員会副委員長の発言を支持した。Timmermans 氏は、本年9月23日付けのNikkei Asiaによれば、
"Given the fact that Japan is actually aligned with the European Union in its ambition to decarbonize its economy by 2050, I think it is highly, highly unlikely that we would ever have a discussion about CBAM between the European Union and Japan because [of] the risk of carbon leakage,"
と発言している。この発言中の「議論することはないだろう」との部分について、Hurtado氏は、日本との協議は必要で、日本は国際的な議論の中でEUの味方になって欲しい、協議の中でEUの制度を理解してもらい、また日本の取組を理解したうえで、日本がホワイト・リスト国になるのか判断していく旨補足した(注1)。

第三に、CBAMの計算上、輸入品生産国の明示的な炭素価格は考慮されるが、暗示的(間接的)な炭素価格は考慮されないとの点について。日本では地球温暖化税という炭素税の税率は低いが、石油税や石炭税というエネルギー課税は相当重く、エネルギー消費抑制効果があるので、この点は考慮されないのか、との質問がなされた。これに対して、Akerfeldt氏は、欧州委員会の提案内容においては、今後議会等で協議されるかもしれないが、明確な定義があり、明示的な炭素価格のみが考慮対象であり、そうでないエネルギー税等は対象とならないとの原則的な考えを示した。重いエネルギー課税は炭素排出抑制効果があるので、それにより計算上炭素含有量が少なくなるという効果はあるだろうとの理解が示された。

第四に、CBAM歳入の使い道について。Akerfeldt氏は、歳入の使い道についてはCBAM提案の中には記載がないが、EUの自主財源としてEU予算に組み込まれ、使途を指定せずに使われ、EUが他国を技術支援することもあり得ると説明した。削減技術に関する日本との共同開発のような可能性もあることが示唆された。

CBAMという野心的な政策に関するEUの戦略的・戦術的な政策立案能力の高さ

以上の説明に関して筆者の個人的な所感は以下のとおりである。

第一に、CBAMという野心的な政策に関するEUの戦略的・戦術的な政策立案能力の高さが印象的である。今回のCBAM提案は、本年7月の欧州委員会提案に至るまでに、多くのステークホルダーと入念な意見調整を経て、コンセプトとしては野心的であるが、導入制度としては実際的で抑制的のように見える。多くの関係者との意見調整がなされていることは、本年6月24日の当センターとRIETI共催セミナーの中で、Andrei Marcu氏(European Roundtable on Climate Change and Sustainable Transition代表)も報告していた(資料)。

2023〜25年は予備的な登録のための期間であるとし、第一段階の制度導入は炭素排出が多くカーボンリーケージのリスクの大きい5分野の産業に限定してなされること、産業界から強い要望のあったEUETSにおける排出枠の無償割当を当面維持することとしたこと等、反対者をなるべく減らそうと努力している点が窺える。米国政府からは特にケリー特使から強い懸念が示されていたが、欧州委員会と米国政府の間で協議がなされているようである。
https://apnews.com/article/europe-environment-and-nature-business-government-and-politics-6a020cd7bb93a639e7445cf4999276a2

このように膨大なリソースと時間をかけて、世界的なインパクトのある政策提案を現実主義の観点も含めて打ち出すEUの政策提案能力に敬意を払わずにはいられない。

第二に、CBAMのみならず脱炭素に向けた取組に関して、EU側の日本に対する期待の強さが感じられる。本年5月の日EU首脳協議で日EUグリーンアライアンスの設立が合意されたように、EUとして日本に対して、世界の中での脱炭素の取組での味方になって欲しいとの熱烈なラブ・コールを感じる。上記のTimmermans副委員長の発言もその表れであるし、Hurtado課長も明確に日本は味方になって欲しいと訴えていた。気候変動との戦いのために世界中の一層の取組を最大限に動員する必要があり、そのためにもリーディング・パワーとなる同志を増やしたいとのEUの強い意図が感じられる。もちろん、CBAMにおける日本の扱いに関しては、Hurtado氏が言うように、双方の当局間で十分な協議による相互理解がなされ、双方の取組が十分であると相互に認め合うことが必要であろうが、日EU両当局には高い視点からの議論、パートナーシップを期待したい。

第三に、日本の今後の取組が重要である。日本は昨年10月の菅総理(当時)の2050年カーボン・ニュートラル宣言以来、官民を挙げた脱炭素への議論、取組が目立っている。2030年の削減目標もそれまでの26%削減から本年4月には46%削減に上方修正された。それらの目標を目指したエネルギーミックスのあり方を含むエネルギー基本計画案も公表され正式決定待ちである。脱炭素へのトランジションはまさに総力戦である。中でも日本の強みは、IEAのファティ・ビロル事務局長が2021年6月28日日本経済新聞「私見・卓見」において指摘するように技術(既存技術の活用と新技術の開発)である。

本年10月6-7日に開催されたICEF(Innovation for Cool Earth Forum)においても、革新的な技術のロードマップが示された。大いにこの取組の加速が期待される。

EUは本年7月にCBAMも含めてFit for 55パッケージ提案により総力戦の見取図を示している。その中でCBAMはカーボンプライシング(EUETSによる)による制度である。日本においても、経産省、環境省を中心にカーボンプライシング導入の検討が進んでいる。日本はこのような制度に関してもEUとのアライアンスに相応しい十分性のある取組が求められよう。そして、日本はEUと共に、世界の脱炭素に向けた国際協力を進めるために、技術面、ファイナンス面、制度面も含めて、COP26のような場をも含めてその後も世界的な議論を主導することが期待される。

(本稿はwebinarでの議論に関する筆者の理解にもとづく筆者の個人的な見解であり、日本・EU両政府、当センターの公式見解を拘束するものではない。)

脚注
  1. ^ 筆者の理解では、EUのGDPR(一般データ保護規則)と同様に、日本については十分性認定(reciprocal adequacy)をすることで(そのプロセスでは当局同士でシビアな議論が予想されるが)、個人データ移転規制が緩和されたのと同じような措置が取られるのではないかと思われる。

2021年10月21日掲載

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